自称『整備士』の異世界生活

九九 零

10


「ーーっと言う事、だ」

「それは…私の護衛が迷惑を掛けてしまって申し訳ありません…」

「いや、助かる、した。もう少し、で、爆破する、した」

物理的にな。

「本当に申し訳ありません。あの者には相応の処分を下すと約束します」

「ああ」

ようやく話の分かる人と出会えた。
俺の言葉を信用し、話を最後まで聴いてくれる人だ。

名前はアリアンナ。
彼女を一言で例えるならお淑やかだ。
騎士をノックアウトさせた何処の馬の骨とも知らない俺を店の前で待機させていた豪華な馬車に招き入れただけでなく、ミリアと俺から事情を聴き出し、正確な情報に纏め上げ、適切な判断と対応を取る子供ならぬ智力まで持っている。

礼儀正しく、人の話は最後まで聞き、相槌や返答も上手い。
聞き上手とでも言えばいいのか?

とても優秀でよく出来た子供だ。誰かさんと違ってな。

チラリとその誰かさんを見てみると、お菓子を頬張って楽しそうに窓から外の景色を眺めていた。

「ん?」

当の本人は気付いているのか、いないのか、俺の視線に気が付いて振り向きはしたけれども不思議そうに首を傾げている。

そんな時、コンコンッと扉をノックする音が聞こえた。

「ようやく来たようですね」

「ああ」

「ミリアが!ミリアが出る!あっ違った!ミリアが出ます!お姉様!」

「はい。お願いしますね、ミリア」

「うん!」

満面の笑みを浮かべて頷く姿を見ていると、なんとも微笑ましく思える。
元気なのは良い事だ。子供はそうでないとな。

「はーい!」

そう言って扉ーー馬車の扉を開くと、衛兵がビシッと背筋を伸ばし、胸に手を当てた状態で待っていた。
急いで来たのか頬から汗が垂れているけれど、それとは別に、緊張で顔や身体が強張っている。

「失礼します!アーマネスト様!その…宝石店の店主からの通報で来たのですが…」

報告をする衛兵が言葉に詰まらせると、背後に立っていた衛兵が彼を押し退けて前に出て、続きを話し始めた。

「騎士様がこちらに…アーネスト様の馬車に店内の騎士様を倒した者が居ると仰っていたので、お伺いさせて頂きました。…彼がそうですか?」

チラリと俺を見る衛兵。
その眼差しは睨み付けるでも怪しむ訳でもなく、『本当にコイツが?』と言いたげな風を受ける。

さっきの衛兵とは違って物怖じしない瞳だ。前世の警察官を思い出す。

「ええ。そうですよ。ですが、この方は何も悪事は働いていません。この件は、宝石店の店主の勘違い。及び、店内に倒れている我が家に仕える騎士が邪な考えを持って起きてしまった不幸な出来事です。件(くだん)の騎士はこちらで対処しますので、わざわざご足労頂いたのにお手間を掛けさせてしまい申し訳ございません」

立ち上がり、ゆるりと頭を下げるアリアンナ。
凄く様になっている。思わず見惚れてしまうほどだ。

可愛いし、賢いし、礼儀正しいし、俺の中身がオッサンじゃなければ惚れていた所だ。

ふぅ、危なかった。危なかった。

「頭を上げてください、アーマネスト様。我々の力が及ばず彼に無実の罪を着せる所でした。謝罪するのは我々の方。アーマネスト様の手を煩わせてしまい、申し訳ありません」

謝罪に謝罪で返す衛兵。

部下の過ちを肩代わりして謝罪をする上司の立場であるアリアンナの行動は理解できるけど…衛兵の行動はよく分からん。

謝る必要なんてないのに、その責任がまるで自分達が悪いかのように謝るなんて…あ、そう言う事か。

会社の下請けみたいなやつだな。上の会社の社員が失敗して、その失敗で上司が下請けの会社に謝罪しに行き、下請けの会社はご機嫌取りの為に逆に謝罪し返す。みたいな感じかな?

取り敢えず、納得した。

「どうしたの?エルお兄ちゃん?」

一人で彼等の言動を思案して納得していると、蚊帳の外だったミリアに声を掛けられた。

それはそうと。

「兄?」

「そうだよ!」

「なる、覚え、ない」

「今日から!今日からエルお兄ちゃんは、ミリアのお兄ちゃんだよ!」

「…そうか」

「えへへ〜」

そんな無邪気な笑みを向けられたらオジサンでも断れない。いや、オジサンだから断れないのか?

