自称『整備士』の異世界生活

九九 零

62



はエル。趣味は物作り。特技はない。ちょっとした会社の社長を務めている他は、至って普通の子供だ。

「なぁ、エル?やっぱり、最近おかしいぞ?」

「そんな事はない」

「じゃあ、どうして家で大人しくしてるんだ?いつものお前なら今頃どっかに出掛けているだろ?」

「僕は普通だ」

「ほら!それ!やっぱりおかしい!あのエルが"僕"なんて言葉を使う筈ねぇのにっ!」

イラッとして父ちゃんにドロップキックをかまそうと思ったけれど、グッと堪えて、紅茶を一口飲んで荒ぶる心を落ち着かせる。

「用はなんだ?」

「用が無けりゃ話しちゃいけねぇのか?」

「………」

イラッとした。でも、父ちゃんの言葉も一理ある。用がなければ話てはいけないわけじゃない。
誰だって雑談ぐらいはするものだ。

「まぁまぁ。そんな怒ってるのか睨んでるのか分からない目で俺を見るなよ。ちゃんと用はあるって」

それなら、さっさと話せよ。

「そろそろエルは13歳だろ?平民が学院に入学出来るのは一般的に13歳からだからよ、そこにお前を通わせようと思ってるんだ」

………ん?、何歳だったっけ?

「丁度、ここに推薦状が二通ある。一通は騎士養成学院への推薦状だ。ベルモンド家…以前、世話になったマリアナとナルガンの家からだな。もう一通は差出人は書かれてなかったが、第一魔法魔術学院への推薦状だ。さすがの俺も目を疑ったぞ。第一学院って言えば過去に何人も優れた魔法使いを生み出してきた学院だからな。そんな学院への推薦状だ。正直、お前が羨ましい」

っと言われてもな。僕にはその良さが分からない。

「好きな方を選んで良いぞ」

「………」

学院…学院か…。
そう言えば、学院に通えば魔法が学べるって誰かに聞いた覚えがある。誰だったか…。

「考える」

「まぁ、そうなるよな。分かった。また決まったら教えてくれ。来年に入学試験だから、それまでに頼むぞ」

「ああ」

来年…って事は、今の僕は12歳ということか。もうそんなに時間が経ったのか。時間が経つのは早いな。

残った紅茶を飲み干し、裏手の倉庫へと移動しながら、背後から付いてくるハクァーラに指示を出す。

「ハクァーラ。カナードとクロエを呼べ」

「はい」

倉庫に入り、試作品のバイク達の隙間を縫うように進み、二階にある一番奥の執務室に行き着く。

そして扉を開けばーー。

「おう。邪魔してるぞ〜」

「お呼びでしょうか?エル様」

「わざわざ呼び出すなんて何の用よ。私、今忙しいんだけど?」

僕が執務室に辿り着くよりも早くカナードとクロエが来ていた。
行動が早いのは何よりだ。だけどーー。

呼んでもないのに来ていたカッカをチラリと見やる。

「俺は別件で旦那に用があったんだが、邪魔か?」

「問題ない」

そう言う事なら居てくれて構わない。

執務机まで移動し、椅子に座って三人の顔を見渡たす。

「で、用は何よ。急いでるから早くして」

僕を急かすのはクロエだけで、カッカとカナードは沈黙を保って僕が話し出すのを待っている。

コトリと机に紅茶が置かれる。ハクァーラが淹れてくれた紅茶だ。僕が視線で合図を出すと、三人にも同じ物が振舞われる。

それを見届けてから、口を開く。

「クロエ。向こうで学院に通う奴を募集しろ。第一魔法魔術学院と騎士養成学院だ」

「え?第一…って、え!?第一学院!?なにそれ!?どう言う事!?」

取り乱してるクロエは放置し、さっさと次の要件に移る。

「カナード。世界中の学院を調べて報告しろ」

「かしこまりました。一週間お待ち下さい。全ての悪事とエル様に不利益になる事を調べて参ります」

「その必要はない。学院の数と名称と概要だけだ」

「でしたら、明日の同じ時刻までに集めてみせます」

「ああ」

お先に失礼します。と、退出するカナードを見送り、ようやく落ち着きを取り戻したクロエに視線を向ける。

「アンタ、なに言ってるのか分かってるの?第一学院って言えば、私達じゃ逆立ちしたって入学できないエリート学院よ?騎士学院もそうよ。貴族じゃない私達は試験すら受けさして貰えないわ」

