自称『整備士』の異世界生活

九九 零

65

抜けてました。









学院内にある宿屋で一泊…は、本来ならどこも満室で出来ない筈なんだけど、カナードが宿屋を手配してくれていた。しかも、高級宿屋の一番グレードが高い所を三部屋も。

これには素直にカナードに感謝だ。

三部屋って言うのは、おそらく父ちゃんの分も入っているのだろう。そして、予約は二ヶ月前からだと言う。俺の部下は優秀だ。

料金は既に支払済みらしいけど三部屋の内一部屋は使わないので、他の人に譲る事にした。

こんな所に泊まったことがないフィーネは大はしゃぎで案内された部屋に直行し、俺はゆっくりと部屋のベッドで寛ぎ、その日を終えた。

そして翌日。

学院の入学試験を受けるに当たって、受付で登録を行わなければならない。

「はい、次。君、名前は?」

「エル」

「フィーネです!」

「はいはい。エル君とフィーネ君ね。はい、これ。エル君が112番でフィーネ君が113番ね。受験番号だから失くさないようにね。はい、次」

っと、こんな感じであっという間に終わった。

俺は112。俺は112…。文字の描かれた木札を渡されたけど、まだ読めないから自分の番号を忘れないようにしないとな。

試験は午後から。そして、結果発表は明日になる。と、事前情報をカナードの部下から聞かされている。

カナード本人は仕事で全く別の所にいるらしく、この部下が学院での俺の身の回りのサポートに回るとの事だ。

名前はダート。驚く事にこの学院の教師だ。
どうして教師なのかと聞けば、元から教師をやっていた所にカナードが自ら誘いに来たそうだ。
研究資金が尽きかけていた所に現れたカナードの提案に飛びついたらしい。笑いながら答えてくれた。

そろそろ本気でカッカやカナードの部下にどんな人物が混じっているか気になってくる。

それはさておき、昼飯だ。

登録を済ませるのはすぐに終わったけれど、待ち時間が非常に長かった。聞けば、一週間前から受付が行われており、今日の昼までで終了だったらしい。
結構ギリギリだった。

そして、今は昼間近。おおよそ11:30ぐらい。少し早い昼飯の時間だ。

そう思って学院の中を散策すれば、いかにも学生風の人達が露店などを営んでいたり。はたまた、商店でバイトのような事をしていたり。などをチラホラと見かけた。それと同時に、どこの食事処も満席だと見て取れる。

「ふむ…」

「ねぇ、さっきから同じとこばかり回ってるんだけど、どこに向かってるの?」

食事処を探しているんだ。と言おうとしたタイミングで突然声を投げ掛けられた。

「エルの兄貴!兄貴ぃぃっ!!」

どこかで聞いたような。そうでないような声で名を呼ばれ、思わず何も考えないまま振り返った。

「ああ」

どこかで見た顔触れだ。っと、思い出したぞ。一度。いや、その中の一人。現在進行形で元気に手を振って俺を呼ぶ奴に至っては二度、三年前に会っている。
名前は確か…バルバード。キース。エーリ。シル。だったか?

ちなみに、俺を呼んでいるのはキースだ。

「兄貴も飯なら、一緒にどうっすか!?」

「ふむ」

お言葉に甘えよう。

その店は外にまで客で溢れ返っているものの、中はそうでもなかった。いや、確かに満席だが、ギュウギュウ詰めと言うわけではないと言う事だ。

店内に足を踏み入れ、迷いなくキース達の元へ足を向ける。

「いやぁ、兄貴とこんな所で会えるなんて!これは運命っすね!」

「偶然だ」

そう言って今しがた席を詰めて空けられた席に腰を下ろす。

対面にフィーネが座ると、男3人。女3人で向き合う形となった。まるで、どこぞの合コンだ。

そんな事を考えていると、ふと視界に影がさす。

「すまない。君が噂のエル君かい?」

「ああ」

知らない人達が俺を囲うようにして立っていた。

「私はバルバードの父。ハルドーと言う者でね。君には前々から感謝を伝えたいと思っていたんだ。息子を助けてくれて、ありがとう」

「ああ」

俺の両手をギュッと握り締めて深々と礼をするハルドー。を、押し除けて、次の男が前に出る。

「俺はキースの父親のナールドだ!前にカルッカンで会ったよな?憶えてるか?」

「ああ」

微かに見覚えはある。名前は初耳だ。
ナールドと握手を交わして、次の男が前に出る。

「私はシルルアートの父親で、ミララク・サーマリィーニャ・エルミーノフだ。その…なんだ。娘を助けてくれた事に礼を言う。ヒューマンの子よ」

そう言って押し花を渡された。これをどうしろと?

