自称『整備士』の異世界生活

九九 零

44


見た目からしてこの街の治安が悪いのは知っていた。が、まさか、こんな輩まで居るのは少し予想外だった。

「へへっ!このガキぃ、肉付き良いぃ、美味そうだぁ」

「ンなこと、見たら分かるっつーのっ!そんな事より、悲鳴だよっ!悲鳴っ!おりゃ、生きの良いガキの悲鳴が聴きたいんだよっ!」

「はぁ…テメェら。これは売りもんになんだから、傷付けんなよ?」

白昼堂々。大通りのど真ん中で山賊のような輩に絡まれると言う。

なんつー無法地帯だ。
衛兵は?兵士は?門番は?騎士は?一体何をしてるんだ?

って、サボってんのか。

衛兵っぽいのが近くの建物に背中を預けて、酒を片手にこの現状を楽しんで眺めてやがる。

こんな場面のどこが面白いって言うんだよ。
幼気な子供が悪漢に絡まれてるのに、誰も助けようとしないとか、ほんと、クソ溜め以下だな、この街は。

カッカが俺を頼った理由が今更分かってきたような気がする。まぁ、頼られなくたって、あの情報を得た時点で来るのは確定だったけどな。

さて。それじゃあ、手っ取り早く掃除を始めますか。

「殺せ」

の一言で誰一人声を上げる事もなく盗賊3人の首が宙を舞い、俺の足元に落ちる。

見事な一撃だとは思うけれど、でも、少し派手だな。
もっと地味に心臓を貫いたり、気道を切断したり、眼球から脳を直接叩いても良かったと思う。わざわざ首を飛ばすなんて、武器と才能の無駄遣いだ。

まぁ、こんなこと言ったって仕方ないけどな。

糸の切れた人形のように倒れる首のない三人の背後に現れるカッカを視界に捉える。

「連れてきたか?」

「ああ。旦那に呼ばれたんだ。みんな喜んで来るさ。俺達、隠密部隊11名。実行部隊18名。あと、掃除屋を8名。総勢37名。ここに」

カッカが胸に手を当てて小さく首を前に倒すと、彼の影が後方に伸び、まるで実体を持ったかのように盛り上がる。すると、そこから36人の黒装束を着た者達が現れた。

皆が俺を見るなり、跪いて首を垂れる。

「始めろ」

「もうちっと気の利いた事は言えないのか?」

カッカにダメ出しされた。
やる事は事前に話していたから通じるだろうと思ったんだけど、これじゃダメだったか?

カッカが俺の隣に移動するのを横目に、気の利いた言葉を考える。

なら…これでどうだ?

「この街は腐っているが、俺にとってはどうでもいい」

「どうでもいいって…旦那らしいな」

うるせぇ。

「だが、俺は綺麗好きだ。この街を見て、お前らは綺麗だと思うか?」

黙って俺の言葉に耳を傾けるカッカの部下達。カッカだけが隣でクツクツと笑っていやがる。
一発殴ってやろうか。と思ったら、それを察してか、カッカは笑みを消して真面目な表情で吠えた。

「お前らっ!よく聞け!旦那の言った通り、この街は腐ってやがる!だが!旦那はお国の為とか世直しの為とか、そんなクソみたいな清高理由でやるんじゃねぇ!どうでもいいような俺達の事情にわざわざ手を貸しに来てくれたんだ!事前に説明した通り報酬はないと思え!」

うん。そうだな。カッカの言う通り、俺は慈善活動なんてするタイプの優しい人間じゃない。他人がどうなろうと俺には関係ない。他人の事なんぞ知ったこっちゃない。

俺は俺の為・・・に。ついでに、頼まれたからこの街を綺麗にするんだ。でも、呼び出したのは俺だし、報酬は支払うつもりだったぞ?

まぁ、報酬がなくても良いのなら、それはそれでありがたいけどな。

「さぁ、大掃除の時間だ」

俺の一言で、この場に集った37人のうち、35人が一斉に四方八方へと散って行った。

「最後の良いとこだけ上手いこと持って行ったな」

なんて苦笑い気味に言われた。そんなつもりは全くなかったんだけど。

「ああ、そうだった。一応旦那に紹介しておくぞ。そこに残ってる奴がこの街の孤児院出身で、旦那に助けを求めた奴だ」

一人残ったずっと首を垂れたまま動かない黒装束を顎で指し示される。

「どうでもいい」

まっ、俺には関係のない話だ。
俺はやる事をやるだけで、ついでに俺の用事も済ますだけだ。

さて。事前に仕入れた情報にあった、めんどくさい相手とやらを潰しに行きますか。

「ははっ。旦那は相変わらずだな」

背後でカッカが何か言っているけど、無視して俺もその場を立ち去る。


○○○


めんどくさい相手とやらは、この街にいる盗賊達だ。どうも事前に仕入れた情報によると、隣国にある帝国なんちゃらと繋がりがあり、魔導兵器なんて名前の魔法の兵器を取り扱っているのだとか。

