自称『整備士』の異世界生活

九九 零

6


ガヤガヤと喧騒に包まれた空間。すっごく酒臭い。一部では乱闘騒ぎが勃発し、もう一部では腕相撲で賭け事が行われている。

まるで無法地帯の酒場だ。

いや、無法地帯は言い過ぎたか?
酷い有様だとは思うけれど、それなりに暗黙のルールみたいなのはあるみたい。

店員と思しき人達が忙しそうに給仕を行い、セクハラを受ければ強烈なビンタで応酬している姿なんてのも見かける。

ああ、なんて居心地の悪い。

そう思うのも仕方がない。
なにせ、俺は10歳。そんな年端もいかない子供が強面連中の溜まり場みたいな冒険者ギルドに一人でいる。しかも、いかにも危なそうな武装をした大人達に囲まれているんだ。

奇異の目で見られるのも当然だと思う。

「おいおい、どうしてこんな所にガキがいるんだぁ?えぇ?」

そう思っていた矢先に絡まれた。
極力誰にも関わって欲しくないオーラを醸し出しつつ部屋の隅の机席を陣取っていたんだけど、やはりと言うべきか。
こう言う酒飲み場ならば安易に想像出来るシチュエーションになってしまった。

「おー?どうしたんだぁ?何とかか言えよ。なぁ?」

グイグイ顔を近付けて来る酔っ払い。
正直言って、

「…酒、臭う」

俺は酒が好きじゃない。
前世からそうだ。酒は一切口にしなかった。その代わりと言ってはなんだけど、かなりのヘビースモーカーだった。日に2箱〜3箱は吸っていた。

「あ?なんだぁ?喧嘩売ってんのか?」

「違う。臭う。来るな」

「あぁ?テメェ、ぶん殴られてぇらしいな!おいっ!!」

俺の胸倉を掴んでくる男。
本当に、この手の輩は手が早くて困っちゃう。

嫌そうな顔はしたけれど、挑発したつもりなんて全くないのに。ましてや、子供相手に手を挙げるなんて思いもしなかった。

ちょっと怖い。

さて、どうしたら許してくれるんだろ…。

「…怒る、すまない。そんなつもり、ない」

心から謝る気は毛頭ないけれど、取り敢えず謝っておいた。

言葉に気持ちがこもってないとか言うなよ?

これで離れてくれればいいんだけど…。

「ちっ!」

男は舌打ちをすると、俺を椅子に叩きつけるように投げた。
…上手く着席は出来たけど、お尻が痛い。

許してくれたか。
本当に酒を帯びている奴は面倒くさーー。

「っ!?」

立ち去ろうとしていた男が突然振り返って、殴ってきた。予想外とか思う余裕もなく咄嗟に魔力で防護壁を張る。

男の拳は防御壁で受け止めれたものの、衝撃で俺の体が後方へ飛んだ。

俺の背後は壁だ。気付いた時には既に遅くて、背後にまで注意を払えずなかった俺は後頭部を壁に強打した。

「痛い…」

もう少し対処が遅れていたら、今頃は顔面も酷い事になっていただろう。

それにしても…。

「………」

今のはイラッときた。

例え、前世では何度も苦渋を舐めさせられ、屈辱を覚えさせられ、それでも我慢し続けて耐性が付いていたとしても…それでも腹は立つもんだ。

そんでもって、二度目の人生まで我慢して生きたいとは思わない。

「ぎゃははははっ!ガキはそうやって寝てりゃ良いんだよ!」

言い終わるや唾まで吐いてくる始末。

酷いもんだ。
周りの奴らも見て見ぬ振り。もしくは、この現場を見て笑う奴もいる。

ここまでされれば、さすがの俺だって…怒っちゃうよ?

もういっそのこと魔法でこの辺り一帯を吹き飛ばして黙らせてやろうかと思っていた時ーー男の背後から何かが勢いよく飛んできて、俺の頭上の壁にズダンッと突き刺さった。

……フォーク?

