自称『整備士』の異世界生活
24
トラさん。ご指摘ありがとうございます。編集しました!
攫われた子供の中に一人、エルフと呼ばれる耳の長い種族がいる。
その種族の特徴は耳が長い事と髪がライトグリーンな所ぐらい。
あとは知らん。
兎に角、その種族の女の子が興味深げにジッと俺の手元を見つめている。
いかにも『これ、気になってます』感が伝わってくる。
彼女の名前はシル。詳しく言うなら、シルルアート・サーマリィーニャ・エルミーノフってややこしい名前らしい。
発音し辛いからシルだ。
本人から許しをもらった訳じゃないけどな。
「…使う、する」
俺が即興と気分で作った腕輪は、俺が操るマナ量に耐えきれないと判明した。
それならシルはどうだ?
彼女は子供達の中でも俺の次に飛び抜けてマナの保有量が多い。
一度試してもらって、マナの動きや腕輪の中に収まる量などを確認しておきたい。
そう思って、シルに腕輪を使って貰おうと差し出す。
「ーーっ」
すると、シルが顔を真っ赤にして俯いてしまった。
訳が分からない。
兎に角、使ってもらわないと始まらない。
グイッと押し付けて、無理にでも受け取ってもらう。
「使う、しろ。言葉、『氷の矢』」
今度は少し考えて、もっと安全そうで周囲に被害が撒き散らされない程度の魔法を選んだ。
さぁ、早く使ってくれ。
心の中の催促が聴こえたのか。いや、そんなわけないか。
兎にも角にも、シルが腕輪を着けて、少し離れた木に向かって腕を突き出した。
「『氷の矢っ』」
筆記魔法が発動し、その前面に氷が形成され、矢となり穿たれる。
氷の矢は的になってた木を少し左に逸れて、奥の木に深々と突き刺さった。
……マナの伝導率が初めと比べて悪くなった?
魔法が発動するまで。発動してからをジックリと観察していたけれど、どうも納得がいかない。
言霊を唱えるとシルの体内から腕輪にマナが必要分だけ供給される。その後、筆記魔法を通過し、外界に反映されて発動される。
兎に角だ。シルから送られてきたマナが腕輪内で燻っているような感じがした。
そのせいでか、発動がワンテンポ遅れてるし、なんとなくマナの消費量も多く感じる。
なにが悪かったんだ…?
目をキラキラと輝かせて喜んでいるところ申し訳ないけれど、シルから腕輪を回収する。
「あっ…」
なにやらシルが不貞腐れたけれど放っておいて早速分解…っと。
ケースを外した途端、粘液質な水が溢れ出してきた。
そう言えば入れたな。強度補助の為に……あっ。なるほど、そう言うことか。
粘液質の水をよくよく観察してみると、どうやらマナを僅かに吸い取っていたみたいだ。魔法で生み出した時に必然的に付属するマナと、シルのマナが入り混じってしまっている。
水が外に出ると同時に吸い取って余剰分となっていたマナが大気中に溶け込んでいった。
どうやらマナと魔法で生み出した水の相性はあまり良くなさそうだ。効率が悪くなる。
うーん…どうしたものか…。
あ、そう言えば。
確か魔石の中身も液体だったよな…?
………試してみる価値はあるな。
さっき消し炭にした魔物が居た場所は探さなくてもすぐに見つけられる。
なにせ、その辺だけ地面が深く抉れ、焼け焦げているからな。
でも、その辺りに視線を巡らしてみたけど…ないな。吹き飛ばしたか?