各所の貴族達との繋がりもあるし、武力も相当量持っていて一筋縄ではいかない。しかも、この街を一掃したとしても、他の街にも仲間がいて密かに暗躍していて、殲滅が難しい。だから面倒くさい相手なんだそうだ。

盗賊の名前は…なんだったか…忘れた。

まぁ、そんな奴等をカッカ達は闇ギルドの時から商売敵として敵視していたらしい。でも、なかなか尻尾を掴めずに苦労していたそうだ。
この街に巣食っているのも本陣じゃないって言っていたしな。

俺には関係のない話だけど。

この件は元々カッカ達が行う予定だったが、その情報を得て俺がやる事にした。

俺は盗賊云々より、魔導兵器とやらが気になっている。なんせ、この世界の兵器だ。気にならないわけがない。

一度見てみたい。欲を言えば、欲しい。

「………」

そんなわけで、はい。例の盗賊団のアジトに侵入成功。

侵入経路は、酒場の主人と少しオハナシして聞き出した。酒場の二階に上がる階段の裏にある物置部屋の最奥にある木箱の下にハシゴがあり、そこから入った。

勿論、先手を打ってからだ。

俺は今、何食わぬ顔でアジト内を散策している。
そこかしこで呻き声や苦しむ声が聞こえてくるし、足元には顔を真っ青に染めて息をしようと必死にもがく盗賊や、全身を痙攣させ泡を吹いている盗賊がいる。

まぁ、結局のところ、こんな敵の溜まり場に真正面から相手する必要なんてないってことだ。
マナを流し込み、地下の酸素量を操作してやるだけで全員が酸欠になって倒れる。

簡単な戦法だ。
むしろ、誰も即座に対策を立てようとしなかったのが驚きだ。

そんなわけで、問題の一つも起きる事なく目的の場所に辿り着いた。

「これが……」

おそらく、これが例の魔導兵器だろう。
小さな小部屋。左右に壁に貼り付けられるように並べられた棚。そこに飾るように置かれていた。

形は様々で、杖のような物もあれば、異形の剣や槍。水晶のようなのもある。

手始めに、近くのケースに収められているのを手に取って確認してみる。

「これは…ビー球か?」

まるで眼球サイズにも見えなくはない。内部はキラキラと美しい星屑のような物が埋まっていて、眺めていると吸い込まれていきそうに思えてくる。でも、綺麗だけど、それだけだ。
内包されているマナ量も大したことなく、何が発動するかは判らないが、タカが知れている。

隣に置かれている拳銃のような物だって、見て判断するに、装填数は一発。弾を込めれそうな箇所はなく、見方によってはただの筒にしか見えず、俺の知ってる拳銃に似ても似つかない。

その隣の物も、その隣も…。どれもガラクタだった。

「ああ…期待外れ、だな…」

おそらく、これらは全て試作品か失敗作なんだろう。それをなんちゃら盗賊団が拾ってきて、売り捌いていたと。

期待外れもいいところだ。

「はぁ…」

溜息が漏れ出してしまう。

もういい。そもそも盗賊が持ってる時点でおかしな話だったんだ。それに気が付けなかった俺にも責がある。

だからーーそうだな。埋めてしまおう。

多少の鬱憤と共に、なにもかも地面の中に埋めてしまって、記憶からも消し去ってしまおう。この件は無かった事にする。

粗悪品が並ぶ棚の上にコトリと300mlサイズの缶を置く。爆弾代わりのエーテル缶だ。
これだけで、この部屋を木っ端微塵にするだけの威力のある衝撃波を発生させられる。

あとは、来た道を戻りつつエーテル缶をそこかしこに置いていけば……。


●●●


連続する爆発音と共に地鳴りと地震が起き、建物が崩れる音が聴こえてきた。
まるで、天変地異の前兆のようにも感じられるソレを耳にしたカッカは、今まさに剣を振り翳して事を済ませた後に、乾いた笑いを浮かべて開け放たれた窓に視線を向ける。

