自称『整備士』の異世界生活

九九 零

8



「ああ…大きい」

現在、俺達は村から街を二つ経由した先にある街サルークを目前にしていた。

「……大きい…な」

巨大な壁。あぁ、確かに大きい。
一つ目の街に見た壁の二倍ほどある大きさだ。

「人が必死に戦ってる最中なのに、なにを呑気にしてんだぁぁっ!!」

すぐそばで父ちゃん達が狼の群れと戦っているけれど、そんな事がどうでも良くなるぐらい目の前の光景に見入ってしまう。

壁の上には人影がチラホラと見られ、マナの動きを確認すれば街と壁を覆うように巨大な防護魔法が発動しているのが分かる。

……ああ、なるほど!そう言う事か!
どうやら、これは魔法攻撃を防ぐ魔法のようだ。これなら俺でも使えるなっ!

少し改良すればまた愛車達を傷から守るコーティングにはなりそうだ!
色とか艶も付けれないかな?

「おいっ!誰か助けてくれっ!!俺一人じゃ、こっちを抑えきれない!!」

っと、忘れてた。

情けない父ちゃんの声が聞こえてきて、我に帰る。

「あぁ、カナテナ様…我等をお救いください…」

なんて祈って不安そうにしている御者。
祈るだけじゃ何の意味もないってのに。居るかも分からない神に祈るぐらいならお前も戦えよな。

今の現状を説明するとしたら、絶賛、狼の群れに囲まれている。
馬車で逃げる事は出来ない。初めは逃げようとしたけれど、不幸にも車輪が外れてしまったんだ。
かと言って、走って逃げたとしても狼の走る速度に勝てるはずがない。

ってなわけで、護衛の冒険者達と父ちゃんによって食い止められている訳だが…凄く手こずってるご様子。

馬車に同乗中の見知らぬ人達は一様に怯えた顔をしているけど、俺とフィーネは特にそんな事はない。

これぐらいは幾らでも殲滅できる武器や術を持ってる俺は兎も角として、フィーネは…コイツはただのバカだ。

冒険者達の戦う姿を見て瞳をキラキラと輝かせている。
憧れるのは良いけどさ、自分の置かれている立場を理解した方が良いと思う。

と、まぁ、そんな感じで、街サルークを目前にして足止めを食らっていた。

「まだ、か?」

街に早く行って観光したい!ってのが俺の素直な心情なんだが、中々終わらない。

「こ、怖くないの…?」

「…?」

カリーナに呆れられてしまった。

それは兎も角、このままじゃ本当に防御が総崩れしてしまいそうな状態に陥りかけている。

原因は冒険者達と父ちゃんの配置が全員バラバラで連携が全く取れていない事だ。
容量も悪ければ、一人一人の力量が余りにも低すぎる。本当に本気で戦ってるのかと聴きたくなるほどだ。

とまぁ、それはさておき。

全員が一対多数の戦いに陥っていて、どこも手を回す余裕なんてなさそうに見える。

ふざけているのか?それとも、そう言う戦い方なのか?全員が前衛に出てしまって後方支援が全くいないなんて無謀すぎる。
そりゃ、車輪が外れると言った不幸な事故があって対処が遅れてしまうのは仕方がなかったかもしれない。