周囲に視線を巡らすも見当たらなーー。
隣に座っていたシルが服の裾をクイックイッと引っ張って自己主張し始めた。
振り返ってみると、
「これ?」
「……」
シルの手に探し物の魔石が握られていた。
探し物ってのは存外近くにあるもんだって言うけど、これは少し違う気がする。
「ああ」
取り敢えず受け取っておく。
シルから手渡された魔石は俺の親指の爪ほどの大きさで、俺の知る限りじゃ標準的な大きさだ。
ちなみに、さっき消し炭にした魔物は蛇みたいな奴だった。
名前は知らない。
この魔石だけじゃ腕輪の隙間を埋める液体が確保できないような気がする。
…まぁ、なるようになるか。
足りなきゃコッソリ異空間倉庫に保管してる魔石から摂ればいい話だ。
さて、今から始めるのは少しばかり危険の伴う作業になる。
魔石の中にある液体…エーテルとでも呼んでおくか。それが外界に漏れ出すと大爆発を起こしてしまうんだ。
例えるなら、気化したガソリンの充満した場所で火を付けるような感じだな。……違うか。
これには大気中のマナ濃度との差異が関係するんだけど…もう細かい事はどうだっていい。
とにかく、エーテルは外界に触れさせちゃいけないものだと言う事だ。
なら、どうするか。
そんなの簡単だ。異空間倉庫でやっちまえばいい。厳密に言うと、異空間倉庫内で魔石を割って、エーテルだけを取り出す。
そんでもって腕輪の中に封入し直せば良いだけの話だ。
簡単だろ?
そうと決まれば早速実行に移る。
腕輪を手早く組み立て直し、ポケットに入れる素振りをしながら腕輪と魔石を異空間倉庫に放り込む。
そして、魔石を幾つか割って中身のエーテルだけを腕輪内に封入。
排水兼注入用のドレンボルトを締めーー完成だ。
出来上がったのをポケットから取り出すように見せかけて異空間倉庫から取り出し、再度シルに渡す。
「使う。言葉、同じ」
コクリと頷いたシルが腕輪を装着し、言霊を唱える。
「『氷の矢』っ」
シルのマナと腕輪内に封入したエーテルが元から持つマナが重なり合い、大気中のマナを僅かに吸収。入り混じり、筆記魔法を通過。外界に筆記魔法が反映され、魔法が発動する。
今度は狙った箇所に突き刺さったようだ。
シルが小さくガッツポーズを取っている。
俺も少し遅れてガッツポーズを取る。
満足のいく出来栄えだ。
マナの効率も良さげだし、計算外なことにエーテルのお陰で消費量まで大幅に削減できた。
満足のいく作ひ……いやいや。違う違う。
俺が本来作ろうとしていたのは俺が使っても壊れない物だった筈だ。
こんな事で満足してちゃダメだろ。
兎に角、それが俺に使えるかどうか確認しようとシルから腕輪を回収しようとすると、スルリと避けられてしまった。
ついでに、プックリとリスのように頬を膨らまして、腕輪を守るような体勢で睨み付けてくる始末。
気に入られたみたい…。
仕方ない。二号を作るか。
○○○
腕輪の結果を端的に言うと、半分失敗。半分成功だった。
半分ってのは曖昧な回答だと自分でも思うけれど、半分は半分だ。
なにせ、どう対策しようとも結局は壊れてしまうから。これ以上は分からん。
一応成果としては、回数制限ありの腕輪が完成した。
上手くいけば十回ぐらいは使える。
下手すると三回も使えば壊れる。
微妙な仕上がり具合だ。
頭のいい奴が精密な計算と理論やらに基づいて作ればこうはならないんだろうけど、生憎と俺はバカだ。そう言うのが出来ない。