これを知っててやってるとしたらズル賢いやつだな。

そんな会話している内に、いつの間にか向こう側の会話も終了したようで衛兵達が立ち去っていく所だった。

「すまない。任せる、した」

「いいえ。構いませんよ。これぐらいは馴れっこですからっ」

ふんすっと鼻息を鳴らして両手で可愛らしくガッツポーズを取るアリアンナ。
大人がやるとあざとく見えるが、何というか…凄い様になっていて、その自然な行動に思わずドキッとしてしまった。

俺とした事が子供にときめくなんて…。いや、歳は俺と同じ今年で10歳だから…でも、俺の精神年齢がな…30を超えてしまってるんだよな…。

ちなみにだけど、ミリアは一つ下で、今年で9歳になるそうだ。

兎に角、彼女達を恋愛対象で見るなんて出来ない。なにより、俺には命よりも大事な愛車達がいる。浮気なんて出来っこない。

これからは良き知人として接しよう。それか、娘か、友人の子供だな。
それが最も良い関係だろう。

まぁ、今回は色々と助けられたから、この恩はいつか返そうと思う。俺に出来る範囲でだけどな。

「…帰る」

「そうですか…」

どうしてそんなに寂しそうな顔をするんだ?
別れの時ぐらい笑顔で見送ってくれよ。じゃなきゃ、帰るに帰り辛いじゃないか。

「あ!そうだ!エルお兄ちゃんは魔石が欲しいんだよねっ!?」

突然、ミリアが何かを思い出したかのように声を上げた。

「ああ」

一体、どうしたって言うんだ?

「魔石ならどこでも売ってるよ?」

「宝石店、売る、聞いた」

「そうだけど、違うのっ!」

そこまで言って、アリアンナの方を意味あり気な眼差しで見るミリア。

どうやら俺はミリアの事を侮っていたみたいだ。コイツ…かなりの策士だっ。

寂しがり屋の姉の想いを汲んでやるなんて…出来た妹じゃないか。

仕方ない。その姉妹想いに応えてやるか。
ミリアにも助けてもらった借りがあることだしな。

「ほら、お姉ちゃん!魔石の売ってる所を言って!ほら、早く!エルお兄ちゃん帰っちゃうよ?」

そこは俺に聞こえないように小声で言う所だと思うけど…そこまでは気が効かないんだな。
抜けているのか、賢いのか…微妙なヤツだ。

「え、えっと…魔石は雑貨屋や魔術師ギルド。他にも、冒険者ギルドでも売っています。あっ、でも、魔道具は宝石店にしか売ってなくて…」

何かを思い出したのか、悲しそうに瞳を染めるアリアンナ。
それを横目で見て、慌てたようにミリアは言う。

「ミリア達は魔道具を買いに来たんだけど、店が閉まってしまったから時間が空いちゃったなぁ〜。どうしよっかなぁ〜?」

あざといな。

でも、それぐらい付き合っても別に構わない。今から帰っても暇だしな。

どのみち魔石は手に入れる予定なんだ。

「冒険者ギルド、違う…?別…?…以外、だ」

「だってさっ!お姉ちゃん!」

立ち上がり、グイグイとアリアンナの腕を引っ張り始めるミリア。
一瞬、嬉しそうに表情に花を咲かせたアリアンナ。だけど、すぐに困った顔を浮かべた。

「でも…この後は…」

「少しぐらい遅れても大丈夫だよ!あの人ならミリアが頼めば許してくれるもん!それに、騎士さんに伝言を頼めばきっと分かってくれる筈だよ!」

「……分かりました。でも、少しだけですよ?」

少し考えた後、柔らかい笑みを浮かべて立ち上がったアリアンナ。
どことなく嬉しそうにしているのは俺の気のせいじゃない筈だ。

きっと彼女自身も外を出歩きたいと思っていたんだろう。

なにせアリアンナの言動こそは大人のように振舞ってはいるけれど、実際はまだまだ子供なんだからな。
たった10年しか生きていないんだ。外を見たいと思うのも当然の話だ。

かく言う俺も、精神年齢はもう30を超えたオッサンなのに新しい事に挑戦するのは大好きだ。好奇心の赴くままに突き進み、趣味に全力でつっ走り…いつまで経っても俺も子供って訳だな。

