自称『整備士』の異世界生活

九九 零

59



人と話すのは何百年振りだろう。

そう考えて物思いに耽る桐乃絵。

元異世界人が二人もいた将来が有望そうな子供達。その中には次の勇者候補も一緒だった。

本当に賑やで楽しそうだった。

そんな彼等を引き連れていたのが、小さな背中を持った無愛想な一人の元異世界人の少年。特筆するような外見じゃなかったけれど、彼の中には鋼のように強固な芯があった。

何者にも俺の邪魔はさせない。と言わんばかりの鋭い眼光。

とても物静かで。冷静沈着。かと思えば、趣味に関しては人格が豹変したかと見紛うほど熱心。

「ふふっ」

思い出して笑いを溢す。

彼は異様に警戒心の強い子供…いや、異世界人だった。お茶が好きで、お菓子が好きな、少し…いいや。かなり変わった人。

この世界に順応していない普通の肉体だけで、たった10年近くでこの世界の人間を超える肉体まで鍛え上げ、更には本来なら扱えるはずのない魔力さえも操ってみせた。

そこに至るまでどれだけ血の滲むような努力をしたのか…全く想像できない。

「また来る…か」

そんな彼がまた来ると言ってくれた時はどれだけ嬉しかったか。

僕は500年前のあの日からずっとここに閉じ込められている。だけど、それはあの時の僕に必要な事だったから後悔してはいない。

でも、一人は寂しい。

前にここに人が足を踏み入れたのは何世代後の勇者だったんだろう。誰もが最下層の僕の元に辿り着く前に諦めて帰って行く。戻ってきてくれた事なんて一度もない。

最下層に辿り着いたのは、これまでを思い返しても300年前に来た勇者ただ一人。でも、その勇者も僕の願いは叶えられなかった。

僕はここで待つしかできない。

僕はここを動けない。

人と会いたくても。人と話したくても。僕は外には出る事が出来ない。
だから、エル君の言葉はとても嬉しかった。

本当に面白い人だった。次は来るのはいつになるのかな?

数日?数ヶ月?数年?僕には時間がまだまだ残っている。だから、いつまででも待つよ。

でも…早く来ないかなぁ〜。なんて思って期待している。


●●●


桐乃絵と別れた後、転移魔法のようなもので地上へと帰ってきた。
見渡して自分の現在位置を把握すると、山の頂上付近にあった平原地帯だと推測できる。

右側の方から賑やかな戦闘音が聞こえてくるけれど、見なかった事にして空を見上げる。

太陽が眩しい。時刻はおおよそ朝の9時か夕方の4時ぐらいだと思う。方角が分からないから、ハッキリとした事は言えない。

右側から勝利の雄叫びが聞こえてくる。無視して、体内のマナに意識を向ける。

いつもと変わらずマナは体内を循環していて、桐乃絵に与えられた聖水の気配がどこにもない。
だけど、なんだかマナとは違う気配を自分の体の奥深くから感じ取れる。

暖かいわけでも、冷たいわけでもない。意識を向けないとそこにあると認識できない。でも、確かにそこにある。
これがなんなのか分からない。悪い気はしないけれど、確かめたくてマナで触れようとしたら弾かれてしまう。

強引に掴み取ってしまうと壊れそうな繊細さ。なのに、触れる事を嫌って拒絶してくる。

気になって仕方がない。

一つ仮説を立ててみよう。これはマナとは違う。マナに似通ってはいるものの、全く別の力であり、また違った法則で動く代物だと考え得る。
だとすれば…これは…。取り敢えず、謎の力として捉えておこう。

さて。この話はここまでだ。次に移ろう。

「…カッカ」

「………あー、ここはお疲れ様って労った方がいいか?」

登場のタイミングを見計らっていたんだろう。俺が声を掛けると、ヘラヘラと笑いながらようやく姿を現した。

「必要ない。現状を話せ」

「はいよ。旦那ならそう言うと思ったぜ。そんじゃ、まずは旦那達がドラゴンに攫われた件だけどな。ようやく討伐隊が組まれて、今はこの山の麓で陣形を取っている。明日か明後日にでもドラゴン退治に出発しそうな雰囲気だな。つっても、その例のドラゴンはーー」