「旦那…幾ら相手が"死神の鎖"だからって、ちとやり過ぎだぞ…」

ズルリと血塗れの剣を引き抜き、その場に投げ捨てる。剣はカランカランと音を立てて、付近に大量の血を流して倒れている男の手元に落ちた。

と、同時に、窓から黒装束の者が部屋に飛び込んできて、焦燥を露わにしながら言う。

「団長!報告っすっ!さっき雇い主が向かった"死神の鎖"アジトがーー」

「知ってる」

ほれ、と彼の背後を指差す。

そこに広がる光景は、初めこそは無造作に建てられた建物でグチャグチャとしていて、外の通路は常に影が掛かっており、この部屋ですら太陽の灯りが僅かしか届かないほどだった。しかし、今や、まるで地面が割れたかのように縦長に陥没し、建物や住人など。そこにあった物を全て引っ括めて崩れ去り、日差しが爛々と指す光景だった。

そこかしこで阿鼻叫喚の悲鳴や叫びが聴こえてくる。

しかし、カッカはソレを気にした素振りも見せずに軽く流して、腰元の短剣を手にしてから何もない壁に投擲する。

「グフッ…」

壁の奥から何者かの声が漏れ、ガタンっと物音がすると、それっきり音が聴こえなくなる。

「旦那の心配なんてする必要はねぇーよ。それよりも、掃除の進捗を聞かせろ」

「うぃっすっ。1班と2班と4班は掃除を終了して、今は取り残しを片付けてるっす。3班はさっきの崩落に巻き込まれたみたいで、連絡が途絶えているっすね。あ、あと、掃除屋の一人が裏切ってたから始末したっす」

報告を聞いた。が、しかし、腑に落ちない。

「5班はどうした?」

「5班は…なんて言うか…逃げちゃったっす」

「あ?なんでだ?」

思わずと言った風に素っ頓狂な声が出てしまった。

「いやぁ。流石にそこまでは分かんないっすよ。ただ、あの崩落のすぐ後だったから、何か関係あるのかなって思って」

「ああクソ…そうじゃない事を祈るか…」

痒くもない頭を掻き毟り、もしや逃げ出した者達が崩落の原因を作り、雇い主であるエルを生き埋めにしようと画策していたりしたら最悪だ。そう考えてしまい、軽い頭痛を覚える。

「取り敢えず、逃げた奴らを捕まえろ。なぜ逃げたのか拷問でもなんでも使って吐かせるんだ。もし旦那の不利益になるような事だったらどうなるか…分かってるな?」

いつになく険しい目付きで見られた部下はゴクリと生唾を呑み込み、神妙な顔つきでコクリと頷く。

彼も、彼の仲間達も、決して知らないわけではない。あの年端もいかない少年ーーエルの恐ろしさを。

見た目こそは。雰囲気こそは。ただの子供。なのだが、彼を知る者はどうしたって普通の子供としては見れない。

畏怖と畏敬の念を込めて、決して彼の名前を呼ばない。不利益になるような事は全力で避ける。どこに起爆用のスイッチが潜んでいるか定かではないのだ。もし、一度彼を怒らせたりなどしてしまえば…。

その先を想像したカッカの部下はブルリと身震いした。

「ま、任せるっす!すぐに捕まえてくるっす!」

「頼むぞ」

「はいっす!」

入ってきた窓から軽快な動きで颯爽と立ち去る部下を横目で見送ったカッカは、どうか逃げ出した部下達が要らん事をしてなければいいが…と思い軽い溜息を吐きながら思い、この死体だらけの部屋から来た道を戻るように立ち去って行った。

その日を境にタングの街は一変した。

昼間から悪党がのさばり、数少ない住人達も瞳に生気は感じられず、ゴミ溜めの巣窟だったような街がたった一月で様変わりした。

悪党の類はあれっきり街中に現れることはなく。数少ない住人達も含め、見違えるほど皆の瞳は希望の光を映し出していた。

それらは全て領主の手腕によるものだが、まことしやかに囁かれる噂があった。

『現領主がたった1日であのタングの街を粛清した』

事実を知る者は既にこの世に存在しない。その場を目撃した者は存在せず、誰も知らないまま全てが終わっていた。

そう。噂の主格である現領主でさえ知らぬまま…。

コメント

  • トラ

    更新お疲れ様です
    エルがアジトを爆破した際のカッカの反応?で
    今まさに今まさに剣を~のところですけど
    今まさにを二回使うのは文として一回使ったときと意味が変わらないと思います。

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