自称『整備士』の異世界生活

九九 零

5

計算間違えた…。










ガタゴトと足元が揺れる。
周囲からは人々の喋り声。
時折、パシンッ!パシンッ!と鞭を振るう音が聞こえ、隣からは父ちゃんのイビキが聞こえる。

「………」

ケツ痛い…。

こんなにも乗り心地の悪い乗り物に初めて乗ったぞ…。

乗る前にパッと見で確認した馬車の作りは、とても簡素な物だったから当然っちゃ当然なんだろうけど、これは予想以上に酷すぎる。

横に真っ二つにぶった切った木箱に木製のタイヤを付けたような物で、サスペンションやショックアブソーバーなんて衝撃吸収装置の一つも付いていない。
一応、雨除けや天日避けに布を掛けられているが、ほとんどが木材で申し訳程度に鉄が利用されている。

いや、決して木材と鉄を使っているのが悪いんじゃないんだ。

ただ作り方が悪いんだ。
木材はそれなりに衝撃を吸収してくれるだろうけど、この馬車はそのように作られていない。

タイヤがゴム製でなく木製だから小さな石を踏んだだけで跳ねるし、それによって起こる振動は直接尻にまで伝わってくる。

酷いなんて言葉に収めきれない。最悪だ。

「君お隣のドンテさんのお子さんよね?」

「あ、ああ」

内心で馬車の悪い点を訴え続けていると、唐突に隣に座る女性に話し掛けられた。

「初めましてかな?私は隣の家に住んでるカリーナよ。それで、こっちにいるのが娘のフィーネ」

隣の女性はカリーナと言うらしい。
そんでもって、その奥で布を巡って外を眺めているのがフィーネと言うらしい。

フィーネは足をパタパタとして外の景色を楽しんでいる真っ最中。実に子供らしい動きで、見ていて何だかほっこりする。

「ほら、フィーネ。挨拶しなさいっ」

フィーネのお尻を叩いて挨拶させようとするカリーナ。

じきに休憩に入るだろうし、今は景色を楽しんでるんだから放っといてあげればいいのに。

そう思っていると、フィーネが布から顔を抜いて、チラリと俺を見るなり呟くように「……よろしく」と言って、すぐに布を捲り上げて外の景色を見始めた。

「こら!フィーネ!」

またもやペシペシと叩き始めるカリーナ。

まだ子供なんだから、それぐらい大目に見てやれば良いと思うんだけど。

「問題、ない。俺…僕、気にする、ない、です」

取り敢えず、笑って誤魔化しておく。

「僕、エル。これ息子、です。宜しくす、ます」

まだこの世界の言葉自体上手く使えてないのに、もっと難しい敬語は難易度が高すぎた。

それなのに、カリーナは生暖かい眼差しを向けてくる。
子供扱いはやめてほしい。いや、子供だけど。中身は違うから、さ。

「あら、礼儀正しい子ね。エル君達はどこに行くのかな?」

「……」

子供扱い…。もういい、諦めよう。

取り敢えず、返答を返そうと思うんだけど…どこに向かうんだっけ?
確か…。

「ラフテ?」

「ああ〜、ラフテーナね。っと言うことは、エル君は10歳になったのね」

「ああ。カリ、ナ…さん、は?」

「カリーナで良いわ。私達は隣街に買い物ね。それと、サルークまで行ってフィーネに"神の祝福"を受けさせようかと思ってね」

サルークって?
そこでも祝福とやらを受けれるのか?
でも、どうしてウチはラフテーナなんだ?

分からん…。

「サル、ク?」

「あら?ドンテさんから聴いてない?ここから街を二つ経由したら行ける大きな街よ。ラフテーナは更に一つぐらい経由しなきゃいけない場所だから、途中でお別れになっちゃうわね」

え?
ラフテーナってそんなに遠いの?

それならどうしてわざわざラフテーナに行くんだろ?祝福を受けるだけならサルークでも良くない?