言わなくても分かるよな?みたいな顔をして、さっきから騒がしい右側に視線を向けて乾いた笑みを浮かべた。

「たった三ヶ月で。よくもまぁ、ここまで育てたもんだな…。三ヶ月前と見違えるようだぞ」

「だろうな」

アイツ等もアイツ等なりに頑張っていたのは俺も良く知っている。だから、この結果は当然だと思っている。

ドラゴンを倒して喜ぶクロエやハリス達を遠目に眺めながら、カッカがゆっくりと口を開いて報告事項を話す。

「例の計画は順調だそうだ。離島の購入も済んでいる。あとは旦那の指示待ちな感じだ。それから、教国の連中が妙に騒がしい。聞いた話じゃどうも神託が降ったそうで、どこかに現れた新たな魔王の討伐に備えているそうだ。あと、秘密裏にどこかに誕生した勇者を血眼になって探し回っているそうだ」

前半の報告は俺にとって大事な話だが、後半は必要ないな。魔王伝々。勇者伝々。俺には関係のない話だ。

「それと、最後に、旦那の家族の事だがーー」

家族…何かあったのか?

「そんな睨まなくても大した話じゃない。ただ、旦那を探しに旦那の父親が旅に出たって事ぐらいだ」

そうか。家族に迷惑を掛けてしまったな。帰ったら謝ろう。

「そんじゃ、俺は旦那の無事を伝えに行ってくるから、早く帰ってやんな」

「ああ」

俺の返事を聴いたカッカは周囲に気配を溶け込ませるように姿を消した。前よりも隠密が上達しているように感じる。

「あっ!」

カッカが立ち去るのを見送っていると、どこからか焦ったような、それでいて慌てて発したような声が聞こえてきた。

「エルさん!危ないっ!」
「エル!避けて!」

「んあ?」

同じように慌てた様子で叫ぶアリアンナとクロエの声。
少し煩わしく感じながら四人の元へと視線を戻すと、巨大な火球が俺目掛けて一直線に飛来してきていた。

っと言っても、もう眼前に迫っている。衝突まで残り1秒もなく、即座に避けれないと悟った。

火球は巨大で内包されたマナも相当なものだ。当たれば痛いじゃ済まない。それこそ、体の一部の欠損を覚悟しなければいけない威力だ。

だとすればどうするか。そんなもの簡単だ。当たらなければ良い。

手をマナで覆い火球に軽く触れて押す。と、軽々と軌道が逸れて空高くへ飛んで行った。

魔法に干渉するには同じ魔法を扱う必要がある。それの応用で、魔法を構成するマナに合わせて自分のマナを調整して干渉しただけだ。

ちょっとした小技のようなものだな。

クロエ達がポカーンッとアホヅラを晒しているのを横目に、火球を放っただろう地面に倒れているドラゴンを見やる。

まだ息があるようだ。っと言うか、まだまだ元気そうに見える。怒りや憎しみを宿した鋭い眼でクロエ達を睨み付けている。

だけど、俺と目が合った途端に驚いた風に目を見開いてから目を逸らされた。

「はぁ…まったく…」

俺は前に言ったはずだ。

クロエ達の元まで歩み寄って、再び注意する。この言葉を掛けるのは二度目だ。もう次はない。

「殺すなら確実に殺せ。躊躇ためらうな。容赦や慈悲は不要だ」

「そうは言っても、こいつ、めちゃくちゃ硬てぇんだよ」

それは言い訳だ。やろうと思えば幾らでも方法はあるはずだ。

睨み付けてやるとハリスは「うっ…」と唸り声を上げて黙り込んだ。

「ちょっと。そんなに怒る事ないじゃない。私達の攻撃じゃ碌に通らないのよ。仕方ないでしょ」

ドラゴンの鱗の硬度や怪我の箇所からして、ドラゴンの生命力は未だに多く残存している。一見、致命傷に見えるだけで実際は怪我を負って動けなくなっただけのようだ。

負傷箇所は翼の付け根裏。足首の裏辺りだな。

全身を包む鎧のような鱗がない箇所。または薄い箇所を重点的に狙った結果だろう。そこを狙う点は悪くない案だとは思う。

だけどな…倒すなら、わざわざ行動不能に陥らせる必要なんてない。
やりようなんて幾らでもある。

ドラゴンが俺の眼前で大口を開け、口内に炎弾を作り始めた。