疑問に思っていると、ミララクの背後からヌッと現れた背の高い男が教えてくれた。

「エルフが花を渡す時は最大の感謝を示す時と相手を認めた時なんだぜ?」

「なっ!お、おい!」

「まぁいいじゃないですか。知らないより知ってもらった方がいいでしょ?それじゃ、最後は私ですね。私はエーリの父親をしてるザンガってものです。いやぁ、本当に会えて光栄です」

早口で言うや否や、俺の手を取りブンブンと上下に忙しなく振り回す。

「パパっ!」

「おっと。娘に怒られてしまいましたね。まっ、私達は貴方に感謝してるって事を伝えたんですよ。じゃ、私達は邪魔者は向こうで食事をしてるので、好きに注文して下さい。エル君のお連れさんの可愛いお嬢ちゃんも、遠慮は要りませんからね?お礼には少なすぎるだろうけど、ここの会計ぐらいは私達に持たせて下さいね?」

「感謝する」

「あ、ありがとうございます」

フィーネってお礼を言えたんだな。

ゾロゾロと親連中が隣の席へと帰って行くのを見届け、早速注文を取る。

取り敢えず、メニュー表の上から10個目まで持ってきてもらう事にした。文字が読めないからな。

「エルさん。久し振り…ですね…」

まるで俺と会いたくなかったと言わんばかりの顔をしているエーリ。
ようやく今の今まで迷いまくりの口を開いたかと思えば随分と歯切れの悪い口調だ。

「ん。エル。久し振りっ」

シルは元気にハイタッチを要求してきたので応えておく。

「えっと…ぼ、僕も!」

バルバードが便乗してハイタッチを要求してきたから、それに応える。

「久し振りだね」

そう言って随分と嬉しそうにニッコリと笑った。

ふとフィーネの様子が気になって確認してみると、借りてきた子猫のように縮こまっていた。上目で俺を睨み付けてきてるし…。

ああ、そうか。そうだよな。仲の良い人同士の輪に突然放り込まれたらそうなるよな。うん。俺の考えが足らなかった。すまない。

「紹介する。コイツはフィーネ。俺の友達だ」

「おう!よろしくなっ!フィーネ!」

いの一番でフィーネに挨拶をした妙に馴れ馴れしいのはキースだ。

「よろしこー」

と、フィーネの隣に座るシルが無表情で片手を挙げて挨拶した。

その手を挙げる動作で店員が来たので、持参している茶葉を渡して、食後に紅茶を作ってきてもらうように言っておいた。

「よろしく。僕はバルバード。で、こっちがキースで、彼女はシル。隣の彼女がエーリだよ」

「はい、エーリです。以後、宜しくお願いします」

「う、うん。よろしく」

おどおどとした様子で挨拶を返すフィーネ。いつもの雰囲気はどこへ行ったのか。かなり新鮮な光景だ。

挨拶が終わったタイミングで、まるで見計らったかのように料理達が運ばれてきた。
肉、肉、肉、スープ、肉。肉パレードだ。しかも脂身たっぷり。

俺は脂が余り好きじゃない。でも…これは俺が頼んだ物だから好き嫌いで残すのは好ましくない。

だからーー。

「フィーネも食え」

「え、うん」

「「いただきます」」

フィーネは脂身とか肉系が大好物だから、フィーネにあげよう。俺は脂身の少ない所をもらうとしよう。


○○○


普段から。と言うよりも、以前、実験に失敗して体を変質させてしまってから、俺の食事量は異様に増えた。

どう考えたって物理的に入らないような量ですらペロリと平らげれるほどだ。例えるなら、自分の体よりも大きな魔物ですら骨も残さず食べ尽くせる自信がある。

それを失念していた。

要するに、食べすぎた。料理のメニューを全制覇するどころか店員に引き攣った笑みでオススメされた裏メニューでさえも食い尽くしてしまった。

周囲の人達はポカーンとした表情をしていて、フィーネに視線を向ければ呆れたように首を左右に振られた。

「ふむ…」

最近は当たり前のように、これの二倍以上の食事をしていたから忘れていた。

「やっぱ、兄貴はすげぇや…」

「いや。凄いって言うよりも、化物ですよ。化物」

「大丈夫。シルは良く食べる人は好き」

「この量を一人でって…やっぱりエルさんって人間離れしてるよね…?」

「ホント。どこにそれだけ入ってるのか気になるわ」

酷い言われようだ。特にエーリとバルバード。

隣の親父連中が青い顔をして伝票を押し付けあっているのを視界の端に捉えてしまい、申し訳なく思う。

いや、俺が払えばいい話か。

「あっ!兄貴!兄貴も第二学院に入学するんっすよねっ!?」

「あ?ああ」

そうだけど?