俺はただの整備士であって、壊れた物を直す事だけしか取り柄がないんだ。趣味の延長線上で物作りをしてるに過ぎない。
だから、完璧には程遠い仕上がりになった。
まっ、壊れたら直せばいいだけの話だし、別にいいんだけどな。
それに、本来の目的は人前で魔法を行使する際の誤魔化しに使う為だ。実際に使う機会なんてそうそうないと思うから、なんの問題もない。
これでも十分に役立つ。
そして、お昼ご飯兼休憩が終わり、再び馬車が走り始める。
御者席にはバルバード、キース、ミルの順で座り、荷台では、大半の子供達がうたた寝している。
シルは試作品一号が大のお気に入りなのか頬擦りしながら寝こけ、レーネとエーリが肩を貸し合いながら気持ちよさそうに寝ている。
そして、獣人と呼ばれる種族…総じてそう呼ばれてるだけで、獣人の中には沢山の種族があるらしく、厳密には青熊族のラックルと兎人族のフルーイが、俺の腕輪に興味を持って色々と聞いてきている。
「じゃ、じゃあ、それがあったら僕でも魔法使えるの…?」
「ああ」
「オイラも!オイラも欲しい!」
「材料持つ、来る、する。作る」
「材料?それを持ってきたら作ってくれるのか?」
「ああ」
っと、まぁ。こんな感じだ。
フルーイは内気そうな男の子で、ラックルが活気な男の子だな。
「頑張るぞー!」
そう言って気合を見せているのがラックル。
「材料って、何がいるの…かな?」
不安気に尋ねてくるのがフルーイ。
なんだか二人を見ていると弟のアック妹のマリンを思い出す。
ほんの少し顔を合わせてないだけで、酷く懐かしく感じる。
「材料。レイゾクの首輪、マセキ」
「隷属の首輪…」
「魔石かぁ…」
人攫いの事を思い出したのか、フルーイの顔色が暗くなった。
ラックルは難しそうな顔をして思案顔をしている。
それぞれ思ってる事が違うのは見て明らかだけど、それぞれ思うところでもあるんだろう。
「……特別。強い、なる、する。作る」
途端に二人の顔色が明るくなった。
「ホントに…っ?」
「マジで!?作ってくれるのか!?」
「ああ。…強く、なれ、たら…な」
「うおぉー!!」
「…っ」
ラックルが雄叫びを上げて喜びを全力で表現し、フルーイは瞳に炎を燃やした。
随分とヤル気満々だな。
それはそうと、ラックルの雄叫びでうたた寝していた子供達を叩き起こしてしまい、なぜかエーリに睨み付けられた。
俺は悪くないと思うんだけどな…。
そんな感じで軽い雑談が飛び交いつつも馬車は進んでいた。
たまに現れる魔物は適当に片付けて、その都度ごとに倒した魔物の解体とかで休憩を挟む。
キースや獣人の二人も戦ったりはするけれど、3人でゴブリン一体をタコ殴りにする程度。
所詮は子供というわけだ。
休憩中、俺が物作りに励んでいると、興味を持った子供達がワイワイガヤガヤと集まってきて、なぜか作った物を持っていかれる始末。
ならばと、魔物を解体して素材を採るのと引き換えに作ってやる事にした。
特に素材が必要なわけじゃないけれど、無償でするのも嫌だったし、何かを得るには対価が必要だと教えるついでにだ。
俺はどこぞの道具屋さんか何かか?
なんて思ったけれど口には出さない。街に着くまで楽しく仲良くやっていくための尊い犠牲だ。
そんな事をしてる所為か、進むペースが遥かに遅い。
別にいいけど。
その代わりといったらなんだけど、子供達からのリスペクトが上昇して、嫌われ者から一転。頼れるお兄さん的立場になれた。
頑張った甲斐があったというものだ。
……あれ?どうして頑張ってるんだっけか?