クロエ達はすかさず回避行動を取り、残されたのは俺一人。いや、残ったと言ったほうがいいか。

さっきと同じ魔法だ。避ける必要なんてありはしない。

「爆発しろ」

ーードォォォォンッ。

一言。ドラゴンの口内に集められたマナの塊に俺のマナを干渉させ暴発させてやる。

「グルオォォオォォォッ!?」

悲鳴にも似た咆哮が耳に劈く。

そりゃそうだ。体内じゃないとは言え、口内で爆発が起きたんだ。痛いじゃ済まないだろう。

まぁ、そんな事はどうでもいい。今肝心なのはーー。

「うるさい」

ドラゴンの咆哮が頭に響くから黙らせるのが重要だ。
天高く伸ばされた頭は高くて手が届かないから、まだ手の届く範囲にある首の鱗を力強くで引っ剥がす。

メリメリ。ミチミチと肉が裂け、思いのほか簡単に取れた。

「グアッ!?」

痛かったんだろう。ドラゴンは首を大きく仰け反らせてから、地面を一回転して俺から距離を取った。

………そうだな。丁度いい機会だ。アレを試してみるのも悪くはない。

アレ。と言うのは、要は実験だ。今回は俺がマナ融合と呼んでいるものをやってみようと思う。例えるなら、水に砂糖を混ぜるようなもの。相手に俺のマナを流し込んで、相手のマナを全て支配する技だ。

っと言っても、一度足りとも成功した事はない。原因はおそらく、俺が流すマナ量が多すぎる。またはマナ濃度が濃過ぎるせいだと思っている。

だけど、相手が俺よりもマナ保有量も濃度も高い格上のドラゴンになら使えるかもしれない。

失敗しても俺に害はないはずだ。試してみる価値はある。

「っ!?」

何かを察してドラゴンがビクついた様子で一歩後退った。その一瞬の動揺を突いて、すかさずドラゴンの懐に潜り込んで足に触れて俺のマナを流し込んで行く。

「グルァ!?」

やっぱりマナを流し込まれると違和感を感じるのか、翼をはためかせながらドスドスと足踏みして暴れ始めた。

踏まれると痛そうだから、ドラゴンの足から背中までよじ登っておく。

さぁ。再開だ。

まず始めるのはドラゴンのマナを全て把握する事からだ。心臓辺りにあるマナ溜まりから伸びるマナの線が鱗一枚一枚に至るまで行き渡っているのが感じ取れる。

ふむふむ…把握した。

人間とは全く違う構造。全く違うマナの色・形・動き方。これはこれで見てるだけで色々な発見があって面白さがある。

もっと観察したい欲求に駆られるけれど、それはまたの機会にしよう。今はマナ融合に集中すべきだ。

俺のマナを大量に送り、同等量のドラゴンのマナを吸い取る。

これからが本番だ。

手始めに、試験として俺の体内で吸い取ったドラゴンのマナと俺のマナを融合させてみる。…成功だ。
それを元に、ドラゴンの体内に入れた俺のマナを変質させ、徐々にドラゴンのマナを蝕むイメージで溶け込ませて行く。

この体は俺のもの。このマナも。この知識も。この記憶も。この魔法も。全て俺のものだ。

支配する。

聴覚も。視覚も。感覚も。味覚も。嗅覚も。全て俺が感じるものだ。

動くな。暴れるな。まだ壊れるな。耐えろ。耐えるんだ。

この体は俺のものだから違和感はないはずだ。この体は俺ものだから嫌悪感はないはずだ。痛みも苦痛も辛さも何も感じないはずだ。

さぁ。混じり合え。お前は俺のものだーー。

「ーーー」

「くふ…くふふ…くははははははっ!成功だ!成功したっ!」

これほど嬉しく感じたのは久方振りだ。やっぱり、試行錯誤して物事が成功すれば嬉しい。

「うぬあぁぁぁぁっ!?なんなのだこれはぁぁ!!俺様のっ!俺様の体がぁぁ!」

やかましい。

「ふぐっ…」

そう思いながら、目の前の真っ裸の幼女の頭にチョップを入したら変な声を漏らして睨み付けてきた。

「なんなのだ!なんなのだこれはっ!?お前っ!俺様に何をしたっ!?今すぐ元に戻せ!」

ガルルッと吠えて威嚇しているみたいだけれど、怖くもなんともない。だって幼女だし。

……うん。幼女?

