自称『整備士』の異世界生活
4
朝食を終えると、母ちゃんは洗い物と服の洗濯をする。
父ちゃんは朝食を食べずに仕事に向かう。
その間、暇を持て余していた頃の俺は、床をゴロゴロと転がって暇潰しをするだけだった。
しかぁし、今日の俺は一味違ぁぁうっ!
その空いた時間。俺は座禅を組んで精神統一をする事にしたんだ!どうだ!?成長しただろ!?
……っと、少し心が荒ぶってしまったが。
精神統一。そう言うと、思い浮かぶのは修行僧達が行う瞑想なんかだと思う。
だけど、俺のは少し違う。
体内にある何かを探る為に行なっているのだ。
魔法を使った際に抜け出る何か。それは、一体何なのか。唯一分かっているのは身体から抜けると言うこと。
すなわち、体内にあると言う事に他ならない。
ならば探すしかない!
気になって仕方がないんだ!
魔法を使う感覚で発動したい魔法を思い浮かべて、小さく呪文を呟いて手の平に意識を集中させる。
一体どこから来ているのか。
それを調べる為だけに、風の魔法を両手の平の間に発動させて微弱に感じる何かの抜ける感覚を辿る。
まず、抜け出すのは手の平。
魔法を発動させれば、必ず利き手の手の平に魔法陣が構築されて魔法が放たれる。
手の平に意識を集中し、今まさに体から抜け出そうとした"何か"の感覚をシッカリと掴む。辿ると、腕。胸。そして、腹部にまで辿り着いた。
膀胱の少し上辺りか?
そこに、魔法を使った際に抜け出る何かと良く似た感覚のする塊がある。
水ではない。血液でもない。便でもなければ、尿でもない。
なんなんだ、これ?
発動中の魔法の効果が切れると、手の平まで伸びていた何かの線がプツリと切れたように無くなった。
でも、俺の意識はその塊を捉えている。
脈動はしていないし、少し気を逸らせば見失ってしまいそうなほど静かにある。
再び呪文を唱えると、塊から一本の触手のような糸が呪文を唱えている間にニョキニョキと伸ばされ、手の平から溢れ出して魔法を発動させようとする。
魔法の元と言える謎のエネルギーだ。
こんなものが俺の体内にあったなんて今の今まで気付かなかったけど…それほど身体に馴染んでいるって事なのかな?それこそ、肝臓や腎臓と言った内臓のように、ヒッソリと静かにそこにいる。
取り敢えず、これからはマナと呼称しよう。
そんでもって、マナの塊はマナタンクだ。
……これ、自分の意思で動かせないか?
ふと、そう思った。
マナは呪文を唱えれば勝手に動いてくれるから俺自身が動かす必要なんて全くないとは思う。
だけど、もし動かす事が可能なら利き手以外からも魔法を放つ事が出来るかもしれない。
それに、もし動かす事が可能なら体内から体外に出るマナの量も自分で操れるはず。マナの使用量の削減が自由自在になると言う事は、魔法を使った後の倦怠感を和らげる事が出来ると言う事になる。
本来の性能は損なわれるだろうが、全く問題ない。だって、この三歳児の身体は疲れたら寝ちまうんだもん。
食って寝れば回復するのは確認済みだけど、それまでの消費量を抑えれるなら実験していられる時間が増えるのだ。
即ち、暇になってゴロゴロする時間が減り、遊べる時間が増える。
最高だなっ。
そうと決まれば、早速実行だ。
体内にあるマナタンクに意識を集中させて『動け!』と念じ続ける。
だけども、マナタンクのマナは微動だにしない。
呪文を唱えると餌を求めるように動く癖に、餌がないと動かないのか。頑なな奴め。
ならば、こちらにも考えがある。
餌をチラつかせてやればいいんだ。
「『我願うは風の力。漂う風となれ…』」
母ちゃんに聞こえないように小声で呪文を呟き、途中で止める。
すると、マナタンクから伸びていたマナが途中で止まり、引き返し始めた。
まだだ。
「『我願うは風の力…』
呪文を唱え始めると、引き返し始めていたマナが再び利き手へと向かい始め、止めると引き返し始める。
まるで命令を予めセットされた機械みたいな感じだな。
ならば、その機能を壊してやるまでだ。
「『我願うは…』」
何度も何度も。引き返し始めたら呪文を唱える。マナタンクから引き出され、尚且つ、魔法が発動しない状態を維持しつつ、嫌になるほど繰り返す。
そうして何時間が経過したのだろうか。
「エルーっ!お昼ご飯よーっ!!」
「うっ!?」
耳元に大声で叫ばれて、驚きすぎて座禅を組んだまま跳び上がり、着地に失敗してコロンと床を転がった。
見上げてみると、母ちゃんが両手を腰に当てて頬を膨らませ、俺を見下ろしていた。
「もうっ。エル!何度も呼んでるのに…どうして無視するの?…はっ!もしかして反抗期かしら…。ど、どうしよ…。私の可愛いエルがグレちゃう…」
プンプンと可愛らしく怒る姿から一転。オロオロとし始めた。
母ちゃん。キャラが崩れまくってるぞ…。
「…ねてた」
「あの変な格好で…?」
「ああ」
「ホントに?」
「ああ」
「ホントにホント?」
「しつこい」
「やっぱり反抗期なのね…そうなのね、エル…」
ヨヨヨと芝居染みた動きで崩れ落ちる母ちゃん。
昨日より少し太ったか?いや、それを言うと怒りそうだ。
相手にしているのも面倒なので、さっさと昼飯を食べてしまおう。
ちなみに、母ちゃんに言い訳で『寝てた』と言ったが、あれは本当だ。
余りにも集中し過ぎて、いつの間にか眠ってしまっていた。
やっぱり子供の身体は不便で仕方がない。
さっさとゲテモノの昼飯を食べて再び座禅を組む。
さっき途中で寝てしまったからマナタンクの居場所を見失ってしまってるはずだ。おそらく、マナタンクから伸びるマナの糸も……あ、あった。
なぜか、腕の辺りで燻っている。
戻ったり進んだり…どうすればいいか迷っている、と言う風を受ける。
これは…遂に壊れた?
