自称『整備士』の異世界生活

九九 零

49



「グラアアァァァァァァッ!!」

遠くからドラゴンの怒りの咆哮が聴こえてくる。
怒ってる理由に心当たりが沢山あるけど、おそらく今の咆哮は俺達を見失って吠えたんだろう。

そんな咆哮を聴きながら、周囲の様子を見渡す。
ここはさっきと同じような造りをした場所だ。違う点は、さっきの一本道から伸びてた横道に曲がったと言うだけ。

それだけでドラゴンは俺達を見失い、横道に気が付かずに通り過ぎて行った。それを見送った皆は緊張が解けたようにホッと息を吐いた。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

アリアンナは荒い息を吐いて壁に片手を付いてもたれかかる。

「も、もう走れねえ…」

ハリスは地面に大の字に寝転がって息を整える。

「ひっく…ズズズズズっ…グス…」

サーファが俺の背中で鼻水を啜っている。

「ア、アンタ…どうして汗一つかいてないのよ…っ」

クロエが横目で俺を見上げながら納得いかなさそうな顔をして言ってきた。

そう言うクロエも余り汗をかいていないように見えるが…それでも疲れてはいるみたいで両肩で息をしている。

「鍛えているからだ」

基礎体力を重点的に鍛えているから、これぐらいのランニングぐらいで疲れたりしない。
最近で疲れたと感じたのは、全力疾走の特訓をしている時ぐらいだ。

背中のサーファを下ろしていると、その間にクロエが「ふぅ」と息を吐きつつアリアンナの隣に歩いて行くと壁にもたれかかって座った。
アリアンナもそれに習って壁を背に座り込む。

「素でそれって…どんな鍛え方をしてるのよ…」

なぜか呆れられた。

どんな鍛え方と言われても、身体の限界を維持するような鍛え方をしていただけなんだけどな。
ただ、セバスにそれは良くないと教えてもらったから特訓内容を改めるつもりだ。

「別に無理して答えなくても良いわよ…」

諦めたように溜息を吐くクロエ。

「そんな事よりも、あんた、その腕大丈夫なの?凄い血が出てるわよ」

「問題ない」

自己診断だから合ってるかは判らないけど、おそらくは骨が折れてる。それに、皮膚が裂けている。でも、痛覚はマナを使って神経を麻痺させる事で無くしているから痛みはない。あとは自己治癒で治るのを待つだけだ。

「問題ないって…それのどこが問題ないのよ。ちょっと見せて。回復魔法は使えないけど、応急処置ぐらいは出来るから」

「……ああ」


○○○


「はい、終わり」

そう言って、処置した患部を叩いてくるクロエ。痛みはしないからどうとも思わない。

処置方法は、なんだかよく分からない草を咀嚼し磨り潰した物を患部に当てがって、その上から包帯擬きで巻き付けただけの簡単なものだ。
全部ハリスの所持品と言う事に少し驚いたけど。

