ド底辺ランク冒険者の俺が、美少女ドラゴンを嫁にするまで。

はつひこ

第1話 竜の来訪

木製の柵で周りを囲っただけの、簡単な防壁がある田舎街…いや、村と呼んだ方がしっくり来るかもしれない。
長屋のように連なった建物や、二階建ての一軒家がチラホラと伺え、少し歩けば畑が見える。近くの大河で取った魚や畑で取れた野菜、木製の彫刻や家具などを売っていたりと、割と賑やか町だ。
けれど、田舎は田舎。
一番近くの都市に行くにしても、馬車で早くて五日は掛かってしまう程の辺境の地。あと一ヶ月もすれば王都行きの馬車が来るが、それ以外に他所から人が来る事なんて滅多にない。
一応、ライオット王国という国の領地内には入っているが、ここ周辺はモンスターが弱いのと人が少ない事が相まって、半年に一回領主が視察に来るだけ。それだけ興味を持たれていなかった。
そんな町の大通りを歩きながら、町中央にあるこの町最大の建物へと向かう。


「あー…やっと帰って来れた…メーさんも疲れたよね?」


俺が聞くと、頭に乗っているメタルスライムのメーさんがプルンと大きく揺れる。どうやらまだまだ元気な様だ。
メーさんの体をそっと一撫でした後、この町最大の建造物である冒険者ギルド施設の扉を開き、集会所へと足を運ぶ。
ちらほらと見える人達に軽くお辞儀をしながら、職員ロビーへと向かった。


「あら、レイじゃない。やっと帰って来れたのね?確か、迷宮の調査クエストを受けたのが…」
「四日前」
「そんな前だったかしら…。取り敢えず、おかえりなさい」
「ああ、ただいま」


俺に「おかえり」と言ってくれた彼女の名はカンナ。
黒髪黒目のポニーテールに、アホ毛がチャームポイントの少し気の強い女の子。
この町の冒険者ギルドを父親と二人きりで切り盛りしている凄い人でもあり、俺の幼馴染でもある。ちなみに年は同じ十六歳。
そして、最低ランクのF級冒険者である俺に、よく仕事を回してくれる正に女神のような人なのだ。


「それで、調査結果はどうだった?」
「ああ、モンスターの割に回収出来る素材は良かったよ。プラチナとかダイアモンドとか、あとたまにミスリルが取れたぐらいかな」
「どれも結構なお金になるじゃない。という事は、難易度の高い場所なのね…。モンスターとかはどう?」
「ああ、癖の強いのが多かったよ…。シャドウストーカーとかすぐ影に隠れちゃうから中々近付けなくて…」


─シャドウストーカー。
影の中を這いずり周り、尻尾の毒針で獲物を麻痺させた後、影に引きずり込んで捕食する…なんて恐ろしい噂話が広がる照れ屋なサソリ型ツンデレモンスターである。


「シャドウストーカーって…A級モンスターじゃないの…。あんたよく食べられなかったわね…」
「あの子達は人を食べないよ。偶に間違えて人を攫っちゃうけど、食べずにそこら辺に捨ててたし。本当は人が苦手で照れ屋さんなだけなんだよ」
「はいはい。メタルスライムに育てられた人は言う事が違いますね〜」
「本当なんだけどなー…」


冗談を受け流す要領で、カンナは俺の話を聞いていた。
どこかに喋れるモンスターでもいれば、カンナに俺の言う事を信じさせる事が出来るだろうか。
そんな事を考えながら、俺はメーさんを一度撫でた。


「メーさんが喋れたら良いんだけど…」


プルンプルンと頭の上で揺れる銀色のスライムに語りかけるが、やはり返ってくるのは揺れる振動だけ。
かくして、このようにメーさんと俺がじゃれているとカンナが咳払いを入れながら話掛けてくる。


「メーさんとじゃれるのは後にしてちょうだい。で、迷宮に変わった所はなかった?」
「変わった所…。あっ…」
「何かあったの?」
「ああ。迷宮の一番深いところにドラゴンがいたよ」


そう伝えると、カンナはギョッと驚いた様子で俺を見つめた。
カンナがこの様な反応をした理由は痛い程理解出来る。
ドラゴンと言えば、悪辣非道で災厄を齎すと言われるモンスターだ。
その体から生える鱗は、どんな物理攻撃も弾くと言われており、魔剣か上級魔法使いじゃないとかすり傷も与えられないと聞く。そして、口から吐く炎はどんなモノも一瞬にして燃やし尽くす灼熱の炎と言われ、直撃すれば最上級冒険者でも塵になるらしい。
世間一般の間では、ドラゴン一匹を倒すのに最上級冒険者が二十人は必要と言う話だ。
それだけ規格外のモンスターに俺が遭遇してきたと聞けば、生きてるだけで涙モノである。


「あ、でも安心して?そのドラゴン死にかけてたから何もされなかった」
「…ドラゴンが死にかけなのも気になるけど、取り敢えずあんたが無事で良かったわ」
「おう、ありがとな」
「別に…」


