自称『整備士』の異世界生活

九九 零

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お待たせしました!ごめんなさい!!







魔石はマナ濃度300%以上のマナで包むと脆くなり、穴を開けてやると魔石の内部にあるエーテル液が流れ出す。

エーテル液の取り扱い方法としては、マナ濃度110%〜90%の濃度の中でなら魔力反応が起きず、爆発が起きたりはしない。
結晶化させるにはエーテル液が保有するマナを空にしてやれば良いだけだ。

ちなみに、マナ濃度0〜100%は俺個人の独断による測量だ。基準をエーテル液の安定値にしている。

そんな実験や検証を繰り返し行なっていると驚くほどに時間の経過は早く、気が付けば学院の入学試験が差し迫るような日になっていた。

「ねぇ、ねぇってばっ!エル!何してるのよっ!早く行こうってばっ!」

何を隠そうーー明日だそうだ。俺もついさっきフィーネに言われて知った。

フィーネは隣の家に住んでる女の子だ。一応幼馴染みに…なるのか…?まぁ、たまに暇つぶし程度の気持ちで俺の所に遊びに来る活発な女の子だ。

そして、なんの偶然か。俺と同じ第二学院の入学試験を受けるらしい。っと言っても、これもついさっき知った事だけど。

フィーネがギャギャーと喧しく騒ぐ声をBGMにしつつ作業を続けていると、作業中の俺の首根っこを掴んで無理矢理に外に引っ張り出してきた。

朝日が眩しい…。

「早く行かないと間に合わないって言ってるじゃないっ!」

「………」

「ちょっと!なんで黙ってるのよっ!折角ドンテさんが早馬を用意してくれたんだから、急ぐわよっ!」

「荷物がある」

「そんなの後で取りに来れば良いじゃない!一週間前から今日までに出発するって言ってたわよね!?もう時間を伸ばせないのっ!分かる!?遅刻しそうだから急がないといけないのっ!分かった!?分かったら行くわよっ!」

「………ああ」

早く、行く…ね。

俺個人の意見からしてみれば、まだ時間に余裕がある。だけど、フィーネがそこまで早く行きたいんだったら仕方がない。

「ようやく行く気になったのね。それじゃあ早く行くわよ!」

「待て。準備する」

「ちょっ!だから、そんな時間はないって!」

いや。かなりあるぞ?

今から早馬で走っていけば明日の朝に到着する予定。時間から距離を割り出すと…そうだな。早馬の速度は時速5km/hとしよう。そして、目的地には明日の朝に到着。これを踏まえて24時間とする。

で、ざっと120kmの距離になる。多少の誤差はあれど、これぐらいだと思う。

それらを考えた上で俺の考えを述べるとするならば、余裕だ。すごく近い。時速100km/hで向かえば、一時間と少しでも到着する距離なんだからな。

多く見積もったとしても2時間以内には到着可能だ。

それを伝えようとして、言葉を詰まらせる。どう説明すればいいのか分からないんだ。

だから、一見は百聞にしかず。実際に見てもらった方が早いと思った。

「ちょっと!もう行がなきゃ間に合わない言ってるじゃない!どこに行こうとしてるのよっ」

「………」

付いて来たら分かる。

そう言外に伝えようと試みながら、踵を返して倉庫へと戻る。

数年前に家の裏手に建てた倉庫。一階には試作品達と開発場がある。二階には荷物置きに使っている大量の個室と執務室。そして、地下にはーー成功作を置いている。

何を隠そう。俺はバイクを数台完成させていた。ただ納得がいかないと言う理由で隠すように保管していた。

それが今日、初のお披露目となる。

倉庫の二階に上がる階段裏に作った本棚型の隠し扉を開けて、階段を降りて行く。その後ろをキョロキョロと物珍し気な顔をしてフィーネが付いてくる。

「こんな所に階段…?」

階段を一段降りる度に天井が灯りを灯す。これは以前に迷宮で手に入れた発光石に手を加えて利用している。

そして、地下1階に足を踏み入れた途端。真っ暗だった部屋が純白の灯りに包まれる。そこに規則正しく並ぶのは俺が作ったバイク達。とは言え、まだ8台しかない。

ちなみに、地下2階はスライム養殖場だ。

「なによ…ここ…」

俺が作ったバイクは大まかに別けて三種類ある。

一つ目は前世でも良く見るようなゴム製のタイヤを前後に付けた二輪車だ。エンジンもガソリン燃料を必要とし、現状では動かせない。

二つ目は一つ目の車体に別のエンジンを取り付けたものだ。エンジンは俺が考え、島の連中に様々な案と細々とした計算をさせた、この世界の最先端技術を粋を寄せ集めた一品。その名も魔道エンジン。
燃料はエーテル元液。または、濃度を薄めた物になる。
従来のエンジンと比べて性能や燃費はそこまで良くはないものの、エンジン内部で燃焼しているわけではないので排気ガスはなく、かなりの大きな汎用性が効く。