掠ったのか、タラリと男の頬から血が垂れて床を赤く汚す。

「………あ?」

男は、自分の身に何が起きたかのかを遅れて反応を示した後、何をされたのか気が付いて怒りで顔を歪ませてギロリと背後に睨みを効かせた。その瞬間ーー。

「フガッ!?」

何者かが強烈なアッパーカットを瞬時に繰り出し、男が宙を舞った。

俺は落ちる地点を瞬時に判断し、咄嗟に回避。

間も無く、男はガッシャーンっと音を立てて俺が陣取ってた机席の上へと盛大に落ちた。

近寄って足をツンツンと突いてみるも、完全に伸びきっているようで反応がない。

「……触っちゃ、ダメ。汚い?汚物?移る、よ?」

酷い言われようだな。

まぁ、実際に泥酔した人ってのは汚くみえるし、近寄りたくはないのは確かだ。触ると襲って来そうだしな。
いや、触らなくても絡まれるか。さっきみたいに。

兎に角、俺も腹が立ってたから同情はしない。ざまぁみろとしか思わない。

ってなわけで、

「ざま、みろ。クソ、野郎」

中指立てて、ファック・ユー。

俺がやった訳じゃないけど、少しスカッとした。

「ざまみろ。クソ野郎っ」

振り返ってみると、帽子を深く被った弓と矢筒を背負っている女性が俺の真似をして仁王立ちで男に向かって中指を立てていた。

…誰だコイツ?

そう思っていると、ふと女性が視線を下げて俺を見る。

「また、会った。きっと、運、命」

どこかで会ったか?

なんだか既視感を覚えるような顔付きをしているけど、あいにくと俺は人の顔を覚えるのは苦手なんだ。

「おい!ミルフィー!どうしたんだっ?って、ん?お前は今日護衛した馬車に乗ってた小僧か?どうりでミルフィーが反応するわけだなっ!」

無駄に大きな声で目の前の不思議ちゃんを呼ぶ女性が現れた。

……ああっ!思い出した!
護衛の冒険者だ!

なるほど、確かに見覚えがある筈だ。

ジトッとした瞳。顔は幼げで、まるで15.6歳ぐらいの子供のような少女とでも言うべき冒険者。
綺麗よりも可愛い寄りだけど、感情が乏しく、言葉は途切れ途切れ。

何を考えてるか分からないから余り関わりたくない人として記憶に残っていた。

「ん…。気に入っ、た」

ギュッと抱き着いてくる…ミルフィーユだったか?

「ホント、コイツにご執心だなっ!お前!名前は!?」

「…エル」

「エルだなっ!ウチはラミラだ!こっちはミルフィー!まぁ、ミルフィーとは今回だけの臨時パーティーなんだけどなっ!良かったらコイツと仲良くしてやってくれっ!」

ワシワシと豪快にミルフィーの頭を撫でるラミラ。
ミルフィーは嫌そうに顔を背けている。

っと言うか、そろそろ離して欲しいんだけど…?

俺がミルフィーに対して困っていると、ラミラは俺…ではなく、そのすぐ側で伸びている男に視線を向けて、次に周囲へと視線を向け、再び俺に視線を戻した。

「あー…そうだなっ!ここにずっと居るのもアレだしなっ!ウチのパーティーの居る場所に移動する!ついでにウチのパーティーメンバーも紹介するから付いて来い!」

かなりグイグイ来る人だ。
自分勝手と言うか、なんと言うか…拒否権を与えないタイプ?
我が道を行くっとでも言えばいいかな?

兎に角、話せば分かる人っぽい感じはするけれど、矢継ぎ早に話すもんで話しかけれない感じだ。

「…ああ」

まぁ、俺もこんな所に父ちゃんが来るまで待つのは嫌だし、素直に付いて行こうと思って立ち上がろう…と、したけれど、全身に掛かる重みで膝を着く。

立ち上がろうとしてもミルフィーが離れてくれないんだ。

彼女がのしかかる重みを子供の力で持ち上げれる筈もなく、立ち上がりたくても立ち上がれない。

「ミルフィー!お前は自分の足で立って歩け!」

そんな俺の状況に気が付いたラミラは戻ってミルフィーの腕を掴んで俺から引き剥がそうとしてくれるけど…。ミルフィーは離れたくないと言わんばかりに俺により強く抱き着いてくる。

一体、なんなんだコイツは…。
これじゃあ移動できないじゃないか。

はぁ…仕方ない。

話は変わるけれど、俺は普段から全身を流れる血液のように、マナを全身に張り巡らせている。

マナタンクを第二の心臓と例え、マナが通う糸を血管に例え、細胞の隅々にまで行き渡らせて常に絶えずマナを循環させている。
そうする事でマナタンクの最大容量を効率的に増やす事が出来し、マナタンクと循環中のマナとの二箇所でマナを備蓄しておける。

