惨殺機人の殲流血

はつひこ

第2話捕食者

扉を抜けると、そこは森だった。


日差しが心地いい具合に差し込み、草木が生い茂る。空を見あげれば鳥が…いや、翼竜のような生き物が飛んでいた。さすが異世界。


リリスは俺が扉を潜り抜けると同時にパタリと閉じ、扉ごとそして消えていった。It’s fantasy…。


周囲を見渡し、俺は1度大きく深呼吸する。


空気に関しては元いた世界とは変わらないようだ。


「お腹空いたな…」


俺の胃袋が血糖値の低下を知らせる。


そこら辺の木に実っていた林檎のような果実をその木に登ってもぎり取り、そのまま1口かじる。


程よい酸味と甘味が口いっぱいに拡がってきた。普通の林檎だ。


今更だが、異世界の名前も知らない果実を食べて大丈夫だったのだろうか?怪物に変身したりしなか心配になって来た。


まぁ、リリスが『少しばかり強力な治癒能力』を付けたと言っていたから毒とかは大丈夫だろう。


「さてと、これからどうしよう…てかここどこだよ…」


何故あのロリ女神様は地図をくれなかったのだろうか。


お陰様で異世界転生後3秒で迷子になってしまったではないか。


取り敢えずテキトーに歩いてみよう。周りは獣道だが、幸いにも人の通った跡がある。


いや、人間はいないって言ってたから何かの亜種族が通った跡か。


「さてさて、この先にはどんな亜種族様がいらっしゃるのかな〜。出来れば温厚そうなのがいいな…」


そんな言葉を呟きながら俺は歩き出した。











しばらく歩いてみると、大きめの湖のある畔に出てくる。というか広すぎて海みたい。


よく透きとおっており、鯉ほどの大きさの魚がたくさん泳いでいた。ちなみに模様も鯉そっくり、けど頭から角が生えてる。


それと、気の所為であって欲しいが湖の中心辺りでメガ○ドンサイズの大きな魚が跳ねた。しかもめっちゃ凶暴そうな牙を剥き出しにして。


「ま、まぁ湖に入らなければ大丈夫だよな?」


佐渡真也、15才。高校一年生(になる予定でした)。身長172cm、特技はなし。異世界にて巨大生物と遭遇。ちょっとオシッコチビりそうになった。正直に言うと、おうちに帰りたい。いやもう帰る家ないんだけどさ。今更だけど、なんでこんな事になったんだっけ俺?


確か、入学先の制服を買いに行って、それで親が渡してきた料金がほんのばかし足りなかったから銀行に行って……あ、そうだちょうどそこで銀行強盗に鉢合わせたんだ。


「で、そのまま強盗のナイフに刺されて無事死亡っと。武器封じのためだから仕方ないよな。うん」


相手の武装がナイフ1本だったのが幸いだった。


間接的に人質の女の子も助けたし、万々歳のめでたしめでたし。まぁ、俺が死ななければ本当にハッピーエンドだったんだけどな。


こんな事を思い出してても時間の無駄か、過ぎた事だし仕方ない。そろそろ歩こう、ずっと同じ場所に立ってても何も始まらないからな。


「しかし、本当にどうしよう…せめて誰かに会えないかな」


俺は湖沿いに歩き出す、広すぎて半周するのにも一日かかりそうだ。


獣道の跡があったが、もしかしたら昨日出来たばかりの物かもしれないし、やはり自分でなんとかするしかないようだ。


そう言えば、この世界には魔法があるって言ってたな。テレポートとか使えないだろうか?


呪文も知らないし、そもそも俺に魔力が備わっているのかも分からないが、やってみる価値はありそうだ。


「よし…テレポート!」


大空に手のひらを突き上げそう叫んでみる。


何か起こりそうな気がしたが、実際に起こったのは空で翼竜が「ギャオオォ!」と俺の無様な姿を嘲笑う、虚しいイベントだけだった。俺のレベルが上がったら焼き鳥にしてやる。


