自称『整備士』の異世界生活

九九 零

18


俺の目の前には、ズタボロになった父ちゃんが正座で座っている。

それもそのはず。なんせ、俺が殴りに殴りまくった後に正座させたからな。
息子を放置した報いは大きかったってことだ。

「な、なぁ、エル…?その、さ。何も言わずに見つめられても…な?」

「………」

侵入口は開け放たれた窓から。侵入と同時に、父ちゃんの顔側面目掛けて力一杯の飛び蹴りを食らわしてやった。

そのあと、マウントを取って殴りまくった。
お陰で今の父ちゃんの顔はパンパンに腫れてしまっていて、まるで別人みたいだ。

「その…頼むからさ、なんとか言ってくれないか…?」

「………」

この場には、俺と父ちゃん以外に数人ばかりいる。全員が静観してくれたおかげで凄く殴りやすかった。

「エ、エル…?」

「…言う事、は?」

「すまなかった…。で、でもよ、悪気は無かったんだぞ?ちょっと忘れてた…だけ…で……」

それが言い訳か?
言い訳にもなってないじゃないか。
俺は相手の言い分を最後まで聞くタイプだけど、それで俺を納得させれなければ意味がない。

それに、整備士として『忘れる』はご法度だ。たった一つの忘れ物でも命取りになる事だってあるんだからな。

父ちゃんの物忘れの頻度が多いのは知ってたけど…まさか、実の息子の事を置き去りにして忘れてるなんて酷すぎるだろ。

もう何発か殴ってやろうかと思ったら、父ちゃんは口を閉ざして視線を膝の上に落とした。

「ごめん!」

そして、大きな声で謝罪を口にした。
もう逃げ場はないと悟ったのだろう。相変わらずだな。

「俺が悪かった!エルを広場に置き去りにしたのは決してワザとじゃないんだ!分かってくれ!本当に悪かったと思ってる!この通りだ!!」

そう言って土下座した。
変な言い訳をするより、こっちの方が俺的には納得が行く。

謝罪の気持ちは十分に伝わった。

「…ああ。父ちゃん、悪い」

「そうだ。俺が悪かった!すまなかった!」

「……はぁ…」

深い。それはそれは深い溜息を吐き出して、怒りを呆れに変換する。

まったく…。

溜息を吐いた後、顔を手で覆って天井を見上げる。

そして、視線を再度父ちゃんに戻すと、そこにはさっきまでの事をケロッと忘れたかのように、ニカニカと笑う父ちゃんが立っていた。

まさか、許されたとでも思っていないだろうな…?

「いやぁ、でも、ホント。よくここが分かったよなっ!さすが俺の自慢の息子だぜっ!!」

そう言って俺の肩をトントンッと叩く父ちゃん。

「……父ちゃん」

「ん?どうした?あっ!飯だなっ!心配しなくても大丈夫だぞ!なんせ、ここは父ちゃんのーー」

「どアホっ!!」

俺流、必殺アッパー!
全身をバネのように使って跳び上がり、父ちゃんの顎を狙って繰り出す必殺の拳だ。

「グッ!?」

華麗に決まった。……いや、決まりすぎたか?

俺の拳が父ちゃんの顎に炸裂すると、父ちゃんの身体が軽く宙を舞ってしまった。
ドサリと音を立てて床に落ちた父ちゃんを横目で見てみると、どうやら気を失っているみたいだ。

…やりすぎた。少し反省。

倒れ伏す父ちゃんの元に数人のメイドが颯爽と現れて、テキパキとした動きで部屋から運び出し始めた。

それを見届けていると、

「……見事だ」

不意に拍手と共に静観者の一人から声を掛けられた。

視線を声の主へと動かすと、そこには巨人がいた。いや、巨人のように見間違えるほどの高身長の男性がいた。

おそらく、俺の雑破な目算だけど、身長は2mを超えてるんじゃないだろうか?
まるで服の中に鎧を着込んでるかのような分厚い筋肉。姿勢が良いからこそ、余計に大きく見える。そして、その険しい瞳、厳しい顔付きからして…ああ、怖そうな人だ。
そこに立っているだけで威圧感がすごい。

「さすがファミナの子だ」

普段からそんな顔をしているのか、彼が笑おうとすると、犯罪者の浮かべる凶悪な笑みのようになってしまっている。
普通の子供が見たら泣いて逃げ出してしまいそうなほど怖い笑顔だ。

思わず眉を顰めてしまった。

「………」

それが気に食わなかったのか、男は黙って俺を睨み付けてくる。
負けじと俺もジッと見つめ返す。

一体、何分ほど睨み合いをしていたのだろうか。

「あなた。見つめ合うのはその辺で、そろそろ自己紹介でもしたらどう?」

外野から声が掛けられて、ようやく睨み合いが終わった。

「…ああ。……俺はナルガンだ」

握手を求められた。
昨日の敵は今日の友みたいな感じか?

