異世界魔女は気まぐれで最強です。

雨狗 嗄零(あめいぬ しゃお)

狂乱

話しかける大司教の言葉に、アサミは一切の反応を示さなかった。
心ここに在らず。
この言葉ほど現状を表すのに合っているものはなかった。

「うーん、極度の精神的負荷に対する自己防衛でしょうか?そうすると、暴走した時の為に用意だけしておきましょうかね。「神印しんいんの楔」を打ちなさい。「光の呪縛」「聖光牢獄せいこうろうごく」結界の周りに楔を!他のものは転移の準備。村の状況はどうなっていますか?」

朝美は大司教の魔法により、光の鎖と錠に繋がれ青い光の檻の中に囚われてしまった。
それだけでなく、その檻の周りには大きな羽をモチーフに描かれた印がはっきりと書かれていた楔が朝美を囲っており、身動き一つとれずにいた。

「転移魔法準備できました!」

朝美から少し離れたところで陣を囲み魔法の準備をしていた魔法使いたちの声に合わせて、外や教会の中にいた兵士達が慌ただしく動き出し、光の柱を生み出した陣の中に入っていく。

「くそ!!邪魔だ!」

動き回る兵士達の1人が倒れたシスターにつまずき転びそうになった。
そして、その兵士は怒りに身を任せシスターの寝ているような静かな顔に渾身の力を込めて踏みつけた。
鼻が折れたようで顔が凹み、血
が流れ出す。そして、トドメとばかりに蹴り飛ばし首が直角に近い角度に曲がる。

その時、朝美の心が音を立てて崩れた。

「あ"あ"あ"あ"!!!!!」

突然の変化に朝美の運び出しの準備をしていたもの達は驚き転げ、転移に走る兵士達の足は止まる。
そして、凄まじい衝撃とともに今にも壊れそうな音を立てて結界が光出す。

「大司教様!これは!」

「始まりましたね。異世界人の暴走。狂乱と言ってもいい現象です。世界を渡り溜め込まれた力が、人という器から溢れ出し制御不能な状態となったのです。あとは、力の限り辺りを破壊し消滅するのです。」

その話を聞いて恐怖と焦りの汗が溢れ出した、兵士にニヤリと笑いかける大司教。

「安心しなさい。あの結界が動きと力を抑え、その周りの神印が力を吸収して結界を強める。これぞ、私たちが長年にわたって研究し生み出した異世界人捕縛用の人口宝具!!!」

自信満々に両手を広げ高笑いをする大司教に、焦りを見せていた周りの兵士達はだんだんと安心し落ち着きを取り戻していった。

「許さない!許さない!シスターやみんなを殺したあんた達を!!!!」

「おー、それは恐ろしい!そんなことを言う恐ろしい客人には我々の安全のために首輪をして頂かなくてはなりませんね。」

大司教が取り出したの、ネックレスともティアラとも見える形の透明な石がいくつも繋がれてできた道具だった。

「隷属の水晶具」

着けた者の意思を奪い、ただの傀儡へと変化させる恐ろしい道具。
これを構成する石一つで十分なところを、念には念をと約二千にも及ぶ数を使って作らせたこれをつければ例え異世界人であっても暴走さえも抑え、操ることができるはずだった。

魔法を使い、結界に捉えていた朝美の首に水晶具がつけられて溢れ出していた力が抑えられ段々と収まっていく。

「せいこうだー!!!」

こればかりは、大司教という立場あるザグマ・セルクでも声を上げずにはいられなかったようだが、次の瞬間全てが光に包まれた。
そう、すべて。

「な、なぜ!」

隠せない驚きを残し倒れる大司教。
あたりは何もない。えぐれ焼け焦げた大地が村一つ分広がっている。

「やったよ・・・シス、ター。」

朝美は意識を失い、拘束していた結界が砕け周りの神印も砂となって崩れ去る。
______________________

「やはりこういう結果となったか。プスチナ・・・。間に合わなかった!もう少し早く来れていれば!!!」

大地に膝をつけ涙を流すローザは自分の無力さを責めずにはいられなかった。
何が隊長だ!1人の部下でさえ守ることすらできないではないか!と。
周りにいる精鋭の部下達がフォローに周り慰めるが、顔が上がることはない。
ともに戦場を駆け、長年付き添った最も信頼していた部下を失ったのだ。
ローザの元を離れたからと言って、その関係までなくなるわけではない。

「ローザ隊長!ローザ隊長!!!!生存者です。子供が1人生きてます!今、手当てをしていますが・・・。」

ローザは顔を叩かれながら起こされた。
いつまでもこうしてはいられない事を、考えられる位には冷静になれたローザは子供の元に行くと驚かされた。

体は傷だらけ、なのに子供の周りには近づく事を拒絶するように薄緑色の光が飛び回っていた。
ローザはこの光が精霊である事をすぐに理解した。
これはまずい、今は飛び回る精霊の外から回復魔法をかけているが子供の体を完全に治すには近づかなければ無理だ。

「隊長!このままでは、この子供は体力が持たず死んでしまいます。どうしたら!!」

回復魔法をかけている部下が必死に助けを求めるが、ローザには答えがない。
するとローザは、耳にある柘榴石のピアスを触りより上の者に指示を仰ごうとした。

「フィナ様!フィナ様!今、怪我を負っている子供が精霊に守られていて、回復魔法を・・・。」

「かけられなくて困っている。でいいのかしら?」

鮮明に聞こえた声の方に思わず振り向くと、黒と緑の混ざった髪に星の輝きを落とし佇む美しい美女がいた。

「大丈夫よ。この子は助かるわ。」

微笑む姿は女神のように美しかった。

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