そんな邪念は捨て去り、俺は何事も無かったかのように歩き出した。





「…何してるのですか?」


「うぉっほ〜い!!?」


突然背後から声を掛けられたため、驚いて飛び上がってしまう。


振り返ると、そこには黒を基調とした黄色の菊が刺繍された着物を身に付けた、白髪のサイドテール少女がいた。身長は160cm程、瞳は俺と同じ黒色だ。


サイドテールの結び目辺りにある大きな唇のような髪飾りを除けば、至って普通の和服美少女に見える。けれどこの方も何かの種族なんだろう。


「い、いきなり何を飛び上がって……いえ、失礼。こちらに非がありましたね」


「えっと、君は?」


「名乗り遅れました、私は陽名菊と言います。以後、お見知りおきを…」


陽名菊と名乗った少女は丁寧にお辞儀を1つする。


「俺は佐渡真也だ、こちらこそよろしく。それで陽名菊はどうしてここに?」


「それはですね、貴方様から…」


「俺?」


急に裾で自分の口元を隠す陽名菊。俺と目を合わせようとせず、流し目をしながらポソりと呟く。


「……貴方様から、とても美味しそうな香りがしたので…」


「…うん?」


「実はですね…私、二口女と言う妖怪の品種でして。街の方では『二口の捕食者』なんて言う通り名も…」


そこまで聞いて、俺はなんとなく理解してしまった。


もしかしなくても、今、非常にまずい状況なのではないだろうか。


二口女…俺の知ってる話だと、人に化けて狙った男の家に女房として仕え、太らせてからそいつを食べると言う鬼の一種だったはず。


確か二口目は隠せる筈だったが、モロに出してる所を見ると、もう今すぐに「いただきます」をしたいのだろう。


やっべ、逃げよ。


「いっけねー急用思い出した!すみません、俺はこれで!」


わかりやすい程の棒読み。しかし今は逃げる事を優先しよう。


そんな事を思いながら、俺は回れ右をして走り出そうとするが、陽名菊に服の裾を使われてしまう。


「待ってください!」


「待ってたら喰うでしょ!?」


裾を掴む手を払い除け、今度こそ走り出す。しかし、陽名菊はそれを背後からの全力タックルで阻止した。


陽名菊から離れようと、仰向けになって起き上がろうとする俺を、陽名菊は押し倒す。


「食べません!信じてください!」


「こんな事されて「信じてくれ」は無理なお願いだね!それにさっき俺の事「美味しそう」って言ってたじゃん!」


「た、確かに美味しそうですし、なんなら今すぐ噛り付きたいです!それに、ここまで本能を揺さぶられたのは貴方様が初めてです!」


いらないカミングアウトをありがとう!と叫びたい所だったが、その口を陽名菊の左手で封じられてしまっていた。更には、両手が彼女のもう片方の手で捕まれてしまい、本格的に身動きが取れなくなってしまう。


