自称『整備士』の異世界生活

九九 零

55



俺の知恵と知識を振り絞った思考の数々と頑張りによって、ゾンビ階層はもはや全クリと言っても過言ではない状況となった。

よくよく考えてみれば簡単な話だったんだ。

そもそもゾンビと言うのは死体なわけであって、普通は動くはずがない。だとすれば、なぜ動くのか。

根本的な問題を追及すれば答えは容易く出る。

そう。それは、マナだ。あちこちに落ちている死体にダンジョンのマナが浸透し、魔物として存在している。と、そう仮説を立ててみた。

だからなんだって話だよな。

結果として、取り敢えず階層丸ごと燃やしてから、急速冷凍状態に陥らせてやれば解決はしたから、その方法を乱用する事にした。

手こずったのはゾンビ階層の一層目だけだ。主に俺の所為でもあるけど、そこは置いておこう。
兎に角、一層目は通過するのも一苦労だったが、二階層目以降はやり方を覚えたから時間は全くかからない。階層を丸ごと氷漬けにしてから即席で作ったエーテル缶を利用した酸素ボンベ擬きを使えば難なく通過できた。

そこから三階層。四階層。五階層と、それはもう快調とも言える速度で通過した。その速度を作り出したのは、休憩をしたくないと思わせる程の極寒と俺の頑張りによるものが一番大きいだろう。

「相変わらずとんでもない物ばっかりね…」

現在俺達が居るのは、またもや行先を立ち塞がるように現れたボス部屋の入り口前。

この辺りも当初は極寒地帯だったけれど、多少の熱処理と周囲の空気の流れを操作してやれば、それなりに快適な空間にするぐらいは出来る。

そんな場所で休憩中だ。
ここまで一直線に走ってきたので、アリアンナ達は息を整える休憩。クロエは息切れをしてないので、一足先に食事中。
その隣で俺は貸し出した酸素ボンベ擬きを回収したりと、荷物の整理をしている。主に、酸素ボンベ擬きからエーテル缶を取り外して、別々に分けながら鞄に仕舞い込んでいる。

クロエが手に持っていた干し肉の最後の一切れをペロリと食べ終えて、俺の元にやってきた。

「この缶、すごく便利ね」

クロエは酸素ボンベ擬きから取り外したばかりのエーテル缶を手に取って、感慨深そうにジックリと見つめる。
最後の一組を鞄に仕舞おうと思った矢先の事で、片付けを邪魔されたように感じる。

「一体何で出来てるの?」

「……」

頭の中でなら幾らでも説明出来るけれど、口でどう説明すれば良いのか分からなくて困ってしまう。

そんな俺を見兼ねたのか、クロエが横目でアリアンナ達の様子を伺って日本語で言った。

『あそこまで聞こえない声で話したら大丈夫よ』

「そうか」

俺もチラリとアリアンナ達の様子を伺う。まだ誰も動きそうにない。
そうだな…。うん、分かった。

『俺はこれをエーテル缶って呼んでる。材質は主にアルミやステンレスを使ってる。中にはブリキ…鉄に錫のメッキをしたスチール缶もあるな』

確か、エーテル缶に使用しているのはそれぐらいだったはずだ。特殊な物を除いて、普段使いにしているのはその三種類。

『いや、そう言うのを聴いてるんじゃなくて、中身は何?って話』

ああ、そう言うことね。

『エーテル。俺はそう呼んでる』

『エーテル?』

説明すると長くなるし、俺にそこまで語彙力があるわけでもないので簡潔に説明しておく。

『魔石の中にある液体だ。魔石がエネルギーになるのは内側に内包されてる魔力が利用されているからだけど、その魔力を溜める性質を持つのが魔石の中にある液体。つまり、エーテルってわけだ』

『ふーん。随分と詳しいのね』

『俺なんてまだまだ』

これは謙遜や謙虚ではなく、本心から出た言葉だ。

この程度は魔石を開いて中身を調べれば分かるような簡単な事で、この世界の住人の方が俺の遥か上を行ってるに違いないんだから。

そんな雑談をしてる内に、ハリスを始めとして他の二人も起き上がって食事をし始める。

さすがに日本語で話している所を見られるのも聴かれるのも不味いので、雑談はこれで終えた。


○○○


夜だと言うのに目の前で轟々と勢いよく燃え上がる火に辺りが明るく照らされる。
真っ赤に染まる家々。町の側にあった田畑も、墓場も、離れ小屋すらも全て真っ赤に染まる。

ここはボス部屋なんだから当然の光景だ。何があろうと驚きはしない。

だけど、これだけは大事な事だから言っておかなければならない。火を放ったのは…何を隠そう、俺だ。

ボス部屋と言う事は、小さな町のあるここはダンジョン内と言う事であり、まだ敵影すら視界に収めてない状態であろうと、ここには俺達しか味方が存在しないと言う事に他ならない。

