自称『整備士』の異世界生活

九九 零

17


教会選びは、そもそもこの世界の神様を知らないから先延ばしにした。

そんなわけで、教会群から幾ばくか歩くと銅像の建てられた広場に出た。
銅像はどこかの兵士のような人が剣を天に掲げるような格好をしている。

どうでもいいな。

「じゃあ、エルはここで少し待っててくれ。俺は少し冒険者ギルドに寄ってくる」

…?

「宿屋?」

「ここに宿屋はないぞ?」

「…ん?」

てっきり宿屋に行くとばかり思ってたんだけど…もしや、冒険者ギルドで一泊するのか?それとも、また野宿か?

出来れば野宿は避けたいけど…冒険者ギルドで泊まるのも嫌だなぁ…。

あと、もう少しで昼飯の時間だ。宿屋がなければ、ここに着くまでに飯屋すら見かけていない。
一体、どうするつもりなんだろうな。

「まぁ、その辺は後で話すから、少し待っててくれ」

そう言って、俺を広場に置き去りにして父ちゃんは冒険者ギルドにスタコラと向かってしまった。

……座るか。

近くにあったベンチに腰を掛けて、街の風景を呆然と見つめる。

この街は特にこれと言った特徴なんてなく、気になる場所もない。こんな人の往来があって沢山の目がある場所で実験や調べ物なんて出来ないし、物作りも出来ない。

となると、する事がなくてとても暇だ。

空は青く、雲が点々としている。遠くの方は雨雲のような暗雲が流れている。
明日は雨になりそうだ。

「隣、いいかの?」

「ああ」

杖をついた老人が俺の隣に座った。

一緒に空を眺める。

「明日は雨かのぉ」

「………ああ」

一応返事を返しておいたけど…これは俺に話し掛けてきていたと考えても良いよな?
もし俺じゃなかったらと考えると、恥ずかしくなる。

「………」

「………」

無言の時が流れる。
目の前では、兵士達が談笑しながら往来していて、和やかな雰囲気だ。

父ちゃんはまだ帰ってこない。

「無口じゃのぉ」

「……ああ」

これは俺に話し掛けたんだよな?
老人の視線が前を向いたままだから分からない。

っと思っていると、俺と目が合った。

「お主は見かけ通りの歳かの?」

「?ああ」

何が言いたいんだ?

「ホホッ。これは面白いのぉ。その歳でこれほどとは。儂はマーリン。マーリン・ナルガ・エンフォートじゃ」

「エル」

握手を求められたので、右手を差し出して握手に応じる。

ヨボヨボのお爺さんかと思っていたけど、その手は見た目によらずゴツゴツしていてーー。

「ーーッ!?」

驚いて、咄嗟に手を引っこめる。

老人は悪びれる様子なんて一切見せずに笑っていやがる。そんな老人を俺は睨み付けて警戒する。

「ホホッ。その様子じゃと、本当に魔力を操れているようじゃのぉ」

今のあの感じ…マナを流されたのか?
俺のマナとは違うマナが体内に蠢いているのが分かる。操ろうとしても言う事を聞かずに、その場に留まり続ける。
この違和感が気持ち悪い事この上ない。

