自称『整備士』の異世界生活

九九 零

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父ちゃんの職場見学を終えたのは夕方ぐらい。その後、晩御飯を食べ終え、軽く身体を濡れた布で拭き、木の皮で歯を磨き、さっさと俺は部屋に戻った。

なぜなら、今から妄想のお時間だからだ。

昼間には父ちゃんの事を厨二病扱いして散々バカにしてたけれど、今の俺の方がよっぽど酷いと今更ながら気付いた。

すまなかった、父ちゃん。

そんな訳で、お楽しみの妄想のお時間だ。
前世に残してきた愛車バイク達を妄想の中だけでも蘇らせてみせる。

昨日描いた紙には、水冷4ストロークDダブルOオーバーHヘッドCカムシャフトバルブ並列4気筒エンジンの設計図を事細かに描いた。

俺は愛車達を何度もバラバラに分解して組み立てた経験があって、その時にネットで詳しく内容を調べて事細かに詳細を暗記している。

大型バイクが二台。中型バイクが二台の計4台。全てバラバラに解体して、清掃作業オーバーホールして組み立て直した経験がある。その詳細はバカでも覚えざる終えない数を見返したから完全に覚えてる。

だから、一文字も間違う事なく書き記す事が出来る。

エンジンは描いたので、次はキャブだな。
あと、描くスペースが残っていたらエアクリーナーと燃料タンクも描こう。

さぁ!今日もハッスルしちゃうぞー!


●●●


夜。エルが寝静まった時間にリビングにて。

「ねぇ、あなた」

「どうした?」

「あの子、また新しいの描いてたわ」

まるで悪魔にでも乗り移られているのかしら?と不安気な顔をするファミナ。

それを見てドンテは小さく笑う。

「見せてくれ」

手渡された紙に描かれているのは、これまた見た事もないような形をした奇妙なものばかり。
しかも、今度は三つもある。

「あの子、大丈夫かしら…?」

息子の奇行に不安を募らせて言葉を漏らすファミナを他所にドンテは真剣な眼差しで紙に目を走らせる。
そこに書かれている言葉は全く読めない。だけど、何となくだが伝わる意図。

別途に存在するパーツから何かが一つのパーツに送られ、混ざり合い、何かが起きる機構。

見れば見るほど不可思議な造りをしている。

一体これは何を思い描いたものなのか。ドンテの好奇心を強く刺激するような精巧な設計図。
勿論、裏面にもビッシリと文字が書き記されている。

読める文字は少しだけ。残りは全て読めない。けれども、それが何を意味しているのか。
昨日に描かれていた絵と照らし合わせると、自然と理解出来てくる。

それは、表面に描かれた絵についての詳細が書かれているのだと。

「この文字が読めればなぁ…」

しかし、それは叶わない。
エルが使う文字は、まるで暗号だ。

「そうか!暗号だ!」

ドンテの頭に閃きが起きた。

「えっ!?と、突然どうしたのっ!?」

「わかったんだよ!暗号だよ!暗号!アイツの使ってる文字は暗号なんだよ!」

「でも、エルはまだ3歳よ?やっぱり悪魔か何かに憑依されてるんじゃ…神父様に話を聞いてもらうべきなんだわ…」

ブツブツと呟き始めるファミナを無視して、ドンテは新たな紙を持ってきて、エルの暗号文を書き写し始める。

「コイツを理解できれば、エルが何をしようとしてるか分かる筈だ!さすが俺の自慢の息子!俺の楽しませ方を熟知してやがるぜっ!」

一人で書き写しに白熱し始めるドンテ。
ブツブツと呟き、遠い目をし始めるファミナ。

たった一人の息子に振り回される夫婦の心はエルの知らぬ間に徐々に離れ始める。


●●●


「ふぁ〜あ…」

今日も天気が良い。お散歩日和だ。っと言っても、勝手に外に出たら怒られるんだけどな。

さて、今日はどうするかなぁ〜。

昨日貰った紙はもう全部埋め尽くしちゃったし、父ちゃんが新しい紙を持ってきてくれるまで妄想はお預けになってしまった。

娯楽がないと、本当にやる事が…いや、待て。あったぞ、娯楽。
娯楽と言って良いか分からないけれど、暇潰しには持って来いだ。

「かあちゃ!」

思い付いたが吉日。
俺はすぐさま母ちゃんを頼りにリビングに向かう。

「ん?」

向かったのは良かったけれど、誰もいない。
机の上には紫色をしたいつものゲテモノ朝食が置いてあるだけ。冷めてるし。

……そう言えば、朝起こしに来なかったな。いつもなら、『朝ご飯できたわよ〜。エル〜。起きなさーい』なんて余計に眠くなる声で起こしにくるのに。

一応確認の為に庭を…洗濯物が干してある。
裏庭には…何もない。離れにあるトイレは…フタをしてるのに相変わらず臭い。
最後に父ちゃんと母ちゃんの部屋は…スッカラカン。