「だ、大丈夫ですよー、食べませんからー。ただ、指の第一関節あたりをちょびっと、噛じるだけですから…そう、先っぽだけ…先っぽだけ…」


「ん〜!ん〜!」


結局食べるんじゃん、と心の中でツッコミを入れた。


自分の指先が陽名菊に食べられそうになる。必死に抵抗しているが、妖怪と謳うだけあってその力は、人である真司には到底太刀打ち出来るものではなかった。


顔を恍惚とさせ、はしたなく涎をを垂らす陽名菊。そんな二口妖怪を見据えながら、真司は自分自身の指たちに「さよなら」と心の中で別れの挨拶をした。


そして遂に、陽名菊の口の中へと指が入っていく。あとは、自分の指が噛みちぎられるという惨劇を持つのみ。


「いただきます…」


「〜〜!!!」


閉じられた口を確認し、真司はギュッと目を閉じる。





「……あれ?」


しかし、いつまで経ってもなくならない指の感触に疑問を抱いた。


よくよく考えてみると、今はあの二口少女の重さも感じないし、手を掴まれてる感覚もない。


うっすら目を開け、先程まで自分の上に乗っていた少女の姿を確認しようとする。けれど、その姿はない。


体を起こし、ふと左を見る。そこには、ヒビと凹みの入った木と、その下に横たわる陽名菊が姿があった。


あまりの急展開に気持ちがついていかない真司だが、咄嗟に陽名菊の傍による。


「お、おい!大丈夫か?」


「し、真也さん…お逃げ下さい」


「いや、何から?」


「あれ…です」


陽名菊のまっすぐ指を指す。


そこには、肩や背中から黄色の鉱石が生えた熊のような生き物がいた。


息を荒らげ、こちらを睨みつけてくる。


「な、なんだあれ?」


「月光熊です。早く逃げないと喰われますよ?」


「なんでお前はそんな冷静なの!?」


「だって月光熊って、雑魚中の雑魚じゃないですか…」


半眼でこちらを見ながらため息を吐く陽名菊。


どうやらあいつは弱いらしい。しかし、その雑魚と罵った相手にダメージを与えられてる陽名菊は一体何なのだろうか?


「取り敢えず、陽名菊も逃げるぞ」


「私は大丈夫です。アレを倒して、今日のご飯にします」


「いや、お前…そんな弱ってるのに」


弱よわしく立ち上がり、着物の袖の中から2本の小太刀を取り出した。


それを構え、陽名菊は大きく飛び上がり、真上から小太刀を構える。しかし、攻撃が当たる僅かな所で、月光熊が鋭い爪を有すその巨大な腕で払い除けた。そして、その勢いで飛んで来た陽名菊は俺に衝突する。


そんな陽名菊を抱きとめながら、一緒に腐葉土の上を横転した。


陽名菊の下敷きになりながら、俺は半眼で陽名菊に問う。


「なぁ、陽名菊。あいつ、雑魚じゃねーの?」


「雑魚中の雑魚ですよ」


「じゃあ、なんでこんなに押されてんだ?」


「それは…」


と、答えようとそたところで、陽名菊の腹から音が鳴った。


恥ずかしかったのか、顔を横に向け不機嫌そうな顔をしている。


そう言えば、腹減ってるんだっけ……まさかこいつ。


「腹減って動けないとか、ないよな?」


「……悪いですか?」


「うっそだろお前…」


お腹が空いて力が出ない、と。そんなんでいいのか二口妖怪。


だが、陽名菊のこの空腹をどうにかしてやれば、もしかしたら今の状況が打破出来るかもしれない。


「腹が満たせるようなもの、何か持ってたっけ…」


「貴方の腕が欲しいです」


「それは却下」


そう言えば、俺さっきまでこの子に指食われそうになってたっけ。


真也はそんな事を考えながら、左ポケットを探るが、そこでふと違和感を感じた。


左手がない。いや、左手どころか、左腕がなかった。どうやら転がった時に小太刀が刺さり、そのまま勢いに乗って、切り落ちてしまったようだ。


慌てて体を起こし、辺りを見回す。幸いな事に左手意外に損出した部位は無いらしい。そして、無くなった左腕は真也の足元に陽名菊の小太刀と一緒に転がっていた。


陽名菊に小太刀を返し真也も自分の左腕を拾い上げる。


なんとなく陽名菊を見ると、拾った左腕をじっと見ていた。


はしたなく涎を垂らし、「きゅるるぅ〜」と可愛らしくお腹を鳴らす様を見て、思わずため息が出る。


「…喰うか?」


「はい!」


目をキラキラと輝かせ、餌を待ち侘びた子犬のように食いついて来た。


可愛らしく、モキュモキュと言う効果音が似合いそうな食べ方だ。これが食ってるのが普通にお菓子とかだったら即効保存していた。携帯ないけど。


トウモロコシを食べる要領で肉が減っていくが、食べれば食べるほど滴り落ちる俺の血が、なんとも残酷な雰囲気を醸し出している。


「ん〜この口溶けの良い舌触り!芳醇な香り!そして何より、肉本来の旨み!もうどれをとっても最高ですぅ〜」


「そっか…」


目の前で自分の腕の食リポが行われるこの光景、俗に言うカオスというものではないだろうか。


これが本当に、食ってるのが俺の腕じゃなきゃ永久保存したのに!ちきしょう!…ちきしょう。


俺の腕を食い終わると、陽名菊はその骨をそこら辺に捨てた。ゴミ箱へと捨てられる手羽先の骨の気持ちがなんとなく分かった気がする。いままでごめん、手羽先…。


陽名菊は、「けぷぅ」と愛らしいゲップをしたあと、小太刀2本を俺の方へと構えた。もしかしてこのまま全部頂かれるのか?


