自称『整備士』の異世界生活

九九 零

52

誤字報告ありがとうございます。








敵が全滅した。そう確信出来るまでそう時間はかからなかった。なんせ、辺り一帯が謎の衝撃波と爆風によって根こそぎ吹き飛ばされたから。

俺達はと言えば…まぁ…無事と言えば無事だ。

ただ、拠点のような存在だった砦は跡形もなくなり、周囲の草原も、林も、森も。何もかもが消え去ったけど。

残されたのは、あちこち抉れた地面と、この真っ赤に染まる夕焼けと、間一髪の所で地面に魔法で穴を掘ってそこに隠れた俺達だけだ。

咄嗟の事でついつい魔法を使ってしまったものの、クロエ達の様子を見る限り、俺が魔法を使った事なんて覚えてなさそうに見える。

穴の上の外は数分経った今も暴風が吹き荒れ、誤っても外に出ようものなら粉塵だけで木っ端微塵にされてしまいそうな凶悪さを秘めている。

間違っても外に出る事は出来ない。
そして、クロエ達は唖然とそんな光景を見つめていた。

彼女達の反応を見る限り、思考が追い付いていないようにも見える。もしかすると、咄嗟の事だったとは言え、物見台ごと地面の下に落としたのが不味かったのかもしれない。

もし俺が彼女達の立場だったとすれば…突然起きた衝撃波で砦が吹き飛んで、一瞬の浮遊感を味わうと気が付けば地面と睨めっこしている状態だったんもんな。

そして、いざ屋上に登ってみれば、頭上はこの有様。とても外に出れるような状態じゃない。

これは敵が最後の最後に悪足掻きで放った攻撃。もしくは、まだ生き残りがいて、この攻撃を放った。そのどちらかを予測できる。

でも、マナ感知を最大限に広げても敵の影一つ捉えれないし、もしかすると、本当に最後の悪足掻き的なやつなのかもしれない。

もう一度、最後に見た光景を思い出す。

発射台を無事確保して彼女達の元まで戻ったその後。クロエがまた騒がしく喚いていた時だった。

あの時ーー視界端で何かが光った。かと思った瞬間、急速に大気中のマナが増大し、俺は慌ててクロエを抱き抱えて物見台の中に転がり込むように入ると後先考えず即座に地面に穴を掘った。

その後。まるで地震が起きたのかと見間違うほどの大きな大地の揺れを感じ取り、外は暴風に見舞われた。

要するに、ほとんど何も知らない。

知っているのは、僅かに視界端で見えた光景。何もかもを消滅させんと膨張し続ける空に浮くマナの塊だった。

あれがなんだったのか…。考えても分からない。おそらくは敵の放った魔法だったんだろうけど、こんな魔法はさすがに思い付かなかった。末恐ろしい魔法だ。

でも、良い経験になったし、新たな知識も得た。

マナとは何にでも変化する物質のようなものだ。トランプのカードで言う所のジョーカーであり、謎多き存在。
しかし、使い方一つでこんなにも変わる。

例えば、俺が使うマナ爆発。それは、大気中のマナ濃度よりも濃いマナを放出すると、必然的に発生する衝撃波を伴う爆発だ。
その濃度差が大きくなればなるほど威力は比例して上昇する。

しかし、今回発生したのは、高密度な圧縮状態で空中に留まってから周囲のマナを全て吸い取る勢いで息継ぎを行い、溜めたマナを暴発させた。

要は、自発的に大気中のマナ濃度を下げて自身のマナ濃度を上げたんだ。
こればかりは、この光景を見ない限り思い付かなかった。

面白い経験だと思う反面、使い方一つでとても恐ろしい事になるのが易々とイメージできる。

だけど…どうやったらそんな事が出来るんだ…?

俺の研究がまだまだ不足してるのは重々理解している。理解しているからこそ、気になる。気になって仕方がない。

「あ、あの、エルさん。やっぱり、これもエルさんの魔法で…?」

このマナ爆発の原理を考えていると、ふと、さっきまで固まっていたアリアンナに声を掛けられて、今度は俺が固まってしまう。

魔法…。どれだ?どれの事を言ってるんだ…?

