自称『整備士』の異世界生活

九九 零

28


冒険者ギルドでエルが作った簡易スクロールを下ろし、暑苦しいギルド長や可愛い受付嬢達から感謝を言われて送り出され、ようやく戻ってこれた宿屋。

だが、なんだ?

なんだか様子がおかしい…?

「いらっしゃいませ…」

入店すると、元気のカケラもない看板娘の嬢ちゃんが出迎えてくれた。

ギルドに向かう時はあれだけ笑顔で見送ってくれてたってのに、こんな短時間で一体なにが…。

そう思った途端、食堂側から誰かが暴れているのかと思えるほどの物音が聞こえた。

気になってそちらに視線を向けてみればーー。

「おいおい…」

ここで一体何があったんだよ。

さっきの音は天井が崩れ落ちた音だったみたいだ。
んで、倒れてるのは…どこかの私兵か?

一体、なんだってんだ。

「すみません。今日はもう食堂は使えなくて…」

そりゃ、この惨状ならそうだろうな。

「何があったか事情を聞いてもいいか?」

「はい…。それがーー」

この惨劇が起きたのは、俺がここに来るほんの少し前だったそうだ。

事の発端は、ブルターク・エクモールと言う貴族が商人の男を連れてきた所から始まった。

どうやら彼等は誰かを探していたようで、商人の男がその誰かを知っていたらしい。

この宿屋にもブルターク達がその誰を訪ねてきたが、嬢ちゃんは知らぬ存ぜぬを突き通したんだそうだ。

だが、その誰かさんは偶然にも食堂で少し早い食事をしていた男の子であったらしく、そのガキの顔を覚えていた商人に見つかり、運の悪い事になってしまったと…。

そこで話が終わりかと思いきや、まだ続きがあった。

ブルターク達に絡まれても初めこそは無視を貫き通していた男の子だったが、ブルタークが私兵を集めて男の子を一斉に攻撃し始めてーーこうなってしまったと。

「あの子が悪くないのは分かってるんですけど…でも…」

嬢ちゃんが、えっぐ、えっぐ。と嗚咽を漏らし始めてしまった。今の今まで我慢してたんだろう。
悪い事を聞いてしまったな…。

っにしても、そのガキもガキだ。
加減ってもんを知らねぇのかよ。これは明らかにやりすぎだ。

それも、貴族に手を出すだなんて何を考えてるんだか。

「それで、そのガキはどこに行ったんだ?」

「…ぐすっ…。分かりません…」

暴れるだけ暴れて都合が悪くなったら逃げ出すなんて、親はどんな教育をしてんだよ。まったく…。

「あー、泣くな泣くな。そのガキはちゃんと連れ戻して嬢ちゃん達の前で謝らせてやるからよ。貴族の方は…確か、ブルタークって名前だったよな?」

「はい…」

「よしっ。なら、ソイツは冒険者ギルドに掛け合って取り締まって貰うようにしてもらうよ。私兵をこれだけ集めて暴れたとなっちゃ、ギルドも黙ってはないだろうからな」

「ありがと…ありがとうございます…」

「いいって事よ。困った時はお互い力を貸し合うもんだろ?」

「ありがとうございます…」

お嬢ちゃんに何度もお礼を言われながら、俺は夜の街に繰り出した。

あ、いや。別にやましい意味の夜の街じゃねぇぞ?


○○○


カッコ良く宿屋から立ち去って暫く歩いた所で、ランタンの灯りで顕となった光景が目に入って思わず顔を手で覆った。

「一体…何がどうなってやがんだよ…」

マジでこの街で一体何が起こってんだよ。

「コイツら…闇ギルドの連中か?なんだって、こんな所に…」

転がってんだよ。

しかも、全員が同じ倒され方をしている。
殺されてはいないみたいだが、男としては死んだも同然な残酷な倒され方だ。

さすがに相手が闇ギルド連中だったとしても同情を隠しきれねぇ。

どれも股間に重い一撃を喰らわされて全員が気を失っている。

思い返してみれば、あの宿屋で倒れていた私兵達も同じような倒され方だったような…。詳しく見てねぇから確信はないが、これをやったのは宿屋で暴れたガキと同一人物って可能性が高い。

