自称『整備士』の異世界生活

九九 零

33

ご心配をおかけしております。

現状、私の体の方は問題なく、いつにもなく絶好調です。ただ、買ったばかりの新車が死にまして…ですが!私は生きています!ピンピンしていますので、大丈夫です!

ご心配して頂きありがとうございますっ。
m(_ _)m










「これにて冒険者登録は終了です。成人するまでは仮登録と言う事になりますが、仮登録中に上げたランクは引き継がれますので登録証は失くさないようにして下さい」

登録証は、前世で外国の軍人が付けていたようなドックタグみたいなものだった。冒険者達の間で通称"タグ"と呼ばれているみたいだ。表面に俺の名前が書かれている。

タグはランク毎に色が違うらしいけど、俺のはただの鉄板だ。見習いと言う事で最低ランクのGランク。次は銅色になるらしい。
本物の銅を使っての銅色なのか、着色しての銅色なのか…はてさてどっちだろ?

まぁ冒険者を続けるつもりなんてないし、ランクや色なんかに興味ないから、そんな疑問はすぐに消え失せたけど。

「では次に、こちらとこちらに署名をして下さい」

差し出されたのは、何かがビッシリと書き連ねられた紙。さっきまで話していた内容を纏めた契約書だってのは分かるけど…この世界の文字は読めないから何が書かれてるのかサッパリだ。

「…………」

勿論、自分の名前すら書けなくて、渡されたペンを持ったまま書類を見て固まってしまう。

契約書に目を通しても読めなきゃ意味がない。もしここに俺が不利になるような事が書かれていたりすれば最悪だ。

俺がもっと頭が良かったら独自で文字を翻訳出来たんだろうな…。なんて自分の頭の悪さを悔いる。
いや、そもそも、俺が文字を勉強してないのが悪いのか…。

取り敢えず、チラリと受付嬢ナタリーの顔色を伺ってみる。いつもと変わらない冷たい顔付だ。何を考えているのか分からないな。

「どうしましたか?」

俺の視線に気付いたナタリーが尋ねてきた。

さて、どう言えばいい?

文字が分からないから読めない?サインが出来ない?この歳で?恥ずかしすぎるだろ…。

「…………」

無言で書面と向き合う。
何度見ても読めない。ジックリ見つめようと読めないものは読めない。

仕方ない、か。ここは恥を忍んで頼む…か。

「字、名前、教える」

「……?あっ、名前が書けないのですね。良ければ代筆しますが、どうしますか?」

代筆してくれるのか。それはありがたいな。でも、自分の名前ぐらい書けなきゃ恥ずかしいし、これを機に覚えておくか。

首を横に振ると、ナタリーは「分かりました」と言って別紙にサラサラと何やら文字を書いた。

読めない。

「こちらがエル様の名前となります」

「ああ」

なるほど。日本語だとカタカナ二文字なのに、こっちの文字だと無駄に長いんだな。面倒くさい。

再びペンを持ち、契約書に向き合う。何度も別紙をチラチラと見ながら、プルプルと震える手でサインを…。

「エル様、不躾ながら、契約書はお読みいただけましたでしょうか?」

自分の名前すら書けないのに読めるわけないだろうに。

「読み上げましょうか?」

それはありがたい提案だな。
でも……うん、面倒だ。

「信じる」

とでも言っておけばいいだろう。

驚いた顔をした後、姿勢を整えるナタリーを横目に、家に帰ったら文字の勉強をしよう。なんて思いつつ慣れない文字で契約書にサインを書く。

「ありがとうございます。それでは、契約通り、一月後に簡易スクロールの買取に信用の出来る者をエル様のご自宅に訪問させます。その際に入り用の物があれば別途費用となりますが、なんなりとお申し付けください」

「ああ」

契約内容は買取価格は一枚につき銀貨2枚。特殊な物は俺が値段を決めても良いって言われたけど、特殊の分類が分からないから冒険者ギルドが査定をして相応の金額を支払うと言う事になった。その代わり、材料代は冒険者ギルド持ち。買取は一月に一度だけ冒険者ギルドから買い付けに来てくれる。