まぁいいか。
眠気が限界突破して、もう色々とどうでも良くなってきた。
襲ってきた魔物を取り逃がすこと数回。作成中の武器などにボルトやナットを付け忘れること十数回。作業中に手が止まり、そのままフリーズしてしまうことも。
最終的には、魔物の襲撃があってもボンヤリと空を眺めたまま固まってしまっている事だってあった。
一体いつになったらラフテーナに着くんだか…。
一分一秒が凄く長く感じる。まるで止まった世界で生きてるような気分に陥ってしまう。
眠気は来ない。今はただ非常に疲れているとだけ分かる。辛い…。
そうして、幾時間か経過し、遂には思考が鈍って物作りすら出来なくなってきた頃。
「見えた!見えたよっ!街っ!まちーーっ!!」
まだ遥か遠く。だけど、もう目と鼻の先に見覚えのある高い壁が見えた。
ようやくだ。ようやくラフテーナに…。
●●●
「兄貴っ!もう少しっすねっ!…って、兄貴…?」
キースが御者席から荷台に視線を移せば、エルは馬車の壁に首を預けて顰めっ面を浮かべながら寝ていた。
相変わらず、可愛くない顰めっ面だ。
「…寝てる?」
シルがエルの頬をツンツンと突く。
起きる気配はない。
「気持ちよさそうなのです」
レーネが突かれてより深い顰めっ面をしているエルの顔を覗き込みつつ見当違いな事を言った。
「ソッとしておいてあげましょ」
絡まれてるエルを見兼ねたエーリは、彼を起こしてしまわないように二人を離れさせてから、チラリとエルをみやる。
そして、クスリと微笑んだ。
「…ありがと」
エルは頑張ってくれていた。
それを誰よりも良く知っているエーリは、小さく感謝を口にした。
その小さな呟きは誰にも聞こえず風に流されてゆく。
「お、おい!なんか来た!なんか来たぞ!!」
エルとの出会いを回想していると、突然、御者席に座るキースが慌ただしく叫び、操縦者のバルバードの肩を掴んでガタガタと激しく揺らし始めた。
「う、うん…見えてる、からっ。見えてるからっ!揺らさないでっ!」
バルバードの首がガックン、ガックンしている。今にも首が取れて飛んでいってしまいそうだ。
「……何か言ってる」
そんな二人の間にニョッキっと顔を出したシルが、ビクッとする二人を他所に、街の方面から猛スピードで駆け寄ってくる二つの人影を指差して言った。
耳を済ませて、その声に意識を傾ける。
「ェ…ゥ!」
確かに何か言ってるようだ。
だけど、距離が遠くて聞き取り辛い。
「…ゥ!」
まるで、誰かを呼んでるような…。
「…ェゥ!」
距離が近くなるにつれて、明らかになってくる二人の男の姿。
なにやら二人の男は競争でもしているかのように互いを押し退けあいながら凄まじい顔をして駆けてきている。
思わず、それを見た子供達が一斉に逃げ出したくなるような光景。
だけど、徐々に聞き取れてきた言葉で、逃げ出そうとした足を止めた。
「エルゥゥゥッ!!」
片方の男が顔を押し退けられながらも全力で叫んだ声。その声で、子供達全員の視線が荷台でスヤスヤと眠る彼…エルへと一点に集まった。
再び視線を戻すと、今の今まで「エル!エル!」と叫んでいた男が殴り倒されて地面をゴロゴロと転がる姿だった。
そして、すぐそばを走っていたもう一人の男の姿が掻き消えたかと思うとーー。
「レーネ…ッ!」
ズシンっと馬車が激しく揺れて、レーネが抱き抱えられる。
一瞬の事で誰も認知できなかった。
あっと言う間の事で呆然とする一同。
「父…さま…」
ホロリとレーネの瞳から涙が溢れ、ダムが決壊したように号泣し始めた。
「レーネ…ッ。レーネ…ッ!」
「父さま…ッ。父さま…ッ!」
ああ。美しかな。これぞ家族愛。
それに魅入られた子供達も、なぜか他人事に思えずに嗚咽を漏らす。
「……なぁ。俺に感動の再会はないのか…?」
少し遅れてやってきた、エルの関係者らしき男性ーードンテが羨ましさや妬ましさを含んだ眼差しで感動の再会を果たして涙する二人を見つめる。
すると、レーネの父ーーナルガンが指を指した。
馬車の荷台の最後部で壁を背に預けて顰めっ面をして寝ているエルを。
「……エル…お前…ホント、何してんだよ…」
俺も再会を喜びたかった…。
と、再びナルガン達を恨みがましく見つめた。
攫われた子供の中に一人、エルフと呼ばれる耳の長い種族がいる。
その種族の特徴は耳が長い事と髪がライトグリーンな所ぐらい。
あとは知らん。
兎に角、その種族の女の子が興味深げにジッと俺の手元を見つめている。
いかにも『これ、気になってます』感が伝わってくる。
彼女の名前はシル。詳しく言うなら、シルルアート・サーマリィーニャ・エルミーノフってややこしい名前らしい。
発音し辛いからシルだ。
本人から許しをもらった訳じゃないけどな。
「…使う、する」
俺が即興と気分で作った腕輪は、俺が操るマナ量に耐えきれないと判明した。
それならシルはどうだ?