それともう一つ。

全身に流すマナの量を増やせば、

「よいしょっ…と」

原理は分からないけど、地力が底上げされる。
俺の推測ではマナが筋肉に何かしら作用をしているのだとは思うんだけど…まぁ、愛車を作りに関係ないし、力が上がるとだけ認識した方が考え方としては楽だと思って、深く考えていない。

「お前…子供の癖に力持ちだなっ!」

ここは驚く所だとは思うが、ラミラは笑って済ませた。
いや、この場合はこの子供の体のどこにそんな力があるのかなど追求しないでくれたのかな…?

正直、どっちでも助かる。

周囲の冒険者達はギョッとしたように俺を見たけど。

ちなみに、独自で調べたので定かではないけれど、この世界では力の有る無しは体型に関係ないみたいように思える。

それは華奢な身体をしてそうな俺の母ちゃんが図体の大きな父ちゃんを片手で持ち上げていたのを見て知った。

なので、これぐらいは出来て当然なんだろう。
ただ10歳にも満たない子供がしたから驚いただけだろうな。

そもそもこの世界は魔法のある世界なんだし、魔法のない世界から来た俺からすれば有り得ない光景だろうけど、この世界の人達からすればそうじゃないはずだ。

独自で調べている俺なんかよりも長い歴史を学び、子供の頃から魔法を学んでる奴なら誰でも出来るに違いない。
っと言うか、俺の方が間違いなく魔法の知識が劣っているはずだ。

俺は独学だし、愛車を完成させると言う夢を叶える為だけに魔法を調べてるだけだから、ちゃんとした師から魔法を学ぶ奴等と比べれば雲泥の差になるだろう。

そんなどうでもいい事を考えながらラミラの後を付いて行くと、ライラを含めて三人が座る机席に辿り着いた。

「おう坊主!また会ったな!」

そして、すぐに声を掛けられた。

無駄に声が大きく図体もデカい。顎髭が三つ編みでお洒落なスキンヘッドのオッサンだ。
身の丈ほど有りそうな大剣をすぐに手に取れる位置に立て掛けている所から見て、オッサンの得物だろうと言う事はすぐに分かる。

「こんばんは。えーっと…」

「エル」

オッサンの次に話し掛けてきたのは、髪の毛がボサボサなのが特徴的で、それ以外は特にこれと言った特徴がない優男だ。

普通が似合いそうだけど、それこそが特徴と言えるな。

「エル君ね。僕はアルサ。こっちの熊みたいなのがサルダンで、そっちの怖いお姉さんがラミラだよ。一応、僕達は『赤き剛鉄』って名前のパーティーを組んでるんだ」

「誰が熊だ!」や「どこが怖いんだ!あぁ?」なんて言葉が飛び交うが、サラッと無視してアルサは言葉を続ける。

「で、さっちから君にへばりついてるのが、先週から今日まで臨時で僕達のパーティーに入ってくれていたミルフィー君だよ。…もう訊いてたかな?」

「ああ」

臨時に入っている事と名前は訊いてもないのに教えられたばかりだ。

「それじゃあ、各自紹介も済んだし…何か食べる?」

いきなり飯か。
でも、悪くない提案だ。俺の腹も賛同するように小さく鳴いてるし。

アルサに木板に書かれたメニュー表を差し出されたけれど、俺は文字を読めないから思いついた物を頼む。

「野菜と肉」

肉だけだと味が濃い。だから、肉1に対して野菜3の割合が俺の好みだ。

まぁ、母ちゃんのゲテモノ料理のお陰で好き嫌いはないけど。
例え、その辺に生えてる雑草を食べたとしても美味しく感じられるぐらいの味覚がバカになってしまっている…と、思う。

「おいおいっ!男なら肉一択だろうがよ!野菜なんて食っても大きくなんねーぞ!」

「そうだぜ!野菜なんて食わずに肉を食え!肉を!!」

サルダンとラミラが執拗に肉を推してくる。
アルサはそのやり取りを見て苦笑いだ。

まったく…。子供の内から肉ばかり食べさせるのは栄養に悪いだろうが。
毎日そんな食事ばかりしてたら栄養が偏って間違いなく身体壊すぞ。

「野菜と、肉。野菜、体、良い。維持、する。大切」

「「………」」

まさか子供の俺に反論されるとは思ってもみなかったんだろう。二人揃って眉間に皺を寄せると、俺から視線を逸らした。

……お節介だったか?

