悠久の旅人

神崎詩乃

【国営墓所編】その4

  ハルス評議国は人間至上主義の国である。それは腰が痛くなる酷い馬車の中から街を観察していて分かる。それを遠目で睨みながら草介は敢えて不愉快そうな顔をした。
「なんだよ。ボウズ。その面は。」
「別に?不愉快なものを見て吐き気を催しただけだ。」
「不愉快なもの?」
「あんたの面さ。」
「このクソガキ……。」
「怒るな怒るな。血管切れて昇天しちまうぞ?」

「ご、ゴルム様……その……到着しました。」
「う?あぁ。ご苦労。では参りましょうか」
「うへぇ。気持ち悪」

 ピクピクと青筋を浮かべながらゴルムは大きな建物に入ると草介もそれに続いた。
 その建物は荘厳な造りで代々の歴史を感じる。そんな中をスタスタと慣れた足取りで歩き、ゴルムはとある部屋の前で止まった。
「こちらです。」

 黒檀の大きな扉が音もなく開くと、そこには全身金属鎧を身にまとった男共が談笑していた。
 視線を奥にやると赤ローブの集団が目に入り、更に奥には女性だけで構成されたチームが見える。
「皆様、ようこそおいで下さいました。只今評議員の方をお呼びしますのでもう少々お待ちください。」
「なぁ、爺さん、もう待ちくたびれたぜ?」
「もう少々お待ちを。準備が整いましたらまたお迎えにあがります。」
「お、おう。」

 ゴルム老が多少威圧を含めると先程までのざわざわとした雰囲気が消えた。
 その後5分程待つとゴルム老とメイド姿の人々が案内を始め、草介が部屋に入ると扉が閉まった。
「やぁ、わざわざお越しいただき、まずは感謝する。私はハルス評議国首席評議員スクルド・ヴィスコンティだ。よろしく。」

 40代半ば程の金髪の男が深々と礼をし、その様子をボーッと眺める。

「君たち腕利きのハンターを呼んだのは他でもない。君たちハンター達には先程『げぇむ』なる招待状が届いただろう。」
「あぁ。これだろ?」
「そうだ。話によれば爆弾を括り付けられた男たちは国営墓地の警備に当たっていた人間だった。国として彼らを超える軍事力はそう簡単に動かせない。動かすにしても長い時間が必要になる。その時間を稼ぐ為に関係者たる君たちを呼んだ。」
「なるほど。理由は理解した。で、俺達に何を求めるんだ?」
「今回の事件の調査をお願いしたい。可能な限り軍の始動を早めるが間に合わないと判断したらそのまま君達に討伐を依頼する。」
「分かった。その話受けよう。」

 紅いローブの1人が声を上げると次々と受諾の意思を表明した。

「依頼料は?」
「おいおい、お前さんそれは卑しいだろ後でいいじゃないか。」
「は?死ぬかもしれない事に関わるのにそれに見合うものが無ければ動く気にはなれないだろ」
「そんなの……この国の英雄になれば……。」
「俺は流浪の民なんでな地位や名声なんて要らん。」

 草介の言葉に鋼鉄十字騎士団の男は眉をひそめたが先程スクルドと名乗った男が手を叩くと口にでかかった言葉を引っ込め、話を聞く姿勢をとった。

「すまない。報酬の話を忘れていたね。報酬は各チームに前金で金貨450枚。成功したチームに白金貨10枚でどうだろう?」
「は、白金貨!?」
「今回の事件は爆弾の威力共々十分に命を賭けることになる。ならば出費は惜しまないさ」
「た、確かに……。」

 草介は静かに窓辺に移動するとポケットから1枚の紙を取り出し、外に放った。すると、紙は命を吹き込まれたかのように鳥の姿になるとパタパタとどこかに飛んでいった。
「その条件なら、受けよう。契約書だ。サインと日付を入れてくれ。」
「口約束は信じないと?素晴らしい。商人の才能が有るね。君は。」
「そりゃどうも。」
 草介は異空間から契約書と特殊なインクを取り出し、スクルドに書かせるとまた、異空間にその紙をしまった。
「じゃあ、俺はこれで。」

