惨殺機人の殲流血

はつひこ

第8話遺跡崩壊中







木の葉が揺れ、気持ちの良いそよ風が髪を撫で、これまた気持ちの良い日差しが差し込む森の中。


陽名菊は遺跡近くの大樹の根に座り、真也からのお土産を食べていた。


「う〜ん、やっぱり真也さんのお肉は美味しいですね〜。ももとかも食べてみたいです……あ、レベルが上がりました」


『陽名菊 Lv93』


自然の心地良さを感じながら視界全面に拡がる緑一色の景色を堪能し、最上級のお肉を味わう至福の一時。


これほどまでに贅沢な時間など存在しないだろうと、陽名菊は思いながら再び肉に齧り付く。


「…でも、やっぱり1人でご飯は寂しいですね」


昨日は朝ごはんを抜いたから、実質1日振りの1人での食事食事。


たった1日でこうも変わってしまうのかと、陽名菊は思った。


「知らず知らずの内に、真也さんの事を気に入ってたんですかねー」


ワイバーンが空を横切る様子を見ながらそう呟く。いけない涎が…。


最初は本当に味に惚れただけだった。次の印象は、肉を食われても怖がらず、それどころか「偶然落ちた肉なら食べても良い」とまで言ってくれる不思議な人。そして最後に、自分を嫌わないでいてくれた人。


正直に言うと、神の使いなのでは?と思った。


真也の顔を思い浮かべるだけで、寂しさが込み上げてくる。


足をぶらぶらと揺らしながら、今朝の事も思い出す。


朝起きたら真也の布団にいた。しかも血だらけ。


きっと寝ぼけたいたのだろうが、寝ている間に真也を食べてしまったうえ、シーツも汚してしまうという醜態を犯していたらしい。


さすがの陽名菊もこれには申し訳なさ抱いていた。


「まあ、過ぎたことは忘れましょう。はい」


腕の骨を捨て、ちょうど目の前を横切っていった兎のモンスターを二口目で捕食し、その骨も捨てる。


白状すると、やる事がなさ過ぎて暇になっているのだ。


前の自分なら仲間などさっさと置いて自由に行動してたのに、と陽名菊は内心呟きながら自分自身の変化を感じ小さく笑みを作る。


そして、やっぱり心に残る寂しさを抱え、陽名菊はその声を大空に放った。


「真也さん、早く戻って来てくださ〜い」











『神器【殺戮の概念フランビト・エノイア】の反応の消滅を確認しました。これより崩壊シークエンスを起動します』


揺れるコロッセオ。


ビー、ビーと鳴り響く警報音。


機械的な女声で流れるアナウンス。


エノイアの説明を受け、帰ってきたらこれである。本当冗談じゃない。


何が起こってるか言うまでもないだろうが、遺跡が崩壊し始めた。


「にゃ、にゃにが起こってるにゃ!?」


「何って、遺跡が壊れてんだろ?」


「にゃんでそんな落ち着いてるにゃ!?」


焦るには焦っているが、この展開…よく冒険モノのB級映画でみるやつじゃん。


台座からお宝盗ったら崩れ始めて?命さながら脱出して、その後すぐにスタッフロール付きでEDテーマを垂れ流し。お決まりの展開だろう?


それに、この猫少女は自分を硬化出来ると言っていた。そして、俺は死なない。


両者生還ハッピーエンドじゃないか。何故慌てる。


「アスペード?とか言うやつ早く使わないと潰されるぞ?」


「今体力と魔力切れで使えないにゃ!」


「うっそだろお前…」


瞳の奥を、グルグルと渦を巻かせながらカウラはそう語る。なるほど道理で焦っていたわけだ。


しかし、まさか体力切れで力出せないとは。そんな奴お前くらいしか……いや、もう1人いたな。


「少年、どうしよう!?このままじゃにゃー達死ぬよ!?」


「落ち着け、俺はあと800年死ねないようになってるから大丈夫だ」


「にゃにそれずるい!てかどっちにしろにゃーが死ぬ!」


喚き、泣き散らしながら猫少女は俺の胸ぐらを掴み前後にぶんぶんと振る。その力はどこから出てくるの?