内心で冷や汗をかきながら、アリアンナの視線の向きや動作を伺う。

「あっ…ご、ごめんなさいっ!エルさんは魔法が使えなかったのでしたよね…。こんな事を聴いてしまって、すみません…」

どうしてか、俺は黙って見ていただけなのに、アリアンナが落ち込んでしまった。

女の子はやっぱり分からない。

「魔法…魔法ね…ふふっ。こんなのを見せられたら、私の力なんて小っぽけね…。ねぇ、エル?この子が言ってるのは、これの事よ」

なにやら遠い目をしてながら乾いた笑みを浮かべたクロエが、呆れながら頭上の砂嵐のようなものを指差す。

なるほど。理解した。

「アリアンナ。俺は魔法を使えない。そして、これは俺じゃない」

「え…?」
「え?じゃあなに?これが敵の攻撃って言いたいわけ?」

「ああ」

俺の推測ではそう睨んでいる。
そりゃ、槍を二本ぐらい撃ち込んだりはしたけど…それでこんな威力は出ない。俺がやったのはあの二発だけだ。
不安要素があるとすれば、落とした槍だけど…アレは気休め程度だけど安全装置を付けている。落としただけでそう上手い具合に安全装置の留め具が外れたり、起動コマンドが壊れたりして勝手に飛んで行ったりはしないだろう。

俺が心配してるのは誘爆の方だ。矛先に取り付けている超圧縮型エーテル缶がこの近くで爆発でもしてみろ。こんな逃げ場のない所にいる俺達なんてあっと言う間に壁のシミと化してしまうだろう。

それに…あれはマナ感知じゃ感知しきれないからな…。探そうにも、探せなくて、かなり不安だ。

マナを超圧縮する際に外殻を強化しまくった結果、外殻は一切のマナを有せず、内包するマナが絶対に漏れ出す事のない強力なのが完成した。爆発させるには強力な打撃によって外殻を破壊。もしくは、起爆用の特殊なマナが必要になる。

その特殊なマナと言うのは…実は、他のマナを引き寄せるだなんて適当も良い所な指向性を持たせただけのマナであり、別段変わったことがなかったりする。

ヒントは陽が出てる間だけマナを急速に吸い取る植物から得た。

要するに、だ。放置していても爆発はしないものの、付近のマナを急速に吸収する性質を持った植物の側に置くと、勝手に爆発して大災害を起こしかねないんだ。

まぁ、この辺りにそんな植物は生えていないから、そこまで心配する必要はないんだろうけど…でも、怖いものは怖い。

「で、考えは纏まった?」

え?なんの?

「トボけた顔をしたって無駄よ。どうせ、これもアンタがやったことなんでしょっ!?」

「違う」

断言する。こんな事は俺にはまだ出来ない。

「はぁ…そう。そこまでして隠したいのね」

いや、隠し事もなにも、本当の事を言ったんだけど?

「ちょっと話さない?この下で、二人っきりで、ね?」

「あ、ああ。…?」

話?なんの?

意味ありげにクロエがアリアンナ達を横目で見ていたけれど、それと何か関係でもあるのか…?

女の子の考える事は…やっぱり、分からない…。


○○○


クロエに連れられて、物見台の一階まで来た。と言っても、ここの出口は土壁で覆われていて、一階とは名ばかりの行き止まりだ。

『で、アンタがやったんでしょ?』

早速と言わんばかりに、壁に追いやられながら強気な質問をなげられた。

『だから、違うって言ってるだろ?』

と言うものの、クロエは全く信じてくれていなさそうだ。

『そもそも俺はあそこまで威力の出る物を使っていない』

そりゃ、山を真っ二つにできる超重量級の武器や山一つぐらい軽く消し飛ばす事ぐらいできる兵器とか隠し持ってるものの、そんな代物をポンポンと出すわけがない。

俺が今回出したのは見られても問題のない武器と兵器だけだ。

『その顔、まだ何か隠してるわよね…?正直に話して。じゃないと…』

『じゃないと…?』

『………』

え?その続きは何も考えてなかったの?