「ハリスは良く怪我するから院長が持たせてるのよ」

なるほど。合点がいった。

「それにしても、あんな凄い魔法を使える癖にどうして回復魔法は使えないのよ…もしかして、魔力切れなの?」

「俺は魔法が使えない」

回復の簡易スクロールはまだまだ残ってるけど、これぐらいの傷で使う必要は感じられない。

「は?」

何言ってるの?みたいな顔をされた。でも、使えないって設定だから、魔法は使ってない。本当だ。

「さっき使ってたじゃない」

「アレは違う」

実物を見せて証明したい所だけど、砕け散った魔法の腕輪は手元にない。置いてきてしまった。

いや、魔法の指輪マジックリングを見せたら良い話か。えーっと…どこだ。

ポケットの中をゴソゴソとほじくり返し…あ、あったあった。

防御系統は先の一件で全て使い切ってしまったものの、まだ攻撃系統などが残っている。それを選んで取り出す。

「なにこれ?」

「マジックリング」

「違う。そう言うのを聴いてるんじゃないの。この指輪が何なのかって訊いてるのよ」

「魔法が使える」

「ふーん、魔法がねー…。えっ!?それって魔道具じゃないっ!そんな高級品…って、アンタ金持ちだったわね…」

驚いたり呆れたりと、忙しく面白い奴だ。

「エルさん。それって私も使えますか?」

隣で話を聞くだけだったアリアンナが話に混ざってきた。
この流れ的に一つ欲しいと言われそうなので、先手を取っておく。

「ああ。欲しければやる」

「えっ…」

予想外な事を言われたように驚いた素振りを見せるアリアンナの顔を見ながら、俺の持つマジックリングを適当に取り出す。

「どれだけ持ってるのよ…」

総数は1000と少しかな?後で仕舞うのが面倒だったから取り出したのはその一部だけど。

「好きなのを持っていけ」

「お金に余裕のある人は言う事が違うわね」

茶化すな。

クロエが「じゃあ、私はこれを貰うわ」と言ってマジックリングを一つ手に取り、なぜか目を見開いて驚いた顔をする。

「えっ!?これ、最近噂になってる超が付くほど高級品の魔道具じゃないっ!?」

「そうなのか?」

「何で知らないのよっ!アンタ持ち主でしょ!?」

気持ちを落ち着かせるように溜息を一つ。

「これはね、学者ですら匙を投げるほどの天才魔道具師が作ったって言われてる出所不明の魔道具なのよ?そんな事も知らないで持ってたの?もしかして、バカなの?」

酷い言われようだ。

でも、これらを造ったのは他でもない俺だし。人違いならぬ製作者違いだろ?

似たような物を露店で見かけた事があるから、たぶん、そっちの方が例の天才魔道具師とやらなんじゃないか?

「この無骨な造りに反面して、性能はそこらの魔道具よりも優れてて、なにより、この内側に彫られた文字…ちょっと試し打ちしても良い?」

「ああ」

なんなら、全部試し打ちしてくれても良いんだぞ?
俺がすると一回使うだけで壊れてしまうから、ほとんどが作ったのは良いけど未使用の状態だからな。

もう体力が回復したのか、クロエはスクッと普通に立ち上がると、マジックリングを指に嵌めて誰もいない洞窟奥に向かって手を突き出す。

「えーっと…『雷撃』」

魔法陣が形成され、そこからバチンッと一筋の稲妻が洞窟奥に走ってゆき、遅れてドォォンッと雷が轟くような音が洞窟内を木霊して帰ってきた。

「凄いわね…」

そうか?なんだか威力や範囲がイマイチのような気がする。

「わ、私も使ってみたいですっ!エルさんっ…その、構いませんか?」

クロエが放った魔法を見て興奮したアリアンナだったが、途端に冷静になって尋ねてきた。

「ああ」

今のは少し面白くて、心の中でケタケタと笑い転げる。

「アンタのその笑い方やめた方がいいわよ。ちょっと…と言うか、かなり不気味」

うっ…。わ、笑ってないやいっ!

「エルさん。これ、どうやって使えば良いのですか?」

「ああ。そーー」

「指にはめて、呪文を唱えたら良いのよ」

俺のセリフ…まぁいいか。説明する必要が省けた。

「ちょっと貸して」

「あ、はい」

クロエがアリアンナからマジックリングを受け取り、内側のフレームを覗き込む。

「"水弾"ね」

はい。と言ってマジックリングをアリアンナに返却する。

マジックリングの内側にはマナ回路と発動呪文と発動魔法を描いている。中には見えないようにしている物や、ワザと装飾のようにしている物もある。
発動魔法や回路は面倒だから日本語で済ませているが、呪文はこちらの言葉で合わせているから気が付く奴はどんな魔法が使えるか分かるはずだ。例えば、クロエのような奴だな。

返却されたマジックリングを嵌めたアリアンナが誰もいない洞窟奥に向かって手を突き出し、呪文を唱える。

「ス、『水弾』!」

異物を混入させた水の玉を高圧縮し、弾丸の如く高速で撃ち出す魔法だ。
俺のオリジナルだ。なんて自惚れた事は言わない。なぜなら、これぐらい誰だって思い付きそうな魔法だからだ。

水弾は射出されるまで僅かにタイムラグがある。魔法陣が形成され、そこから車サイズの…今回はバスケットボールサイズだったが、魔法陣から必要分の水が供給され形を保つ。そして圧縮し、本来なら弾丸サイズになるが、今回は野球ボールサイズとなって高速とは言い難い速度で放たれる。

目算での速度は100km/h弱。飛距離は50m未満。やっぱりイマイチだ。
俺が試し打ちして壊れてしまったマジックリングの方が遥かに威力も飛距離も速度もあった。

だけど…同じ物を複製したはずなんだけど、おかしいな。なぜ使用者が違うだけでこうも差異が出るんだ?