どうしてそうなったんだ?マナ融合が成功した途端、ドラゴンが幼女に変身した。
今更だけど疑問に感じてきた。

ギャーギャーと喧しい幼女を他所に、考える。考えて、考え抜いた先に出た答えはーー『まぁ、どうでもいいや』だった。

兎に角、マナ融合は成功し、ドラゴンのマナを全て俺のものにする事が出来た。エーテル缶とは違う、新たな予備バッテリーの完成だ。

性能としては生物の体内に保管している為、マナの回復量は俺とドラゴンの一人と一匹分。およそ二倍以上。溜めておける貯蓄量も二倍以上だ。

だけど今回は実験なわけで実用するかと問われれば答えは否だ。

なぜならドラゴンからマナを引き出す際には体の一部を触れ合っていないといけないから。
遠隔で取り出す事は出来ない。故に、成功はしたが、実用化には程遠い。でも、成功した事は嬉しくて心の中でガッツポーズを取ってしまうほどには舞い上がってはいる。

「おいっ!俺様を無視するなっ!」

「ああ。まだ居たのか」

もう用はない。帰っていいぞ。

「なっ!?この俺様を矮小な人間の姿にしておいて…ふ…ふざけるなっ!戻せ!元に戻せっ!!」

小さな手をグルグルと振り回して突進してきたから、適当に頭を抑えて攻撃を回避して、考える。

姿を戻す…?はて。どうやって?

そもそも、この実験で魔物が人間になるなんて思ってもみなかった。元に戻す方法なんて俺が知るわけがない。

「諦めろ」

さて。この件はこれで終わりだ。絶望の表情を晒す幼女を視界から追い出し、そのまま放置するとして…うん。そうだな。一応マナ融合の実験記録をメモしておこう。

マナ融合とは、相手のマナと自身のマナを混ぜ合わせて全てを奪う技だ。
今更気付いたけれど、失敗すれば最悪の場合、俺自身の全てを奪われていたかもしれないな。

それはともかく。

マナ融合に必須なのはマナ操作。それと、強力な思念。いかにして相手の全てを自分のものと仮定し、認識するかによって結果は変わるだろう。

これを筆記魔法に書き換えれば…かなりややこしい物が出来上がりそうだな。完成した時にでも描こう。その方が纏まっていて描きやすいはずだ。

基本はマナ操作。使用量は相手のマナ量1/100。濃度値は同等。マナ同調率は80%以上。その他、勘と感覚。

以上。

パタンとメモ帳を閉じてポケットに仕舞い込むと、丁度我に返ったばかりの幼女と目が合った。

「お、お前…まさか…」

何か言っている。

「ん?」

ふと、右腕に違和感を感じで視線を向けてみれば、真紅色の鱗がビッシリと生えていた。まるでトカゲ人間の腕だ。

「奪ったなっ!?この俺様の身体を奪いやがったなっ!!」

ガルルッ!と噛み付かんと飛び付いてくる幼女を羽虫を叩くように、叩き落として、再び腕に視線を戻す。

まず、これはどうすれば戻せるんだ?

さっきまでは人間の腕だったはずなのに、少し意識を外した合間に変質していた。原因は不明。

なぜ?どうして?なんて自問自答していると鱗が腕に吸収されるように縮んで行き、元の腕に戻った。

余計に訳が分からない。今後、暇な時にでも調べてみよう。

ふと隣の地面で寝そべったまま「返せ…!返せよぉ…!」と言って泣きじゃくる幼女を見やり、無視して俺を待つアリアンナ達の元へと戻って行く。

さて。さっさと帰るか。

「どこに行く!俺様を元に戻せ!このクソ人間っ!」

ちなみに、その後。幼女はアリアンナに予備の服を着せられていた。
とても嫌がっていたのが記憶に新しい。

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