だけど、これはないだろ。

誰か一人でも後方支援が居れば話は変わっただろうに…唯一の後方攻撃である父ちゃんですら前衛に出てしまっている。

バカの極みだ。

仕方ない。俺が手助けする義務なんてないけれど、このまま放っておけば怪我人が出てきそうだしな。俺が後方攻撃に回ってやろう。

鞄から折り畳み式のボウガンを取り出し、矢を番えて、今の現状を素早く把握し、一番危機的状況に追い込まれている奴の周りにいる狼に穿つ。

「ーーっ!?」

おっと、悪い。

突然背後から矢が飛んできたら、そりゃ誰だって驚くだろう。
でも、驚いてる暇はないぞ。

「手助け、する!」

「あ、ああっ!頼む!」

素早く次の矢を番えて、穿つ。穿つ。穿つ。

……めんどくさくなってきたな。

「エル!おまっーー」

父ちゃんが何か言おうとしていたが、無視して狼達が密集する林の奥へと石を投げ込む。

それは、ちょっとした実験をしていた時に出来た副産物だ。筆記魔法の応用で普通の石に『火種』を描けばどうなるかと試したら出来上がった危険物だ。

「爆発、する」

俺はその場で伏せて、両耳を塞ぎ、口を半開きにする。

数秒後、轟音。

思ったよりも威力が大きくて林の一部が抉れ、その辺り一帯は綺麗に吹き飛んだ。
狼達は勿論のこと、木々や地面諸共全て木っ端微塵だ。

ちょっと…快感っ!

爆風が頬を撫でて…なんとも気持ちの悪い熱風が全身に襲い掛かる。それが、また良い。爽快感がある。

音と衝撃に驚いて尻尾を巻いて逃げて行く狼達を見送る。

「「「…………」」」

これで一件落着だ。
全員が黙り込んでその光景を呆然と眺める、父ちゃんに至っては諦めた顔をして逃げる狼達を見送っている。
そんな中、俺はボウガンを折り畳んで鞄に仕舞い込み、街で出会えるだろう物に想いを馳せる。

次はどんな面白い物に出会えるんだろうか、と。


○○○


その後、少し場所を移して休憩に入った。
狼達の死骸が近くにあると、その血の匂いなどに吊られて他の魔物達が寄ってくるらしい。

その為、場所を移動して、そこで故障した馬車の修理と、隣で魔物の解体が行われていた。
っと言っても持ってきた魔物達の死骸は見る影もなく、耳や牙を剥ぎ取っている。

「よしっ!応急は済ませたぞ!これなら街まで保つだろ!」

馬車の故障を直して自信満々に言い張る父ちゃん。

俺の見立てだと、車輪を留める役割をする杭が磨り減って車輪が抜けたのだと思うんだけど、父ちゃんの修理は車輪を取り付けて磨り減った杭を再利用するだけで終わりだった。

応急とはそんなものなのか?