「ハハッ」

「「?」」

つい笑みが溢れてしまい、二人に不思議がられてしまった。
ちょっと恥ずかしい。

「俺も子供、思った」

「エルお兄ちゃんは子供なの?」

「ああ。子供、だ。お前も、アリアンナも、俺も、な」

そう言われて恥ずかしがるアリアンナを横目に、不思議そうに首を傾げるミリアの頭をガシガシと撫でる。

さて、魔石を買いに行くか。


○○○


付き添いは、私服姿の女騎士を2名。
他の騎士は馬車と共に本来の目的地へと一足先に向かった。

「あっ!あれ可愛い!」

「ミリア。はしゃぎ回るのも構いませんが…って、ミリア!勝手に動いてはダメですよっ!」

先走り、あちこちの露店を冷やかすのはミリア。
それを優しく宥め、注意するのがアリアンナ。

そして、俺は女騎士に挟まれた状態で歩いている。

まさしく警戒されてると言っていい。でも、それでもいいんだ。アリアンナとミリアがあれほど楽しそうな顔をしているのは親戚や友人の子供を預かっているようで見ていて微笑ましい気分になれるんだから。

女騎士の二人も同じ気持ちなのか、俺の警戒をしつつも生易しい眼差しで仲睦まじい姉妹を見つめている。

「……フッ」

まるで、保護者になった気分だ。
きっと女騎士の二人もそうだろう。

結婚願望は全くないけど、こう言うのも悪くない。誰かの子供の面倒を見る…そうだな…将来は孤児院を建ててみるのも悪くないかもしれない。

子供達の面倒を見て、大きくなったり反抗的になったりしたら外の世界に放り出す。
悪くないじゃないか。

「ねぇ!エルお兄ちゃん!来て来て!」

「ん?」

ミリアに呼ばれて近くの露店に足を向ける。
そこには、アリアンナの姿もあり、興味深そうに露店に売られているお洒落なブレスレットを見つめている。

「これ!ミリア、これ欲しい!」

その隣にある奇妙な形をしたオブジェクトを指差すミリア。

なんだか、俺が描いた設計図の内の一つ。キャブ。正確にはキャブレターの形にソックリな気がしなくもないが…そんな訳ないか。

木彫りだし。

色々と違う点もある。ただ似ているだけ。他人の空似みたいな感じだ。うん、きっとそうだ。
かなり前に設計図が失くなって、書き直すのに苦労したけれど…まさか、それが元になった訳じゃあないだろう。

きっと、本棚のどこかに未だに埋もれてるに違いない。

それはそうとして…。

「ああ。構う、ない」

その下に書かれている金額を見れば俺でも余裕で買える金額…なんと、銀貨1枚だ。

「お目が高いね、嬢ちゃん。これは、有名なあのメーカ工芸士の方が作った物なんですよ」

「買ったー!」

楽しそうで何よりだ。

「まいどありっ!」

……ところでさ、この支払いは俺が払ったんだが、どうして俺が金を払ってるんだ?

成り行きとは言え、この二人はどこかのお偉いさんの娘さんなのはとっくの昔に気付いている。なのに、なぜ俺が払うんだ?

ここは女騎士にでも払わせるもんだろ?
それか、二人が大金を持ち歩いてたり…は、ありえないか。子供だし。

気になって女騎士を見てみると、視線を逸らされた。
まぁ、別に懐は全く痛まないから問題ないけど、なんと言うか、なんと言うべきか…。

逃げたな。

「あとね!これと、これと、これと、これも!」

そう思っていたら、容赦ない言葉が聞こえて来た。

「はぁ…幾ら、だ?」

「へいっ!銀貨4枚と銅貨14枚です!」

銅貨?初めて聞いた名前だ。
取り敢えず、銀貨5枚出してみる。

すると、銅色の硬貨が6枚。一回り大きい銅貨が1枚。それが半分掛けている銅貨が3枚帰ってきた。

なるほど。銅貨は銀貨よりも下の価値なのか。
って事は、だ。日本円にして考えてみると、一回り大きいのが50円玉。半分掛けているのが10円玉。普通のが1円玉、と言う考え方でいいんだな。