 草介は前金を受け取ると議事会を後にした。外に出ると、通りで大声を張り上げている露天商や兵士の姿を見かけた。その中にひっそりと佇む1人の少女を見つけるやいなや草介は気配を消して近づき、声をかけた。
「よ、お疲れさん。」
「……おどかさないでよ。……ったく。」
「気付かない方が悪い。」
「吸血姫より気配を消すのが上手い人間にそんな事言われても無理。そんな事より何だったの?」
「あぁ、今回のゲームの参加者に初期費用が渡された。って感じだな」
「いくら?」
「金貨450枚。成功したチームに白金貨10枚だって。」
「怪しい。」
「もちろん。布石は打っておいた。」
「流石。」
「そっちは?」
「国営墓所内は現在立ち入り禁止。どうやら壁際までなり損ないが迫ってきてるみたい。数組のハンターと警備隊が戦ってた。」
「何故……。」
「わからない。」

 2人はお互いに得た情報を交換し、近くの食堂で食事をとった。
「そうそう。変種まで出てるらしいよ。ハンターたちが何人かやられてるってさ」
「へぇ。そいつはちょっとまずいな。」
「事態は一刻を争う状況になりつつある感じ」
「国からの怪しい依頼に急速に進化を遂げるなり損ないか。」
「裏に何かあるのは確実。」
「まぁ、喋っちゃもらえねぇだろうけどな。後で行ってみるか」
「戦術人形は置いてきた。今亜人型と戦闘中。」
「シロ、続きは歩きながらだ。連中が来る。」
「連中?」
「同業者共だよ。」
「あぁ。なるほど。じゃあ気配を消しておくね」
「あ、俺も消しとこ。」
「分かるようにして。じゃないと困る。」
「はいはい。」
 2人が入った店は割と人気の高い店らしく、ほぼ満席状態である。しかし、彼らが来ると賢者が海を割るように人の海が裂け、そこで食事していた男はそそくさと移動した。

「すまないな。協力、感謝する。」

 見れば鋼鉄十字騎士団の連中である。先程突っかかってきた髭面が、横柄な態度をとりながら食事をしている。

「あの守銭奴め……何が流浪の民だ……。評議員達の目に止まり、仕事を斡旋してもらえば危険なく稼げるというのに……。言わば先行投資というやつだ。それを奴は……。」

 グダグダと喋る髭面を後目に草介とシロは会計を済ませて外に出た。

「あの人なんであんなにいらいらしていたの?ソウスケ何かやったの?」
「何も?ただ、依頼料の話をしたら『卑しい』だのなんだの言ってきただけだ。」 
「この国は平和だったんだね」
「今その平和が脅かされているが呑気な奴らだな。」
「そうかもね……あ、」
「どうした?」
「亜人型にやられた。」
「戦闘人形がか?」
「……うん。」
「事態はより緊急性が上がったな……さて、動くぞ」
「うん。」

 昼間だと言うのに活動しているなり損ない……。更にシロの七割ほどの力を有した戦闘人形を屠る力……。非常に危険極まりない。昼間はどこかで光を避けているなり損ないが夜になればどうなるか等自明の理である。間違いなく、夜が危険だ。

 薄暗くなった路地を曲がると紙飛行機が1つ、フラフラととんできた。不審に思いながら  それを手に取った。

「さぁ、ゲームスタートだ。せいぜい楽しませてくれよ?」

 男は手に持っていたなにかのスイッチを躊躇いもなく、押した。すると次の瞬間国営墓所を囲む高く強固な壁が崩落し、外の世界と繋がった。

 既に時刻は夕暮れ時、動きが活発になっていたなり損ないが音に集まり瓦礫を超えていく。


 こうして、ハルス評議国に恐怖の帝王が舞い降りた。

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