わからん…。

「エルさんっ!エルさんっ!魔法ですっ!魔法が使えましたっ!見てください!『水弾』っ!」

感極まったような雰囲気で魔法を連発するアリアンナ。そんなことをしていたら…。

「あ、れ…」

両足の踏ん張りが効かなくなってフラリとバランスを崩したアリアンナが尻餅を着いた。
当の本人はどうして転けたのか理解してなさそうな顔をしている。

「魔力切れね。初めて魔法を使って興奮するのは良いけど、気を付けないと死ぬわよ?」

そんなアリアンナを見兼ねてクロエが注意を促す。俺も人の事が言えなくて、視線を僅かに逸らす。

「なんでアンタが気まずそうな顔をするのよ」

だって…。いや、何か言うと墓穴を掘ってしまいそうだ。何も言わないでおこう。

「っにしても、こんなにも…良く集めたわよね」

そう言いながらマジックリングの山を見やるクロエ。
吊られて俺もそちらへ視線を向けると、サーファとハリスが群がって、一つ一つ検品のような事をしていた。

「よしっ!俺はこれに決めたっ!!」

ハリスが選んだのは二つ。なんの魔法が使えるのかは一見しただけだと外見が殆ど同じなので製作者である俺も分からないものの、二つとも内外をエーテル結晶で覆ったマナを貯蓄できるタイプのものだ。

「えっと…僕はこれが…その…」

不安そうな顔でチラチラと俺を見てくるサーファ。欲しいなら欲しいと言えばいいのに。

頷くと、途端に嬉しそうな顔をして欲しいと言っていたマジックリングを手に取った。
って、試作品を選んだのか。まだ作動確認すらしてないから不安が残るな…。まぁ、爆散する事はないとは思うから別に良いけど。

それはマナ結晶のみで制作した半透明のマジックリングだ。造ったのは一つだけで、つい最近の物なのでよく覚えている。
アレには身体能力向上の魔法を刻んでいる。俺には必要のない魔法だけど、マリンかアックにあげれば喜ぶかな?と思って造ってみた。

試す機会がなくて試してないけど。

すかさず俺ではなくクロエに呪文を聞きに行く二人。

「ハリスのコレは"鉄ノ剣クロガネのケン"で、こっちは"鉄ノ盾クロガネのタテ"が呪文よ」

あー。そう言えば、そんな物を面白半分で造った覚えが…。でも、似たような物もあったのに、よく上手い具合にその二つの組み合わせを選んだな。

「サーファのは"ブースト"ね」

能力を引き上げる。そんな意味を込めてブーストと名付けた。
これは他のマジックリングと少し違って、マリンとアックの為に丹精込めて造ったものだ。

サーファには悪いけど、丁度良いし、今後の為にもちょっと被験体になってもらおう。


○○○


マジックリングを配り終え、遂に始まったダンジョン攻略。

だけど…俺がいる時点でチマチマと詮索する必要なんてなかったりする。

「こっちだ」

この階層は俺がマナ感知を全開に広げればギリギリ収まる広さだったからだ。ちなみに、現在の全開マナ感知可能範囲は半径約1.5km。直径にしてみれば約3kmだ。
だから、俺にはドラゴンが今いる位置から階段の位置まで全て手に取るように分かる。

「違う、こっちだ」

とは言え、全てを感知範囲に収めるには一度中心に向かう必要はあるけど。
今回はその必要はなかった。なぜなら、ドラゴンの住処がその中心地点付近だったからだ。そこから推測するに、この山全体がダンジョンとなっていると考えられる。

「ねぇ、さっきから知ってるような口振りで道案内してるけど、本当に合ってるの?」

「エルさんは嘘なんて吐きません!少し吐くかもしれないですけど…でも、吐きません!」

どっちだ。

「どっちよ」

俺がクロエと同じ事を考えるなんて…まぁ、それはそれでいいか。気にするほどの事でもないな。

「で、どうなの?」

「合っている」

「その根拠はどこから来てるの?前に来た事あるの?」

「来た事はない。根拠はある」

本当にあるからこうして動いてるんだろうに。そんな疑いの眼差しを向けないでくれ。

「この階層は全て把握した」

「どうやって?」

「俺はマナ…マロ…マロ……マリクが見える」

「ぷっ。マロってなに、どこの時代の人よ。それにマリクって。誰の名前よ」

笑うな。言い辛いんだよ。

「あ、あの、エルさん。ま、魔物とかって…」

「いない」

「え、えぇっと…それって…」

「あっ!分かったぞ!あのドラゴンだろ!?きっと、あのドラゴンが全部喰っちまったんだって!」

なんてほざくハリス。でも、惜しい。

俺の勝手な憶測になるけれど、この階層に充満するドラゴンのマナが原因だと俺は考えている。
ダンジョン特有とも言える変わったマナに混じって例のドラゴンのマナが多く存在しているんだ。