なんて惨い事をしやがんだ。

ただのガキだと侮っちゃいけねぇな。
コイツは全男達の天敵だぞ…。俺も気を引き締めて取り掛からなきゃヤバイかもしれねぇ。

取り敢えず、これは俺一人じゃ手に余る案件だ。一先ず、冒険者ギルドに応援を要請した方が良さそうだな。


○○○


「聴いたかっテメェ等っ!!使い物にならない衛兵なんて当てにならねぇ!この街は俺達の街で、俺達自身の手で守るんだ!!報酬は期待しても良い!参加者には銀貨5枚!ガキを捕らえれば金貨1枚だっ!掛かれぇぇぇっ!」

「「「おぉぉぉっ!!」」」

事情を話すと冒険者ギルドはすぐに動いてくれた。

この街のギルド長は少しアレだが、話の分かる奴で助かった。

「ありがとな、ウィック」

「ガハハッ!これぐらいどうって事ねぇよ!俺とお前の仲じゃねぇかっ!」

「そう言ってくれると助かるぜ」

ウィックとは長い付き合いだ。

俺が冒険者になりたての頃に随分と世話になった。
冒険者のイロハを全て教えてくれたのも、体の鍛え方や、パーティーを率いる秘訣とか色々と教わった。

俺が冒険者をしていた頃の大先輩で、気の知れた兄貴みたいな存在だ。

「ガハハッ。まっ、そんな危ない小僧を野放しには出来んからなっ!捕まえたら、この俺が直々に性根を鍛え直してやるつもりだ!」

「程々にな」

ウィックの『鍛える』は限度を知らねぇからな。
ありゃ、一種の拷問だ。俺も何度酷い目にあったか…。

「一応、貴族様の方は本部に掛け合ってからになるが、それでも構わないよな?」

「ああ。それで頼む」

っと、いけねぇ、いけねぇ。

今は物思いに耽ってる暇なんてねぇんだった。

宿で待ってくれてるエルには悪いが、父ちゃん、もう一仕事してくるぜ。


●●●


宿屋での一件後。デブ男…ブタダークを出て行かせ、俺はその後をコッソリと追跡していた。

「予想する、した、通り、か…」

俺は余り人を信じない性格をしている。だから、宿屋で交わした口約束なんて、これっぽっちも信じていなかった。

案の定と言うべきか。

ブタダークは荒れていた。

そりゃもう、凄い荒れようだった。
物は壊すは、剣を振り回すは、人に八つ当たりするはで、最低な奴だ。

人柄がアレだから、本当に金を持ってくるかどうか怪しい所だ。

取り敢えず、家?いや、宿屋か。
ブタダークが取ってる宿屋の場所と部屋は確認した。

これでいつでも金を請求しに行けるな。

それだけを確認して、宿屋の方へと戻る為に足を動かす。
宿屋の片付けがまだだからな。早い所済ましてしまわないと、みんなが困っちゃうだろうし。

そう思って歩いていると、俺の進行を邪魔するように何者かが家々の屋根を伝って現れた。

合計で三人。全員真っ黒な服で、黒いフードを被ってて、口元には黒いマスクを着けている。

なんて見難い服装なんだ。よく見ないと判らないぐらい闇に溶け込んでる。俺みたいに夜目の効く人じゃないとすぐに見つけれないと思う。

趣味が悪い。

まっ、俺に関係ないだろうし、見えてないフリでもしておくか。

そう思って隣を抜けようとすると、嫌な予感がして咄嗟に首を僅かに横へ逸らす。

刹那、ナイフがさっきまで俺の首があった所を風切り恩を鳴らして素通りした。

マジか…。
コイツ等ヤル気満々じゃん。

でも心当たりは一切ない。
いや、一人だけあるけど、現実的に考えて有り得ない。

なにせ、この世界は電子機器とかそう言った類の物が一切なくて、情報の伝達機能はすこぶる悪い。
それに、さっきまであのブタダークを監視していたんだ。そんな行動を起こそうとすれば一目で分かるはず。

取り敢えず、距離を取って体勢を立て直そうと考えた途端、真っ先に向こう側が距離を取った。

完璧に俺狙いな感じだ。
嘲笑うかのような瞳の中に殺意と悦楽が混じっている。

殺しが趣味で、人を殺す事こそが至高の楽しみって感じの奴等だな。狂ってやがる。
誰が何のためにこんな奴等を雇ったんだ?