随分と好条件だ。

材料を揃える必要がないから稼げるし、街まで届ける必要もないから無駄に時間を浪費する事もない。
話が余りにも旨すぎて、騙されてるんじゃないか?って不安になってくるほどだ。

でも、本物のスクロールの値段は金貨一枚以上もするし、俺の作った物はその100\1程度だ。これが妥当かもしれない。

呪文も違うし、贋作みたいな物だからな。
そう考えるとそこまで旨い話でもないか?まぁ、稼げるのは変わりないし別に良いか。

「それでは…」

ナタリーが何かを言いかけたタイミングで、彼女の背後にある扉からノックが鳴って他の受付嬢が入ってきた。
手紙を一通ナタリーに渡すと受付嬢はすぐに出て行く。

手紙の表紙を見て、チラリと俺を見やるナタリー。

「この場で読ませて頂いても構いませんか?」

「ああ」

頷くと、ナタリーは早速手紙の封を丁寧に開封して、中を読み始めた。

熱心に読んでるものだから、ちょっと何が書いてあるのか気になる。見ても読めないけど…。

手紙を読み終えたナタリーは一息ついてから丁寧に封筒の中へと仕舞って、俺と向き合った。

「丁度今、領主様からの推薦状が届きましたので商業ギルドへ向かいましょうか」

あ〜。そう言えば、そんな事言ってたな。今言われるまで忘れていた。


○○○


商業ギルドは冒険者ギルドとは大きく違い、なんだか高級感が凄い。

俺みたいな庶民からすれば外観からして敷居が高くて、入り辛い雰囲気を受けた。

そうだな…例えるなら、冒険者ギルドは酒場付きの郵便局で、商業ギルドは喫茶店付きの図書館だ。

壁側にある本には一つ一つに値札のようなものが付いてる。生憎と文字が読めないから値段は分からないけれど、ただの本のようには見えないな。

「いらっしゃいませ。ご用をお伺い致します」

ナタリーに連れられてカウンターへと向かうと、商業ギルドの受付嬢が恭しい礼をして出迎えてくれた。

冒険者ギルドとは本当に違うな。やっぱり、接客する相手が違うからか?
兎に角、随分と教育が行き届いているのが分かる。

あと、カウンターが無駄に高い。値段とかじゃなくて、垂直の高さだ。おそらくカウンターの向こう側の受付嬢は立って作業をしてるんだろうが、冒険者ギルドみたく子供が届くような高さじゃない。
っと言うか、冒険者ギルドの受付嬢は皆んな椅子に座っていたよな?

そんな風に観察していると、ナタリーが受付嬢と話し始めた。

「私は冒険者ギルドの受付嬢をしています、ナタリーと申します。そして、こちらがアッカルド村、ドンテの息子のエル様です」

ああ。長ったらしい肩書き付きのエルだ。

「ご丁寧にありがとうございます。私はここ、商業ギルドの受付嬢をさして頂いております、マリールットと申します。商談室をご使用になりますか?」

商談室?そんな部屋があるのか?さすがは商人御用達のギルドだな。
キョロキョロと周囲を伺ってみると、本棚辺りで無骨な腕輪を付けた男性を見かけた。

随分と身なりが良くみえるけど…あれって、隷属の首輪の腕輪ver…だよな?
………欲しいな。

「いえ。その必要はありません。ここには彼に登録してもらう為に来ただけですので」

隷属の首輪…あれ、磨り潰したら色々な用途に使えるんだよなぁ。
あの人が付けているのは腕輪だけど、隷属の首輪と同じマナ回路をしているのは確かだ。

「彼…と言うと、そこのお方でしょうか?」

手持ちも残り少ないし…。

「はい。件(くだん)の簡易スクロール製作者のエル様です」

「え…」

欲しいなぁ〜。

なんて考えていると、突然周りがザワつき始めた。

突然どうしたって言うんだ?

周りが騒ぎ出した原因を探していると、首輪の男と目があった。驚いた顔をしながら俺を直視してきている。

他にも、商業ギルド内にいた商人らしき人達も全員が俺を見ていた。

………なぜ?