「…そうか」

「そうか。って…アンタねぇ…」

呆れられた。

でも、知らなかったものは仕方がない。貴族…貴族か…。選民主義者共の考えは理解が出来ない。

「まぁいい。学院に通いたい奴を募集しろ」

「募集してどうするのよ」

「通わせる」

「どこに?」

「……選ばせる」

カナードにお使いを頼んだから、そこから選ばせれば良いだろう。

「はぁ…」

どうして溜息を吐く。

「分かったわ。掲示板にでも貼り付けておくから、それで良いでしょ?それじゃあ用事の途中だから帰るわよ?」

「ああ」

僕の返事を聞くや否や、急ぎ足で出て行った。

そして残ったのはカッカと僕となった。

「話して良いか?」

「待て」

紅茶を一口…いつもと違う味だ。これもなかなか美味いな…。

「先日アーマネスト子爵から送られた茶葉でございます」

「悪くない。礼に何か送り返しておけ」

「かしこまりました」

ふむふむ。しかし、これは本当に良い味だ。強い渋味にほんのりとした甘味が上手く合わさっていて、これまでとはまた違った風味がある。きっとセバスが選んでくれたんだろう。

もう一口。香りと味を楽しみ、再びカッカを見る。

「良いぞ」

「おう。んじゃ、話すぞ。今のところ集まってるのは、孤児が56人。奴隷商から買い取った奴隷は24人。その内、戦闘奴隷は11人。残りは性奴隷や借金奴隷だな。あと、物人が3人に、道中で拾ったガキを1人。それから、就職希望者が109人だ」

合計で95人+109人=204人か。多いな…。

「ふむ…先にサーファに欲しい奴を選ばせろ。残った中で信用できる奴だけ島に回せ。他は自由にして構わない」

「あいよ」

ところで…物人ってなんだ?

それを聞こうとしたタイミングで、カッカは立ち上がりながら思い出したかのように言ってきた。

「あー、そうそう。旦那は興味ないかも知れないけどよ、つい先日、魔王が誕生したらしいぞ。んでもって、異世界から勇者が召喚されたんだとよ」

そうか。興味ないな。そんな事より、物人ってなんだ?

「また何か用があったら呼んでくれよな」

ヒラヒラと手を振って、影に溶け込むように消えて行くカッカ。

物人ってなんなんだよ…。

っていうか、結局、誰一人として紅茶を飲んでくれなかったな…。せっかく用意してもらったのに…。残念だ。

「エル様。私からも報告があるんですけど、良いですか?」

「ああ」

「まず、第一、第二支店の設営が完了したようです。あと、メカニック様宛にこの様な手紙を預かっています」

「ふむ…」

手紙を受け取りながら、予想以上の速さで完成してしまった支店をどうするか考える。

当初の予定では魔道具の販売でもしようかと思っていたんだけど、それをカッカに話すと全力で止められたから、どう扱うか迷っている。

手紙を開きつつーーあ、そうだ。馬車の販売でもするか。島にいる見習い達が知恵を振り絞って丹精込めて作った馬車の在庫(ゴミ)が山程ある。それに加えて、実験や試作品として制作された馬車もあるし、もっと言えば、マナ駆動式自動車 (仮) もある。

それらを販売する支店にしてみるのはどうだろう?

構図としては…一階をブチ抜いて、そこに馬車を何台か置き、二階に商談室を作る。うん、悪くない考えだ。
カッカに言って人を何人か回してもらっておくか。

封を開けるだけ開けた手紙を隣に置いて、思い付いた構図を紙に書き出しておく。

「ふむ…悪くない。これに改装だ」

「はい」

さて。手紙を読むか。そう思って、手紙を取り出してみたは良いけど…うん。読めない。

「ハクァーラ」

「はい」

こう言う時はハクァーラに音読してもらうようにしている。勿論、僕が文字を覚えるためだ。
まぁ、その辺は全く成長していないんだけどな。

一つ覚えたら一つ忘れる。常にイタチごっこだ。

「えーっと…其の事業設立に心からの祝いを送る。我は其の事業に感銘を受け、其の製作したる馬車を一台寄付する事を許そう。王国アルフェントの王都まで来たるべし。またーー」

「もういい」

堅っ苦しく、尚且つ、随分と上からな物言いだ。どこから僕が馬車を作ってるなんて噂が立ったかは知らないけど、こう言う輩は全員漏れなく断っている。僕が懇意にしているのは以前、馬車を試作品に作り変えたアリアンナの家ーーアーマネスト家としか付き合いをしていない。

