【一話完結】ショートショートショート

野灰琉花

人口調整


小さい頃、保育士になるのが夢だった。

大学を卒業し、保育士になった。
理想と現実の大きすぎる違いに愕然とした。

あぁ。あっさりと就職が決まったのは、人手不足だから。
一人の保育士で、十人以上の子供の面倒をみる。
大人しくしている子は楽だ。
それ以上に、何をしでかすかわからない子供ばかりだ。

子供同士のケンカで顔に傷。
おでこに小さな擦り傷だったから、消毒した後、絆創膏を貼っておいた。
その日のうちに、おでこに擦り傷をつくった子の母親が、保育園に怒鳴り込んできた。
お迎えに来た時に、「ケンカして擦り傷ができちゃいましたけど」って、ちゃんと話をしたのに。

暴れ回る子供と、その親達の理不尽なクレーム。
夜になるとクタクタで、ウチに帰るとパジャマに着替えてベッドに大の字。
翌朝、シャワーを浴びて、慌ただしく身支度を調えて出勤。

こんな毎日が約一ヶ月。
もう辞めたくてしかたがない。

こういうのって保育園によるのかな?
もっとマシな保育園に勤めれば、楽になるのかな?

そう考えながら、今日も眠りに落ちていく。



「817番! 起きなさい!」
耳元で、そう怒鳴られて目を覚ます。
……『817番』って、私のこと?
ベッドはカプセルのようになっていて、パジャマもいつものとは違う。

「早く支度して! 検査が始まる時間よ!」
この怒鳴っている女性が、私の上司なのかな。
そう思いながら、支度をする。
どこをどうしたらいいか、見ただけでは分からない服なのに、難なく着替えられた。
何をしたらいいかも、身体が覚えているようで、何も考えずに支度を済ませることができて。

支度を終えた私は、上司であろう女性の後をついて、廊下を歩いて行く。
廊下の窓の外には、夜空が広がっている。
今の私がいるこの『世界』では、夜勤が私の仕事なのだろうか?
疑問に思いつつも、上司と一緒にとある部屋に入る。
部屋の中は、カプセルに入った胎児が、ずらっと並んでいる。

「私は右側の壁のカプセルをチェックしていくから、817番は左側の壁のカプセルを」
「……はい」
返事はしたものの、チェックって何をするのかと思っていたら、このチェック作業も身体が覚えているようで、カプセル内の胎児の動きや表情を見て、チェックリストに記入していく。

チェック作業が終わって、上司と二人で食事。
食堂のようなところに行き、トレイに乗せられた、コップ一杯の液体と、何かを焼き固めたような四角い物体を渡される。どうやら、これが食事らしい。

今の私がいるのは、どうやら『未来』とか『異世界』のようだ。
コップの液体も、四角い物体も、栄養バランスのとれたものらしい。
コップの液体を飲み、四角い物体を食べながら、そう感じていた。


「A3861で男性が一人亡くなったから、食事が終わったら、男の子を一人、人工子宮から出す作業ね」

食事を終えて、また壁一面がカプセルだらけの部屋に行く。
人工子宮から出す男の子は決まっていて、上司は手際よく人工子宮から『出産』させていく。

「あの……一人死んだら、一人産まれるって……そういうシステムなんですか?」
「817番、あなたは養成所で何を学んできたの?」
そう言われても、中身はただの保育士だ。
「この宇宙ステーション内の人口を一定数に保つため、人工子宮を使って『出産』を制限しているのよ」

その後も、上司のややヒステリックな口調での説明は続く。

今の私がいるのは32世紀の月。
地球は人口が増えすぎて、月や火星に宇宙ステーションを作り、コンピュータが、宇宙ステーション内を管理している。
宇宙ステーション内の気候は管理できても、住んでいる人間の寿命までは管理できない。
そこで、宇宙ステーション内での人口を一定数に保つため、人工子宮を使って、『一人死んだら、一人産まれる』という仕組みになっているという。
人工子宮内の数値的なチェックはコンピュータが行ってくれるが、胎児の表情や動きのチェックは人間の目と感覚に頼っているのが現状だ。
おかげで、年代ごとの人口数はほぼ一定。私が元いた世界の『少子高齢化』とは無縁な世界らしい。

人口を一定に保ち、その上で子供の適性に合った教育を行い、文化や芸術といった分野を支えているというのが、この32世紀ということだ。



「未来に来ても、子供と関わる仕事をしてるってことは、子供とは縁が切れない深い『業』みたいなものがあるのかも……」
今日一日を振り返りながら、仕事着から寝間着に着替え、カプセル型のベッドで眠った。

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