「しょ…少々お待ち下さい…っ!す、すぐにギルド長をお呼びーー」

「その必要はありません」

動揺する受付嬢にキッパリと断りを入れるナタリー。

嫌な事に素直に嫌と言える物怖じしない人って素晴らしいと思う。前世の俺じゃ出来なかった事だ。
ナタリーの事が少し苦手だったけど、今ので尊敬が芽生えた。…気がする。

「エル様との商談は既に冒険者ギルドで終えています。エル様への支払いの件と悪い虫が近寄らないよう商業ギルドに登録してもらうだけなので、わざわざ其方のお手を煩わす必要はないかと」

「で、ですが…」

「必要ありません」

「………」

す、すげぇ…。
相手を一睨みで黙らせるなんてのを実際にやる人を初めて見た。

今度試してみよう。

「一応、領主様からの推薦状を預かっています。確認して下さい」

「は、はい…っ」

受付嬢の手が緊張で震えているのが目で見て分かる。よく見ると冷や汗もかいてるみたいだ。

スーセンジョーか。リョーシュサマってのが渡したらしいけど、見てくれはただの手紙だな。

で、それは俺と何か関係あるのか?

手紙の封を開けて中身を読む受付嬢。カウンターに背すら届いてない俺が見てても分かりはしない。

………暇だな。

俺は蚊帳の外だし。……あ、そうだ。今の内に隷属の首輪か腕輪の入手方法でも聴いておくか。

あの人なら何か知ってるだろう。


●●●


たった一人の子供によって一晩で街の闇に巣食う闇ギルドが滅びたなんて噂が立っているが、真相は誰も知らない。

この件に関与した闇ギルドの組員達は声を揃えてこう言った。『黒い化け物だ』『赤い悪魔が来る』と。

彼等は本当にソレが子供だったかすらも判別がつかないほど怯えきっていた。

しかし、ただ一人だけ。その現場の目撃者がいた。

一人。また一人と暗闇に連れ込まれて帰ってこなくなる組員達。瞬く間に混乱と動揺が広がり、次第に『悪魔が来た』『化け物が来る』と騒ぎが大きくなり、最終的にあれだけ騒がしかった闇ギルド内は静寂に満たされる。その最中を見ていた者が…。

何が起きたか。何があったのか。彼はほんの一部しか知らない。だが、彼は見た。見てしまった

暗闇の中にポツンと浮かぶ赤い不気味な瞳を…。

騒ぎを聞きつけてそこかしこにある隠れ家から出てくる組員達を、一人。また一人と着実に。しかし、確実に、闇の中へと引き摺り込む光景を。

響くは絶叫。もしくは悲鳴。

ゆらりゆらりと小さく揺れる赤眼が現れると一筋の線を描いて瞬く間に闇ギルドの組員達を攫って行く。

もう悪夢としか言いようがなかった。その毒牙にいつ自分が脅かされるかと考えれば考えるほど、その悪夢が強く脳裏に焼き付くのだ。

その最中で彼が出来たのは、物陰で息を殺して生き延びるのが精一杯。

誰もいなくなったスラム街で赤眼の正体が立ち止まり、月明かりが彼を照らし出す。そこに居たのは、黒髪黒目のーー。

「…………」

ーー今、この時。この場所で彼の目の前に立ち、無言で見上げてくる少年だった。

偶然、同じ時間に商業ギルドに居て。偶然目が合って。偶然、少年が彼の元に歩み寄ってきた。

彼にとって過去最悪の偶然の出会い。

少年を前にするとあの時の光景がフラッシュバックして恐怖で声が出なくなる。目を離したくとも目を離せない。

身体は冷や汗をかき、恐怖を通り越して冷たくなり始めている。

どうすれば助かる。どうすれば良い。少年の皮を被った悪魔から逃れる術を必死に頭の中で模索する。しかし、どれだけ考えようとも答えは出ない。

私も暗闇に連れ去られてーー殺されるんだ。と、どうしても悲観的な思考に辿り着いてしまう。

今にも逃げ出したい気持ちを必死に堪えて。極力、この悪魔に不満を抱かせないようする。そうすれば、あの哀れな組員達と同じ目に遭わなくて済むと信じて。

少年はジッと彼を見つめるだけで何も言おうとしない。彼も同じ。目を逸らしたいが、目を離した途端暗闇に連れて行かれそうに思えて、この恐怖から目を離せなかった。

どれほどの時間そうしていたのだろうか。数秒?数分?数時間?彼からすれば、その時間は酷く長く感じられた。が、

「どうした?」

ようやく悪魔が声を発した。
まるで幼子のようなチグハグで下手くそな言葉で、その瞳と同じような冷酷さを言葉にのせて口を開いた。

ゾクリと背筋がくり立つ。

その声が。その口調が。その表情が。その瞳が。その態度が。全てが子供らしくない。
幼くて、大人のようで。心配してるようでいて、冷淡で。それら全ては彼にとって違和感しかなくて、言い様のない気持ち悪さを感じる。