「ーーわっ、と!」

なんて考察は後だ。

足元にマナ溜まりが発生したから慌てて飛び退く。と、つい先程いた場所に俺なんか一刺しで殺してしまいそうな黒い針のような物が飛び出していた。

油断すれば殺されてしまう。

あれは魔法だ。なんの魔法か判らないけど、アイツ等の中にいる杖を持った奴が魔法を使っている。

嫌な予感がして足を一歩引くと、さっきまで足があった場所に黒塗りのナイフが突き刺さった。

見え辛いだけじゃなく、そんな技まで使うのかよ。反則だろ。
子供相手に容赦なさすぎて……あ、ヤバイ。ピンチかも。

咄嗟にその場を飛び退くと、足元から黒く鋭利な何かが針山のように突き出した。

そして、休む暇もなく、嫌な予感が腰、肩、腹に感じた。
無理矢理身体を捻りながら、宙で飛んできた黒塗りのナイフ達を回避すると、一人が物凄い速さで俺の着地予定に移動し、俺目掛けて片刃の剣を振るった。

ヤバイヤバイッ!

これを避けても必ず次が来るだろう。今の現状でも精一杯な避け方をしてるのに、さすがに次までは避けきれないだろう。

体内マナを急いで動かして、視覚と脳を強化!

先延ばしになる時間の流れ。ゆっくりと流れる相手の動き。
急ぎ、今この現場全てに視線を巡らす。

………把握した。

全員の位置。次に誰が動こうとしているのか。次にどんな攻撃か来るか。なんとなく予想が付いた。

ゆるりと流れる時間の中で、今の俺が取るべき最適な行動と、その後の敵の動きを三手先まである程度予測し、それら全てに対して一番最適だと思う対処法を考える。

よし、完璧には程遠いけれど、予測できうる限りの予測はした。残りはその都度考えるとしよう。

まずは目の前の一手目から。

振るわれたナイフに軽く下から持ち上げるように手を添え、俺の頭上を通るように軌道修正を掛ける。そして、ゆっくりと全身を使っての着地。からのーージャンプ!

「ヌアアアァァァッ!!」

必殺の頭突き!
クリーンヒットだぜっ!

股に走る激痛に悶えながら、ピョンピョンとカエルのように跳ねて悶絶する敵さん。
余りにも滑稽な動作で笑い転げたくなる。

でも、見届けている暇なんてない。
敵は待ってくれないからな。もう次の一手は動き始めてる。

少し離れた場所にいる残り二名。一人は体内のマナを杖を持つ手に収束中。コイツは後でも大丈夫そうだ。
もう一人が腰裏に手を回している。

仲間があんな事になっても動揺の一つも見せずに次の攻撃に移ろうとするのは戦い慣れてる証拠だ。その反応の良さはさすがと賞賛すべき点だ。

だけど、その攻撃は一度見てる。俺は二度も同じ失敗はしない。

足が地に触れた瞬間、身体を低く前のめりにして飛び出すように駆け出す。
刹那、頭上をナイフが素通りした。

予測通りっ!

相手が次の攻撃に移る前に、地面を強く蹴って両足を前に。滑るようにして相手の元に移動する。

貰ったぁ!!

「ヌオォォォッ!!」

必殺!スライディング股抜けチョーーップ!!

即座に立ち上がり、方向転換。
そんでもって、おそらく背後からーー。

針山が来るっ!

前方に飛び退き、地面に頭が当たる寸前で手を地面に。グググッと引き絞り、飛び退く勢いやらを利用して、最後の一人の股間へと狙いを定めるように足裏を向ける。

必殺の飛び蹴り!!

「イイァァィィッ!!」

ふぅ…。

相手が俺を子供だと侮ってくれたおかげで、なんとか勝てた。
今までで経験した事がないほどの接戦で危ない場面が何度かあったけれど、良い経験になった。

今の俺がどれだけ弱いかも分かった。
これの更に強くしたのを想像して、それを参考に確実に勝てるような肉体を作り上げないとな。

じゃなきゃ、こんな危険な世界は生き抜けない。

っにしても、街の中は安全だとばかり思っていたけれど、こんな事が起きたりもするんだから気が抜けないな…。

「………」

これからはもっと精進しなきゃな。

なんて思いつつ周囲を見回す。マナ感知、視覚共に新手の気配はない。

もう気を抜いても大丈夫だろう。

それにしても…魔法なしってのはやっぱキツイかったなぁ。

でも、前世と比べて、この身体は気持ちがいいほど思い通りに動くから、鍛えようによっては魔法がなくたって戦えるだろう。

限界がないって言うのは、若さの素晴らしい所だよな。

さて、そんなわけで、さっさと後始末しますか。

んー…コイツら悪人だし、殺すか?いや、それは早急すぎる考えだな。前回は腹が立ってやってしまったけれど、あれは腹が立ってやってしまった事だ。証拠は隠滅したけれど、これからもあんなのでまかり通るとは思わない。

