自称『整備士』の異世界生活

九九 零

25



エル一行がラフテーナに到着し、子供達がナルガンの家に保護されてから1日が経った。

ベルモンド家の庭では、騎士達が行軍の練習をしている。
見事な整列だ。そんでもって、見事な進行だ。一際乱れぬ動きとはまさにこの事を言うんだろう。

そして、そんな光景をテラスから見つめる人影がポツリ。

マリアナだ。

いつにもなく真剣な表情で書類の束を片手間に整理しつつ、優雅に紅茶を嗜みながら目下で行なっている訓練を視察している。

さすが、できる女は一味も二味も違う。背は小さくとも、色々な事を同時進行で出来るのだ!

そんな多忙な状況に居ても、彼女にはまだまだ余裕がありそうに見える。
そう。例えば、現在進行形でテラスに来客が来ても対応できるほどの余裕がある。

「エル君の様子はどうだったの?」

客人は、彼女の良く知る昔のパーティーメンバーであるドンテだった。

書類の整理を一時中断し、騎士達の行軍の訓練の視察も止めて、メイドによってテラスに招かれたややお疲れ気味のドンテを空いた椅子に座らせる。

仕事はできるが、旧友との会話に仕事は挟まない。さすが、できる女は違う。

背は低いが。

「まだ寝てやがるよ…まったく…いつまで寝てるんだか」

ここまでドンテを案内してきた気の利いたメイドが新たにティーカップを二つ用意し、紅茶を注ぐ。

そして、空いたティーカップを引き下げ、一礼してから退出していった。

「でも、保護した子供達の話だとエル君が助けてくれたんでしょ?」

「らしいな。俺もさっき子供等に聞かされた」

エルの体調を見に行った後、中庭に居た子供達から聞かされていた。
子供達曰く、『とにかく凄い!』らしい。

なにが凄いのかドンテには分からないものの、子供達からの信頼度は異様に高かった。

マリアナは視線を下に。厳密には、机の上に置かれた書類を見やる。

「ついさっき報告が上がって来たんだけどね」

と、前置きして、書類に書かれている事をそのまま読み上げる。

「カリル大森林の中腹にて不自然な野営跡を発見。激しい戦闘痕を確認。魔物、人間共に死体はなし」

「ちょっ、ちょっと待て!カリル大森林って、あのカリル大森林か!?そこから帰って来たってのかっ!?」

驚愕の事実に、マリアナの話を止めてでも確認を取る。

それもそのはず。カリル大森林とはAランク危険地帯と呼称される地の一つだ。
そこには辺りにいる魔物なんぞよりも、より強力な魔物が数多も跋扈し、Aランク冒険者ですら生きて帰る事が難しいと言われているほど。

例えドンテが昔のパーティーメンバーを掻き集めても突破は不可能。昼夜問わずに襲い掛かってくる魔物の群れ。しかも、単騎で村一つを蹂躙し尽くす化物が群となって襲ってくるのだ。途中で力尽きるのが目に見えている。

カリル大森林の位置取りは、ここラフテーナから南東に向かった所。サウスクラーの街の側からが森の始まりになる。

ラフテーナは隣国に備えられて建てられた国境側の街だが、サウスクラーはカリル大森林の魔物達に対して備えられた街だ。

そんな街一つが本気で警戒するほどの危険地帯から子供達だけで怪我の一つも追う事なく呑気に帰って来たなんて、余りにも信じられなかった。

「この報告書が事実ならね。続きの報告も聴いとく?」

かく言うマリアナ自身も信じていなさそうだ。

「あ、ああ」

ドンテは困惑しながらも頷いて、マリアナの手元にある報告書に視線を移す。

「野営跡の周辺を散策。近場に魔物に食い荒らされた死体の山を発見…だそうよ」

ウォーウルフの死体多数とエンペラー・ウォーウルフの死体が一体。と報告書には書かれていたが、ドンテに余計な心配を抱かさないために、そこだけ言わないでおく。

そして、マリアナは一息つき、紅茶を一口。

吊られてドンテも紅茶に口を付けて「うまっ!?」と余りの美味しさに驚愕している。

それはともかく、マリアナは目下で隊列を組んで指揮官の指示通りに洗礼された動きを見せる騎士達に視線を移してから、ゆっくりと口を開いた。

「あくまで私の予測なんだけど、エル君達は誰かに助けられたんじゃないかな?」

「でも、あのカリル大森林だぞ?それこそ、Sランク並みの化け物じゃねぇと…」

「それなら隣街のサウスクラーに何人かいるでしょ?」

確かに。
サウスクラーにはカリル大森林に備えて常に一人か二人のSランク冒険者が在中している。

そう考えた方がシックリとくる。

しかし、納得は出来ない。
例えSランク冒険者が助け出してくれたとしても、1日経った今でも報酬の要求はなく、それどころか子供達からの話でもそんな話は一切出なかった。