だとすれば、確認しても確認してなくても関係はない。俺達以外の存在は全て敵と独断で断定し、躊躇なく火を放った。

今回使ったのは"爆撃機"と俺が呼んでいる、ちょっとした兵器だ。

この兵器は試作品であり、"追撃型爆撃槍"の失敗作を応用したもの。

使い方はとても簡単で、ただ標的地に投げるだけで良くて着弾時に軽い爆発を起こす。
失敗作と言うのは、追撃型爆撃槍って名前なのに追撃しない点と、威力を落としすぎた点だ。

それを即興で改造して、200個近い小型爆弾を内蔵してみたり、可燃性の液体を追加する事で威力の底上げと殲滅力を向上させたりしてみた。

その結果、槍とは言えない物体に成り果てたけれど、威力の程はご覧の有様というわけだ。

爆発時の威力は半径1mほどを粉微塵にするほどで、それほど強くはない。だが、その後、周囲に撒き散らされる可燃性の液体に爆発の火が引火し、辺りを燃やし尽くす。

即興で作ったとは言え、とんでもない物が出来上がった気がする。少しやりすぎた感もあるけれど、今更だ。

そんな光景を小高い丘から遠巻きに眺める。この辺りにも火の手が及んでいるものの、クロエが周囲を氷の壁で包み込んでくれたお陰で、火は防がれている。

「うわぁ…」

と声を上げるのは、現実逃避をしているサーファ。彼の他にも、アリアンナも口を半開きにして唖然とした顔を浮かべている。
クロエは『なによこれ』っと言いたそうなジト目で俺を見てくるし、ハリスは氷壁の外に置き去りで、「入れてくれぇ!!」って、さっきからずっと氷壁を叩きながら叫んでいる。

なぜハリスが置き去りなのか。それは、少し前にアイツがまたもや大きい方の用を足しに行った時に「あっ!手に付いたっ」なんて不吉な言葉を吐いていたからだ。

だから、誰もがハリスの事は見て見ぬ振り。俺も例外じゃない。

遠くの方で何者かの雄叫びのような声が聴こえてきた。ハリスじゃない。苦痛や憎悪などの感情がこもった、妙に胸に響く声がーー途絶えた。

途端、周囲を焼き尽くさんと荒々しく猛っていた炎が、一陣の風によって全て吹き消された。

雄叫びが聞こえた方面の遠くの方。町の中心地辺りの屋敷から人影が浮き上がったのが見える。

おそらく敵だろう。っと言う訳で、取り敢えず"追撃型爆撃槍・改"を氷壁に当たらないよう上側を狙って投擲しておく。

っと。少し掠って氷壁の上部を抉り取ってしまった。まぁ、これぐらいなら大丈夫だろう。

上空を滑空する"追撃型爆撃槍・改"は角度を変えて敵らしき影目掛けて落下して行く。敵が逃げようとしたみたいだけど、時速300km/hぐらいで追尾する"追撃型爆撃槍・改"を振り切れずに命中。急激なマナの収縮が始まり敵が出現した屋敷も含めて丸ごと吸い込み、収縮したマナが急激に膨張、暴発。衝撃波が何もかもを吹き飛ばす。遅れて、暴風が巻き起こる。

だが、ここは周囲を氷壁に守られているから被害は少ない。多少、空から物が飛んでくるぐらいだ。

ハリスが慌てて氷壁の背後に隠れようとしたみたいだけれど、逃げ遅れてゴロゴロと地面を転がさせられるのが視界の端で確認できた。

「ちょっ!ちょっと!投げるなら投げるって言ってよ!」

「ああ、すまない。投げた」

「今更遅いわよ!このバカ!」

ちなみに言うと、空からの落下物はクロエが頑張って撃ち落としてくれていて俺は楽が出来ている。

爆風が止み、辺りが不気味なほどの静寂に満ちる。虫の声一つ聞こえない。

でも、夕焼けの世界に変化はなく、氷で乱反射するとより綺麗に見える。

「エ、エルさん!今、大丈夫ですか?」

ボケーっと終わりのない夕焼けを眺めていると、唐突にアリアンナに意を決したような疑問を投げかけられた。

「ああ」

大丈夫と言えば大丈夫だ。今は何もしてない。暇だと思いながら夕焼けを眺めてただけだからな。
で、なんだ?