カンナは照れくさそうにふいっと目を逸らした。


「まあ、自作の回復薬で治療したけどな」
「……はっ!?」


先程の照れ顔は何処へやら、焦燥が伺える顔で俺の胸ぐらを両手で掴んで来た。
カンナは女の子の割に力が強いから、肉体言語に入られるとこちらのダメージがとても大きくなってしまう。


「あんた、自分が何したか分かってんの!?」
「分かってるよ…でも大丈夫だ。あのドラゴンは良い奴だから」
「根拠は?」
「俺の勘」


カンナに思いっきり殴られた。そして、俺を殴った本人様は頭を抱え始める。


「あんたねぇ…もしこの町に何かあったらどうするつもりなのよ…」


まあ、カンナが頭を抱えたくなる理由もよく分かる。
先程述べた通り、ドラゴンとは最強最悪のモンスター。それがこの町の近くで見つかったのだ。まあ、近くと言っても片道だけで一日潰れる程の距離があるが。
もし、そのドラゴンが言い伝え通りの悪竜で、完全に目覚めてこの町を襲いに来たら…なんて考えると、胃が痛む程度では済まないだろう。
だが、俺はあの竜は無害だと確信していた。一応攻撃はされたが、きっと警戒していただけだろう。回復薬を飲ませてからは、とても大人しかったのを覚えている。


「大丈夫だ。これは俺が自信を持って保証する」
「そうは言っても…はあ…」
「まあ、いざとなったら俺とメーさんで何とかするからさ。メーさんは最強だし」
「いや…何も起こらない事に越した事はないと言うか。と言うか、メーさんが特殊なのは知っているけど、さすがにドラゴンは無理でしょ」


弱っていたドラゴンのだが、一応ブレス一回分は耐え切ったのだけれど。
なんて風に心の中で愚痴を吐いていると、カンナが一度溜息をつく。


「はあ…。まあ、今はレイの言葉を信じるしかないか…」
「おう、そうしてくれ」
「あんたはほんと危機感ないわね…」
「信じてるからな」


自信満々に語る俺に、カンナはもう一度頭を抱える。


「もうこの話は終わりにしましょ。取り敢えず、依頼達成報酬渡しとくわね。取って来た素材はどうする?今すぐ換金も出来るけど」
「いや、これは今日のメーさんのご飯にするよ。メーさん、鉱石物大好きだし」
「相変わらず贅沢な物食べさせてるわね…」
「まあ、小さい頃に面倒見てもらったからな。親孝行、的な?良いもの食べて欲しいじゃん」


頭の上のメーさんは今日のご飯鉱石を心待ちにしているかのように、俺の頭の上でピョンピョンと飛び跳ねていた。
上機嫌なメーさんを宥めつつ、俺はカンナが渡して来た報酬の入った袋を手に取る。


「一応、あの迷宮は高難易度なのは確定してるし、正式にランク付けされたら報酬上乗せするよう組合に言っておくわね」
「それは別に良いよ。俺はF級として出来ることをしただけだから」
「ドラゴンと遭遇して生きてたF級冒険者なんて聞いた事ないわよ。それと、ちゃんと労働に見合った対価だから貰っておきなさい。依頼相手に失礼よ?」
「…わかったよ」


渋々了承すると、カンナは「よろしい♪」と上機嫌に返して来る。
そんな彼女を視界の隅に見ながら、報酬が入った袋に鉱石も纏めて仕舞い込み、それをベルトに携えたあと俺はカンナに言った。


「じゃあ、俺そろそろ帰るな」
「ええ、しっかり休みなさいよ」
「おう、サンキュ。んじゃ、またな」
「また今度ね」


手を振って見送ってくれるカンナを背中に、俺は冒険者ギルドを出ていった。



***



冒険者ギルドを出て西に少し歩いた所に、煙突が建つボロっちい木造の小さな家がある。
木の板で何度も継ぎ接ぎのように壊れた部分を繋ぎ合わされ、窓は黄ばんでいて場所によってはヒビなんかも入っている。
おそらく、誰がどう見ても長年放置された空き家だとしか思わない家。
ドアを開ければ、所々欠けた丸いテーブルと藁の敷布団を使ったシングルサイズのベッドに、扉の外れたクローゼットとこの家で一番まともな見てくれをしてる台所…そんな光景が広がる部屋が視界に写る。


「ただいまーっと…。あー疲れた…まじ眠い…。メーさんもおつかれー…」


俺が言うと同時、メーさんが寝床であるベッドの下に潜っていった。それに習い、俺もベッドの上に寝転がった。


「おやすみー…」


疲れが溜まった重い体が、ベッドに沈んでいくのが分かる。
どんどん瞼が重くなっていき、睡魔に誘われるまま俺は眠りについた。




─コン、コン、コン


目を覚ましたのは、そんな音がしたからだった。
ふと窓を見ると、綺麗に広がる星空が。
つい先程までお昼だったのに…と、そんなタイムトラベルのような感覚に陥りながら、少し軽くなった体を起こす。


「すみませーん!」


ドアの向こうから、在宅を確認する声が聞こえて来た。
俺は慌ててベッドから起き上がり、急いでドアを開ける。
ガチャりという音の先に、来訪者の姿が俺の目に写った─


「こんばんは!お昼に助けて頂いたドラゴンです!」


─そこには、白銀髪の美少女が素っ裸で佇んでいた。

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