『そ、その、えっと…そ、そう!私との要らぬ噂を流すわよっ!特にアリアンナって子に言うわ!直接言うわ!』

『そ、そうか』

ドヤ顔で言われても…。いや、別に言いフラされたって困る事じゃなくて…っと言うか、それってクロエの方が困るんじゃないか?

なんて考えていると、一足遅れてクロエが耳まで顔を真っ赤にして俺に背を向けた。

よっぽど恥ずかしい事を言ったんだったと今更気が付いたんだろう。

『と、兎に角、言いなさいよっ!言いふらされたいわけ!?』

あ、それ続けるんだ。

『だから、俺じゃない。もしアレを起こしたのが俺なら、ハナから使わずに奥の手にしている』

『ふんっ!そう!なら、そう言う事にしといてあげるわっ!か、感謝しなさいっ!』

落とし所はそこで良いのか…。随分と適当な…。

『って、ちょっと待って。奥の手にしていた?もしかして、あんなのが他にもあるの…?』

『………』

横目でジト目を向けてくるクロエ。

しまった。口が滑っていた。
こんなんだから俺は人と話すのが苦手なんだよな…。

『ねぇ、どうなのよ。答えなさいよ』

グイッと一歩近づいてきて、煽るように上目で睨みつけてくる。俺はそれに伴い、一歩下がり、壁に背を打った。

『……まぁいいわよ。それより…アンタ、本当に魔法が使えないの?』

『使えないな』

そう言う設定だ。

『じゃ、その右眼は何?』

ん…?

『それに、ここに来るまで真っ暗で何も見えなかった筈なのに、どうして普通に階段を降りれたの?今も私を避けるみたいに一歩退がったわよね?』

んん…?

『私の目を見て』

言われた通り、少し斜め上に逸らしていた視線をクロエの目に合わせる。綺麗な赤眼だ。

『この目、見覚えあるでしょ?』

そりゃあ…。初めて会った時のクロエは赤眼をしていたもんな。でも、いつもは黒目で…あれ?なんで?

『正直に教えて。見えてるんでしょ?』

『………』

これは…なんて答えたら良いんだ?正直に見えてますって答えたら良いのか?それとも、見えないって嘘を吐けば良いのか?

うーん…っ。どっちを選べば…。

『言っとくけど、この眼はね、私みたいに魔族の血が混ざってないとならないのよ。それも、かなり高位の。その意味は分かる?』

いや、全然。

『でも、例外もあってね、普通の人でも身体強化を使ったりすると眼の色が変わるのよ』

そう言ってビシッと眼前に指を突き立てられ、言われた。

『今のアンタみたいに』

言われて、一拍。
俺はポケットから綺麗に磨いて手入れしている剣を取り出して、自分の顔を見てみる。

と…ああ、うん。右眼は赤かった。正確に言うなら、結膜は白。瞳孔も黒い。これは変わらない。ただ、角膜と虹彩は血のように真っ赤で、今にも血が溢れ出してきそうに見えた。

『………』

これは…なんて言えば…。

『もう一度聞くけど、アンタ、本当に魔法は使えないの?』

『ごめんなさい、使えます』

降参だ。ここまで追い詰められたら、もう黙るしか術が思い付かなかった。だから、潔く降参を認めた。

まぁ、だからって、使えるだなんて言わなくても良いと思うんだよなぁ…俺…。

『なんで隠してるのよ』

ジト目をしつつ睨み付ける。だなんて変わった芸当を見せてくるクロエ。

もう、こうなったら全部正直に話してしまうか…。

『教会で魔法が使えないって言われて、父ちゃんに秘密にするよう言われたから…だな』

『魔法が使えないって…でも、使えるんでしょ…?』

『使える』

物は試しと、手の平に火を生み出して見せる。

『って事は…あー、アレかぁ。アンタ、父親から悪魔憑きって言われなかった?』

言われたような…?