一歩後退りしそうになる足を寸前で踏み止まり、恐怖に引き攣りそうな表情筋を全力で抑え込む。

そんな時だ。そんな時、彼の耳に救いの声が聞こえてきた。

「エル様。勝手に歩き回らないで下さい。もう少しで手続きが終わりますので、少しは大人しくして下さい。さっ、戻りますよ」

「………ああ」

女神だ。彼の前に戦女神が舞い降りた。

あの悪魔としか思えない少年に臆す事なく物を言い、更に冷たい眼差しを向けながら手を取ったのだ。

ああ…冷徹なる戦女神よ…。

と、初めて彼は眼前で悪魔の手を取って歩いて行く神(・)に祈った。


●●●


隷属の腕輪の入手はナタリーによって阻止された。例の男は逃げるように立ち去ってしまったし、またの機会にしよう。

ちなみに、例の男は商業ギルドの隣の路地で待機中だ。一体何をしてるんだろうな?

「お待たせ致しました。こちらがエル様の証明証となります」

そう言って渡された…渡された…。取れない……。

カウンターの上に置かれたけど、身長が足りずに届かない。気が利かないな…。

「…どうぞ」

ナタリーが渡してくれた。

渡されたのは、一枚のカードだった。
俺の記憶の中にある良く似た物で例えるなら、銀行のカードと同じようなものだな。

違いを上げるとすれば、銀行のカードとは違って金属質な物だ。微かにマナの気配もする。

「ご説明の前に注意点を述べさせて頂きます。まず、紛失には十分に注意してください。再発行は出来ますが、それには現金で金貨50枚が必要となります」

「ああ」

高い…のか?それだけ価値のあるカードと言う事なのか?
どちらにせよ気を付けよう。

失くさないように異空間倉庫ガレージへポイ。

「では、ご説明させて頂きます。初めにーー」

と、前置きから始まり、早口で喋り始めた。俺の言語理解能力が全く追い付かなくて、ほとんど聴き取れなかった。

「それではこちらに確認の署名をお願い致します」

………なんの話?
説明を全て聞きました的なアレかな?

「私が代筆しても構いませんか?」

「エル様の了承を確認した後でしたら問題ありません」

別に良いんじゃない?
説明は聞き取れなかったけど、それぐらい代筆してもらっても良いだろう。

「………ああ。構う、ない」

別に、自分の名前の字を覚えてないとかじゃないからな。

俺が返事をしたあとナタリーが署名を代筆してくれて、出来上がった書類を受付嬢に渡した。

「確認致しました。契約書は一週間後から有効となりますので、もし契約を破棄したい場合は一週間以内でしたらお二人の内、どちらか一人がーー」

「必要ありません」

話中の言葉を冷たくバッサリと切り捨てるナタリー。声音は静かなのに、相手を黙らせてしまうほどの気迫があった。

「…出過ぎた真似をして申し訳ありません。他にご用件はございますでしょうか?」

「では、紙を千枚ほどとインクを金貨五枚分。冒険者ギルド宛にお願いします」

かなりアバウトな注文だな。

「畏まりました」

おそらく、この注文は俺の家に届けられる分だな。材料は持ってきてくれるって言ってたし、この注文がそれなんだろう。

「エル様は必要な物や欲しい物がありますか?」

ついでみたいな扱いだな。
まぁいいや。

俺は…そうだな…。

「隷属の首輪、だ」

「その歳で奴隷ですか…」

ナタリーに呆れられた。なぜ?



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コメント

  • トラ

    更新お疲れ様です!
    新車は残念でしたね…
    エルは相変わらずですねー
    お体に気を付けてください
    次も楽しみにしてます

    1
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