【一話完結】ショートショートショート

野灰琉花

呪文


椅子に座って本を読んでいたら、ひらがな数文字が頭に浮かんだ。 
その浮かんだひらがな数文字を、口に出して言ってみたら、いきなり椅子の背もたれの部分が壊れて、後ろに転んでしまった。 

家族で温泉旅行。 
泊まっている旅館の窓から見える、山間の紅葉を眺めていると、またひらがな数文字が頭に浮かんだ。
今度も口に出して言ってみたら、見ていた山が土砂崩れを起こした。土砂崩れは比較的小規模だし、被害者が出なかったのは不幸中の幸いだった。 


突然、俺の頭の中に浮かぶひらがな数文字。 これは何かを壊す呪文なのかもしれないと思って、ひらがな数文字が頭に浮かんでも、口には出さないようにしていた。 


会社の上司が嫌いだ。 
俺に振ってくる仕事は、理不尽なものばかり。
それでも、仕上げて報告すれば、文句しか言われない。 
俺の作った出来の良い企画は、俺の名前ではなく、上司の名前に代えられて。手柄は、全部上司のもの。 
この上司の下についてから、良かったことはひとつもない。 

今日も、仕上げた仕事の報告をしていると、いつものようにねちねちと文句を言ってくる。 
いつものことだと思いながらも、上司の言葉を聞き流していると、ふっとひらがな数文字が頭に浮かぶ。俺は思わず、それを口に出して小声で言う。 
目の前の上司は急に苦しみ出し、床に倒れてのたうち回る。 急いで救急車を呼び、上司は救急車で運ばれた。しかし、病院に着く前に、救急車の中で死亡したらしい。 


やっぱり、俺の頭の中に浮かぶひらがな数文字は、何かを壊す呪文だったようだ。

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