『なんで首を傾げるのよ。まぁいいわ。それで納得がいったから。実は私もそうなのよ。確か…3歳ぐらいだったかな?私の両親は魔族だったんだけど、魔族の中には魔力を見る眼を持ってる人も居て、それが私のお父さんでね…。その場で殺されそうになったわ』

軽く普段話するように言ってるけど、だいぶシリアスな展開をぶっ込んできたな…。俺、そういう時にどう声を掛けたらいいのか分からないぞ…?

『でもね、お母さんが私を連れて逃げてくれてね。最後はあの孤児院に捨てられたんだけど、私はここにこうして生きてるし…って、あれ?』

ポロポロとクロエの瞳から涙が零れ落ちる。こう言う時、俺はどう行動すれば良いのか分からない。
困ったな…。

『慰めてくれないのね』

うっ…。

涙を隠すよう両目を覆いながら言われて、その言葉の暴力が心に深く突き刺さる。

『別に良いわよ。そんなの求めてないから。っと言うか、アンタみたいな得体の知れないのに慰められたくないし』

ひど…。

さすがの俺もここまで言われたら落ち込むぞ…。いや、でも、慰めなかった俺も悪いし…でも、慰めなくて良いって…俺に慰められたくないって…うあああぁぁっ!!女の考えは本当に分からんっ!!

俺が混乱する最中にクロエは涙を服の袖で拭うと、俺の服の背を掴むと、そこで遠慮も何もなくブーッと鼻を噛んだ。

って、おいっ!

『ふんっ!アンタが中々話さないのが悪いんでしょ。これでチャラにしてあげるからありがたく思いなさいっ!』

……俺が悪いのか?
え?俺が…悪い…のか…?

…………分からん…。もう勘弁してくれ…。

『それで、どうするの?』

どうするとは…?

『何をボサッとしてるのよ。アンタの今後の事よ。魔法を使える事を隠すのか、隠さないのか。どっちなのよ』

『えーっと…隠す方で』

『そう』

一言。それだけ残すと、俺に一瞥もくれずに踵を返して階段を登って行った。

俺は……ちょっと頭の整理でもしながら気持ちを落ち着けよう。少し頭痛もするし、小休憩だ。

どうも、さっきの会話の精神ダメージが大きすぎたようで、俺の頭がキャパオーバーになってしまっているようだ。

くそ…。


●●●


「あの、クロエさん。エルさんは?」

一人だけ屋上に戻ってきたクロエに、一緒に下へと向かったエルが戻って来ない事を心配して聴いた。
だけど、クロエはエルの名前を聞いた途端に表情をムスッと不機嫌そうにし、アリアンナに返事すら返さず隅の方に座り込んでしまった。

(やっぱりクロエさんは余り好きじゃありませんっ!)

と、心の中で憤慨するアリアンナ。

クロエの素っ気ない態度に負けじと食い掛かる。

「クロエさんっ。エルさんはどうしたんですかっ」

「知らないわよ、あんな奴。放っておいたら戻ってくるわよ」

ようやく帰って来た返答はやっぱり素っ気なくて、アリアンナの心の中も荒ぶる。

(なんですかっ!なんなんですかっ!この人はっ!!)