彼女は子供達の中でも俺の次に飛び抜けてマナの保有量が多い。
一度試してもらって、マナの動きや腕輪の中に収まる量などを確認しておきたい。
そう思って、シルに腕輪を使って貰おうと差し出す。
「ーーっ」
すると、シルが顔を真っ赤にして俯いてしまった。
訳が分からない。
兎に角、使ってもらわないと始まらない。
グイッと押し付けて、無理にでも受け取ってもらう。
「使う、しろ。言葉、『氷の矢』」
今度は少し考えて、もっと安全そうで周囲に被害が撒き散らされない程度の魔法を選んだ。
さぁ、早く使ってくれ。
心の中の催促が聴こえたのか。いや、そんなわけないか。
兎にも角にも、シルが腕輪を着けて、少し離れた木に向かって腕を突き出した。
「『氷の矢っ』」
筆記魔法が発動し、その前面に氷が形成され、矢となり穿たれる。
氷の矢は的になってた木を少し左に逸れて、奥の木に深々と突き刺さった。
……マナの伝導率が初めと比べて悪くなった?
魔法が発動するまで。発動してからをジックリと観察していたけれど、どうも納得がいかない。
言霊を唱えるとシルの体内から腕輪にマナが必要分だけ供給される。その後、筆記魔法を通過し、外界に反映されて発動される。
兎に角だ。シルから送られてきたマナが腕輪内で燻っているような感じがした。
そのせいでか、発動がワンテンポ遅れてるし、なんとなくマナの消費量も多く感じる。
なにが悪かったんだ…?
目をキラキラと輝かせて喜んでいるところ申し訳ないけれど、シルから腕輪を回収する。
「あっ…」
なにやらシルが不貞腐れたけれど放っておいて早速分解…っと。
ケースを外した途端、粘液質な水が溢れ出してきた。
そう言えば入れたな。強度補助の為に……あっ。なるほど、そう言うことか。
粘液質の水をよくよく観察してみると、どうやらマナを僅かに吸い取っていたみたいだ。魔法で生み出した時に必然的に付属するマナと、シルのマナが入り混じってしまっている。
水が外に出ると同時に吸い取って余剰分となっていたマナが大気中に溶け込んでいった。
どうやらマナと魔法で生み出した水の相性はあまり良くなさそうだ。効率が悪くなる。
うーん…どうしたものか…。
あ、そう言えば。
確か魔石の中身も液体だったよな…?
………試してみる価値はあるな。
さっき消し炭にした魔物が居た場所は探さなくてもすぐに見つけられる。
なにせ、その辺だけ地面が深く抉れ、焼け焦げているからな。
でも、その辺りに視線を巡らしてみたけど…ないな。吹き飛ばしたか?