『崩壊シークエンス作動まで残り3分…』


「んにゃー!?」


「落ち着け、耳元で叫ぶな」


猫少女が割とシャレにならないくらいの勢いで首に抱きついて来た。負担大きすぎて首が折れそうだ。


それはさておき、これからどうしようか?


早くなんとかしてやれ、と思う人がいるかもしれないので正直に言おう、この子を助ける方法がない。


来た道を戻れば防御バフ無しなので言わずもなが。物陰に隠れればやり過ごせるかもしれないが多分死ぬ。


ただ、方法がないからと言って勿論見捨てる気はない。こう見えても今必死に思案している。


何か武器の中で使えるものはあっただろうか?


そう考えながら、俺は周囲の壁画を見渡し必死で考えた。


ほぼ全面にヒビが入り、崩壊の兆しを見せる遺跡の中で懸命に探す。





「あっ…」


そんな時、興味深い絵を見つけた。


それは、闘牛の形をした箱に人を閉じこめ火で熱している光景が描かれたものだった。


熱に耐えられるとしたらそれなりの強度を持っている筈。それに、器具の全長も絵で見るとそれなりの大きさがあり、凹んでも中の人の無事は確保出来そうだ。


「猫少女、お前が助かるかもしれない方法が見つかったぞ」


「マジかにゃ、どうすればいいのにゃ!?」


「少し待ってろ」


猫少女の横で右腕を前に突き出し、目を閉じて先程の絵画をイメージする。


エノイアの使い方はよく分からないが、こうすれば力が使える気がした。


思い描いて数秒が経った頃、体の中の不自然な血流を感じ、そのままそっと目を開けた。


そして、目の前に広がっていた光景を見て驚く。なんと、体の至る所から血が噴き出しているではないか。


噴き出した血は意志を持ったかの様に俺の目の前に集まっていき、一つの物体を構築していく。


それは、先程俺が想像した鉄の牛だった。


「なんにゃ、これ?」


猫少女は首を傾げながらそう聞いて来る。


自分も知らない…俺はそういう意図で返事を返そうとしが、その瞬間に頭の中に説明が流れてくる。





『ファラリスの雄牛』


それは古代ギリシャで設計された処刑装置。


真鍮で鋳造されており、中に人を入れ牛の腹の下から火を焚く。


そして、雄牛が黄金色になるまで熱せられ、中の人は炙り殺される。





といった物らしい。


俺は猫少女に今しがた流れてきたものをそのまま説明すると、少女は怖がりながら俺から距離をおいた。


その行動に疑問を抱いていると、猫少女は雄牛の足に隠れながら威嚇するように話し始める。


「も、燃やすにゃよ?」


「燃やさねーよ…」


怖がってた原因はそれか。


燃やすものを持ってないので火を焚くことは出来ない。まあ、持っててもやらないけど。


「取り敢えず、中に入れ。強度は大丈夫だろうけど、振動とか騒音は我慢しろよ?」


「助かるんならにゃんでもいいにゃ!」


猫少女はそう言った後、雄牛の脇腹を開けて中に入っていった。


そして俺はその脇腹に鍵をかけ、間違っても開かないようにする。


これでこの子は無事だろう。後は遺跡が崩壊するのを待つだけだ。


『崩壊シークエンス作動前カウントダウン開始。10…9…8…7…』


「何回再生するかな…数えておくか」


そう呟きながら、雄牛の足元に座り前足に寄りかかる。


目を瞑り、地上にいるであろう陽名菊の事を思い浮かべた。


陽名菊は今何をしているだろうか?結構遅くなってるから先に帰っているかもしれないな。


「…まあ、今はその方が都合がいいか」


「なんか言ったかにゃ?」


「なんでもない」


この雄牛、口元から声が響くようになってるのか。


処刑人の悲鳴を聞けるようにしたのかは知らないが趣味が悪いことだ。


そんなことを考えてる俺の耳元に、例のアナウンスが入ってきた。


『3…2…1…崩壊シークエンス作動します』


その音声ともに、遺跡は音を立てて崩れ始めた。


初めてのクエスト。何だかんだで結構充実したな。

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