おそらく情報が漏れたのはそこからだとは思…ああ、そう言うことか。なるほど。理解した。

情報を漏らしてしまったお詫びに紅茶の茶葉を送ってきたんだな。
だとすれば、納得のいく話だ。

「断る、と送れ」

「え、でも…いえ。分かりました」

今の間はなんだったんだ?まぁいいか。

そもそも、寄付ってなんだよ。聴いていて段々腹が立ってくるような内容だった。
こんな手紙燃やしちまえ。

有言実行とばかりにハクァーラから手紙を受け取って燃やしてやる。

よく燃える紙だ。


○○○


翌日。同室にて。

「ーー以上が現在存在している学院です。概要の方は全てこちらに纏めておきました。では、失礼します」

「ああ」

カナードの手短な報告の後、ビッシリと文字の羅列で埋められた書類を受け取り、視界の端でカナードが部屋から出ていくのを見送る。

扉が閉まるのを確認してから、渡された書類をハクァーラに手渡しておく。だって、文字が読めないんだもん。

「たった一晩でここまで…さすがですね」

中身を確認したハクァーラが感嘆の声を上げている。そこから察するに、完璧な仕事をしてくれたようだ。

書類全てに目を通したハクァーラが学院の名前と概要を俺でも分かるような簡単な言葉に置き換えて説明してくれるのを聴きながら、手元の仕掛け付き短剣の手入れをする。

そうして30分ほど経った頃。

ノックもなしに、まるで自分の部屋に上り込むような態度でクロエが来た。

「昨日の件で報告に来たわ。学院に通いたいって子は全員で13人いたわよ。あと、私も通いたいから、私含めて14人ね」

「ああ」

そうか。

「ハクァーラ」

「書き写した物を後で届けます」

僕の意図を汲んでくれたのか、僕が物を言う前に僕の求める返答を答えてくれた。

さすがだ。

「ところで、昨日カッカさんからこっちに人が増えるって連絡が来たんだけど、アパートの部屋はもう全部埋まってるわよ?それとも、新しいのが出来るまで自分達で建てさせる予定の家に仮住まいさせるつもり?」

ああ…そうだった。

アパートって言うのは、島に送った奴等一人一人に与えた部屋の集合体を指す。前世で言うアパートとは全く違う。簡潔に言ってしまえば、シェアハウスのようなものだ。

そして、もう一つ。島に送った奴等だけど、現状で50人近くいる。正確に言えば53人+1.5人だ。1.5って言うのは、赤ん坊。または働けない者を指す。計3人いるから、一人頭0.5と数えている。

まぁそんな事は兎も角。

「問題ない。僕が作っておく」

「わかったわ。……?僕?」

なにか?

「エルって、自分の事を俺って言ってたわよね?」

「ああ」

「どうして僕?」

「気分転換だ」

「あ、そう」

桐乃絵に教えてもらったんだ。作業が手に付かなくなってきたら、気分転換をするのが一番だってな。
だから、こうして当分は物作りを控え、一人称を変えて、冒険者稼業に勤しんだりしている。

ちなみに、前の冒険者登録をした際の名前を変更して使っており、書類上ではメカニックになっている。他にもエルの名前を使っていた事柄は全て闇に葬り、メカニックの名に変更済み。この事を知っているのは僕に深く関わっている人物だけだ。後は僕がメカニックの役割をする際に軽く変装すれば、誰も僕がエルだとは気付かない…だろう。

っと、そんな訳で、これで誰も僕の名前を知らない現状を作り出せたし、僕や僕の家族に降り掛かる不幸のほとんどを実在しないメカニックへと押し付ける事が出来たわけだ。

「じゃ、ハクァーラさん。書類のコピーをお願いね」

「書き写しですね。はい。任せて下さい」

ハクァーラの返事に満足したようで、クロエはニッコリとハクァーラに微笑みを向けてから帰って行った。

そして、学院の名前と概要の読み上げが再開される。僕も、仕掛け付き短剣の整備を再開する。

「ーー以上です。話は変わりますが、エル様。そろそろ簡易スクロールの予備が無くなってきていると報告が上がっています」

チラリと横目でハクァーラを見ると、どうやら書類の最後に在庫の報告書が紛れ込んでいたようだ。

カナードもたまにはミスをするんだな。

「分かった」

また作り置きしとくか。

さて。それはさておき、学院の話だ。
僕が通う学院を決める。それは、僕の未来を左右するかもしれない人生の分岐点のようなものだ。

こう言うのは慎重に決めなければいけない。

ササっとバラバラにしていた仕掛け付き短剣を組み立てて、冷めた紅茶の残りを口に含んで味を楽しんでから呑み込む。

よし、決めた。

「カーテナ」

「第2学院カーデルですね」

ああ、そんな名前だったな。

概要を聞く限り、今の僕にはここが一番合っていると思った。
決め手は、冒険者科に入れば拘束が少なく、冒険者のランクが高ければ高いほど自由度が増すと言った点だ。謂わば、実力主義な感じだな。それに、貴族が少ないのも好ましい。
僕は貴族が好きではない。特に傲慢で自分勝手な奴だ。貴族にはその類が多くて困る。