魔道エンジンとは。そもそもの話からして従来のエンジンと根本的な所から違う。まず、エネルギー出力は大きさではなく、与えるエーテル量によって上下するので小型化が出来る。生み出すのは高圧縮されたマナエネルギーで、後はそれを運動エネルギーに変換してやれば良いだけだ。

そして三つ目はタイヤの存在しないバイク。前々から考えていた空を飛ぶバイクを作った。ジェットバイクとでも呼ぼう。
形としては、バイクの車体からタイヤを取っ払って、そこにジェット装置を取り付けた。
前輪部には浮くための装置。後輪には前進用のジェット装置。魔道エンジンの個数は計3つ。前部に二つ。後部に一つ。
生み出すエネルギーを直噴射させて飛べるようにした。要するに、マナの圧力のみで空を飛べるようにしたわけだ。

1台目は試行錯誤して試作品として作った物だから色々と詰め込みすぎて無駄にガタイが大きくなってしまったが、2台目は1台目で構造を理解していたから不要な物を切り取ってスリムな形を作り出せた。

今回はそのジェットバイクを使用する。2台しかないが、なに。問題はない。

2台とも使用可能状態だ。エーテル缶を装着すれば、今すぐにでも飛んで行ける。

「ねぇ。これ、上にあるのと何か違うの?」

「ああ」

そりゃそうだろう。上に置いてあるのは動かないが、ここに置いてあるのは燃料さえ与えれば動くんだからな。

ジェットバイクのタンク部を開けてエーテル缶を装着させ、起動スイッチを押すとキュイイィィィンッと起動音が鳴って車体を僅かに床から浮き上がらせる。

「えっ!?なにそれっ!なにそれっ!?どうなってるの!?凄いっ!」

「これで向かう。準備しろ」

「うん!分かった!」

そう言うや否やスタターッと部屋から出て行った。

速いな。

俺もコイツを上に運ぶか。って言っても、中央のエレベーターで運ぶだけだけど。


○○○


「なぁ、エル?本当に大丈夫なのか?これ浮いてるんだぞ?途中で落ちたりしないのか?」

「問題ない」

本当に父ちゃんは心配性だな。

何度か試験運用をしているので、イレギュラーが起きない限り落ちる事はないはずだ。

「ねぇ!ねぇ!早く!早く!」

フィーネはジェットバイクが飛び立つのを今か今かと楽しげに待っている様子。
もう既にスタンバイ完了しているようだ。でも、その荷物の量は頂けないな。車体からはみ出している。見るからに重量オーバーだ。

「フィーネ。荷物は鞄に入れろ」

「鞄?」

「そこに掛けている」

「あっ!これね!分かった!」

バイクの横にサイドバックを取り付けている。それはマジックバックと呼ばれる魔道具になっている。
ずっと異空間鞄やら倉庫と呼んでいたが、クロエ曰く名前が違うかったらしい。異空間鞄はマジックバック。異空間倉庫はインベントリだそうだ。

言葉が難しくて、覚えるのに三日掛かったのは秘密だ。

それはさておき。フィーネが荷物を全て収納し終えたのを見届けた後、心配ばかりする父ちゃんに一言。

「行ってくる」

「あ、ああ…気を付けてな」

ちなみに、母ちゃんとアックとマリンは一足先に学院に行っているそうだ。
入学試験を見るためだとか、なんとか。

観れるのか…?

そして、父ちゃんはお留守番だ。

父ちゃんに見送られながらバイクに跨り、車体を上昇させる。

みるみると地面が離れてゆく。父ちゃんの寂しそうな顔が遠くなってゆく。

じゃあーー発進するか。

クラッチを握り締め、シフトを蹴り下ろしてジェット装置の向きを後方へ変更。一度アクセルを捻ってエンジンを煽り、クラッチを解放する。

「うひゃあああああっ!」

刹那、ジェットの噴出口から大量のマナが噴出され、見事な初速を見せた。
フィーネが背後で楽しそうな声を上げている。

向かい風が気持ち良く、忘れかけていたバイクに乗る楽しさを思い出す。魔道エンジンが唸る。シフトを上げて更に加速する。

まるで風になったような気分だ。

今更ゴーグルを着けて、もう一つフィーネにも渡してやる。フィーネがゴーグルを着けたら、更に更に加速する。

体感的には100km/hオーバーだ。もっと。もっと出るはずだ。

このジェットバイクの操作方法は至って簡単で、従来のバイクの操作方法をそのまま転用しただけになる。

クラッチを握れば動力をカットする。シフトは下から1→N→2→3→4→5となっており、Nニュートラル時に上昇と下降が可能にしてある。っと言っても、アクセルを回せば上昇し、緩めれば重力に任せて落ちてるだけだけどな。

ハンドルも取り付けているが、これはN時のみ操作可能だ。それは前部に取り付けているジェットの向きが関係してくるんだけど…まぁ、細かい話は別にいい。

飛行中は体重移動によって上下左右に進行方向へ変える。後方へ一方向に向かってジェット噴射しているため、その向きを変えてやる必要があるんだ。

まぁ、障害も何もない空の上で向きを変える必要性なんて特にないけどな。ただまっすぐ目的地目掛けて飛べばいい。

……そういえば、どっちへ向かえば良いんだっけ?