「はい!エルお兄ちゃん!」

お釣りの計算と金の価値の推測を終えた所で、タイミングを見計らったかのようにミリアが何かを手渡して来た。

「…?」

真っ黒な仮面だ。
ただ黒いだけで、それ以外の特徴なんて全くない。ただの黒い仮面。

「エルお兄ちゃんの髪の色と同じだよ!」

「俺の…?」

そう言えば、自分の顔や髪なんて見た事なかったな。
この世界で生きてきた10年間の中で鏡なんて代物を見た事もないし、自分の姿なんて見る機会なんてなかった。

……いや、水面に映った自分を見た覚えがあったな…でも、正直な話どうでもよくて記憶に残ってない。
自分の髪の色が何色かだったとか、自分の顔の形とか覚えてすらいない。

前世と同じ黒色だとは思わなかったけど…まさかとは思うけど、白髪は混ざってないよな?
前世では若白髪で悩まされていたからな…。

ん?待てよ。そもそも、母ちゃんの髪は水色だった。父ちゃんは緑色で…そこからどうやったら黒色になるんだ?
アックは緑色だし、マリンは水色だ。母ちゃんと父ちゃんの血を引き継いでるのは分かる。でも、どうして俺だけ違うんだ?全く違う色じゃないか。

っと言うか、髪の色は親から受け継ぐものなのか?

「そうですね。まるで御伽噺に出てくる勇者様みたいで…その…素敵だと思います…」

なんだか言い辛そうに俯いて顔を隠しながら言うアリアンナ。

笑ってるのかどうかは知らないけど…これじゃあまるで、俺がその勇者の真似事をしてるみたいじゃないかっ。

おい、笑うな女騎士!
手で口元を隠して、顔を背けても雰囲気で分かるぞ!この野郎!

睨み付けてやると、何事もなかったかのような立ち振る舞いに戻った。

「それでね!これも!」

次に渡されたのは、ブレスレットだ。
これも黒色。黒い布で三つ編みしたような…ミサンガか?
よく分からないけど、それに似たような感じだな。

それを、あと二つミリアは持っている。
赤色と白色。

あぁ、大体は分かった。
一つはミリアが自分の腕に付けて、もう一つは、

「はい!お姉ちゃん!」

「えっ。わ、私に…ですか?」

「うん!」

姉であるアリアンナに渡した。

「ありがとう」

アリアンナは妹からのプレゼントに嬉しそうに頬を緩めて、大事そうに胸に抱える。

宝石と比べれば比較にできないほどの安物だが、プレゼントは想いが大事だ。
例え、他人の金であろうと、想いがこもっていれば…良いのか?

まぁ、アリアンナが嬉しそうにしているので指摘するのは野暮ってもんだ。

それにしても…この仮面はどうするか…。
正直、凄く要らないんだ。
でも、今ここで返品してしまうとミリアが悲しむかもしれないし…かと言って使うかと聞かれれば使わないし…。

取り敢えず、異空間倉庫(ガレージ)に永久保管決定だな。

そんなことを考えていると、ミリアは次の露店に移動していた。それを追ってアリアンナも。

……。

「これ、銀貨1枚、良いな?」

「へいっ!まいどっ!」

店主に銀貨一枚を渡して、追加の買い物をしてから二人の後を追うように俺も移動する。

そんな風に露店巡りをして、雑貨屋に到着したのは夕方。午後6時半とかの時刻ぐらいだ。
太陽が傾き、街全体を真っ赤に照らしている時間帯に、ようやく雑貨屋に辿り着いた。

看板にも『〜〜屋』と書かれている。残念ながら"雑貨"の部分は読めないけれど、草と瓶の絵で何となく分かる。

「こ、ここが雑貨屋です…」

と、教えてくれるアリアンナは酷く疲れている様子。
そんでもって「わーいっ!」と先走って雑貨屋に入って行くミリアを見送るだけになっている。

子供は元気なのが一番だけど、ミリアは元気すぎるな。女騎士の二人ですら僅かに疲れたような顔をしているぐらいなのに、あんな小さな体のどこにそんなに元気が詰まってるのか凄く気になる。

ちなみに、女騎士の二人は途中から俺を挟んで歩く事がなくなって、俺を置いてミリアとアリアンナの後を追う事が増えていた。

そりゃ疲れるだろうな。

さて、それじゃあ気を取り直して…魔石だ。




「自称『整備士』の異世界生活」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く