ってなわけで街中で殺しはダメだ。そうだな……取り敢えず全員去勢しとこうか。次はないぞって意味も込めて徹底的に潰しておこう。

うん、それがいい。

「や、やめーーっ!」
「アアアァァァ!!」
「ン゛ン゛ンンンッ!ギィモッヂィィィッ!!」

一人だけ間違った扉を開けてしまったみたい。

俺、知ーらね。


○○○


「………」

宿屋に戻ると、お姉さんの父親らしき人が出てきて「もう来ないでくれ」って言われた。
要するに出禁にされた。

後片付けも何も出来てないのに…。

それに、父ちゃんになんて説明しよう…。

そんなわけで、俺は真っ暗な街で途方に暮れている。
街灯の一つもなく、灯の一つもない静寂に包まれた街。太陽の出てる時と街の雰囲気が大きく違う。

それに、なんだか怖い。
夜目が効くからこそ、余計に薄気味悪く感じる。
路地の一本一本、その先の真っ暗闇。一体そこに何が潜んでいるのか。

マナ感知で何もいないのは分かってるけど、怖いもんは怖い。

こんな事になったのも、全部あの…あの…名前なんだっけ?
兎に角、あのデブ男が悪いんだっ!

今からちょっと行って、今払える分だけでも請求してやろう。足りない分は明日にでも銀行から引き出しに行かせよう。

……そう言えば、この世界の人って金はどこに預けてるんだ?
思えば銀行っぽい所とか見た事がない。

もしかして現金で持ち歩いてたりするのか?もしそうなら都合が良いんだけどな。


●●●


冒険者達が徒党を組んで件の少年を探し回っている頃。

そこかしこで上がる報告に、ウィックは頭を悩ませていた。

彼はドンテを遥かに上回る筋骨逞しい肉体を持つ、スキンヘッドが特徴的な元Aランク冒険者だ。

元、と言うのも、今はカルッカンの冒険者ギルドの長を務めているから、ランク外の存在となっている。

そんな彼は、両腕を組んで、次から次へと上がってくる報告に顔を顰めていた。

「報告です。燃える拳ファイアーブローの方々が股間を蹴り上げられて気絶している闇ギルドの者達を発見しました」

つい今しがた緊急で呼び出しを受けてきた受付嬢が、早速とばかりに押し付けられた仕事をウンザリとしながらウィックに伝える。

「おう!治療所にーー」

「これ以上はウチの治療所には収まりきらないので、治療院に運び込んでもらいました」

「そうだなっ。助かる!」

その対応の早さや優れた判断力を持つ彼女は、ギルド長補佐の役割をも補っている当ギルドの優秀な受付嬢、ナタリー。
彼女も元Bランク冒険者である。

気持ち良く寝ていた所を叩き起こされて少し御機嫌斜めだが、仕事はシッカリとギルド長以上に熟している。

「はぁ…まったく、どうしてこんな事になってるんですか?」

「それはな…」

言葉を一度切って、少し溜めを作って堂々と答える。

「俺も知らんっ!」

「どうしてそんなに他人事なんですかっ!叩き起こされる身にもなって下さい!」

彼女が怒るのも当然だ。
叩き起こされて、いざ来てみれば冒険者ギルドは早朝のような慌ただしさを見せていて。それでもって、街中では原因不明の騒動が起きていた。

何が何だか分かっていない状況下で、冒険者達を管理するギルド長はこんな有様だ。

それに、本来なら彼女は明日に休みをもらっていた。つい最近ようやく出来た彼氏と幸せ一杯のデートをする約束をしていて、それを一週間前からずっと夢に見るほど楽しみにしていたのだ。

だと言うのに、このギルド長は…。

「ガハハッ!そうだったな!それは悪い事をした!なんでも年端もいかない子供が街中の男連中を再起不能にして回ってるらしいぞ!」

「笑い事じゃないですよっ!ちょっと報告書を貸してくださいっ!」

こんな人に任せてなんかいられないとばかりに、執務机に乱雑に置かれた報告書をひったくるように手に取って、内容を読み込む。

どこどこでどこぞの私兵達が倒れていた。どこどこで闇ギルドの組員だと思われる者達が倒れていた。どこどこで魔法が使われた痕跡が残っていた。どこどこで爆発があった。…などなど。