周囲に視線を巡らすも見当たらなーー。
隣に座っていたシルが服の裾をクイックイッと引っ張って自己主張し始めた。
振り返ってみると、
「これ?」
「……」
シルの手に探し物の魔石が握られていた。
探し物ってのは存外近くにあるもんだって言うけど、これは少し違う気がする。
「ああ」
取り敢えず受け取っておく。
シルから手渡された魔石は俺の親指の爪ほどの大きさで、俺の知る限りじゃ標準的な大きさだ。
ちなみに、さっき消し炭にした魔物は蛇みたいな奴だった。
名前は知らない。
この魔石だけじゃ腕輪の隙間を埋める液体が確保できないような気がする。
…まぁ、なるようになるか。
足りなきゃコッソリ異空間倉庫に保管してる魔石から摂ればいい話だ。
さて、今から始めるのは少しばかり危険の伴う作業になる。
魔石の中にある液体…エーテルとでも呼んでおくか。それが外界に漏れ出すと大爆発を起こしてしまうんだ。
例えるなら、気化したガソリンの充満した場所で火を付けるような感じだな。……違うか。
これには大気中のマナ濃度との差異が関係するんだけど…もう細かい事はどうだっていい。
とにかく、エーテルは外界に触れさせちゃいけないものだと言う事だ。
なら、どうするか。
そんなの簡単だ。異空間倉庫でやっちまえばいい。厳密に言うと、異空間倉庫内で魔石を割って、エーテルだけを取り出す。
そんでもって腕輪の中に封入し直せば良いだけの話だ。
簡単だろ?
そうと決まれば早速実行に移る。
腕輪を手早く組み立て直し、ポケットに入れる素振りをしながら腕輪と魔石を異空間倉庫に放り込む。
そして、魔石を幾つか割って中身のエーテルだけを腕輪内に封入。
排水兼注入用のドレンボルトを締めーー完成だ。
出来上がったのをポケットから取り出すように見せかけて異空間倉庫から取り出し、再度シルに渡す。
「使う。言葉、同じ」
コクリと頷いたシルが腕輪を装着し、言霊を唱える。
「『氷の矢』っ」
シルのマナと腕輪内に封入したエーテルが元から持つマナが重なり合い、大気中のマナを僅かに吸収。入り混じり、筆記魔法を通過。外界に筆記魔法が反映され、魔法が発動する。
今度は狙った箇所に突き刺さったようだ。
シルが小さくガッツポーズを取っている。
俺も少し遅れてガッツポーズを取る。
満足のいく出来栄えだ。
マナの効率も良さげだし、計算外なことにエーテルのお陰で消費量まで大幅に削減できた。
満足のいく作ひ……いやいや。違う違う。
俺が本来作ろうとしていたのは俺が使っても壊れない物だった筈だ。
こんな事で満足してちゃダメだろ。
兎に角、それが俺に使えるかどうか確認しようとシルから腕輪を回収しようとすると、スルリと避けられてしまった。
ついでに、プックリとリスのように頬を膨らまして、腕輪を守るような体勢で睨み付けてくる始末。
気に入られたみたい…。
仕方ない。二号を作るか。
○○○
腕輪の結果を端的に言うと、半分失敗。半分成功だった。
半分ってのは曖昧な回答だと自分でも思うけれど、半分は半分だ。
なにせ、どう対策しようとも結局は壊れてしまうから。これ以上は分からん。
一応成果としては、回数制限ありの腕輪が完成した。
上手くいけば十回ぐらいは使える。
下手すると三回も使えば壊れる。
微妙な仕上がり具合だ。
頭のいい奴が精密な計算と理論やらに基づいて作ればこうはならないんだろうけど、生憎と俺はバカだ。そう言うのが出来ない。
