惨殺機人の殲流血

はつひこ

第16話おや?エナシオの様子が…

ウォデューシュに行くために馬車を借りた。


異世界の馬車と言うのだから、きっと馬車馬はユニコーンかペガサスだろうとふんでいたのだが、馬だった。茶色の毛並みで俺の世界にもいる普通の見た目をした馬。


ただ、やはり異世界を生きる馬なだけはある。その移動速度と体力は尋常じゃない。


舗装された道を通っているとはいえ、1時間森林の中を休憩無しで全力疾走する姿は圧巻だった。


「兄さん方、ウォデューシュで観光をする予定は?」


「うーん、今の所は土産買うぐらいですかね?」


「え、それだけですか?あそこの温泉、効能凄いんで行ってみると良いですよ」


御者席で手綱を操作しながら、温泉を勧めてくれる御者。


彼の名はハース。


今回ウォデューシュまで馬車を出してくれた心優しい青年。種族はアダンシリーで、耳の形状は犬耳。


とても人当たりがよく、誰からも好かれそうな美青年だ。実際、俺達が依頼をお願いするまで女の子に囲まれていた。うらやまけしからん。


「それにしても兄さんのパーティー、男一人に女性二人…パーティー初期から女の人いるなんて珍しいですね。周りの冒険者に妬まれませんでした?ビギナー冒険者だと実績がないから女が寄ってこない、ってよく愚痴を言われるんですよ」


「…苦労してるんですね、ハースさん」


「分かってくれますか…もう本当、どう返事をするかで凄く悩むんですよ」


「そうですか…」


わざわざ返事をしなくても良いのでは?とも思ったが、おそらくこの『どんな話でも律儀に返事をする』というのが彼のモテる秘訣なのだろうと思い、黙っておくことにした。彼の純情さを汚してはいけない。