「やっぱり、そんな顔になるわよね」

ドンテの難しい顔付きに、マリアナは苦笑いになる。

マリアナ本人ですら、その予想は外れているとしか思えないのだ。
そして、なぜかエルの顔が頭に思い浮かぶ。

気配を完全に殺しているはずのマリアナを容易く見つけるほど気配察知能力に長け、ナルガンを軽く投げ飛ばしてしまう力を持ち、そして、子供にしては異様なほど常に冷静で、頭が回る。

エルが一人でなんとかしてしまったと考えてもおかしくないと思ってしまう。

しかし、余りにも信じられない。10歳になったばかりで、魔法の一つも使えない子供がカリル大森林から帰ってきたなんて信じられるはずがない。

マリアナは、これ以上考えても答えは出ないと割り切って思考を切り替える。

「まっ、みんな無事なんだし、助かって良かったって事でいいじゃない」

腑に落ちない事柄は多いが、それらを誤魔化すようにマリアナは手を強く叩きあわせて話を変えた。

「あとさ、ドンテに聞いておきたい事があるんだけど、ドンテにはこれが何か分かる?」

マリアナが懐から取り出すたるは、無骨な腕輪。今回助け出された子供達の全員が持っていた何の変哲も無い金属質な腕輪だ。

「ただの腕輪じゃねぇのか?」

「え?知らないの?」

ドンテの反応が余りにも薄くて、少し驚いてしまった。
マリアナは「本当にぃ〜?」とドンテを訝しむが、当の本人は本当に分からないと言った様子。

「これ、魔法使いなら喉から手が出るほど欲しがるような"魔道具"なんだけど、本当に何も知らないの?」

再度確認を取るが、ドンテは「知らない」と言い張る。

「…そう」

なにやら深く考え込むマリアナ。

この腕輪の製作者はエルだ。
持ち主であるレーネに確認を取り、他の子供達からも聞き取りをしてるからこそ、その情報の信憑性は少し高い。

だけど、なぜか父親であるドンテは何も知らない。

こんな代物が表沙汰になれば、どうなるかぐらいドンテなら分かる筈だ。だから、本当に何も知らされてない可能性が高い。

そこまで考えて、マリアナは口を開く。

「これね、魔法が使える腕輪らしいの」

「杖の代わりみたいなもんか?」

杖は魔法を発動させる媒体となる。魔法を構築するには杖は必須で、魔法を使うには杖がなければ話にならない。

エルのような杖を必要とせずに魔法を使ってのけるのは魔法使い達の夢であり、有り得ない事だった。

そんな杖の代わりとなる物は、これまで一つとして出回っていなかった。大なり小なりの違いはあるが、杖には変わりなかったのだ。

それが腕輪なんて身に付けれるような物になれば、魔法使いの時代は塗り替えられるだろう。
そこまで考えて、ドンテの魔法使いとしての血が騒いだ。

しかし。

「いいえ、違うわ」

やれやれと首を振ってマリアナはドンテの答えを一蹴りした。

そんな玩具じゃないのよ。と、いつになく真剣な表情をして腕輪を右手首に嵌める。

「これを作ったのは、エル君なの」

そう言いつつ、何もない大空に向けて手を掲げる。

「…見てて。『雷の矢』」

刹那。ズダアァァァンッ!とまるで雷でも落ちたかのような轟音を轟かせて瞬きをする短い間で閃光が空へと駆け上がっていった。

それを見せられたドンテは呆然と消えていった雷を見つめて、驚いたように呟く。

「……お前…いつの間にそんな魔法を…」

「はぁぁ……」

全く別の事で戦慄するドンテの鈍感さに、思わずマリアナは深い。それは深い深い溜息を吐いた。

マリアナの適正魔法属性は水だ。
しかも、魔力は少なく、魔法一発すら碌に撃てやしなかった。

なのに、今まさに放った魔法は、雷。本来ならどう足掻いたってマリアナでは使えない魔法なのだ。

「だから、違うって。今の魔法は、この腕輪の力なの。言ったでしょ?これは魔法使い…いいえ。誰もが喉から手が出るほど欲しがる"魔道具"だって」

魔力が少ないマリアナでも、あと何発かは同じ魔法が放てる。しかも、その魔法は一発一発が強力で、尚且つ、呪文はとても短く、杖なんてのも必要がない。

まさに、誰もが魔法使いになれる夢の道具が、今、ここにある。

ようやくそれを理解したのか、ドンテはーー。

「またかよ…」

溜息を吐いた。

まさかそんな反応が返ってくるとは予想だにしなかったマリアナは珍しく困惑した。