ぷんぷんと頬を膨らまして怒りながら、教えてくれないなら、っと。階段を降りてエルの様子を見に行く。

そして、キョロキョロと周囲を見渡しながら階段を降りて行ったものの…途中から足場すら見えないほど暗くて、諦めて引き返す。

でも、心配だ。でも、見えないし。と、屋上に戻るや否や、ウロチョロウロチョロ。

「アンタねっ!少しは大人しくできないのっ!?視界の端でウロウロしないでよ!目障りなのよっ!」

そんなアリアンナがチラチラと目に付いて苛立ちが最高潮に至ったクロエが立ち上がり、まるで苛立ちを発散するが如くアリアンナに食ってかかる。

「めざ…っ。貴方がエルさんの事を教えてくれないから、こうしているのですっ!」

負けじとアリアンナも噛み付く。

「それなら幾らでも教えてあげるわよっ!アイツはね、アンタなんてーーのーー程も想ってないわ!それにね!アイツはーーでーーなのよっ!どう!?これで満足っ!?」

「え、えっと…その、クロエ。汚い言葉は…その…」

「そ、そんな事ありませんもんっ!エルさんはとってもお優しくて、慈悲深い方なんですっ!」

二人が睨み合い、バチバチと火花が飛び交うような展開の最中ーー。

「お?なんだ?喧嘩か?喧嘩か?」

ちょうど、その火花の発生地点に不意に湧いたハリス。

「アンタは入って来ないで!」
「ハリスさんは関係ないので、向こうに行ってて下さいっ!」

「お、おう…?」

気圧されて、引き下がった。

「エルさんはいつも私達の為に色々と考えててくれて、いつも私達を助けてくれますもんっ!」

「そんなのアンタの勝手な思い違いでしょ!アイツはね、他人の気持ちなんて何も考えないクズなのよっ!普段が無口だからって変な妄想してるんじゃないわよっ!この脳内お花畑!」

「なっ!?わ、私を悪く言うのは構いません!ですが、エルさんを悪く言うのはーー」

「だから、アンタは脳内お花畑なのよっ!なによ!その甘ったれた考え!バッカじゃないの!?」

「うぅぅぅ…っ!!」

拳を握り締めたまま目尻に涙を浮かべて上目でクロエを睨み付けるアリアンナ。だけど、睨み付けるにしては可愛らしい雰囲気を受ける。

「可愛子ぶったって、ここにアンタの大好きな王子様は居ないわ!それにね、エルがアンタ達に手を貸すのはね、アンタ達が足手纏いだからよっ!そんな事も分からないのっ!?その色眼鏡を外してよく見てみなさいよっ!」

「か、可愛子ぶってなんかいませんっ!私はすっごく怒ってるんですっ!!それに!私はエルさんを尊敬してるだけで、す…す…スキなんかじゃありませんもんっ!!そう言うクロエさんだって、エルさんに酷い事ばかり言って、内心でエルさんの事を想ってるんじゃないですか!?」

「ど、どうしたらそうなるのよっ!?アンタ頭湧いてるんじゃないの!?」

「だって、クロエさん、エルさんの事を随分と詳しいじゃないですかっ!私の知らない事ばっかり…ズルイですっ!」

白熱する口喧嘩。ポロリと漏れ出すアリアンナの本音。

「エルさん…早く戻ってきて…止めて下さい…」

と、サーファが二人の気迫に恐怖して目尻に涙を浮かべつつ下の階へ続く階段を見つめて呟いた。

「なによっ!?」

「なんですかっ!?」

クロエとアリアンナ。接触間近な緊迫した雰囲気が立ち込める。今にもどちらかが手を出しかねない状況だ。

しかし、ここには空気を全く読めない勇者がいる。

「まぁ、まぁ。落ち着けって。そもそも、なんで二人共そんなに怒ってんだ?」

ハリスだ。

まるで状況を理解していないヘラヘラとした顔で、まるで、どーどー。と言わんばかりに。まるで、喧嘩を仲裁するかのようにクロエとアリアンナの間に割り込んだ。

がーー。

「バカハリスは引っ込んでなさいっ!」
「貴方には関係ありませんっ!」

ハリスは勇者だった。

左右の頬に強烈なビンタを受け、空を舞う彼の姿。そう。彼こそが勇者だった…。

「エルさん…早く戻ってきて…」

その後、ハリスの勇敢な頑張りは虚しく終わり、二人の口喧嘩はサーファが我慢の限界に達して泣き始めるまで繰り広げられたのだった。


●●●


空を見上げれば、この穴に物見台を落とした時とは比べ物にならないほど落ち着いていた。
ようやくあの攻撃の嵐は去ったようだ。

随分と長い間、この空間に閉じ込められていたのだとつくづく思う。

さて。それじゃあ、そろそろ現実にも目を向けよう。

俺が席を外していたのは、時間にして小一時間ほど。少し休憩と仮眠を取ってただけ。だけなんだけど…たったほんの1時間ぽっちで、どうしてこうなる?