まるで、水に油を垂らしたような。真っ白の中に真っ黒が一点だけあるような…。自分のマナが返ってくる違和感なんかよりも、より明確に分かってしまって気持ち悪い。

「魔力を送られるのは初めてかの?」

「ああ」

取り敢えず、体内マナを総動員させて老人のマナを体内から弾き出す。

「ホッホッホッ。これまた素晴らしい逸材じゃのぉ。このままにしておくのが勿体ないぐらいじゃ。どうじゃ?儂の養子にならんかの?」

「断る」

決して興味がないわけじゃない。
この老人は明らかに俺よりもマナ…魔力の扱いに長けているはずだ。養子に誘うって事は、俺に魔法を教えてくれるかもしれない。

こんな人に魔法を教えてもらえるのは願ってもない事で、一生に一度あるかないかのチャンスだと思う。

だけど、

「大切な家族、いる」

捨てられるはずがない。
前世では碌に親孝行できずに、迷惑ばかりかけた挙句に親を残して先に死んでしまったんだ。

正直、未だに親孝行出来なかった事を後悔している。今世でも同じ事が出来るはずがない。

今世は出来る限りの親孝行をしようと思ってるんだ。

「そうじゃったか…」

老人は少し悲しげに眉を落とすと、すぐに気持ちを切り替えてニッコリと笑った。

「家族は大切にするのじゃぞ」

「ああ」

分かっている。
そのつもりだ。

「うむ。ならば、代わりと言ってはなんじゃが、これをやろう」

そう言って一通の封に入った手紙を渡された。

…ん?この手紙…魔力が篭ってる?
いや、違う。これは文字か。封を透けて文字のようなのが書かれているのが見える。
どうも、書かれている文字に魔力が込められているみたいだ。

封越しでも読もうと思えば読めそうだけど、生憎と俺は文字が読めない。

魔法ってこんな事もできるんだな。
是非とも、どうやってやるのか教えて欲しい。好奇心が疼く。

「魔力感知も持っておるとは、さすがと言うべきじゃな。時に、お主の歳は幾つじゃ?」

「10、だ」

「次に会えたとしたら3年後じゃな。また会える事を願っておるぞ」

そう言ってから、老人…いや、マーリンは立ち上がって、歳を感じさせない動きで気分良く立ち去っていった。

変わった人だったな。
独学で魔法を学んできた俺なんかよりも、ずっと魔法に詳しそうだった。機会があれば色々と教えて欲しく思える。

そう思いながらマーリンの立ち去る背中を見送り、見えなくなってから空へと視線を移す。

暗雲が近付いて来ている。
明日は確実に雨だな。

……………。

「………遅いな」

父ちゃん、どこまで行ってるんだ?
昼になってしまったぞ?

冒険者ギルドに行くと言ってたけど、存外遠いのかな?
俺が普段から使用しているマナ感知の範囲は半径50mにしている。この広場付近なら全て捉えれるぐらいだな。

その範囲外に出てしまったから、どこに行ったのか分からない。

追跡もしてないし、探すのも面倒だ。マナ感知の範囲を広げてもいいけど、そこまでする必要が感じない。

もう暫く待っていよう。

そう思って、なんとなく手元に視線を移してみれば視界の端に棒が映った。
光沢のある艶々の木杖。グリップの部分はマナの含んだ宝石…魔石が備え付けられている。凄く高そうだ。

………あ。

マーリンが忘れて行ったのか。
届けに…行くのにも、見送ってから少し時間が経っている。どこに行ったのかサッパリだ。
マナ探知を使えば見つけれない事もないだろうけど……。

あぁ、やっぱり無理だな。
俺の意思で広げれる範囲の限界まで広げたけれど、範囲内に居ない。
これ以上広げるのは、なんだか嫌な予感がするからやめておく。

まっ、マーリンは『次に会えるのは3年後』やら『また会える事を願っている』なんて言ってたし、あの口振りだとまた会える機会があるんだろうから、そこまで本気になって探さなくても良いだろう。

次会う時まで、この杖は異空間倉庫(ガレージ)の中で眠っていてもらおう。
ついでに、この手紙も大事な研究材料・・・・だ。落としたら大変だし、同じく異空間倉庫(ガレージ)行き決定だな。