「も、勿論、知ってたぜ?俺も野菜食うぜ?」

「あ、ああ。そうだよな。ウチも野菜好きだぜ?うん。好きだぜ?」

どうやら俺の杞憂だったみたいだ。
コイツ等、ただ単に野菜嫌いなだけだった。

だからって子供にそれを押し付けるなよな。
俺が本当に無知な子供だったら信じてしまっていたぞ。

まったく…なんて奴等だよ。

「はぁ…」

思わず溜息が出てしまう。
アルサはこれを知ってて苦笑いを浮かべていたのか。

……仕方ない。野菜の美味しい食べ方でも教えてやるか。

「アルサ。肉、野菜。と、白、パン」

「白パンだけ?スープは付けなくていいのかな?」

「ああ」

白パンって言うのは、前世で言う普通のパンに近い。この世界だと少し高価な食べ物らしいけれど、アルサの反応からして頼んでも問題はなかったみたいだな。

ちなみに、黒パンってのもあるけれど、それは凄く硬い。フランスパンよりも硬い。基本、この世界の人達はパン類はスープでふやかして食べるけど、黒パンはそうしないと食べれない。あと、普通に食卓に出てくる代物で安価なパンでもある。

アルサが店員にそれらを頼んで暫く。
机の上には頼んだ通りの食料が揃った。

分厚いステーキ。大きな器にレタスのような野菜が丸々一つ。白パン一斤。

雑だなぁ…。
まぁいいか。自分でなんとかすればいいだけだ。

パンを1cm幅で切って、そこにブツ切りにしたステーキを置き、千切った野菜をブチ込み、再度パンで挟む。

ボリュームたっぷりステーキと野菜のサンドイッチの出来上がりだ。

「「おぉー」」

サルダンとラミラが感嘆の声を上げた。
取り敢えず、切り分けて二人に食べるように促すと、少し躊躇いながらも一口入れ、途端に大きな口で一気に食べ切ってしまった。

野菜嫌いでも、これは美味しく感じれただろう。なにせ、この食文化の遅れた世界で俺が一番美味しいと感じた料理なんだからな。

何というか、野菜も美味いんだけど、肉は調味料がなくとも食えるぐらい美味いんだ。
つっても、前世の食文化と比べたら雲泥の差だけど…アレは思い出しちゃいけないやつだ。恋しくなる。

「随分と手際良いんだね。ウチのパーティーには料理が出来る人は居ないから、成人したら是非ウチのパーティーに来て欲しいぐらいだよ」

最後にアルサに切り分けたサンドイッチを渡すと、彼は受け取りながら褒め言葉をくれた。

素直に嬉しく思える。
作った甲斐はあったな。

「……ん。私、は?」

俺の頭の上から声が発せられた。
ミルフィーだ。

美味しそうに食べるサルダンとラミラを見てて自分も食べたくなったのか?
それなら俺から離れて欲しいな。そしたらくれて…いや、くれてやったら食べる為に離れるか?

「…食え」

ならば、くれてやる。

最後の一切れだったけど、それをやると予測通りミルフィーは俺から離れて、隣でハムスターのようにサンドイッチを頬張り始めた。

俺の分がなくなってしまったけれど、材料はまだある。新たに作れば良いだろう。

そんな感じで、俺作のサンドイッチを作っては分け与えながら食べていると、今更な疑問をアルサに投げかけられた。

「モグモグ…そう言えば…モグモグ…ゴクンッ。どうしてエル君は冒険者ギルドなんかに居るんだい?」

「ああ。…父ちゃん、金、稼ぐ。俺、ここ、待つ」

「え………」

俺の話を聞いたアルサは、愕然とした表情をしてサンドイッチを食べる手を止めた。

「お?食わねぇのか?なら、俺が貰うぞ?」

とか言いつつ、サルダンはアルサの手からヒョイッとサンドイッチを抜き取って一口でペロリと食べきってしまった。

だけど、アルサは微動だにしない。まるで彼だけの時間が止まってしまったかのようだ。

「ちょっ!ちょっと待って!それって、夕刻の話だよねっ!?」

ようやくアルサの時間が動いたと思えば、なぜか驚いたように大声で叫んだ。

なにか問題でもあるのか?