俺はただの整備士であって、壊れた物を直す事だけしか取り柄がないんだ。趣味の延長線上で物作りをしてるに過ぎない。
だから、完璧には程遠い仕上がりになった。
まっ、壊れたら直せばいいだけの話だし、別にいいんだけどな。
それに、本来の目的は人前で魔法を行使する際の誤魔化しに使う為だ。実際に使う機会なんてそうそうないと思うから、なんの問題もない。
これでも十分に役立つ。
そして、お昼ご飯兼休憩が終わり、再び馬車が走り始める。
御者席にはバルバード、キース、ミルの順で座り、荷台では、大半の子供達がうたた寝している。
シルは試作品一号が大のお気に入りなのか頬擦りしながら寝こけ、レーネとエーリが肩を貸し合いながら気持ちよさそうに寝ている。
そして、獣人と呼ばれる種族…総じてそう呼ばれてるだけで、獣人の中には沢山の種族があるらしく、厳密には青熊族のラックルと兎人族のフルーイが、俺の腕輪に興味を持って色々と聞いてきている。
「じゃ、じゃあ、それがあったら僕でも魔法使えるの…?」
「ああ」
「オイラも!オイラも欲しい!」
「材料持つ、来る、する。作る」
「材料?それを持ってきたら作ってくれるのか?」
「ああ」
っと、まぁ。こんな感じだ。
フルーイは内気そうな男の子で、ラックルが活気な男の子だな。
「頑張るぞー!」
そう言って気合を見せているのがラックル。
「材料って、何がいるの…かな?」
不安気に尋ねてくるのがフルーイ。
なんだか二人を見ていると弟のアック妹のマリンを思い出す。
ほんの少し顔を合わせてないだけで、酷く懐かしく感じる。
「材料。レイゾクの首輪、マセキ」
「隷属の首輪…」
「魔石かぁ…」
人攫いの事を思い出したのか、フルーイの顔色が暗くなった。
ラックルは難しそうな顔をして思案顔をしている。
それぞれ思ってる事が違うのは見て明らかだけど、それぞれ思うところでもあるんだろう。
「……特別。強い、なる、する。作る」
途端に二人の顔色が明るくなった。
「ホントに…っ?」
「マジで!?作ってくれるのか!?」
「ああ。…強く、なれ、たら…な」
「うおぉー!!」
「…っ」
ラックルが雄叫びを上げて喜びを全力で表現し、フルーイは瞳に炎を燃やした。
随分とヤル気満々だな。
それはそうと、ラックルの雄叫びでうたた寝していた子供達を叩き起こしてしまい、なぜかエーリに睨み付けられた。
俺は悪くないと思うんだけどな…。
そんな感じで軽い雑談が飛び交いつつも馬車は進んでいた。
たまに現れる魔物は適当に片付けて、その都度ごとに倒した魔物の解体とかで休憩を挟む。
キースや獣人の二人も戦ったりはするけれど、3人でゴブリン一体をタコ殴りにする程度。
所詮は子供というわけだ。
休憩中、俺が物作りに励んでいると、興味を持った子供達がワイワイガヤガヤと集まってきて、なぜか作った物を持っていかれる始末。
ならばと、魔物を解体して素材を採るのと引き換えに作ってやる事にした。
特に素材が必要なわけじゃないけれど、無償でするのも嫌だったし、何かを得るには対価が必要だと教えるついでにだ。
俺はどこぞの道具屋さんか何かか?
なんて思ったけれど口には出さない。街に着くまで楽しく仲良くやっていくための尊い犠牲だ。
そんな事をしてる所為か、進むペースが遥かに遅い。
別にいいけど。
その代わりといったらなんだけど、子供達からのリスペクトが上昇して、嫌われ者から一転。頼れるお兄さん的立場になれた。
頑張った甲斐があったというものだ。
……あれ?どうして頑張ってるんだっけか?