俺、こんな乗り心地の悪い馬車に長時間乗り続けるなんて耐えられないんだけど…。

「そうなのっ!?私も冒険者になりたいっ!」

なにやらフィーネが騒いでいるみたいだ。
大きな声だったから、そっちに意識が持ってかれた。

もしフィーネに犬の尻尾が生えてたら凄い勢いで振られていそう。
そう思えるほど子供らしく興奮で両足をパタパタしてる。

「こら!フィーネ!そんなに動いたら落ちるわよ!」

カリーナの言う事なんて聞きやしない。
子供なんてそんなものだ。

「ハハッ。元気、だ」

「エル君は随分と大人びてるね…フィーネにも見習って欲しいわ…」

苦労してそうだ。
共感は出来ないけどね!

それにしてもケツが痛い。
このままだと痔になっちゃうんじゃないかってほど、ケツが痛い。マジで休憩が待ち遠しい。

そんなこんなで馬車の苦行に耐え続ける事、数時間。

ようやく休憩だ!昼休憩だ!
ちなみに、父ちゃんはずっと寝ている。休憩に入っても寝ている。その胆力は素直に羨ましく、殴りたいほど妬ましい。

「エル君も一緒に昼ご飯食べる?」

「ああ」

そんな長いようで短い間に俺のケツを犠牲にする事でカリーナとはすごく仲良くなった…筈だ。

飯に招待されるほど。
娘のフィーネには嫌われてるけどなっ!

っと言うか、そのフィーネはどこに行った?

周囲を見渡してみれば、各々で固まって食事をしている風景が見られる。その中に、やけに賑やかな所がある。
馬車の護衛として雇われた冒険者と言う職に就いている者達だ。

一応、冒険者が何なのかは知っている。
なにせ父ちゃんも元冒険者だったんだからな。

父ちゃんの話を聞く限りでは、迷宮などに潜って財宝を探したりするらしい。
まるでトレジャーハンターだな。と、その時は思ったが、詳しく聞くとそうではない。

魔物を倒したり、雑用をしたり、薬草を探したり、行商の護衛をしたり。冒険者と言っても色々あるみたいだ。まるで派遣のバイトだ。

ちなみに、魔物とは凶暴な獣みたいな存在だそうで。勿論、壁や柵などで外と隔離された街や村の中には居ない。

町や村の外にウジャウジャ居る凶暴で人を見たら襲い掛かってくる怪物が魔物だそうだ。

村の近くにある森で何度かそれっぽいのを倒した事はあるけれど、言うほど強くなかった。
たぶん、ゲームとかで出てくるスライム的な弱い部類のやつなんだろう。

中には父ちゃんが束になっても敵わないぐらい強い魔物も居るらしいけれど、まだ会った事はない。…当然か。
まぁ、物作りに生きる俺は一生出会うことはないだろう。

でも、一応は何かあっても対処できるようにはしてる。危険と隣り合わせの世界だから自分の身ぐらいは自分で守らなきゃならないからな。

話を戻すけど、そんな冒険者の人達とフィーネは仲良さげに話している。

「はぁ…」

それを見たカリーナさんが溜息を吐いた。
人様に迷惑を掛けて…。なんて思ってそうだ。

「冒険者になりたいだなんて、困った子よ。全く…」

そっちか。でも、なんで?
冒険者も列記とした職業だろ?夢があるのは良い事だと思うんだけど?

「どうして、だ、です?」

「どうしてって…。冒険者は最も死に易い職業だからね。大切な娘が死んで欲しくないって思うのは親として当然よ」

「なる、ほど」

確かに言われてみれば魔物や盗賊との戦闘など、命の危険を伴うような仕事もあるんだもんな。
子を大事にする親なら否定したくなるのも頷ける。

けど…。

「けど、好きは、させる、1番。経験、なる。と、俺…僕、思う、です」

「本当に子供らしくない事を言うわよね、エル君って…」

そりゃ、中身はカリーナよりも年上だからな。
知識と経験は多い方だぞ?
っと言っても、結婚はおろか恋人すらいなかったけど。

一応は友達の子供を何度か預かった事はある。

「そうね。エル君の言う通りにしてみるわ。あの子の気持ち、分からなくもないしね」

なにやら遠い目をするカリーナ。
フィーネと誰かの姿を重ねているような感じを受ける。

きっと過去に色々あったんだろう。

「ところで、エル君。悪いけれどフィーネを呼んできてくれないかしら?早く昼ご飯を済まさないと、もう少しで出発してしまうのよ」

「そうか。いや、そう、ん?です?」

やっぱり敬語は難しい。
こっちの世界の言葉は発音が難しいんだ。それが敬語ともなると余計に難しい。 
それに、あんまり言葉を知らないから言いたい事が上手く言えない。

「あと10分もない筈よ。あと、敬語は要らないわ。使い慣れてないのなら無理して使う事ないのよ」

「……ああ」

そうだなっ!もういい!諦める!
一応目上の人を敬おうと思って敬語を頑張ってみたけど、やっぱ無理だコレ!