「ああ」

「いやいや!少しは慌ててよ!後少しで門が閉まる時間だよ!?」

ああ。そう言う事……あ、不味いな。

「帰る、来る、ない?」

コクリと深く頷くアルサ。

嘘だろ…父ちゃん…。
おっちょこちょいにも程があるぞ…。

「ん。問題、ないっ。私がエル、引き取、る」

「間に合う、する、してる」

「ガー、ン…」

変な所で会話に入ってきたミルフィーを速攻で切り捨てると、見るからに落ち込んだ。
声に出して『ガーン』と言うのはどうかと思うけどな。

「はぁ…仕方、ない」

俺の言葉をどう捉えたかは知らないけど、落ち込んでいたミルフィーが期待の込もった眼差しを向けてきた。

お前は関係ない。

「買え」

ポケットから、ある物を取り出して机の上に置く。

それは一見ただの紙切れに見えるだろう。
そりゃそうだ。なにせ、ただの紙切れなんだからな。

俺がいつも妄想を膨らませる為に愛車の設計図を描いてる何の変哲もない紙の切れ端だ。

だが、この紙には愛車関連の事は描いてない。愛車を作る為に試行錯誤している時に偶然出来た副産物を書き記している。

「これは?」

「見ろ」

アルサが紙切れに意識を向けたのを確認してから、俺は紙切れを空いた皿の上に置いて事前に指定した呪文を唱える。

「『火種』」

刹那。紙切れがボウッと勢いよく燃え上がり、暫くすると燃え尽きた。

「まさか、スクロール?でも、こんなに小さいなんて…でも、エル君はまだ魔法を使えない筈だし…」

スクロールってなんだ?
…後で聞くか。

「買え」

「本当に良いの?お父さんに怒られない?」

「…?俺、作る」

何を勘違いしてるのか知らないけれど、これは俺が作ったものだ。
父ちゃんに怒られる謂れはないはずだ。

「え?もしかして、これはエル君が作ったの!?」

「ああ」

そんなに驚く事か?
こんなの文字さえ書ければ誰でも作れるはずだ。

なんせ、筆記魔法…声の代わりに紙に呪文を書いて魔法を使えるようにした物なんだからな。
一応、俺個人で編み出した魔法だけど、こんなに簡単な魔法なら誰が使えてもおかしくない。

まぁ、この世界の文字は書けないから日本語で代用してるけど、そんなに難しい事じゃない。

魔法発動のトリガーとなる呪文と発動させたい魔法とを組み合わせる回路とか、範囲や威力などを定める数式とかが必要になって、ちょっと複雑になるだけだ。

まぁ、買ってくれるなら細かいことなんてどうでもいいけど。

「買え」

「勿論いいよ!もし他にもあるのなら、それも売って欲しいぐらいだよ!」

「そうか。分かった」

取り敢えず、ズボンのポケットに入っている『火種』の筆記魔法を描いた紙切れを全て机の上に載せてみる。

「こ、こんなに…」

アルサがなぜか引き攣った顔をして冷や汗を流し始めた。

そう言えば、ちょっとした出来心で『火種』の紙切れの山に手を突っ込んでトリガーを呟いたら爆発した事があったな。

原因は分からないままだけど、おそらくアルサはそれを恐れているんだろう。
けど、あの時は軽い火傷程度で済んだから、そんなに警戒する事はないと思うんだけどな。

それはさておき、さて、この紙切れは一体幾らで売れるんだろう。
俺の推測では二足三文にしかならないとは思うけど…まぁ、塵も積もれば山となると言うし、宿で一泊出来るぐらいの金額にはしてもらいたい。

「スクロールの販売価格は確か…」

「一番、安くて、金貨、三、枚」

「………」

そう言えば、俺はまだ金の価値を知らないんだった。
ずっと前世の貨幣と同じ感覚でいたが…金貨ってどのぐらいの価値があるんだ?

アルサの反応からして安くはなさそうだが…。

「この量、金貨、百、枚、妥当」

うんうん、と頷いて一人で納得しているミルフィーの言葉に、アルサは頭を抱えた。

でもさ、これってただの紙切れだよ?
千切った紙に呪文を描いただけに過ぎない簡素な代物だ。

彼等が言っているスクロールとは別物…紛い物?取り敢えず、値段は間違いなく落ちるはずだ。

なら、先に俺から金額を指定して、その値段で買い取ってもらう方が得策かな?