唐突に思い出したかのような声を出して、どうした?なんて思いながら、運ばれてきた紅茶を啜りホッと一息。

「俺!兄貴に言われた通り、毎日特訓してるんっすよ!目標はSクラスっす!」

「エルさんなら、きっとSクラスは確実だもんね」

そうそれ!とバルバードの発言に指を指して同意し、昼からの入学試験に瞳を燃やすキース。

「そうですね。エルさんなら間違いなくSクラス…いえ。特待生とか首席も夢じゃないですもんね…」

「ん。シルもエルと同じクラスがいい。頑張る」

鼻息を立ててシルも気合を入れる仕草をしている。
皆して元気がいいな。

ところで…Sクラスってなに?

そんな疑問を持った時。ふとフィーネが口を開いて爆弾を投下してきた。

「でも、エルは魔法使えないわよ?」

「「「…………」」」

黙り込む一同。和気藹々としていた空気が一瞬にして気不味そうな空気に入れ替わった。

「ん…。んっ!シルはFクラスになる!」

閃いた!と言わんばかりの発言。で、Fクラスってなに?なんの話?

「俺は…俺は…俺はぁぁ…どうしたらいいんだああぁぁぁっ!!」

頭を抱えて叫ぶキース。が、店員から静かにしてくれって注意が飛ばされて、すぐに大人しくなった。

注意を受けていないエーリやバルバード達までも大人しくなる。

「ま、まぁ。アレだね。目的はなんであれ、みんな入試に落ちないよう頑張ろうっ」

「おおーっ」

「ええ。そうね」

バルバードの掛け声に応えたのはシルとフィーネだけで、キースは難しそうな顔をして考え込んでいて話を聞いていなさそうに見える。エーリは外の風景を眺めてるし、俺は俺で…。

ああ…紅茶美味ぇ…。でも、ハクァーラが淹れた方がこの何倍も美味いんだよなぁ。

なんて全く関係ない事を考えていた。


○○○


入学試験は昼から開始される。

まず初めに入学志願者が闘技場らしき場所に集められ、長々とした学院の先生や校長の話を聞かされ、その後、番号を呼ばれた入学志願者は闘技場から出て行く。

俺は112番だ。

一度に呼ばれるのは30人ずつで、俺は4人目の教師に呼ばれた。そこにはフィーネも含まれている。
ちなみに、バルバードとキースは1人目。エーリは2人目で、シルは3人目だった。

闘技場から移動し、連れてこられたのは校舎一階に設置された普通の教室だった。
教室の中は大学の教室を縮小させたものを彷彿とさせる作りをしており、入学志願者は教師の指示に従って適当な席に着席する。

ここまで俺達を誘導した教師が最後の1人を教室内に案内して、教室内に入り、教卓の前に立ち、ゆるりと入学志願者達を見渡すとコホンと咳払いを一つ。

教卓の下から水晶を二つ取り出した。

「さっそくだが、今からお前達の適正ジョブと魔力値を測る。番号を呼ばれた順に前に出てこい」

俺は112番。俺は112番。前から22番目。後ろから8番目。…俺は112番。俺は…。

「次は112番」

なんて頭の中で往復して考えていると、遂に俺の番号が呼ばれた。

「ああ」

返事をして席を立ち、教卓の前に立つ。

「好きな方から測って良いぞ」

「ああ」

好きな方と言われても、どっちがどっちなのか見分けが付かない。右が内側がほのかに赤みを帯びた水晶。左が内側がほのかに青みを帯びた水晶。

……どっちからでもいいか。

「適正なしか…」

ん?

「変化なし…か。ある意味すげぇな」

………んん?
え、どう言う事?

教師の眼差しから哀れみを感じる。それが、そこはかとなく腹立つ。

「次は113番」

しかも、それで終わりかよ。まぁいいや。ジョブやら魔力値なんかに特に興味もないし。

「は、はいっ!」

俺と入れ違いになる形でフィーネが教卓前へと向かう。そして、椅子に座ろうとした途端、歓声が沸いた。

「適正ジョブが魔法剣士か。将来は有望…魔力値2万だとっ!?んなバカなっ!?」

と、教師の声が聞こえた途端の出来事だった。

「や、やべぇ。何者だよ、アイツ」
「魔力値2万って…宮廷魔道士でも1万5千って話だぞ…?」
「きっと壊れてるのよ」
「そ、そうだよね?さっきの彼なんて、両方共適正ナシだったもんね?」
「だよなだよな。絶対おかしいよな」