慣れない事をするもんじゃない。なので、これからは敬語なし!決定!

もうこれに懲りて、敬語なんて面倒くさいのも金輪際使わないぞ。

「フィーネ、呼ぶ」

「頼んだわ」

あい、頼まれた。

立ち上がり、一度チラリと馬車の荷台で寝こける父ちゃんを見やってからフィーネの元へと足を進める。

馬車の護衛をしてくれてる冒険者達は男女混合のグループで男性が二人。女性が二人の四人グループだ。

得物は、男性が剣と大剣。女性が弓と斧だな。
後衛一人に前衛三人ってバランス良いのか?

まぁ、どうでも良いか。

「フィーネ。飯する」

歩きながら声を掛けると、フィーネにプイッと顔を背けられた。
これは本格的に嫌われてるみたいだ。

俺フィーネに何かした覚えが全くないのに…って言うか、今日会ったのが始めての筈で、その間に何かあったとは思えないんだけど?

「クハハッ!おう!坊主!随分と嬢ちゃんに嫌われてるなっ!!」

大剣使いの冒険者。熊みたいな図体に削ぐわない随分と大きい声だ。

「そう笑ってあげないでやってよ、サルダン。君もわざわざすまないね。ほら、お嬢ちゃん。お母ちゃんが待ってるんでしょ?行ってあげなよ」

もう一人の男の冒険者は話が分かる奴のようだ。
特筆すべき所はないけれど、強いて言うならボサボサの髪が特徴的だ。

でも、フィーネはまだ話が聞き足りないのか、冒険者達の元を離れようとしない。
っと言うか、俺の事すら見ようとしない。

どんだけ嫌われてんだ、俺…。

「フィーネ!食事は冒険者にとって命だ!さっさと食え!」

これまたデカイ声。

今度は女の冒険者。細い身体に似合わ大斧を使ってるみたい。声の大きに比例して豪快な性格をしていそう。
それに、ガサツそう。彼女の周りだけやけに散らかっているのがその証拠だ。

そこまで言われて、ようやくフィーネは動き始めた。

俺の事を見向きしようとすらせず、すぐ側を駆け抜けて行く。

やれやれだ。
女心と子供心はよく分からん。

…さて、俺も戻るか。
さすがに腹が減ったしな。

そう思って、踵を返した途端、

「…待っ、て」

呼び止められた。

ずっと喋ろうとしなかった帽子を深く被った弓使いの人に。

「変わった匂い、する。……気に、入った」

……は?
言葉は途切れ途切れだし、言ってる事が理解不能だ。
俺よりも言葉遣いが下手なんじゃないか?

…いや、どっこいどっこい…誤魔化すのはやめよう。俺の方が下手だな…。

「弓、使う?」

なぜか弓と矢筒を差し出された。
本当になんなんだ?

「…間に合う、てる」

即答し、今度こそ踵を返してカリーナ達の元へと戻る。

なんだか関わっちゃいけなさそうな人のような気がしたので、そそくさとその場を離れるのが得策だと思ったんだ。

食事中も、食事を終えても、弓使い冒険者の視線がビシビシと感じられたけど…相手が諦めてくれるまで無視するのが一番かな?