「エル」

握手に応じると、ガッシリと力強く手を握られた。

さっき広場で会ったマーリンとはまた違った力強さがある。
ゴツゴツと言うより、まるで微弱な熱を帯びた石でも握ってるような…そんな感じがする。

「私はマリミーアよ。みんなマリミアって呼ぶわ。エル君もそう呼んでねっ。ついでに、この人の妻だから、お誘いはナシよ?」

ナルガンの巨大な図体の影からヒョッコリと顔を出して自己紹介をしてきたのは、活発そうな女性だ。しかも、小さい。150cmほどだろうか?
バチコンッとウインクを飛ばしてくる。

身長差や性格の大差が激しい夫婦だな。

「あっ!でもでも、娘達なら良いわよ。どう?選り取り見取りよ?」

そう言って、彼等の側で姿勢を正して整列していた三人の女性を指差す。
みんな真面目そうな人達だ。

「まず、手前が長女のニーケ。18歳!未婚!今の今まで恋人ナシ!でも、密かに同僚の男の子に恋心を寄せている乙女よ!」

「なっ!?は、母上!どこでそれをっ!?」

説明を受けたニーケは顔を真っ赤にしてアタフタと慌て始めた。
だが、マリミアは彼女の質問に答えようともせずに次に移る。

「その隣にいるのが、次女のアカルシア。15歳。これまで色恋沙汰なんて興味なかったくせに、最近隣街で男の子に告白されて返答に本気で迷ってる年頃の女の子よっ!」

「か、母様…っ!」

アカルシアは顔を真っ赤にしてマリミアを言及しようとしたが、上手く言葉が出てこなかったのか耳まで顔を赤くして俯いてしまった。

「最後に三女のレーネだけど…丁度エル君と同じ歳だし、色恋沙汰も何もないし、どう?」

どう?と言われても…。

レーネに視線を向けると、頑張って姉達のように姿勢を正して真面目な顔つきで居ようとしている姿があった。

見ていて微笑ましい姿だ。

「おっとー。これは脈アリかぁ〜」

ニヤニヤと俺とレーネを交互に見て笑うマリミア。
レーネは意味を理解してなさそうで、真面目な顔付きを取り繕ってはいるが、頭の上にハテナマークが幻視できる。

…っと言うか、ここはいつからお見合いの会場になったんだ?

「ありゃ、興味失くなっちゃった?残念だったね、レーネ。でも、きっと次があるわ!これっしきの事で負けないで!頑張って次の相手を見つけなさいっ!」

「は、はい!母さま!」

なんなんだ、この人は…。

レーネも訳も分からないまま返事してるみたいだし…まぁ、他人の家の事情だし、俺には関係ない話だから放っておこう。

「あっ、そうそう。どうでも良い事だから言い忘れてたけど、ウチは騎士の家系だから、ウチに泊まるには条件があるんだけど…まっ、他の騎士と兵士達と一緒に訓練を受けてもらうだけだから、大丈夫よね!」

おい。今までの会話の中で一番重要な所だろ、それ。


○○○


少し遅めの食事を終え、食後の休憩にとマリミアに誘われたお茶会を断り、現在は訓練場とやらに来ていた。

ナルガンに『今日はゆっくり休め』と言われているので、マリミアが言っていた訓練に参加しに来たわけではない。

なら、なぜか。
そんな事は決まっている。

食後の運動だ。
朝、昼、晩。欠かさず食後に行なっている筋トレの為だ。

屋敷に隣接する形の訓練場は無駄に広い。

一応、この訓練場はベルモンド家…ナルガンの家族が所有する訓練場だそうで、ここで訓練をしているのは、ベルモンド家の下で働く騎士や兵士達だそうだ。

騎士の下で働く騎士と言う言葉に疑問を覚えて尋ねてみれば、階級がどうのと難しい説明をされたので全て聞き流した。

要約してしまえば、ベルモンド家が上司でその他が会社員と言う事だろう。
整備士で例えると、纏め役の統括と一般整備の違いだ。

他にもナルガンと同じ階級を持つ家系がこの街にいて、同じような敷地を持って、同じように騎士や兵士を抱えているらしいけど…本当にどうでも良い話だな。

難しい話は苦手なので、それ以上の事は何も知らない。

さて、そんなどうでも良い話は置いておき、俺は筋トレに励む。

腕立て…10…回っ!腹筋…10…回っ!スクワット…10…回っ!兎跳び…10…回っ!背筋…10…回っ!