いや、そうじゃないはずだ。整備士の視点から言わせてみると、それは応急にもならない。

「…ダメ。新しい、する」

「そうは言っても、新しい杭なんてないだろ?」

それもそうだ。が、あるにはある。

「父ちゃん、風、魔法使う。木こり。大きい、整う、する」

「大きさを整えるって…魔法でそんな器用な事は出来ないぞ?」

「ナイフ、使う…」

「あっ!そうか!そうだなっ!!」

本当に、この思い付きの悪さには溜息が出そうになる。

少し考えれば分かる筈なのに、なぜ思考放棄してるんだ。こんな状態で妥協してしまえば後で面倒が起きるだろうに。

怒ってやりたいけど…もう怒る気にもならない。

「誰かナイフを貸してくれー」

父ちゃんが早速俺のアドバイス通りに事を進め始めたのを横目に、鞄から暇潰しで描いてる最中の車の設計図を取り出す。

まだ途中だから暇潰しには丁度いい。

「君は物知りなんですね」

車の設計図を描いていると、いつの間にか隣に来ていた御者の人が話しかけてきた。

手を止めて返答する。

「ああ。セービシ、だ。あれぐらい、分かる」

っと、口が滑ったな。前世の事を口に出すのは避けていたんだが…まぁ、それぐらいは良いか。

『元』が付くけれど、俺は整備士だしな。それに誇りを持っていた。
だから、これぐらいの構造など見れば分かる。

いや、構造自体は簡単だから、整備士じゃなくとも軽く観察すればどうすれば良いか分かるはずだ。
ただ父ちゃんがズボラなだけだ。

「整備師?あっ、整備師見習いでしたか。では、君のお父さんは整備師さんなんですね」

「父ちゃん、大工」

「…?整備師は家督を継いで成るんじゃありませんでしたっけ?」

そんな事を俺が知るはずもないだろ。

「俺から、始まる、だ」

「なるほど。君は整備師を目指しているんですね。陰ながら応援してますよ」

何か別の意図を感じる応援の仕方だな。

まるで、子供が総理大臣になりたいと言って、それに愛想笑いで応援してると言われた気分だ。
…我ながらおかしな例えだな。

それから暫くして、馬車の応急処置が終わり、馬車が街に向かって再出発し始めた。

その前に、御者の人に一言。

「言い忘れ、する、した。街、着く、車輪、交換、する。あの杭、ダメ」

「それは、どうしてですか?」

「車輪、ヒビ割れ、ある。壊す、れる。杭、応急。何日で、抜ける」

「なるほど。さすが整備師を目指すだけはありますね」

もう少し詳しく説明してやりたい所だけども、ただでさえ単語単語しか話せない俺が事細かに説明できるはずがない。今はこれが限界だ。

でも、御者が理解しているのならこんな説明でも問題ないだろう。

そんなこんなで、ようやく街サルークに辿り着いた。

街の中に入ると初めに目に入るのが兵士達の駐屯地。その次には、倉庫などが多数を占める。

これは初めに通った街カルッカンとそう変わらない。

そこから更に進むと、賑わいの見せる大通りに出た。
カルッカンと比べると明らかに人口が多く、マナの流動も激しい。頭が痛くなるぐらいだ。

「大丈夫?」

カリーナが俺を心配して背中をさすってくれた。
別に乗り物酔いをしたわけじゃないんだ。

今更だが、俺はマナの動きを第六感的な奴と視覚で捉える事ができる。いや、出来るようになったと言うべきかな?

キッカケは全身にマナを限界まで送ってみた時だ。
その時初めて大気中に溶け込み浮遊するマナが見えた。

初めは目の錯覚か何かだと思っていたけれど、次第にマナが見えるようになってきて、今ではハッキリと捉えることが出来るようになっている。

推測では俺の身体がマナに適応して変質したのだと思うけど…結局の所はよく分かっていない。

背中をさすってくれているカリーナを手で制し、大丈夫だと伝えてからマナの動きに逸早く慣れる為に両目を瞑って精神統一を行う。

脳に向かう情報量を極限まで減らしていく。

「エル君は一体何をしてるの?」

「さぁな。俺には分からん。いつもの事だし放っておいても良いんじゃないか?」

カリーナと父ちゃんの会話が聞こえてくる。
これも今は必要ない。

「〜〜〜」

「〜〜〜」

聞こえてくる声がボヤけ、徐々に当たりが静かになってくる。

馬車がガタゴトと振動を伝えてくる。
これも必要ない。

途端に、振動は感じ取れなくなった。

俺は無だ。無の空間にいる。そう錯覚するほどの静寂の世界。
少し意識を広げれば、当たり一面を覆い隠すほどのマナが感じ取れた。

それを一つ一つ的確に把握し、全体から個体へと認識を変えながら、感じ取れる範囲を徐々に狭めて自分の半径10mまでに抑える。

ここまでしてようやく頭痛が治まってきた。

それにしても、マナの感知で頭痛がするのは久し振りだな。
初めて出来た時以来だ。

あの時は、大気中に漂うマナの莫大な量と動きに酔って吐いたのをよく覚えている。

それから徐々に慣れていったけど…そう言えば、人が沢山いるからと言って頭痛がした事はなかったな。
前の街でも、その前のカルッカンでも…。

……頭痛の原因は人じゃないのか?