まず、俺の眼前にはハリスはなぜか両頬に赤い紅葉を作って気持ちよさそうに大の字になって寝ている。その奥の壁際にいるサーファは泣きじゃくり、左右を陣取るクロエとアリアンナは、双方共ムスッと怒った顔でお互いを睨み合っている。

…さて。どうしてこうなったんだろうな?

まぁ…いいか。考えたって答えは出なさそうだし、話を聞いて回るのも面倒だしな。

さっさと地上に戻って…いや、それは早急な判断だ。もしかるすると、まだ感知しきれない危険が待ち受けているかもしれない。

少しばかり先を確認してから行動に移ろう。それがいい。そうしよう。そうと決まれば早速行動だ。

まず、泣きじゃくってるサーファの頭を『これで泣き止むかな?』程度の気持ちで撫でてから、土壁に手を掛ける。

「エ、エルしゃん…?」

「ああ」

今から登る所だから、泣き止んだのなら少し大人しくしてろよ。
そう思いつつ、両足も土壁に引っ掛ける。

「エルしゃぁーんっ!!」

おい!こら!引っ付くなっ!登れないだろっ!ってか、落ちる落ちる!離せ!このバカ!足を掴むな!

「あ…」

あ…。と思った時にはもう遅い。土壁から手が抜けて、背後に倒れ込む瞬間だった。
体勢を立て直そうと土壁に手を伸ばしても、分かってはいたけど届きはしない。

かと言って、このまま倒れ込んだらサーファを巻き添えにして転ぶ事になる。そうなると、あとで治療したりしなきゃならず…色々と面倒だ。

すかさず、唯一土壁に届く足で土壁を蹴って軽く登り、空中ですかさず体勢を立て直し、上手い具合に着地。ついでに言うと、サーファの無事も確保した。
コイツは見た目からして軟弱そうだし、今こうして転けないよう肩を持つ手に伝わる感触だって女の子の肩を触ってるように弱々しい。転けたら大怪我しそうに思えるほど貧弱そうだ。

小刻みに震えている所が小動物っぽくて、ちょっと可愛いと思った。

「待っていろ」

「は、はい…」

叱ったわけじゃないんだけど、なぜかサーファが怒られた子犬のようにショボくれてしまった。

なぜ?

なんとなく頭を撫でてやると、サーファが『もっと撫でて!』と言いたげな眼差しで見つめてきた。なんだか子犬の頭を撫でてるような気分になる。

でも、一つだけハッキリとしておかなければならない事がある。俺は猫派だ。これだけは誰にも譲らない。

そして、サーファの頭を撫でるのも即座に切り上げて再び土壁に手を掛ける。背後から子犬の鳴き声のような幻聴が聞こえてくるけれど、無視して上まで登り切る。

謎の攻撃の余韻が残っていたのか、さぁーっと風が吹いて青々しい木の葉が眼前を横切る。

風が吹いてきた方向を見てみると…ああ。これは…なんていうか…酷い有様だ。

砦?いやいや。そこはまだ跡地が残ってるだけマシだ。酷いのは、森付近。そこは…地面から何から何までゴッソリと全て消え去っていた。

どこぞの隕石でも落下したのかな?と、思って現実から目を背けたくなる光景が広がっていた。

クレーター付近に歩み寄ってみると、なんと見事な事か。ここがダンジョンだと言う証拠を有り有りと見せ付けてくれていた。

地面の最下層なんだろう、そこは大きな穴がポッカリと空いていた。徐々にその口は塞がっているものの、それは明らかに空間の亀裂。いや、空間に空いた大穴だ。

穴の先がどこに繋がっているのか生憎と分からないものの、確かに感じ取れるのは、そこからこの部屋に不足したダンジョンのマナが補填されていると言う事。

それと…もしかして、アレは階段…なのか…?

