自称『整備士』の異世界生活

九九 零

58



「良く来たね、未来ある若者達。歓迎するよ」

99階層目。そこで待ち構えていたのは白金の甲冑を着込んだ好青年だった。

黒い目。黒い髪。170cmほどの背丈。彼が笑顔を浮かべると、瞬く間に女性を魅了してしまいそうなほど整った顔立ち。

そんな青年が部屋の中心でニコニコと無邪気な笑みを浮かべながら胡座をかいて座っていた。

俺達を視野に収めると「よっこいしょっと」とオジサン臭いセリフを吐きながら立ち上がった。

「僕は桐乃絵。桐乃絵(キリノエ) 聖(ヒジリ)。このダンジョンの製作者であり…」

知ってる人も居るみたいだけど、と付け加えながら俺以外の三人を軽く見渡して言う。

「大昔に勇者をしていた異世界人だよ」

そう言ってニッコリと八重歯を見せて笑った。その笑みが、俺個人の感想だけど薄気味悪く感じる。

「君達の戦いはここから見せてもらったよ。いやぁ、凄かったよ。特に、君」

俺…?

「そう。君さ。まさか僕の世界の物を持ち出してくるなんて思わなかったよ。君の名前を聞かせて貰っても良いかな?」

「エル」

「エル君かぁ。確か、エルフ語で"滅亡"だっけ?随分と物騒な名前だけど、君にはピッタリだね」

どう言う意味だコラ。

「でも、ズルをしたのは余り褒めれる事じゃないよね?」

どれの事だ?

もし俺が戦闘の矢面に立った場面の事全てを指しているのであれば、それらはズルだったのか?戦闘においてはズルもクソもないだろう。あれも一つの戦法であり、一つの手立てだと思う。

「納得してなさそうな顔だね。まぁいいよ。君のお陰で彼女達は大きく成長したみたいだからね」

俺のお陰じゃないだろうけど、ハリス達が成長した件については同意する。

「けどね、君達がここに来るのはまだ早いかな?ここは僕の世界の言葉で言う所の、裏世界。君達の言葉で言う所の隠しダンジョンなんだよ。だから、ここに来るなら地上の問題を終わらせてからにしてくれないかな?」

「地上の問題とか言われても知らないわよ。私達は来たくて来たわけじゃないわ。ドラゴンに連れて来られたのよ」

クロエの言う通りだ。
ご丁寧に外部への転移魔法は封じられてるし、食料も底を尽きている。

帰れるのなら即座に帰ってる所だ。

って、ちょっと待て。コイツ、このダンジョンの製作者って冒頭で言ってたよな?だったらーー。

「あー…最近上に住み着いたレッドドラゴンが原因だったんだ。それなら仕方ないかな。早とちりしてゴメンね?」

「ああ」

「そう言う事ならすぐに地上への通を開けるよ」

そう言って手を軽く振るうと、壁に扉が現れた。引き戸だ。日本人なら誰でも知る襖(ふすま)だ。

懐かしい…。帰ったら作ってみよう。

「地上の転移門に繋げたから、あの戸を潜れば地上に出れるよ」

ニッコリと笑う桐乃絵。胡散臭い笑みだ。

「よっしゃーっ!ようやく出れるぜー!」

「伝説の勇者様…握手…その…握手…」

「ようやく出れるのね…」

なんて口々に感情を吐露しながら、壁に現れた襖の方へと歩いて行く。その最後尾に並んで、俺も便乗しようとしたけど…うん、何も言う事なんてないな。

「あっ。エル君。出て行く前に少し君と話しがしたいんだけど、良いかな?」

「ん?ああ」

なんだ?

横目でクロエ達が退出するのを見送りながら、桐乃絵に向き直る。

「そんなに心配しなくても、ちゃんと彼等は地上に送り返したから安心してよ」

何を勘違いしたのか、勝手に俺がクロエ達の心配をしているように思われた。
俺が心配しているのは俺自身の事だけだ。クロエ達の心配なんてしていないってのに。

「って言っても、君だけはずっと僕を警戒してたもんね。そう簡単に安心はしてくれないかな?」

ああ。俺は桐乃絵をずっと。会った時からずっと警戒していた。安心云々なんかより、信用すらしていない。

「僕としては警戒を解いてくれると嬉しいんだけど…君を見てるとそれは無理だって分かるよ。だから、そのままでいいから僕の話を少しだけ聞いて欲しいかな?」

うん、どうでもいいな。帰るか。

「ーーって、ちょっと待って!帰ろうとしないでっ!これは君にも関係する話だから!聴いておいた方が絶対に良い話だからっ!ねっ!?」

先回りして肩をガッシリと掴まれ、行動を妨げられた。

動きが全く見えなかった。目をマナ強化してなかったから、なんて言い訳抜きにして、残像すら見えない速度だった。

だけど振り解くのは簡単だけ…いや、案外力が強いな。振り解けない事はない。だけど、振り解いて逃げ出した所でまた捕まってのイタチごっこが始まりそうな気がする。

「ほら、そこに椅子と机を用意したから。座って話そうよ。あ、飲み物はお茶で良いよね?お茶請けは何にする?やっぱり煎餅せんべいかな?それとも羊羹(ようかん)の方がいい?」