取り敢えず、さっきやってたように呪文を唱えて動かそうと思うと、マナの糸が『あっ!餌だ!』みたいな感じで勝手に右手の平に移動した。
……成功した?
まだ自意識で動かすまでは至っていないけれど、魔法を発動させようと言う意図を示すと前後にだけ進むようになった。
一歩前進だと思って良さそうかな。
それじゃあ、次はこれを自由自在に操れるようになれるようにしよう。
最低でも体内を循環させる事が出来るぐらいまでが目標だ。
○○○
突然だが、俺に弟妹が出来た。
男の子と女の子の双子。
母ちゃんが太ってきているように見えたのは、そう言う事だ。
男の子の名前はアック。女の子はマリン。
まだ産まれたばかりの二人は同じような顔をしていて、どっちがどっちか見分けが付かないぐらい激似だ。
「おー、ヨシヨシ。可愛いなぁ、マリンは」
「あらあら。あなた、そっちはアックよ?」
「え?…あ、ホントだ」
どうやら、父ちゃんも見分けが付かないみたい。
母ちゃんだけはなぜか見分けれるようだけど、俺には分からん。
それは兎も角、二人が弟達に構いっきりになってくれたお陰で俺に自分の時間が増えた。
結果として、マナを自分の意思で動かせた。
まだまだ完璧だとは言えないけれども、ぎこちないながらも操作が出来るようになった。
それ以外にも色々と出来るようになったけど…。
「父ちゃん。俺も」
俺も弟妹を抱きたい。
前世にも弟妹が居たが、やはり無知な子供と言うのは可愛いものだ。
だが、無知を過ぎれば可愛くなくなる。前の弟妹はクソ生意気に育ってしまったからな。
俺は父ちゃんから弟を受け取り、落とさないように優しく両手で抱えて顔を覗く。
「兄ちゃん、だ」
「あうあうー」
やっぱり無知な子供は可愛いな。
自然と頬が綻んでくる。
そんな俺の顔をアックはペチペチと可愛らしく叩いてくる。
コレがああなるなんて…考えたくもない。
今はこの至福の時間をジックリと味わいたい。
……すげぇ可愛いんだけど…。
○○○
それから7年も時が過ぎ、
「エルー!準備出来たかー?」
「ああ」
俺は10歳になった。
「にぃーちゃん…ほんとに行っちゃうの…?」
「ああ。良い子、な」
「う、うん…」
弟のアックは寂しがり屋…と言うか、臆病な性格に育った。
「にぃにぃっ!おみやげ!おみやげ!」
「ああ。覚える、なら」
覚えてるなら。って言いたかったんだけど、伝わってるから別に良いだろう。
マリンは天真爛漫な性格だ。常に明るく無邪気な笑顔を浮かべて元気にはしゃぎまわっている。
二人の頭を撫でてから、俺は昨夜に用意した荷物を背負う。
そして、つい先程準備を済ませたばかりの父ちゃんを見やる。と、
「あぁー!マリン!アック!寂しくなるなぁ!帰ったら父ちゃんといっぱい遊ぼうなぁ!!」
「にぃーちゃんがいい…」
「とおちゃんはヤ!」
フラれて落ち込んでいた。
父ちゃんはスキンシップが激し過ぎて弟妹に嫌われているんだ。
それを知ってか知らずか、いつも懲りずに迫っている。
「ほら、あなた。エルが待ちくたびれてるわよ。早く行ってあげなさい」
母ちゃんが呆れたように小さく溜息を吐いて、落ち込む父ちゃんを早く行くように促す。
そんなに待ちくたびれてはないが、早くして欲しいとは思っていた。
母ちゃん、グッジョブ。
「行く」
「行ってくる…」
10歳になると、教会で"神の祝福"とやらを受けなきゃならないらしい。
しかし、俺の居る小さな村には小さな教会しかなくて"神の祝福"は執り行ってないらしい。
"神の祝福"は、教会は大きい所じゃないといけないんだとか。
往復で一月近くの旅だ。
これまで多少は家の外に出る事や近くの森に入ったりした事はあったが、こんな小さな村に娯楽なんてなくて大半は家に引きこもってばかりだった。なので、今回の旅が村の外に出る初めてになる。
ちょっと楽しみだ。
「父ちゃん。金は?」
「………ハッ!?忘れてた!」
先は思いやられるけど。
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