視力を良くしても、どう見ても階段の残骸にしか見えない。っと言うか、階段がクレーターによって侵食されて、そこだけ四角く真っ暗な空間が空いているようにしか見えない。

取り敢えず、問題なさそうなので物見台を素の地上に戻そうと思って踵を返すと、コツンと何かを蹴った。

…魔石かぁ…。

辺りを見渡すと、そこかしこに魔石が散らばり、中にはアクセサリーのような物や剣や盾などの武具が落ちていた。

回収…は面倒だし、見なかった事にするか。

さて。さっさと物見台を元に戻そう。っと…魔法は使わないようにしないとな。
クロエにはバレてしまったけど念には念を入れて。ついでに、クロエの事はいつでも始末出来るようにもしとくか。

俺の秘密を知られたんだ。いつ裏切られるか分かったもんじゃないし、用心するに越した事はない。

それじゃ…ちょっと面倒だけど、久々に魔法擬きでもやりますか。
まず、物見台のある穴を正面に捉える。次に、ポケットから魔石を取り出して穴の縁の地面に置く。その隣に適当に感覚を空けつつまた置く。そして、置く。置く。置く。同じ工程を繰り返して穴を一周する。

「えーっと…」

呪文は要所だけ捉えていれば適当でも良かったはず。

「『土、生成』」

途端に、ゴゴゴゴッと音を立てて物見台が地上に戻ってきた。

少し高さが足りなくて、半分以上がまだ地面に埋もれたままだけど…まぁ、そこは気にしない。

俺の親指程度の大きさの魔石に内包されているマナの量なんてたかが知れている。それを幾ら積み重ねたって、質量=質量の法則からは逃れる事は出来ない。よって、マナ容量=質量であって…って、俺は何の話をしてるんだよ…。

最近マジで混乱しやすくなってるぞ、俺…。しっかりしろ。冷静になるんだ。

「ちょっとエル!なんなのよ!この中途半端な高さ!戻すのならちゃんと戻しなさいよっ!」

うるさい。キャンキャン吠えるな。お前はチワワか。

「ふえぇぇ…た、高いですぅ…」

サーファに至っては…もういい。受け止めてやるから飛び降りろ。

たかだか5m程度の高さで根を上げるなよな…。

足を滑らせて落ちたサーファを受け止めている横で、ハリスは着地に失敗して地面と熱烈なディープキスを交わし、反対でクロエが危なげなく着地。

「エ、エルさん!」

サーファを下ろしていると、ふとアリアンナに呼び掛けられたような気がして見上げてみると、俺にタックルをかましそうな勢いで飛び降りてきていた。

両手が左右に広げられてるのは…なぜだ?俺を下敷きにする気満々ってか?
ああ、くそ。すぐ思考がおかしな方向に向かう。気が散って仕方がない。

取り敢えず、飛び降りてきたアリアンナを適当に受け流し、落下の勢いだけ殺して横に置く。

ああ、くそ。なぜか頭が痛い。

「エルさんが…受け止めてくれませんでした…」

「ふんっ。受け止めて貰えると思うのがおかしいわ」

少し静かにしてくれ。その声が頭にキンキンと響くんだ。

「うおぉぉっー!いってぇぇぇっ!!って、あれ?なんで俺寝てんだ?」

「だ、大丈夫…?ハリス」

お前ら頼むから少し静かに…。

あれ…?おかしい。おかしいぞ。おかしいな…。なんで、俺は…。

「ちょっ!?エル!?」
「エルさんっ!?」
「え…」
「うおっ!?な、なんだ!?どうしたんだ!?」

俺は倒れてるんだ…?

ああ、クソ。頼むから静かにしてくれよ…。頭に響くだろうが…。

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コメント

  • トラ

    更新お疲れ様です!
    誤字報告です
    自発的に大気中のマナ濃度を下げた、
        ⬇️
    自発的に大気中のマナ濃度を下げて、

    よっぽど恥ずかしい事を言ったんだった、
        ⬇️
    よっぽど恥ずかしい事を言ったんだったと、

    その隣に適当に感覚を開けつつまた置く。
        ⬇️
    その隣に適当に間隔を空けつつまた置く。

    次も楽しみにしてます!

    1
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