「私はまだ何も出来ません…だから、空き時間だけで良いので私を鍛えて下さい!」

何も出来ないのは知っている。初めては大抵の人がそうだ。初めから出来る人なんて存在しない。
でも…鍛えるって?どうやって?トレーニングしてれば良くない?

そう考えて、返答に困ってしまう。

「模擬戦でもしてあげれば?」

そんな俺に見兼ねたのか、クロエが横から助言を寄越してくれた。
良い考えだ。そうだな、模擬戦しよう。

「模擬戦…悪くない。アリアンナ。模擬戦をするぞ」

「は、はい!宜しく御願いします!」


○○○


模擬戦は素手vs素手によって行った。結果、どう手加減しても俺の圧勝しかなかった。

ただ突き出された拳を弾いて軽く反撃しただけで俺が勝つ。原因は判明している。それは、アリアンナが戦い慣れていないからだ。

俺の場合、肉体を強化していない状態であっても、唐突な攻撃にも反射で動けるようにしているし、なにより、アリアンナと俺とでは見ている世界が違う。

マナを操作せずとも意識を集中させて思考速度を上げれば、俺の見える世界はスローとなる。それがアリアンナにはまだ出来ない。

圧倒的な経験と努力の差が、そこまでの違いを見せた。かく言う、俺も少し驚いている。
まさか、ここまでアリアンナが弱いとは思ってもみなかったんだ。

「はぁ…はぁ…ま、まだやれます…まだ…」

でも、この根性はそれらを踏まえた上で挽回するほどの賞賛に値する。それに、アリアンナは俺が一度使った技を見ただけで覚え、自分の物にしようとしてくるんだ。
これから先のアリアンナの未来が末恐ろしくて、なんだか面白くも思う。

だけど、今のアリアンナは両足をプルプルと震わせて、ハンデとして与えた剣を杖代わりに使ってしまうほど疲れ切ってしまっている。

「休憩だ」

そう言ってそこ場に座り込むと、アリアンナは仰向けに倒れ込むようにして荒い息を吐きながら地面に寝転がった。

予想以上に体力がなくて、持久力もなければ力もない。唯一使えるのは、俺が教えたマナを張り巡らせての循環強化だけ。
それでも、連続で4戦も続けたりするその気合を見ていると、なんだか楽し…教え甲斐がある。

さて。そろそろハリスの相手でもしてやるか。

氷壁の外に置き去りにされたハリスは、怒り心頭な様子で自分の身が傷付く事も恐れずに氷壁を攻撃していた。

「殺す!殺す!皆殺しだ!全員殺してやるぅっ!!」

なんて、物騒な言葉を吐いていて誰も関わろうとしない。いや、サーファだけハリスを落ち着かせようと一生懸命になっている。

でも、ハリスの耳にサーファの声は届いていなさそう。

そもそも何に対して怒っているのか分からない。氷壁の外に置き去りにした時はそこまで怒っていなかった。哀しそうな顔で「入れてくれぇ!」って叫んでたぐらいだ。
だとしたら…もしかして、俺か?俺が"追撃型爆撃槍"を投げて、その余波で怪我を負ったから、それで怒ってるのか?

うん、一番納得の行く理由だ。それなら、俺自身が相手してやらないとな。

そう思って、氷壁を飛び越える。と、ハリスの狙いが即座に俺へと変更された。

やっぱり俺だったんだな。

「殺す!殺してやる!!」

「落ち着け」

「殺すぅぅ!!」

話が通じないな。

怒りに振り回されているのか、武器を出す事も忘れて掴み掛かろうとしてくる。

こんな風に話しも通じずに暴力で訴えかけてくる奴は相手する価値なんてない。よって、俺もそれ相応の対応をしておこう。

俺の肩を掴もうとしてきたハリスの両腕を逆に掴み返して、軸足に成りかけていた右足を蹴飛ばす。と、バランスを崩したハリスは必然的に転けて、片膝立ちで俺に引っ張られる形となってしまう。

このまま手を離しても良いんだけど、それをすると、すぐにハリスが突撃してきそうだ。だから、取り敢えずは顎を目掛けて膝蹴りを打ち込んでやる。

「ぅ…」

一発KOだった。今ので脳が揺さぶられて気を失ったんだろう。やっぱり弱いな。

「頭を冷やせ」

話が通じなければ、俺もどう対応すれば良いのか分からないから、取り敢えずは気絶させたままでいいか。

起きたら怒りで熱々になった頭も冷えているだろう。






コメント

  • トラ

    更新お疲れ様です
    次も楽しみにしてます!

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