「真也さんどいて下さい。食後のデザートです」


「で、デザート?」


訳が分からず聞いていたが、背後から「グルル〜!」という何かの唸り声が聞こえた。振り返ると、そこには先程お世話になった月光熊さん。


息を荒らげ、鋭い眼光を向けながらこちらを威嚇してくる。これが雑魚とは到底思えない。


腰を上げ、その場で勢いを付けたあと、四足ダッシュで突進してくる。これはもろに喰らったらとてつもないダメージだろう。


「はぁっ!」


そんな敵の突進に物怖じせず、陽名菊は威勢の良い掛け声と共に斬りかかった。


太刀筋は無駄な動作は一切無く、ただ一閃のみ。目に止まらぬ速さで移動し、月光熊の背後に着く。


小太刀を腰に付けた鞘に収め、その振動で鞘に付いていた鈴が「チリッ」となると同時、月光熊の体がバラバラに崩れ落ちた。


ちょっと格好良くて惚れそうになった。


「ふぅ〜、終わりましたー。月光熊は雑魚いですけど肉が甘いからデザートにはもってこいですよね〜。あ、真也さんも食べます?美味しいですよ?真也さん程では無いですけど」


「いや、遠慮しとく。あと、俺を至高の一品みたいな言い方しないで。怖いから」


生き物としてではなく、食べ物として見られているこの現状。


一刻も早く逃げ出したいが、さりげなく右腕を掴まれているため逃げられない。誰か助けて。折角異世界に来たのに、このまま喰われて終わるだけなんて嫌なんだけど。


「冗談ですよ。あ、でも最高に美味しいって言うのは本当ですから。安心してしてくださいね♪」


余計安心出来ない。むしろ熊の肉云々よりそっちが嘘であって欲しかった。


俺は冷や汗を垂らし、そんな事を思いながらクマ肉を頬張る陽名菊を見ていた。


相変わらず絵面がエグい。口周りには血がべったりと着き、肘先からは手から伝って来た肉の血が地面へと滴り落ちている。


「それで、真也さんはこれからどうしますか?良ければ街まで案内しますよ?」


「初対面の人にそこまでしてもらうのは申し訳ない」


正直、このまま一緒にいると食われそうなので、一刻も早くここから逃げ出したいというのが本音である。チビりそう。


「ですけど、事故とは言え真也さんの左腕を切ってしまったわけで……あれ?真也さん左腕…」


陽名菊は申し訳なさそうに俺の左腕を見ていたが、何故か驚いたような顔をしていた。


つられて俺も見るが、そこにはなんと無くなったはずの俺の左腕が復活しているではないか。


おそらく、「少しばかり強力な治癒能力」が発動しただろう。あの女神は1度、「少しばかり」の意味を調べた方が良いと思う。


「なるほど…そう簡単に死ねないわけか……」


「じゃあ好きなだけ食べてもいいですか!?」


「それはダメ」


「ちぇえ…」


陽名菊がしょぼくれた。


その場でしゃがみこんで、人差し指で地面にのの字を書きながら明らかな不機嫌アピールをしてくる。


「……さっきみたいに、偶然取れた時だけな…」


「真也さん!」


「っと、抱きつくなよ」


ご満悦のニコニコ顔だった。そして俺チョロい。


これはデレたという見方で良いのだろうか?ただただ陽名菊の無限食料庫になっただけの気がするが…。


まぁ、そこは異世界。デレたという事にしておこう。そう思わないと、隣の美少女ちゃんがただの人喰いの化け物に見えちゃうから。


「じゃぁ、早速街案内出発です!」


「だから街案内はいいって…」


「私の気がすみません!」


そう言いながら俺の手を引き、満面の笑みで歩み始める二口少女。


俺も出来る限りの笑みで返し、陽名菊の引かれた方向に歩いていく。


チートハーレムを期待していたが、これからはそんな願望は捨て、ただただ陽名菊に食べ尽くされないように注意し続けなければいけない。


天国に召された方が楽だったかも。


そして、今は何より、その口周りの血を一刻も早く拭い取って欲しい。





最初からこの様な調子で、俺の異世界生活は大丈夫なのだろうか?




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