わーお。今世で生まれて初めて家に俺一人じゃん。

何というか、新鮮だな。
そんでもって淋しい。

仕方ない。頼りの母ちゃんも居ないみたいだし、一人で何とかするしかないか。

部屋に戻り、昨日父ちゃんがくれた本を手に取ってベッドに腰掛ける。

「えーっと…」

題名…読めない。
表紙をめくって…やっぱり読めない。

「やっぱ、ダメ…」

バターンッと仰向けに寝転がり、ゴロゴロ。

母ちゃんに教えてもらいながら読もうと思ったのに、これじゃあ読めやしない。

……いや、読まなくても見るだけで勉強にはなるか?
前世では記憶力に自信のない俺だったが、今世の俺は一味違う。まさに生まれ変わったみたいに凄く記憶力が良いんだ。

記憶の引き出しも開け閉めし易くなった感もあるし…これはもしや、覚えるだけなら簡単じゃね?

ーーなんて甘く見ていた時もありました。

「やっぱ、むり…」

父ちゃんも父ちゃんだよ。まったく…。
普通、子供に買ってくるって言ったら絵本とかだろうに。どうして小説っぽいの買ってくるかなぁ〜。

文字もまともに読めない俺が読める筈ないじゃん。

書いてる内容なんて、全部訳の分からない字でビッシリ埋まってるものだから、無理して理解しようとすると頭が痛くなってくる。

絵すら無いなんて理解の仕様がない。
これは無理だ。諦めるしかない。

っとなれば、本格的にやる事がなくなった。
ゴロゴロとベッドの上を転がる事、一時間ほど。

「ひま…」

父ちゃんと母ちゃんは未だに帰ってこない。
帰ってくる気配すらない。

暇すぎて作り置きされてたゲテモノ朝食を平らげてしまったぐらいだ。いつもなら半分ほど残すのに。

そして、そろそろ昼だ。

いつもの二倍の朝食を食べた所為でお腹空いてないけれど、どっちかが昼に帰ってきてくれないと、ちょっと困っちゃう。
っと言うか、不安になる。

だから、帰ってきてー!

…。

……。

………。

…………。

……………。

ハッ!?

いつのまにか寝てしまってたみたいだ。
余りにも暇すぎて寝入るとは…まぁ3歳児だし?当然って言ったら当然の行動だろう。

で、今の時刻は…窓から顔を覗かせて太陽の位置を確認…昼を少し過ぎたぐらいかな?

「かあちゃっ!」

再度、今朝の再現。

リビングに向かいーー誰もいない。
今度は飯もない。

庭を確認。洗濯物が干したままだ。回収しとこう。

裏庭を確認。何もない。

家の離れにあるトイレを確認。相変わらず臭い。トイレの下にあるバケツを取り替えて、取り替えた後の糞尿入りバケツは家の前に出しておく。

ついでに、井戸まで行って水を汲んでおく。

………うん。誰もいないな。

洗濯物を畳みながら少し涙目になる。
このまま二人共帰ってこなかったら、どうしよ…。

俺、三歳児よ?生きてく術なんて持ち合わせちゃいないよ?このまま放置されると死んじゃうよ?
いや、マジで。

洗濯物を畳み終え、一息。

あぁ、ヤベェ。泣きそう。

精神年齢だけは無駄に高いのに…前世ではこんな事で泣きそうになったりしなかったのに…なんだか今の体に精神が引っ張られてるような気がしなくもない。

どうしよ…。どうしよ…。

一人で悶々としている内に夜になってしまった。

晩御飯は勿論ない。あるはずがない。
いつもならゲテモノ料理を出してくれる母ちゃんも居なければ、酒飲みでちょっと抜けた父ちゃんも居ない。

一人寂しく、お留守番…。

あぁ。不安だ。心配だ。

俺、捨てられたりしないよね?
ワガママ言い過ぎたかな?
父ちゃんと母ちゃんに頼り過ぎたかな?
迷惑かけ過ぎたかな?