「お前なら知ってると思うけどよ、アイツな、ここに来る途中でも無茶苦茶なもんを作りやがったんだ」

ポケットから取り出すは一枚の紙切れ。

「簡易スクロールだそうだ」

「…えっ?ちょっ、最近噂になってるやつじゃない。まさか、それもエル君が…?」

「ああ」

神妙な顔で頷くドンテ。

最近巷で噂になっている簡易スクロール。製作者は年端もいかない子供らしいと言う信憑性の低い噂だった。

それはスクロールのように大きくはなく、嵩張らない。そのくせ、値段は安く、威力や性能は市販のスクロールに負けず劣らず。

まさに、革命的な発案品だった。

研究者達がこぞって簡易スクロールを巡っての買い占め合戦を繰り広げ、しかし、研究したところで描かれている文字が解読できず、呪文の構築順も滅茶苦茶で、魔法を構成する魔法陣すらもなく、研究者達の心をへし折ったとされる研究者殺しの代物。

それをまさかあのエル君が作った物だったなんて…。

信じられない。だけど、この手首に嵌っている腕輪といい、目の前の簡易スクロールといい…。

「天才じゃないっ!」

ガタンっと椅子を蹴って勢いよく立ち上がり、ズイッとドンテに顔を近づける。

「なによそれ!私の隠密を見破るだけじゃなく、そんな物を作っちゃうなんて!本物の天才じゃないのっ!?本当にドンテ達の子供なのっ!?嘘っ!?有り得ない!でも!でもっ!!」

頭を抱えて、大袈裟に仰け反ると、その場で一時停止。

「決めたわ」

空を仰ぎ見ながらボソリと呟く。
その口元はニヤリと悪巧みを考える人のように笑っていた。

ストンっと席に座りなおした時には、その表情はなくなっており、ニッコリといつになく良い笑顔をしている。

「ねぇ、ドンテ。エル君の婚約者っていないわよね?レーネちゃんいる?」

「…頭でも打ったか?」

例え旧友であっても、軽々と自分の子供を差し出そうとするなんて頭でも打ったに違いない。

そう心配するドンテを他所に、マリアナは鼻息を荒くしてなにやら興奮気味だ。
しかし、今の一言で少し頭を冷やしたのか、紅茶を一口。

「ドンテ。エル君を学院に入学させなさい。学費は全て私が出すわ」

「本当に大丈夫か?」

おっと。まだ頭が冷え切ってなかった様子。

「エル君は将来きっと大物になるわ。それこそ、国王様ですら頭の上がらないほどの大物に、ね」

おい、国に仕えるお前がそれ言ったらダメだろ。

なんて思うと同時に、不敬だと分かっていながらもエルが国王様を跪かせる光景を想像してしまう。

「有り得ねぇ…」

「ドンテ。エル君を騎士養成学院に通わせなさい。学費はウチから出すわ。推薦状もウチの家名で出すし、それでも足りないなら、名の知れた知人達にも当たって無理にでも入学できるようにするから」

いいわね?と、謎のプレッシャーをかけるマリアナ。

「で、でもよ、そこまでして貰うわけには…」

学費は高い。
それこそ、その辺の村人なら一年間働かずに暮らせるほどの大金だ。

例え旧友と言えど、そこまでして貰うわけにはいかない。
そう思っての言葉だったが、マリアナの瞳は本気だ。

「エル君みたいな天才をこんな所で立ち止まらせてたら勿体ないわ!それに、ウチのレーネの将来のお婿さんになるのよっ!?もっと偉くなって貰わなくちゃ!」

え!?それ決定事項なのかっ!?

なんてドンテの叫びは既にマリアナには届かない。
当のマリアナ本人はエルを学院に通わせる為にやけに意気込んでる様子。

「わ、分かった」

渋々了承するドンテ。
しかし、一言だけ釘を刺しておく。

「だが、決めるのはエルだ」

そうしなければ、後でどんな目に遭わされるかドンテは嫌ってほどに理解している。

「それで良いわ!決まりねっ!」

そう言ってやけに嬉しそうに紅茶を飲み干したマリアナは、上機嫌で颯爽と立ち去っていった。

残されたドンテは気持ちよくも涼しい風を全身で感じながら、エルの将来を心配する。

「エル…お前はどこまで行っちまうんだよ…」






コメント

  • トラ

    更新お疲れ様です!
    おかげさまで今日の朝はテンション上がって色々捗りました!
    無理せず頑張ってください!

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