まぁいいか。
眠気が限界突破して、もう色々とどうでも良くなってきた。
襲ってきた魔物を取り逃がすこと数回。作成中の武器などにボルトやナットを付け忘れること十数回。作業中に手が止まり、そのままフリーズしてしまうことも。
最終的には、魔物の襲撃があってもボンヤリと空を眺めたまま固まってしまっている事だってあった。
一体いつになったらラフテーナに着くんだか…。
一分一秒が凄く長く感じる。まるで止まった世界で生きてるような気分に陥ってしまう。
眠気は来ない。今はただ非常に疲れているとだけ分かる。辛い…。
そうして、幾時間か経過し、遂には思考が鈍って物作りすら出来なくなってきた頃。
「見えた!見えたよっ!街っ!まちーーっ!!」
まだ遥か遠く。だけど、もう目と鼻の先に見覚えのある高い壁が見えた。
ようやくだ。ようやくラフテーナに…。
●●●
「兄貴っ!もう少しっすねっ!…って、兄貴…?」
キースが御者席から荷台に視線を移せば、エルは馬車の壁に首を預けて顰めっ面を浮かべながら寝ていた。
相変わらず、可愛くない顰めっ面だ。
「…寝てる?」
シルがエルの頬をツンツンと突く。
起きる気配はない。
「気持ちよさそうなのです」
レーネが突かれてより深い顰めっ面をしているエルの顔を覗き込みつつ見当違いな事を言った。
「ソッとしておいてあげましょ」
絡まれてるエルを見兼ねたエーリは、彼を起こしてしまわないように二人を離れさせてから、チラリとエルをみやる。
そして、クスリと微笑んだ。
「…ありがと」
エルは頑張ってくれていた。
それを誰よりも良く知っているエーリは、小さく感謝を口にした。
その小さな呟きは誰にも聞こえず風に流されてゆく。
「お、おい!なんか来た!なんか来たぞ!!」
エルとの出会いを回想していると、突然、御者席に座るキースが慌ただしく叫び、操縦者のバルバードの肩を掴んでガタガタと激しく揺らし始めた。
「う、うん…見えてる、からっ。見えてるからっ!揺らさないでっ!」
バルバードの首がガックン、ガックンしている。今にも首が取れて飛んでいってしまいそうだ。
「……何か言ってる」
そんな二人の間にニョッキっと顔を出したシルが、ビクッとする二人を他所に、街の方面から猛スピードで駆け寄ってくる二つの人影を指差して言った。
耳を済ませて、その声に意識を傾ける。
「ェ…ゥ!」
確かに何か言ってるようだ。
だけど、距離が遠くて聞き取り辛い。
「…ゥ!」
まるで、誰かを呼んでるような…。
「…ェゥ!」
距離が近くなるにつれて、明らかになってくる二人の男の姿。
なにやら二人の男は競争でもしているかのように互いを押し退けあいながら凄まじい顔をして駆けてきている。
思わず、それを見た子供達が一斉に逃げ出したくなるような光景。
だけど、徐々に聞き取れてきた言葉で、逃げ出そうとした足を止めた。
「エルゥゥゥッ!!」
片方の男が顔を押し退けられながらも全力で叫んだ声。その声で、子供達全員の視線が荷台でスヤスヤと眠る彼…エルへと一点に集まった。
再び視線を戻すと、今の今まで「エル!エル!」と叫んでいた男が殴り倒されて地面をゴロゴロと転がる姿だった。
そして、すぐそばを走っていたもう一人の男の姿が掻き消えたかと思うとーー。
「レーネ…ッ!」
ズシンっと馬車が激しく揺れて、レーネが抱き抱えられる。
一瞬の事で誰も認知できなかった。
あっと言う間の事で呆然とする一同。
「父…さま…」
ホロリとレーネの瞳から涙が溢れ、ダムが決壊したように号泣し始めた。
「レーネ…ッ。レーネ…ッ!」
「父さま…ッ。父さま…ッ!」
ああ。美しかな。これぞ家族愛。
それに魅入られた子供達も、なぜか他人事に思えずに嗚咽を漏らす。
「……なぁ。俺に感動の再会はないのか…?」
少し遅れてやってきた、エルの関係者らしき男性ーードンテが羨ましさや妬ましさを含んだ眼差しで感動の再会を果たして涙する二人を見つめる。
すると、レーネの父ーーナルガンが指を指した。
馬車の荷台の最後部で壁を背に預けて顰めっ面をして寝ているエルを。
「……エル…お前…ホント、何してんだよ…」
俺も再会を喜びたかった…。
と、再びナルガン達を恨みがましく見つめた。
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