「ぅぅ…」

そんな事ばかり考えていたら、涙が出てきた。

そもそも、普通は三歳児を置いて二人共出て行くか?おかしいだろ!
せめて一人は残ってくれよ!

寂しいだろうが!

ああっ!もう!このままだと気が滅入って仕方がない。
何かないかっ。何か気を紛らわすーー。

『お前も10歳になったら魔法を使えるようになるかもしれないからな。今の内に練習しておくのも手だぞ?』

魔法の練習…?
そうか。それがあった!

この際もうなんでもいい!
厨二病と罵られようが、この寂しさと不安を少しでも拭えるのなら構わない!

えーっと、なんだっけか…。

「『われねがうは…かぜのちから?わが・・テキをきりさくヤイバとなれ。エア・カッター』」

突き出した手の少し前付近の空気が揺らぎ、スポンっと音が鳴ったような気がした途端ーー俺の意識は途切れた。


○○○


「…ゥ!…ル!エル!ああ!エル!エルゥゥ!」

「むぐっ!?」

目が醒めると、なぜか俺の名前を連呼して号泣する母ちゃんに抱き締められていた。

そして、凶悪極まりない胸に顔を押し付けられ、息が出来なくなった。

「ごめん。ごめんね。エル。私が一人にしたばつかりに…ごめんねーっ!」

「むぐぐっ」

より一層強く抱きしめられ、首が締まる。
母ちゃんが本格的に俺の息の根を止めに来ている。

く、苦しい…。

「お母さんが悪かったわ。もうエルを一人になんてしないから。だから、こんなバカな事をしたお母さんを許して」

「むぐーっ!」

だったら離せよ!
マジで死んじまう!

って言いたいけれど、声が出ない。
バシバシと母ちゃんを叩いたり、ジタバタと身体を動かしてみるが、俺の意図は全く母ちゃんには通じてない様子。

あ…マジで…ヤバ…イ……。

「ただいまー…って、ファミナっ!?どうした!?」

「エルが…エルがぁぁ…」

「エル?ってエル!?ファミナ!エルを放してやれ!このままじゃ窒息しちまうぞ!」

「え?あっ!ごめ…あれ?エル?エルー?エルゥゥ!!」

あぁ…父ちゃんも帰ってきたのか…。
随分と慌ただしいな…。

母ちゃんが必死に俺を呼ぶ声をBGMに、俺は意識を手放した。


●●●


エルをベッドに移した後、リビングにて。
ドンテは呆れたように溜息を吐きながら椅子に座った。

「ったく。俺の居ない間に何やってんだ」

「ごめんなさい…」

今にも泣き出してしまいそうなほどションボリとしているファミナを見て、ドンテは更に深い溜息を吐く。

「さっき確認した時には息をしてたから問題ないとは思うが、アイツはまだ3歳なんだ。気を付けろよ?」

「はい…」

身を縮こませて全身で申し訳なさを表現するファミナ。そんな彼女を見ていると、ドンテの抱く怒りも和らいで行く。

「とは言え、お前が本気で抱き着いたりなんてしたら本当にエルが潰されちまうからな。ファミナがそこを理解してるのなら、この話はこれで終いだ」

そう言って、淀んだ空気を入れ替える為に木窓を開け、台所からお酒の入った小タルとコップを持って再び着席する。

手始めに一杯をグイッと飲み干し、酒の力で今の気分を一転させる。

「そういやよ、エルのやつ今日は何してた?」

「ごめんなさい。私…朝から家を空けてて…」

「その話はもういいって。って事は、知らないのか?」

「うん…」

「それは残念だな。今な、エルの書いた暗号文を知り合いに頼んで解読してもらってる最中なんだが、ソイツからもう少し資料が欲しいって言われてな。どうにかしてエルに新しい暗号文を書いて欲しいんだ。できるか?」

「や、やってみるわ」

名誉挽回のチャンスだと思ったファミナは、フンスッと鼻息を鳴らして意気込む。

「それじゃあ、頼む。明日から仕事に復帰しないと流石に怒られるから、俺は家に居られねぇが、上手くやってくれよ?」

「うんっ」


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