「宿代 、値段?」

「え?あ、えっと…この近くの"鷹の山"って宿屋は銀貨3枚で泊まれた筈だよ」

「そうか。なら、銀貨、3枚」

「………え?」

やっぱり値段が高かったか? 
銀貨と言えば、金貨よりも低いイメージがあるんだけど、そうじゃなかったり?

所詮、紙の切れ端だもんな。だけどな、宿代が無ければ宿にすら泊まれないんだ。
これ全部くれてやるから、それぐらいは勘弁して欲しい。

「………」

アルサが黙り込んだまま視線を紙切れと俺で行き来している。
やっぱり高すぎて買いたくないのか?

「……私、買う?」

そんな状態を見兼ねたのか、心配そうな顔でミルフィーが見上げて尋ねてきた。

買ってくれるなら助かる。
今の俺には宿に泊まる金が必要だからなっ。

「ああ。ならーー」

「ま、待って!買う!僕が買うよっ!!」

焦りを露わに、金の入った革袋をドンっと机の上に置いたアルサ。
周りが騒がしいから彼の大声も気にならない程度だけど、何人かは不思議そうな顔で俺達の方を見ている。

それに気が付いたアルサは恥ずかしそうな様子でアハハ…と苦笑いを浮かべた。

「エル君も人が悪いよ。そんな試すような真似しなくても、ちゃんと正規の値段で買わせてもらうよ。でも、今は手持ちにこれだけ持ち合わせてないから、これで足りる分だけ貰うね」

そう言って、アルサは紙の切れ端の山から二枚だけを取った。

……もしかして、スクロールって奴と同じ扱いにされたのか?

金貨がどれぐらいの価値で、銀貨と比べてどちらが高いのかよく分からないけど…金ってつくぐらいだし銀貨よりも…いや、決め付けは良くない。それは失敗の元だ。

この場合は聴いた方が良さそうだな。

「値段?」

「えっ、あ、うん。金貨5枚と中金貨1枚と小金貨3枚と銀貨20枚で…合わせると金貨6枚でしょ?もしかして間違ってた?」

机に置かれた革袋を取って中身を確認すると、確かに言ってた通りの枚数が入っている。

なるほど。

要するに、中金貨1枚が小金貨5枚と同等額と言う事で、小金貨1枚が銀貨10枚分と同等と言う事だな。って事は、銀貨100枚で金貨1枚だな。
俺の推測は間違っていなかったみたいだ。
これだけあれば宿代に困る事はないな。

俺は一度頷いて、納得する。

それをどう捉えたかは知らないが、アルサは見るからにホッとしたような表情をした。

「全部、やる」

紙切れの山を全てアルサの方へと押し付ける。

正直、作ったのは良いけれど使い所がなくて扱いに困っていたものだしな。

「え!?いいのっ!?」

「ああ」

元々こんな紙切れで金を稼げるなんて期待してなかったし、これ全てで銀貨3枚と考えていたぐらいだ。
買ってくれた感謝の印とでも思ってくれると嬉しい。

それらを受け取ったアルサは嬉しいのやら困っているのやら。締まらない顔をして紙切れの山を凝視し始めた。

「エル。私も、欲し、い」

ミルフィーが俺の服の裾を引っ張って注意を引いてくる。

でも、もう手持ちにストックはない。
それに必要以上に金は集まったし、もう金を集める必要もないんだけど…そんな眼差しで見つめられたら断り辛いなぁ…。

「作る、する?銀貨…5枚」

「作ってっ」

即答か。
瞳を輝かせつつ意気揚々と銀貨5枚を手渡してきた。

「希望、聴く」

「希望?例え、ば?」

「火、水、風、土。攻撃、防御、拘束」

粗方説明し終えた途端、ミルフィーは瞳を輝かせて頼んできた。

「それ、なら!強いの、欲し、いっ!」

強いってなんだよ。
分からなくはないけれど、もう少し分かりやすい言い方をして欲しい。

お金は貰ってるから作るけどさ。

それからミルフィーに頼まれた紙切れ…この際だから名前を決めておこう。
……そうだな。簡易スクロールでいいか。

それを作っていると、他の冒険者達もワラワラと興味本位で寄ってきて、更に作る羽目に。
最終的には本当に紙を使い切ってしまい、お開きとなった。

ちなみに、俺は宿屋ではなくギルドに泊まる事になった。

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