「分かりました。カッカさんにはその様に伝えておきます」

「ああ」

どうして、そこでカッカの名前が出てくるんだ?
まぁいいか。カッカに知られて困るような話でもないしな。

「エル様。少し席を外しますね」

「ああ」

ハクァーラも部屋を出て行き、遂に僕一人になってしまった。とは言え、僕は単独行動が多いし、別に珍しい事じゃない。

でも、厳密に言うと、今この場にいるのは僕一人だけと言うのは少しおかしいかもしれない。

「シルバ」

ガタンっと慌てたような音が天井から鳴り、一拍置いて、諦めて恐る恐る天井裏から這い出るように降りてーー。

「ぐへ…」

不時着した。

白磁器のような真っ白な肌。白銀色の髪。長く尖った耳ーーエルフ種で86歳の若造だ。
髪が白銀色だからシルバ。と、クロエに名付けられたらしい。例のタングの街の孤児院出身の一人。冒険者になりたいと言っていた中の一人だ。
以前、僕が冒険者稼業をする時に相方を募集したら、次の日にカッカが連れてきた。

それから気分転換をする時はだいたい一緒に行動している。まぁ、今回のように屋根裏で盗み聞きしているのは頂けない行動だけどな。

「いててて…」

そう言いながら、顔を上げて僕と目が合う。

「えーっと…ごめんなさい…」

反省しているようで何よりだ。今後、こんな事はないようにな?と、目で語る。

うぅ…と縮こまるシルバ。だけど、何か言いたい事でもあるのか、指をツンツンして歯切れ悪そうに言った。

「それで…その…オラも学院に通いたいんだけど…」

「そうか」

別に学院に通わせるのは何の問題もない。必要金額も全て下調べ済みで、全員を学院に通わせても大丈夫なぐらい蓄えもある。

だけど、シルバだ。あの問題児のシルバだ。学院に通わせても大丈夫かと不安しか湧いてこない。

なんせ、外で僕の名前は"メカニック"と呼べと何度も言ってるのに、懲りずにシルバは"エルさん"と呼ぶ。
弓が得意だと豪語する割に碌に当てれない癖に、槍の扱いは上手い。なのに槍を使わない。地図の読み方を教えて道案内をさせてみれば、開始一歩目から向かう方向を間違えるし、薬草に関して詳しいとか言っておきながら毒キノコを食べて死に掛ける事が多々ある。

それに、火と土の二属性の魔法が一番向いていると教えたのに、一番不向きな水魔法を必死に使おうとするし、ついでに言うとマナ操作が余りにもお粗末でシルバが使う全魔法の威力は全くない。

まだまだある。

時間を決めたのに待合の場所に来なくて迎えに行くと、大抵、露店で道草を食っている。しかも、真剣に品物を選んで買うくせに、どれも使う機会が全くないような不用品ばかり。
武器や防具をシルバ一人で買いに行かすと必ず見た目だけ良い不良品を掴まされているし、食材の買い出しを言いつければ、なぜか手には食材ではなく、泣いている迷子の子供と手を繋いで帰ってくる。

悪い所を挙げればキリがなく、僕ですら手を焼くような問題児だ。

どうするか…。

悩む僕を潤んだ瞳で見つめてくるシルバ。エルフの86歳はまだ幼いとされていて、見た目は僕と同じ。もしくは歳下のように見える。まぁ、見た目通り言動も幼く、精神年齢は明らかに僕の方が上だ。

「………分かった」

悩みに悩んだ末、もしも。万が一。ほんの僅かな期待を込めて、学院に通わせたら少しでも精神年齢が上がるかな?なんて考えて了承してみた。

すると、シルバは大喜び。その場で飛んで跳ねて、まるで子供のように「やったー!」と声を上げて小躍りし始めた。

まるで、ではなく、見た目以下の子供だったな…。

少しシルバの未来が心配になった。


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