それらの情報を照らし合わせて考察し、脳内で纏め上げる。

どんな相手も一撃で倒されていて、凶器は不明。残された痕跡から察するに人数は一人。それも子供のような体型の者だと言う。
冒険者の中でその子供と接触した者は存在せず、とは言え、闇ギルドの組員らしき者達が次々と倒されているのは事実。

報告書を見る限りでは、闇ギルドも躍起になって、その子供を執拗に狙っているのが分かる。
しかし、子供の目的が定かではない。

それを確かめるために、報告書が上がってきた順番に並べて、一番古い物から新しい物へと順に読み返してみるとーー。

「どうだ?何か分かったか?」

「ギルド長、街の地図を出して下さい」

「おっ!さすがだなっ!ちょっと待ってろ!」

ガサゴソと机の引き出しを漁るウィック。
彼の使う執務机の引き出しは、いつ見ても汚く、全く整理がされていない。

そのせいで、地図が出てくるのに少し時間がかかった。

地図を出すだけで時間を掛け、尚且つ、ぞんざいな扱いを受けていた事が分かる地図が出てきて、ナタリーは小さく溜息を一つ。

「良いですか?」

前置きを置いて、ペンを片手に、地図に直接書き込む。

「まず、ここが私兵が倒された宿屋"鷹の山"亭です」

宿屋を円で囲み、次に、初めに闇ギルドの組員と争った場所に印を付ける。

「そして、ここで一回目の争いが起きてます。その後の動向は不明ですが、二回目の争いがこの間で行われています」

そう言いつつ、鷹の山と一戦目が起きた間の地点に印を付ける。

「その後、三回目、四回目と、まるで目的地があるかのように続いています」

言われてみればそうだ。

初めこそは宿屋と一回目の区間を往復したにも関わらず、二回目、三回目、四回目と線で辿れば、まるで目的地があるかのように街の中央付近へと向かっている。

「なので、この辺りで待ち伏せをーー」

そのタイミングで、誰かが扉をコンコンとノックして入室してきた。

「失礼します」

受付嬢だ。
ナタリーがギルドに来る前から既に忙しそうに走り回っていた、頭の捩れた角がキュートな羊系獣人の受付嬢。

「えっと、報告です。パーティー"龍の鉤爪"が例の子供と接触したみたいでーー」

「本当かっ!?」
「本当ですかっ!?」

ウィックとナタリーが同時に強い反応をした。

ウィックはさも嬉しそうに。ナタリーは驚愕を露わに、彼女に詰め寄る。

二人の気迫に押されて、受付嬢は驚いて一歩後ずさる。

その様子を見て、ウィックとナタリーは目を合わせて、一つ頷く。ゴクリと誰かが生唾を飲んだ。

「サルッカ。報告の続きを」

ナタリーに続きを施され、オロオロとしながら報告を再開する。

「は、はいっ。え、えっと、パーティー"龍の鉤爪"は戦闘不能になって、追随していた"燃える拳ファイアーブロー"の方々に保護されました」

「嘘でしょ…。龍の鉤爪って、Cランクでもトップのパーティーよ…」

「ガハハッ!随分な強敵だなっ!で、報告はそれだけか?」

「い、いえ。えっと、龍の鉤爪メンバーのアラッサ様が少年の姿を見たと…」

「どんな奴だったんだ?」

ちょ、ちょっと待って下さい。と言い、焦りながら報告書をペラペラとめくるが、中々お目当ての情報が書かれた箇所が見つからない。

我慢を切らしたナタリーが「少し貸してください」と言って、報告書を横から奪い取る。

「黒髪隻眼、赤目の少年…ですか…。どこかに角はありましたか?」

「い、いえ、それは本人に聞かないと…」

「そうですか。おそらく、ここに書かれてないって事はそこまで見れなかったんでしょうね。と言う事は魔族の可能性も…」

少し考え込み、チラリと受付嬢を見やるナタリー。

「ありがとう。もう下がっても良いですよ」

「は、はい。失礼します」

バタンと扉が閉められ、受付嬢が部屋から出て行った。

それを見届けたナタリーは再び地図に戻そうと振り返ると、不意にウィックの様子が気になった。

まるで、何か思い当たる節があるように、顎に手を置きながら両目を瞑って深く考え込んでいる。

「ギルド長、何か知っているんですか?」

「ん?」

片目をパチリと開けて、真っ直ぐにナタリーを見つめるウィック。
そして、ゆっくりと口を開く。

「少し前にサルークまで行っただろ?」