●●●


「ふぅ…」

まだ胸がバクバクと激しく脈打つのが感じられる。久方振りに恐怖を覚え、そして、興奮を覚えたのじゃ。

儂はマーリン。マーリン・ナルガ・エンフォート。

あの少年の元から立ち去った儂は、暫し棒立ちになって空を見上げる。

まさか、このような辺境の地であのような者と出会えるとは思わなんだ。良き出会いだった。

この街には『たまには遠出でもしたいのぉ』と思って、ついでにひ孫の顔でも見に行く道中に立ち寄っただけなのじゃが、あのような者と出会えるなど思ってもみなかった。

思わず『養子にならないか?』と尋ねてしまったほどだ。即答で断られてしまったがの…。

しかし、諦めるのはまだ早い。

魔法魔術学院の推薦状を渡したのじゃ。アレは本来ひ孫に渡す予定じゃっ物じゃが…また書けば良い。

「次に会える事を楽しみにしておるぞ。幼き魔法使い、エルよ」

ふっ、と笑って再び足を進める。

その後、街を出てから気付いたんじゃが、あの場に杖を忘れていたのに気が付いて慌てて戻る羽目になった。しかし、既にそこには杖と少年(エル)の姿は消えていたのじゃ…。

儂の杖が…。


●●●


「………遅い」

あれから更に暫く待ったけれど、父ちゃんが戻って来ない。さすがに腹が減った。

余りにも遅すぎて探しに向かうのを決意したほどだ。

そして、広場から少しばかり歩いた所で、冒険者ギルドを見つけた。
予想外なほどに近くにあったみたいだ。

こんな事なら、初めからマナの感知範囲を広げておけばよかった…けど、マーリンを探す時に広げた際に、この場所に父ちゃんの反応はなかったはずだ。

冒険者ギルドの入り口を一瞥しつつ、もう一度ささっと父ちゃんが居ないかマナ感知で捜索してみる。

どうやら居ないようだ。

「まったく…」

世話のかかる父だ。
一体、どこで油を売ってるのか…。見つけたら有無を言わさず即座に一発。と言わず、何発か殴ってやろう。

そんなわけで、俺の父ちゃん探しが始まった。


○○○


時刻は夕方。

俺はようやく父ちゃんを見つける事が出来た。
とは言え、目視で捉えたわけじゃない。拡張したまま街中を移動していたら、マナ感知に父ちゃんの反応があったんだ。

それでも見つけたのには変わりない。

拳が滾る。一発キツイお灸を据えてやらなきゃ俺の気が済まない。それぐらい、今の俺は怒っている。

なぜならーー遠目で見える屋敷の開け放たれた窓。そこから見える父ちゃんは笑っていた。誰かと話しているのか、凄く良い笑顔を浮かべている。

それだけじゃない。目をマナで強化してよくよく見ると、父ちゃんはワイングラスを片手に、美味そうな飯を食っていたのだ。
息子の俺を忘れて…。

そんなものを見せつけられて、腹が立たないわけがない。

もしかして拉致されたんじゃないかと心配して、わざわざ父ちゃんの安否を確認するために展望台のような高台に登って屋敷を覗いていた俺がバカみたいじゃないか。

沸々と怒りが沸くのも当然だ。

ここまで声が聴こえる筈もないのに、なぜか父ちゃんの高笑いが空耳として聞こえてくる。
……あぁ、本当に腹が立つ。

覚悟しろよ…父ちゃん…。


●●●


エルの父であるドンテは久方振りに出会った友達であり、仲間であり、昔の冒険者仲間との再開に浮かれていた。

「ガハハハッ!マジかよ!それっ!そんな事があるなんてーーっ!?」

大切な事を忘れて…。

突然の寒気。ドンテはゾクリッと背筋に冷たいなにかを感じて身を震わせる。

そして、大切な事を今更になって思い出して顔を青ざめさせた。

おそらく。いや、間違いなく、広場に置き去りにしたままのエルは怒っているだろう。もしもこの現場を見られていたり、知られたりしたら…そう考えて、再び身を震わせる。

どう言い訳をすれば許してくれるだろうか…。

必死に言い訳を考えるが…時既に遅し。
既に現場を見てしまい、ブチ切れている小さな鬼が彼の元に忍び寄っていたのだから。

ほら、開け放たれた窓を見てみれば、そこにーー。




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