それに怯えて違う階層に逃げた…いいや。下の階層に降りたと考えられる。

……今度、魔物の生態でも調べてみるか。少し興味が湧いた。

っと、そんな話はさておき。

「次を右。そこに階段がある」

「右って言われても…見る限り何もないわよ?」

うん、そうだな。目的地はこの辺りの筈なんだけど…。右側は全て壁になっている。なのに、マナ感知だと階段がある。範囲を狭めても、階段の位置はこの辺りだ。

「………」

これはきっと…アレだな。うん、間違いない。

「エルさん?エルさんが少ししか嘘を吐かないのは知ってますけど…」

「何をしてるの?」

壁を叩いて回るのがそんなに不思議か?隠し扉とか発見する時には一番効率的なんだぞ?

壁を叩くとコンコンと軽い音。

「ここか」

見つけた。

見た感じ普通の壁で辺りを見渡しても仕掛けとかは見つけれない。っと言うか、分からない。
詳しく調べるために解体したい所だけど、現在進行形で問題が山積みな状態だ。例えばーー。

「っにしても、腹減ったなぁ」

「私は喉が渇いたわ」

「そ、その…おしっこ…」

三バカの言う通りな訳だ。って、ションベンならその辺でしてこいよ。こんな所にトイレなんてないぞ。

「はぁ…」

遭難していると言う自覚がコイツ等には全くないようだ。後先考えない能天気な所が羨ましく思えてくる。

まずは…そうだな。次の階層に向かう道を作っておくか。マナ感知でも下の階層の詳細は判らないから、ここからは気を引き締めないといけない。

「アリアンナ。サーファに付き合え」

「分かりました。さ、行きましょう、サーファさん」

「う、うん…」

二人を見送り、残り二人の問題だけど…これは後でも良いか。

取り敢えず、チェイサーッ!っと一発。後ろ回し蹴りで壁を蹴破る。

ガラガラと音を立てて崩れた壁の向こうには、マナ感知で捉えていた階段が現れた。

やっぱり下の階層の詳細が判らない。マナを先行させて探らせても、階段の下を覗き込んでも、先は真っ暗。何も見えやしない。
この先が暗いんじゃなく、何かに阻まれて見えないような。そんな感じを受ける。

今の内に準備を済ませて用心深く進んだ方が良さそうだな。なんせ、ダンジョンには魔物が出るって話だし。

用心するに越した事はない。

「お前等も用を済ませろ」

「それじゃあ、私も少しお花を摘みに行ってくるわ」

花?なんで花?そんなの咲いてたか?

「俺は大っきい方がしたいんだけど、どうすりゃいい?」

「知るか」


○○○


用を済ませて、再び集まった一同。

ちなみに、一番戻るのが遅かったのはハリスだ。遠くの方で『あ!やべぇ!ケツ拭く砂がねぇっ!!』と叫んでいたのが記憶に新しい。

どこで拭いたのかは敢えて聴かないでおいた。その代わり、ハリスには誰も近寄りたがらない。

そんなこんなで階段を降り進む。

勿論、先頭はハリスだ。率先して先頭を立候補していた。その次にクロエ。ハリスとの距離の開け方が凄い。
その背後に俺。続いて、アリアンナにサーファだ。

階段を降り進むと、途中で空気が変わったのがハッキリと理解できた。いや、空気だけじゃない。大気中に漂うマナもだ。

ドラゴンのマナが綺麗さっぱり消え去り、ダンジョン特有とも言える変わったマナだけが感知できるようになった。

「なんか、気持ち悪いわね…」

クロエも何か感じ取ったようだ。だけど、その"何か"がハッキリしていなさそうに思える。

クロエの先に見える小さな背中。ハリスは皆から距離を置かれているにも関わらず、何も気負ってなさそうにズンズンと先へ先へと突き進む。
アリアンナは今にも俺に体当たりしてきそうなほど近くに寄ってきており、その背後に怯えるような感じでサーファが恐る恐る付いてきている。

各々が色々な想いを抱えながら、下の階層ーー魔物の巣窟に降り立った。





コメント

  • トラ

    更新お疲れ様です

    1
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