○○○


その日の夕方。

「着いた…」

ようやく街に辿り着いた。

村から馬車で半日の距離にあると言う事は…馬車は時速10km/hほどとしよう。途中に休憩を一度。だいたい30分ほど。出発時刻は朝の8時ぐらい。到着時刻はだいたい17時ぐらい。

ざっと計算すると…村から85kmぐらいの距離か。
大雑把な計算だから多少の違いはあるだろうけれど、それでも100kmほどだろう。

結構近いな。

100km/hで走行した場合だと、1時間も掛からずに着ける距離だ。
前世での通勤よりも遥かに近い。

とは言え、この悪路を100km/hで走ろうとは思わないけどな。モトクロスバイクに乗ったと仮定して、出せて80km/hが関の山だ。

それに、凹凸が激しすぎて速度を出して走行するのはお尻がだいぶ辛いだろう。それでも1時間と少し分程で付けそうだ。

そう考えると、本当に愛車達がどれだけ素晴らしいかが実感できる。

「んあ…?もう着いたのか…?」

「今さら、さ、すぎ。父ちゃん…」

街を目前にして、ようやく父ちゃんが起きた。
このお寝坊さんめ。一発殴って気合いを入れ直してやろうか。

「なぁ、エル?拳を握りしめたりなんかして、どうしたんだ?まるで今にも父ちゃんに殴り掛かって来そうじゃないか」

「ああ。一発殴る、思う」

「またまグフっ!」

父ちゃんの態度にイラっとしたので腹部に一発殴ってやった。

「俺…何かしたか…?」

腹を抑えて大袈裟に痛がる父ちゃんを視界の端に追いやって、再び街へと視線を向ける。

街の名前はカルッカン。まるで千里の長城を思い浮かべるような巨大な壁に囲まれた、常に外敵に備えてる雰囲気を受ける街だ。

「大きい…」

「ここはまだ小さい方よ。サルークはもっと大きいし、ラフテーナなんて王都並みに大きいわよ」

隣のカリーナさんに詳しい話を聞くと、街に壁があるのは、たまに魔物が群れになって襲ってくるかららしい。
危ない世界なことで。

こんな大きな街を攻め滅ぼせるほどの魔物が襲ってくるなんて、もしそうなったら俺の住む小さな村なんて一瞬で終わっちゃうな。

そうこうしている内に軽い手続きを済ませて門を潜る許可を得て、街の中へと入った。

「うわぁー!ねぇ!お母さん!見て見て!」

相変わらず、フィーネは馬車の布から顔を覗かせて外の光景を見て興奮している。
フィーネにとって初めての事ばかりで好奇心を抑えきれないんだろう。

その気持ち、分からなくもない。
俺だってそうだ。

魔法を知った時。魔法を調べる時。愛車達が作れるかもしれないと一人で興奮したものだ。
未だに完成には至っていないけれど、それでもかなり進んでいる。

残すはエンジンと燃料と電装系をどうするかだけだ。

「おいおい、エル。お前ももっと子供らしくしろよ。父ちゃんの立場がないだろ?」

無茶を言うなよな。
外見は10歳だけど、中身は30を超えてるんだぞ。

「じゃあ、紙。持つ、忘れた」

と言うのは口実で、街を見て回りたいだけなんだけどな。本当は全部持ってきている。

父ちゃんは俺の頼みを『うんうん』と頷いて聞いていたが、なぜか動きを止めて冷や汗をダラダラと流し始めた。

なにやら旅を初めて一日目で雲行きが怪しくなってきたな。

「なんつーか…。その…すまん!ちゃんと金を持ってきたつもりだったんだが、急いでたもんだから間違えて仕事道具を持ってきてしまった!」

息子に頭を下げる父ちゃん。なんて情けない。
どうやったら間違えるんだよ…。

チラリと視線を父ちゃんの腰に着いてる革袋に目を向けると、ああ確かに仕事道具の一つだ。

ゴツゴツした見た目から判断するに、釘を入れている袋のようだな。

なにをやってるんだ、ウチの父は…。
昨日の晩に準備した方が良いと助言までしたのに、今日の朝になってから急いで準備するからこうなるんだ。

「だが、安心しろ!エル!金を稼ぐ当てはあるからなっ!」

その言葉が一番安心できない。

本当に先が思いやられる…。

そんな事がありつつも、街に入ってすぐにある馬車の停留所に到着した。
そこからは全員徒歩での移動となる。移動先は宿屋だ。

本来なら、の話だがな。

残念ながら、ウチの父ちゃんがバカをしたせいで、俺は宿屋には向かえない。
運賃もカリーナから借りたぐらいだ。

これから向かうのは、父ちゃんが言っていた『金を稼ぐ当て』の所だ。

そこはーー。



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