じゃあ、なんだって言うんだ?
今までと何か違った……ああ、違う点が一つだけあるな。

この街は防御魔法に囲われていた。おそらく、それが原因だろう。
詳しい事までは分からないけれど、防御魔法から漏れ出しているマナが原因なのは間違いなさそうだ。そう考えた方が合点が行く。

それ以外の要因は今のところ思い付かないので、そう言う事で納得しておこう。

で、だ。

そこまで考えて、一つ気になる点が浮上してきた。

その魔法を維持するほどの大量のマナはどこから来ているんだ?
人が供給するにしても、さすがに多過ぎる。

俺なら可能だけど…俺みたいに無茶苦茶なマナの上げ方をしてる奴がそうホイホイと居てたまるかって話だ。

それは例えにならない。そうだな…例えるなら、父ちゃんが百人居たとして防御魔法を一時間維持できるかどうかってところだな。

それを連日連夜。この街に住む人達が数分おきに交代でマナを供給しているとすれば可能だろうけど、さすがにそこまでしないだろう。

だとすれば…これだけのマナを供給しても余りあるマナを持つ者がいるか、はたまたマナを貯めておける物があるかの二択に絞れるな。

前者のマナの容量が多いヤツは…ないな。
休まずマナを供給し続けるだけの仕事なんて無駄に辛いだけだ。
なら、後者だな。マナを貯めておける代物がある、だ。

即ち、体内にあるマナタンクの代わりになる物が実物としてあると言う事か…。気になるな。

ならば調べるしかないだろう。

もしそうだとしたら…最高じゃないかっ。
愛車の設計に大きな革命が起きるぞ!これまで取り掛かれなかった箇所にようやく着手できる!それによって、より大きく進歩する事も出来る筈だっ!

「…ぅ…!…ル!エル!」

「……あ、ああ。どうした、父ちゃん」

考えに浸りすぎて、父ちゃんに揺すられながら呼び掛けられていたのに気付けなかった。

「着いたぞ!って言ってるんだ。一体、何度言わせる気だ」

もう着いたのか?
何かに熱中していると時間が過ぎるのは早いな。

「もしかして寝てたのか?」

「ああ」

そう言う事にしておこう。

「そうか。起こして悪かったな。それじゃ、さっさと宿とって飯食って寝るか」

父ちゃんが俺の手を取って馬車から降ろしてくれる。
俺の身長では馬車から降りるのも一苦労だから正直助かる。

それはさておき、馬車から降りて空を見上げれば、太陽が真上に位置していた。
要するに、

「…まだ、昼」

「それもそうだな。じゃあ、どうする?」

「街、見る」

「父ちゃんは早めに宿を取って、一応冒険者ギルドに寄っておきたいんだが、それからで良いか?」

「…冒険者ギルド、いや」

「分かってるよ…まったく…」

そう言いながら、父ちゃんはガシガシと頭を掻いて困った顔をした。

俺が父ちゃんに言いたかったのは、俺は冒険者ギルドに付いていかない、と言う事だ。
冒険者ギルドでの俺はちょっとした有名人になってしまっている。

どうやら、例の簡易スクロールの噂が広がってしまっているようで、冒険者ギルドに行って、もし顔見知りが居ると必ず言い寄ってくるんだ。

『簡易スクロールを作ってくれ!』とな。

そして、周りの奴等も寄ってたかってくる。
金は儲かるけど、俺の大事な紙が一瞬で無くなってしまう。あと、貴重な時間も。

そのせいで、前の街では観光の一つも出来なかった。父ちゃんは俺を置いてどこかに行ってしまうし、散々だった。

だから、今回はそうならない為にも冒険者ギルドには立ち寄らない。金稼ぎもしない。
そう決めている。

「無理に連れてく理由もないし、ああなるって分かってたら行きたくないのも分かるからな。そんじゃ、ま、先に宿でも取りに行くか」

「ああ」

父ちゃんは金を稼げなくて多少残念そうな顔をしたものの、気持ちを切り替えて宿屋へと足取りを進めた。


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