………。

「……両方くれ」

「うん!分かったよっ」

少しぐらい付き合ってやるか…。


○○○


6畳半の畳の上にちゃぶ台を挟んで向かい合う形で座布団に座る俺と桐乃絵。

コトンッ。と、音を立てながら湯呑みをちゃぶ台に置き「ふぅ」と一息吐く。

勿論、湯呑みは俺が置いた。

「美味いな…」

「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ。所で君は僕と同じ異世界人…日本人って認識で会ってるよね?」

随分とド直球な質問だな。予想外すぎて呑んでいたお茶を吹きかけた。

「聞いてどうする」

「どうもしないよ?ただ確認したかっただけ。でも、その反応から察するに僕の予想通りかな?」

「……ああ」

バレてしまっては仕方がない。これ以上隠そうとしてもより不自然になるだけだ。だけど、コイツが他の人に話す危険性もある。何か手を打っておかないとな…。

「ふふ。やっぱり君はさっきの子達とは違うみたいだね。でも、ダメだよ」

俺のマナを部屋中に充満させようとしていたら、突然マナが弾かれるような感覚を覚えた。

どうやら半径10cmぐらいまでしかマナを伸ばせないようにされたみたいだ。

…気に食わない。

「悪戯はしないでくれないかな?このダンジョンを壊されると、僕もだけど、君のお友達も困るんだよ?」

友達?一体誰の……ああ、クロエの事か。別にアイツは友達と言える関係じゃないと思うんだけど…困るって一体どういう事だ?

「ごめんね。気になるような事を言ったみたいだけど、ここから先はまだ言えないんだ。それよりも、そろそろ君について話しても良いかな?」

「ちっ…」

「そんなあからさまな舌打ちしないでよ…」

気になる事を言って話せないとか言ったお前が悪い。

苦笑いを浮かべる桐乃絵は「ふぅ」と一息吐いて、お茶を一口飲んでから佇まいを直しながら真剣な顔をして俺に向き直った。

ちなみに、桐乃絵は正座。俺は胡座をかいて座っている。

「単刀直入に言うけれど、君はまだこの世界の住人じゃない。近いうちに…っと言うよりも、神の祝福を受けると、神の使徒が現れて君はーー殺される」

………ん?

「え、何その反応。今かなり重要な話をしたよね?どうして不思議そうな顔して首をかしげるの?」

いや、だって。神の祝福…受けたぞ?

「既に遅い」

「遅いって…え。どう言う事?もしかして、神の使徒を倒した…とか言わないよね?アレ、今の僕より強いんだよ?」

いや、会ってすらいないから。

首を振って桐乃絵の言葉を否定して、足りない言葉を付け足す。

「神の祝福は受けた。現れていない」

「え。でも、そんなはずは…」

と言って動揺を露わにして桐乃絵はブツブツと呟きながら考え込む。

……。

………。

え…もしかして、話ってこれだけなのか?それなら、そろそろ帰っても良いか?

「あっ!ちょっ!ちょっと待って!まだ話が途中だから!お茶のお代わりいるよね!?すぐに用意するから、もう少しだけ待って!」

……仕方ない。

別にお茶に吊られたわけじゃないけど、元の位置に座り直す。

「君って、他の人に落ち着きがないって言われない?」

言われた覚えはない。……たぶん。

急須でお茶が注がれるのを眺めながら、桐乃絵の言葉に耳を貸す。

「まぁいいよ。兎に角、君はこの世界の住人になれていないんだ。他の子よりも成長が遅く感じたり、身体が動かし辛かったり、簡単に魔法を使えなかったりしたでしょ?」

ああ。確かにその通りかもしれない。でも、それは幼子なら当たり前なんじゃないのか?
成長も個人差がある。身体が動かし辛いのもまだ子供だからだ。でも、魔法に関しては…俺が魔法を使う際に必要とするマナ量が明らかに他よりも多いとは思ってはいた。

「思い当たる節があるよね?15歳を越えた辺りから突然胸が苦しくなったりもするし、頭に角が生えたりもするんだよ。それだけじゃなくって、このままだと今後も神の使徒に狙われる事があるかもしれない。だから、僕は君にこれを渡しておきたかったんだ」

そう言いながら、俺の使う異空間倉庫のような所からグラスのような物を取り出した。確か、このコップの名前は…ゴブレットだっけ?日本語に訳すと聖爵…で合ってたかな?