学院には馬車で行けば村から一番近いカルッカンを経由し、北にあるサリットと呼ばれる街を経由。西側の大きな川を渡った先にあると聞いている。ついでに言うと、学院を超えて更に西へ向かうと王都があるらしい。

早馬だと、街を一つも経由せず、途中にある森を突っ切るわけだから一日と言うわけだ。しかも、ここに魔物と遭遇した時とかの戦闘時間は含まれていない。

だとすれば…向かう方角は村から北西。進行方向は合ってるな。

そうして40分ほどが経った頃。フィーネが静かになって周囲の景色を堪能している最中。

見つけた。目印の川だ。っと言うか、街と川だな。
街の半分が川と一体化している…?いや、川の上に街を作ったのか?どっちでも良いか。

川が氾濫したら大変そうだな、と思った。

それはさておき、目印の街サリットを見つけたから、そこから西へ。

速度を落とさずに5分ほど飛行すると、遂に見えてきた。そこらの街よりも一層に大きな城壁に囲まれた城を彷彿とさせる第二学院だ。

学院の中央に見えるのは…見張り用の塔か?随分と高く目立つ塔だ。
その下に巨大な建物…校舎だな。がチラリと見える。もう少し上昇しつつ近付けば内部構造が把握できるだろう。が、やめておこう。それは後の楽しみに取っておくつもりだ。

取り敢えず、速度を徐々に緩めつつ、人が沢山集まっている所の上空辺りで停止させ、シフトをNまで下げて降下する。上空からの降下の仕方は、たまにアクセルを回して落下速度を殺してやるのがキモだ。これをしないと普通に落下するだけだからな。

なぜかどよめき、俺達を警戒心剥き出しの眼差しで見つめてくる者達の視線を無視して、安全に着陸…成功。

「ついたーーー!」

と、フィーネが両腕を天高く挙げて大きく背伸び。それを横目に、俺はさっさと自分の荷物とフィーネの荷物をサイドバックから降ろして学院内に入る準備をする。

「フィーネ。早く降りろ。バイクを直す」

「あっ!うん!」

フィーネが飛び降りたのを確認した後…人目があるから、簡易スクロールを使ってジェットバイクを倉庫の地下一階へと送る。

荷物を持ち、振り返れば俺達は注目の的だった。

フィーネは興奮が治らない様子で、周りの視線にも気付かずに上機嫌で荷物を整理している。

「行くぞ」

「えっ!ちょっ!ちょっと待って!」

急いで荷物を整理して大きな鞄を「よいしょっ!」と言って背負うフィーネを置いてさっさと列の最後部に並ぶ。おそらく、この列に並ぶ人達は壁の中へ入るのを待っている列だ。最後部に並ぶのが常識だと一度目の旅で父ちゃんから教わっている。抜かりはない。

「アイツ…」
「ああ。ヤバイな」
「あの魔力量…今年の入学生は…」

「さっきのは…」
「最近噂の…あの…」
「メンテナンス・ハンガーの従業員かしら…」

「随分と派手な登場をしやがって…」
「やっちまいやすか?」
「いや、今は放っておけ」

耳を澄ませば、雑音と共に微風が草を揺らす音が聴こえてくる。

「ねぇ、エル。エルは入学試験ってどんな事をすると思う?」

「………」

フィーネはまだ始まってもいない入学試験に不安と同じぐらい胸を躍らせている様子だ。

「アイツの名前エルだってよ…」
「それって、一時カルッカンで噂だった…」
「そんな噂聞いた事ない…」

「エル。どっかでこの名前を聞いたような…?」
「さぁ?俺は聞いた事ねぇぞ?」

「エル?今、エルって言ったか?もしかして…」
「え。本当に…?」

「エ、エ、エ、エルだとっ!?す、すまん!用事を思い出した!先に帰る!」
「ちょっ!パパ!?どこに行くのっ!?」
「用事があるんだ!本当にすまん!許してくれ!」

本当に賑やかな雑音だ。

そんなこんなで、外の列に並ぶこと二時間。ようやく俺とフィーネは学院の中へと入る事が出来たのだった。




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コメント

  • トラ

    更新お疲れ様です

    1
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