「ええ。確か、あちらのギルド長に用事があるとかで、旅行気分で出て行きましたね」

「そのサルークでな、面白い出会いがあったんだ」

それが今の事態と関係ある?
と思うナタリー。だが、それは少し早急すぎると言うものだ。

「あの時会った坊主も黒髪隻眼だったからな。でも、赤目じゃなかったから、きっと人違いだなっ!」

そうに違いない、と決めつけて笑いながら思考放棄するウィック。しかし、ナタリーはその少年が一番怪しいと睨んだ。

「ちなみに聞きますけど、その子の名前は?」

「エルだ!今でもシッカリ覚えてるぜ!あの坊主は将来有望な冒険者になりそうだったからなっ!ガハハハハッ!」

エル。エル…。

エルなんて名前を子供に付ける親は早々居ない。なぜなら、その名前は古代エルフ語で別れの意味を持つ。誰でも知ってることだ。

そんな名前を自分の子に付けるだなんて、余程の子供嫌いか、それを知らなかったかのどちらかだ。

そして、ナタリーはエルと言う名に一人だけ心当たりがあった。

「ドンテさんの息子さんも、確か、エルでしたよね?」

「そう言われたらそうだなっ!ガハハッ!」

最近、簡易スクロールを作った人物として冒険者の間で噂になっているドンテの息子、エル。

今ではその注文が殺到しすぎて、受付嬢であるナタリーからしてみればその名を聞かない一日はない。
日に数件から数十件。酷い場合は、他の街のギルドからも注文が来る始末。

「それで、噂では黒髪黒目の少年でしたよね?」

「おおっ!黒髪なんてこの辺じゃ珍しいのに、三人も居るなんて凄い偶然があったもんだなっ!」

「どう考えても、ギルド長が会った子とエルさんは同一人物だと思います」

そして、今回の騒動の主犯も…。とは、まだ確証がなくて言えない。

それでも、黒髪の子供なんて、この辺でなくとも珍しい。それこそ、勇者様の末裔か、東方の獣人国生まれの人族ぐらいしか思い付かない。

「そうなのかっ!?」

なんて言って、本気で驚愕しているウィックに呆れを抱くナタリー。

「取り敢えず、これ以上被害を出さない為にも早いところ件(くだん)の少年を捕らえましょう」

そう言って地図に向き直るナタリー。

先程の報告書によって、例の少年の目的地が判明した。
これまで通ってきたルートと、倒された冒険者達の場所。そして、最後に入っていったとされる建物ーー。

「ーー頂きの純白。…高級宿屋ですね」

「ああ、そこなっ!確か、ブルターク・エクモールが泊まってる宿だったな!ついでに捕まえちまうかっ!本部への連絡は後ですればいいだろ!ガハハッ!」

はて、彼は何の話をしてるんだろうか?そんなナタリーの考えが顔に出て現れた。

「ナタリーには話してなかったなっ!"鷹の山"の宿屋で暴れたのは例の坊主の他に、ブルタークって言う貴族が関与してるらしいぞ!私兵達はブルタークの子飼いだそうだ!」

驚愕の真実に愕然とするナタリー。

(こんな大切な事を今頃話すなんて、何を考えてるんですかっ!)

と、心の中で憤慨する。

だけど、ウィックにどれだけ言っても笑って済まされてしまうだろう。
これでも長い付き合いだ。それぐらい易々とナタリーには予測できた。

だから、深い深い溜息を吐くだけに留める。

「少年の狙いは、そのブルタークです。今すぐに街中に散らばった冒険者達を"頂きの純白"に向かわせるべきですっ」

「そうだなっ!ナタリー、伝言しといてくれっ!俺も出る!」

「はい。…えっ!?ちょっ!ちょっと待ってください!ギルド長がここを離れたらーー」

ーー誰が指揮するんですか!
と言おうとしたが、既にウィックは窓から飛び去って行った後だった。

「あんっの脳筋…っ」

仮にも冒険者達のリーダーであるギルド長が自らの役目を放って飛び出すなんて、脳筋と言わずして何になる。

誰もいなくなったギルド長室で、ナタリーは静かに怒りを露わにして拳を強く握りしめた。


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コメント

  • トラ

    更新お疲れ様です!
    いい感じにわちゃわちゃしてますねー
    次回も楽しみにしてます!

    1
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