どうでもいい事だから、その辺の記憶が曖昧だ。まぁ、別にいいけど。

「そんなに警戒しなくても、中に入っているのはただの聖水だよ。神の祝福で飲まされなかった?」

飲んでないな。異空間倉庫に放り込んだままで、今言われるまで忘れていた。

「あはは…君って…ほんと人を疑ってばかりと言うか…人の言う事を聞かないと言うか…」

桐乃絵が呆れたように笑った。
呆れさせるような事をした覚えはないのに。

「まぁいいよ。うん、その件はもういい。それよりも、これ。君にはこれを飲んで欲しいんだ」

「拒否すれば?」

そんな胡散臭い物なんて飲みたくはない。

「っと言うと思って、さっき注いだお茶に混ぜておいた」

………は?

「うっ…そ、そんなに睨まなくても…。って!ちょ!ちょっと!それはマズイって!抑えて!魔力を抑えて!僕のシールドが破れちゃうから!ダンジョンが崩壊しちゃうから!」

「ちっ」

「はぁ…」

無意識に溢れ出していたマナを抑えてやると、桐乃絵が冷や汗びっしょりで溜息を吐いた。

「ホント、君の魔力量はどうなってるの…?おかしいよね…。まだこの世界に魂が適応してない筈なのに、今の時点でドラゴン並みの魔力があるって…」

ドラゴンって言ったら、このダンジョンに俺達を連れて来たドラゴンだ。それと比較しても…ドラゴンのマナは俺のマナ量の倍以上はある。アレと俺のマナ量が対等だとは思えない。

「君はハッキリ言って異常だ。僕の知る旧友も十分におかしかったけど、彼以上に君はおかしい」

勝手に決めるな。そんでもって断言するな。俺はおかしくもないし、異常でもない。これが俺の普通だ。

「ちなみに言っておくけど、僕の旧友は君のように誤ってこの世界に転生した異世界人だったんだ。ただ、色々あって彼とは大昔に死別しちゃったんだよね」

暗い過去を思い返して落ち込むのを無理矢理な笑みで誤魔化している。

でも、俺に関係のない話で、凄くどうでも良い情報だ。全く興味がないし、同情もする気がない。

「まっ、そんな彼みたいになって欲しくないから、僕はこうして君の手助けをするんだけどね」

あっそ。…いや、桐乃絵が俺を呼び止めた理由がこれで分かった気がする。要するに、桐乃絵は俺と旧友とを重ねて見てしまっているんだろう。

「君の飲んだ聖水は、教会で飲まされた聖水と違って魔力の発現とか増幅の効果はないけれど、これで魔人化は止められるはずだよ」

聖水…魔力の発現と増幅。良い情報を得たな。

「悪巧みでも考えてるのかな?」

喧嘩売ってるのか?ちょっと嬉しそうに笑ってただけだろうに。

「そんなに睨まないでよ。…あ、そうそう。注意して欲しい事があるんだけど、さっきみたいに大量の魔力を使ったりすると効果が切れてしまうかもしれないから気を付けてね。これはあくまでも予防接種みたいなものだから」

さっきみたいに…って事は…え。たったあれだけマナを垂れ流しただけで効果が切れるのか…!?
嘘だろ…。そんなんじゃ、魔法なんて殆ど使えないじゃないか。これは本格的にマジックリングを製作して行った方が良さそうだな…。

「これで君に話したい事は終わったわけだけど、質問はある?」

質問…うん、あるな。

「ロボットがいた」

「51階層から70階層のゴーレムの事かな?」

「ああ」

「それがどうしたの?」

「誰が作った?」

「僕だけど?」

………。

「え、なにその顔。嘘じゃないよ?ほら、僕ってダンジョンマスターでしょ?だから、ダンジョン内での魔物は任意で産み出せるんだ」

論より証拠。と言わんばかりに、70階層目で戦ったボスロボットをダンジョン内のマナを集結させて作り上げた。

あっという間の出来事で、しばしば自分の目を疑った。

「ね?」

と言われても…どうなってるんだ?あの複雑な構造の物を一瞬で想像して作り上げた…?いや、でも俺も自分で一度作った物なら出来るし…可能なのか…?