なんて騒ぎが立つ。

それを教師が手拍子一つで黙らせ、またもや咳払いを一つ。

「これはアーティファクトの複製品だが、そんなに簡単に壊れたりしない代物だ。少し取り乱したが、ほら、次だ次。114番。早く来い」

そうか。アーティファクト…興味深い。

その後は何事もなく測定が終了したが、俺は例のアーティファクトが気になって気になって、他の入学志願者の結果なんて聞いちゃいなかった。それどころじゃなかったんだ。

出来れば借り…いや、一個か二個ほど貰いたいものだ。

後で掛け合ってみるか…。

次に向かった先は無駄に広いだけの運動場らしき場所。少し離れた先には俺達よりも先に呼ばれた入学志願者の姿が見える。丁度、巨大な竜巻の如き水の渦が舞い上がって歓声が沸いている真っ最中だ。

一体ここでは何をするのだろう。なんて考えるまでもなく、目的地に到着したと言わんばかりに振り返った教師が説明してくれた。

「これから、お前達にはあそこにある的に魔法で攻撃してもらう!呼ばれた奴から前に出ろ!91番!」

なるほど。的までの距離は10mと少し。教師の足元にはロープでラインが引いてある。あそこに立てば、的までの距離はだいたい10m程になるだろう。

そこから魔法攻撃を放つ、と。要は、魔法の威力測定のようなものだと捉えれる。

周囲を窺えば、他の教師に呼ばれた入学志願者達が同じような事をしているのが目に入った。
魔法の威力は度外視し、派手なものほど歓声が上がる。逆に地味なものや途中で消えてしまうほど弱々しいものには拍手が贈られているようだ。

「次は112番だが…」

おっと。俺の番が回ってきたようだな。魔道具を使っても良いか聞かないとな。

「お前は魔力値がないから飛ばすぞ。113番、前に出ろ」

「えっ?は、はい」

フィーネが俺と教師を交互に見遣り、困惑しながら教師の元へ向かった。

ああ。俺もフィーネと同じ心境だ。まさか俺の番が飛ばされるなんて思ってもなかったからな。

まぁ良いけど。

的は5つ。ただ木の杭を地面に突き刺しただけのもの。多少のズレはあるものの等間隔に設置されており、それなりに考えてられているのが分かる。
その内、二つは表面が焦げ付いている。

「いきますっ!」

気持ちを切り替えたのか、フィーネの元気な声が聞こえてきた。
視線を向けてみれば、手を銃の形にし、指先を的に向けて狙いを定めているようだ。

いかずちよ!」

フィーネの手元に雷と炎による魔法陣が構築され、魔法のチャージが始まった。

なぜか周囲がどよめく。

「雷鳴と共に真紅の炎を携えこの地に振り捧げ!」

魔法陣を構築する炎と雷が一箇所に収縮し、一つの球体と化す。それは徐々に、徐々に大きくなりーー。

「『ファイア・ボルト!』」

急速に収縮したかと思えた途端、弾丸の如き鋭い速さで放たれる。
勿論、的には命中。小さな風穴を空け、チリッと風穴に火花が飛び散る。刹那、木っ端微塵に的が爆散した。

貫通型爆裂弾。俺はこれをそう呼んでいる。以前、俺がフィーネに教えてやったものだ。

一見地味に見えるが魔法弾が接触した部分に雷を纏わせ、追加の炎によって爆裂させる魔法だ。フィーネの魔法適正は炎と雷であり、この魔法の適性は非常に高い。

普通に魔法を使うのではなく一時的に魔法陣としてやるとマナを節約でき、しかも魔法の構成速度が上がる。と言う仮説を確かめたくてフィーネに教え、試してもらったものだ。

ただし詠唱は教えてない。
こんな詠唱は知らない。聞いた事もない。いつの間に考えたんだ?

一瞬の静寂の後、大きな歓声でフィーネを称賛する声があちこちから上がる。

「す、凄い魔法だな。俺の知ってる『ファイア・ボルト』と全く別物…もしかして、自分で作ったとか言わないよな…?」

「あっ、えっと、エルが教えてくれた魔法です」

「エル…?112番の、そこのエルの事か?」

「そうですけど?」

全員の視線が俺に向けられる。が、すぐに「そんなわけないか」と言いたげな顔をしてフィーネに戻される。

「まぁなんにしろ、ここまでの魔法力だ。お前さんは間違いなく合格だな。じゃあ、次は114番。さっきの魔法の後だがーー」

遠くの方で何かが爆発し、爆音と共にやってきた少し強い風が頬を撫でる。おそらく、フィーネが放った魔法弾が消滅したんだろう。

一瞬、ポカーンとした教師だったが、気を取り直して次の生徒に声を投げかける。

「あの威力は例外中の例外だ。あそこまで威力のある魔法は本来有り得ないからもので、そこまでのは期待してないからな。気にせずに自分に出来る限りの魔法を使え」









コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品