次に、柔軟体操。

体の柔らかい内からやっておこうと思い、筋トレと一緒にやるよう心掛けている。

その次は瞑想。

これは体内のマナをいかに早く。いかに一度に沢山送れるようにと、5歳ぐらいの頃から暇があればやっている。

今ではかなりの量を一度に扱えるようになってはいるけれど慢心はしない。それに、まだ俺の持つマナを全て同時に操る事は出来ないんだからな。

瞑想を終え、最後の自主練に入る。

それは最低限の自己防衛能力を身に付ける戦闘訓練。つい最近追加した項目だ。
主に、前世の記憶にある空手の型をやっていたりする。

魔法なし、武器なし。この身一つで、自分自身を守り抜く事を目的として行なっている。

この世界には魔物と言う脅威が存在していて、世の中は弱肉強食だ。権力や金なんかよりも、力が必要な世界だからこそ必要だと思った。

とは言え、それには体内のマナを全く使わないようにしなければいけないので、マナの制御の方が大変だ。

日頃からマナを全身に張り巡らすようにしていたのが日常化し、当たり前となってしまっている。今では無意識に体内を循環さてるほどだ。

その全てを停止させて一箇所に留めておくのは少し大変になる。
既に満タンの状態になっているマナタンクに、余剰分である体内に張り巡らせたマナを押し込むんだ。

つい気を緩めてしまったりするとーー。

ーーズドンッ!

と、このように、マナタンク内で抑えきれず、過剰に溢れ出したマナが全身を強化してしまい、足が地面にめり込んだりしてしまう。

マナタンクも一つの入れ物みたいなものだ。入れ物の容量を超える物を詰め込んで、無理やり蓋をしていれば圧力がかかる。
少し蓋を緩めたりすると噴き出すのは当たり前だ。

まだまだ制御が甘いので、誤って色々と潰しかねないので注意が必要だったりする。

そう思っていた矢先に邪魔が入った。

マナの制御を外してしまった最悪のタイミングで、軽く振るった右手を何かにぶつけてしまったのだ。

こんな時に右眼が見えない弊害が出てしまった。

言い訳になるだろうけど、俺のマナ感知は詳しい距離までは測れない。集中しなければ五感の臭いや触覚のように曖昧な感じでしか把握できず、数メートルの誤差が応じる。

「……やるな…」

声が聞こえてそちらへ視線を向けてみれば、ナルガンがいた。

「み…ご…と…」

腹を抱えて苦痛に顔を歪め、今にも倒れてしまいそうーーいや、倒れてしまった。
近付いて確認してみると、どうやら腹に重い一撃を何者・・かに入れられて気を失ってしまったようだ。

まぁ、『何者』と言っても俺しかいないんだけどな…。

ああ…クソ。やってしまった…。

一応、証拠隠滅の為に気付かれ・・・・ないよう・・・・治癒の魔法を使って怪我を治して、暫く目の端で見守りながら自己防衛訓練の続きに励んでいると。

「………見事な一撃だった」

起きた。

ムクリと身体を起こして、腹をさすり…首を傾げた。

俺は自己防衛訓練を止めてナルガンの元に向かう。どうやら怪我の後遺症はないようだ。良かった。

けど、一応礼儀として謝罪はしておく。

「すまない…」

「ああ」

頷き、立ち上がるナルガン。
この様子からして、俺の不注意による事故は許してくれた…か?

「不意打ちとは言え、俺を倒したのは凄い事だ。謝罪はいらない」

いや、どうやら謝罪すら受け取ってもらえなかった。別の意味で。

「鍛えているのか?」

「ああ」

将来はムキムキになりたいからな。

「そうか。俺と手合わせするか?」

「………」

ファイティングポーズを取るナルガン。寝起き早々元気な事だ。
でも、悪い提案ではないかもしれない。

武器なし、魔法なしの自己防衛訓練にも限界がある。うろ覚えの空手の型を繰り返し行うだけよりも、実際に戦ってみた方が確実な経験を得られるだろう。

けれど、マナ操作に未だに不安を覚えている現状、そう易々と受けるわけにもいかないし…。

いや、考え方を変えてみよう。

マナ操作を誤ってナルガンを殴ってしまったけど、それでもナルガンは余程頑丈な肉体をしているんだろう。怪我は打撲だけで大したことはなかった。

一歩間違えれば一撃で沈めてしまいかねないけど、そんな相手だからこそ程よい緊張感を持ちながら練習に励める。

提案は向こうからだし…一度だけでも受けてみるのも良いかもしれない。

「ああ」

返事を返しつつ俺もファイティングポーズを取り、素手同士による俺とナルガンとの模擬戦が始まった。

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コメント

  • トラ

    相変わらず面白いです!
    これからも楽しみにしてます

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