「どうやっている?」

「どうって…説明しても分からないと思うけど、ダンジョンポイントを使って出したい魔物を選んで出現させているだけだけど?」

成る程、理解した。要するに、ダンジョンってのはかなり便利な機能が付属した代物だって事がな。

………あ。それならーー。

「バイク!バイクは出せるかっ!?」

「うわわっ!と、突然どうしたの?」

「バイク!」

「バイクって…あの元の世界にあった…?」

「ああっ!」

「タイヤが二つ付いた乗りもーー」

「ああっ!」

「二輪車のバイクであってーー」

「ああっ!」

「あー…ごめんね。僕が出せるのは前世で乗っていた原付だけなんだ。これはどうやら僕の知ってる物しか出せないみたいでさ」

クソォォォッ!使えねぇ!!

俺が!欲しいのは!心の底から欲しいのは!俺の愛車なんだよおおぉぉぉぉっ!!

うおおおおおおぉぉぉっ!!

「ぅぅ……」

と、心の中で叫んでみたものの、現実の俺は気持ちを表に出さないようにちゃぶ台にヘッドバットして撃沈する。

「えっ、ちょっと。そこまで落ち込むような事なの?」

そこまで落ち込む事だから、実際にこうして落ち込んでるんだ。

頼むから気持ちが落ち着くまで黙っててくれ。マジで。頼むから。

「泣くほどって…君は本当に変わってるね…」


○○○


コトンッと湯呑みをちゃぶ台に置くと小気味良い音が鳴る。その音を聴きながら「ふぅ」と息を吐くと気持ちがかなり安らぐ。

「落ち着いた?」

「ああ」

桐乃絵には恥ずかしい場面を見せてしまって、顔を直視できずに視線をお茶に沈んでいる茶葉に落とす。

「君は本当にバイクが好きだったんだね」

「むしろ愛している」

と言っても過言ではない。

「ははは」

乾いた笑みを浮かべられた。

って、そりゃそうか。衝動的な動きで顔を近付けられたら誰でも乾いた笑みを浮かべるか、引くよな。

うん、反省。

「そんなに好きなら、いっそのこと作ってみれば?」

「試した。材料が足りない」

「そっかぁ〜…って、もう試してるんだ。さすがだね」

だろ?

「何が足りないの?」

「ゴム。オイル。燃料」

「ゴムなら…そう言えば、レッドリザードの肉はゴム質だったような?オイルは…よく分からないけどスライムとか使ってみたらどう?スライムは見た目はアレだけど、素材は結構色んな用途に使えるよ。あと、燃料は…魔石でどうにか出来ない?」

「ふむ…天才か?試してみるっ!」

「え、ちょっと待って。ここでやるつもりなの?」

勿論!良いヒントが貰えたんだ!すぐに試さないでどうする!?

「でも、外でお友達が待ってるんじゃないの?」

あ…そうだった。

「………また来る」

「うん。待ってるよ。あ、先に言っておくけど、素材は自分で手に入れてね。誤ってとは言え、君達が攻略してしまったダンジョンを元通りにしなきゃいけないからね」

「むぅ…」

それは残念だ。

「ごめんね。今度はちゃんと君用に通路を作ってーー」

「必要ない」

「ん?」

「ここは覚えた」

「でも、ここはダンジョンだから外からは転移魔法で来れないようになっててーー」

俺は頭上を指差して教える。
なんせ、ここはーー。

「降りたら来れる」

山の頂上に空いていた大穴。途中にドラゴンの住処の横穴がある火山口のような穴の最下層に位置する箇所なんだから。

「いやいやいや。それでここまで来れない事もないけど、そんな危険な事しなくてもーー」

「可能だ」

「な…。アハ…アハハハ…。やっぱり、うん。訂正するよ。君はおかしいとか異常とか言うより、思考がぶっ飛んでるよ。もうホント清々しいほどにね」

それは…褒め言葉なのか…?
褒め言葉として受け取って…いいのか…?

「…?か、感謝する…?」

「うん、褒めてないね」

褒め言葉じゃなかったのかよ。
まぁいい。さっさと帰って素材集めだ。必要な素材を持った魔物はカッカにでも聞けばすぐに分かるだろう。

「待ってるよ」

桐乃絵が楽しそうな言葉を投げ掛けてくるのを背中で受けて、片手を挙げて返す。

「ああ」

俺も楽しみだ。ようやく…ようやくだ。ようやく、俺の愛車達に出会える。
それが楽しみで楽しみで仕方がない。

この形容し難い感情を言葉にする事は出来ないけれど。うん、本当に楽しみだ。






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コメント

  • トラ

    更新お疲れ様です
    相も変わらずエルはブッ飛んでますねぇ
    そのうちダンジョン乗っ取りそう
    次も楽しみにしてます!

    1
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