「それでそれで?兄さんはどっちが本命ですか?やっぱり最初に出会ったって言ってたエンフェタズマの女の子ですか?」


「あはは、そんな訳ないじゃないですか」


「あれ?違いました?まあ、パーティー組んだのついこの前って言ってましたしね。すいません」


ハースの謝罪の言葉を聞きつつ、後ろの荷車で軽食のおにぎりを肩を並べて食している陽名菊とカウラをチラりと盗み見る。


二人の楚々とした雰囲気に尊さを感じた後、視線を晴れ渡る空に向けながら俺は口を開いた。


「両方とも本命何ですよねえ…」


「…兄さん、でっかい夢持ってますね」


「はは、ありがとうございます。もしかしたら不純って思われるかも、なんて考えてました」


「いえいえ、人を好きになるのは良いことですよ。人を好きになると、いつも以上に人に優しくなれますから」


穏やかで爽やかな笑みを浮かべながら、ハースさんはそう言ってくる。


「その言い方…もしかしてハースさんにも?」


「はい…実は源の街にいる質屋の女の子に…」


「あー、あの子ですか」


照れくさそうにしているハースを横目に、頭の中で質屋の娘さんを思い出す。


確か、種族はドワーフで年は十四歳ぐらいだったはず。


「確かに可愛いですよね。でも、あの子彼氏とかいなかったんですね」


「こないだ僕が聞いた時は『いない』って言ってました。けど、そろそろ候補ぐらいは作れってご両親に口酸っぱく言われてるそうです」


「なるほど…つまり、今が攻め時と」


「まあ、そうなりますね」


ハースから、何かメラメラとしたオーラが出はじめた。どうやら、かなり燃えているようだ。


「頑張ってくださいねハースさん。俺、応援してます」


「兄さんの方こそ。きっと僕とは比べ物にならないくらい険しい道になると想いますから」


「まあ、お互い頑張りましょう」


「はい!」


今ここに、厚い友情が芽生えた。


ただ、今更ながらに思うが、こういった話は本来後ろの二人がするべきだったのではないかと思う。


野郎の色恋話なんて興味わくものだろうか。


まあ、過ぎたこと事を言っても仕方ない。


今は細かい事より、この緑豊かな草原の景色を楽しむとしよう。








「…ん?」


「?…どうかしましたか、ハースさん」


「いえ…少し…」


先程の恋バナに花を咲かせていた時の雰囲気は一瞬で過ぎ去り、百八十度回転したようなまったく別の雰囲気になる。


ハースは、遠目に何かを見るようにしながら険しい表情をしていた。


「何か問題が?」


「その…この先にコボルトの群れを確認しまして…その群れが引くのを待たないと、先に進めないんですよ…」


「なるほど…」


コボルト…と言うと、ゲームでよく出てくる犬頭の人間のような生き物だと記憶している。


ハース曰く、そのコボルトが群がってるうえ、仲間同士で争っているらしい。


「そのコボルトの仲間討ちってどれくらいで終わりますかね?」


「数からして、半日は余裕で越しそうですね…すみません、お急ぎなのに」


「あんまり気にしないでください。起こってしまったトラブルを嘆いていても仕方ありませんし。それに、いざとなったら俺が依頼主に土下座するんで大丈夫です」


「それ、大丈夫じゃないやつですよね?でも、兄さんがご理解ある方で助かりました。たまに…というより、結構な頻度でモンスターの群れに特攻しろって言う人がいるので…」


そう言いながら、ハースは馬車を停止させた。


それにしても、モンスターの群れに突撃なんて自殺行為に思えるが…どうやら冒険者には野蛮な人がたくさんいるらしい。


いや、冒険者なんて職業、度胸と野蛮さがないと出来ないか。


「んにゃ、急に止まってどうしたにゃ?お馬の休憩?」


「いや、なんかこの先でコボルトが仲間討ちしてるらしい。見えるか?」


「んーと……あー本当にゃ、殺ってる殺ってる。数は四百から五百くらい?あれじゃにゃあと陽名菊ちゃんでも捌ききれんにゃあ。待つのが一番じゃない?」


「そうか…」


荷車から上半身を突き出し、手で双眼鏡を作りながらカウラがそう言った。相変わらず不機嫌そう。


ちなみに、陽名菊はついさっき寝た。


それにしても、今回は一応緊急クエストなので早く終わらせたかったのだが…仕方ないか。


「うーん…狼系モンスターでもいればコボルト避けになるんですが…」


「コボルトはそういうモンスターが嫌いなのか?」


「はい、狼系統…特にハイウルフなんかはよくコボルトを餌にするので、近くにいるだけで相手は自然と逃げて行くんです」


「狼系統のモンスター…ねえ」


数多くの品種のモンスターがいるこの世界で、そんなピンポイントで目当ての種族が来るだろうか。


狼系モンスター、この間陽名菊とカウラが70匹前後蹂躙してたな。


そう言えばあれがエナシオとの出会いだったっけ、ハイウルフらしいけど犬っぽくて…


「…ん?」


「どうしましたか兄さん?」


「ハイウルフがいれば、あいつら追い払えるんだよな?」


「え、ええまあ。でも、そんな都合よくいませんよ」


「いる」


ハイウルフならいる。というか飼ってる。


リナさんとの店回りの時に買った、皮のポーチ(お値段1一九九○エイル)にしまってあるテイムクリスタルの中で、絶賛召喚待機中のハイウルフの子がいる。


俺はそう気づくやいなや、ポーチからエナシオのテイムクリスタルを取り出した。


そして、それを見たカウラは「ほ~」と感心したような声をだす。


「そう言えば、その子がいたにゃね」


「ああ。で、使い魔の召喚ってどうやるんだ?」


「そのクリスタルをトンカチで殴るなり、地面に叩きつけるなりして割れば良いにゃ」


「了解」


カウラの説明を受けた後、俺はクリスタルを前方の地面に投げつける。


そして、クリスタルは見事砕け、その破片が集まり光球を作り出した。


光球が数秒中を漂った後、着陸すると閃光弾のような眩い光を発する。


閃光が止むと、そこには契約した時の愛らしい子犬がそこに……


「……カウラ、何これ?」


「にゃあに聞くにゃ」


…いなかった。


そこにいたのは、馬車より一回り大きく、体にミサイルやら大砲やらマシンガンやらを取り付けたメカウルフ。しかも、体毛が金属光沢しているオマケ付きである。


どこからどうみても、見た目がZ〇IDSのそれだった。


いや、本当何これ。


「あの、兄さん?これは…」


「いやーなんでしょうねこれ」


『ワオオオオォォン!!』


陽名菊を除いた三人が口をポカンと開けて驚愕している中、天高く吠えあがるエナシオだったナニカ。


一番落ち着いてるのが馬車馬って、一体どういう状況よこれ。


「まあ、俺のテイムクリスタルから出てきたという事はエナシオなんだろう。うん、そうしよう」


「それで…兄さん、結局これは何なんですか?」


「ああ、紹介します。こちら俺の使い魔、ハイウルフのエナシオです」


「え、ハイウルフ?嘘ですよね?」


「マジです」


お座りの体勢で大人しく俺に紹介されるエナシオ。


ハースさんは相変わらず唖然としていた。


それにしても本当強そう。


これなら、コボルトの群れの中で無双出来そうだ。


「シンシン、緊急自体にゃ。コボルトの群れがさっきの鳴き声にビビって逃げ出したにゃ」


「え?なら問題なくない?」


「いにゃ、声の発生源が分からなくてやみくもに逃げたっぽいて、半分ぐらいこっちに来たにゃ」


「おう…」


半分…二百から二百五十くらいだろうか。


「カウラと俺で捌ききれる…」


「わけないにゃ。シンシンが何千回死んでも多分終わらにゃい」


「マジかー」


こうなると、もうハースさんしか……ダメだ、目を逸らされた。


とすれば、もうエナシオしかしかいなくなってしまうな。


『ガルル…』


「あ、殺る気満々っすね」


白銀の牙を剥き出し、威嚇ポーズをとるエナシオ。


「仕方ない、これに賭けるか。ハースさん、カウラ、ちょっと行ってくる」


「え、シンシンも行くの?」


「使い魔が体張ってんのに、主がのんのんと見物してるだけなんてダメだろ」


「主の盾になるのが使い魔なんじゃにゃいの?」


「細かい事は知らん」


カウラが言うことも一理かもしれないが、俺の流儀に反するので却下した。


エナシオに頭を低く下げてもらい、首元に座り込む。なるほど、これがも〇〇け姫目線か。


「エナシオ、出発だ!」


『ガウ!』


俺が指示を出すと、エナシオは猛スピードでその地面を蹴り始めた。




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