悠久の旅人

神崎詩乃

質問と答え

 住む人間が消え、すっかり荒れ果てた道を車が走る。運転席には無表情な男。助手席には綺麗な白髪の少女を乗せていた。

「ねぇ。ソウスケ、男を探すのは分かったけど、どうやって探すの?」
「いや、もう既に居場所は割り出した。」
「ならどうして……。」
「調べたい事が出来たんでな。本部に今調べさせてる。」
「……。そう。」

 短い会話を済ませるとの前に草介は車を教会の前に停め、静かに降りた。

「やぁ。久しぶり。でいいのかな?」
「あぁ。そうかもな。」

 男は相変わらずライフルを片手に紫煙をくゆらせていた。
「それで?なぜ戻ってきたのかな?」
「恐らくテメェの嫁さんと思われるなり損ないを見た。だが、それでちょいと聞きたいことがあってな。お前に聞きに来たんだよ。」
「聞きたいこと?何かな?」
「お前……一体何人使ったんだ?」
「え?」
「ふむふむ。なるほど。バレたか。いやしかし、どうして分かったんだ?」
「素直に……認めるんだな」
「当たり前じゃないか。彼女は私の最初の作品だよ?」
「作品……。」 
「そう。私はこの国のなり損ない研究の権威だった。そして国は当時私に成果を求めた。この国は隣国と少し揉めていてね。新たな力を欲していたのさ」
「まさか……なり損ないを軍事利用……。」
「おやおや、勘のいいお嬢さんだね。そうさ。なり損ないを軍隊として当時の国王は私に依頼したのさ。この国唯一の死霊術師ネクロマンサーの私にね。」
「死霊術師……?」
「あぁ、そうさ。蘇生魔術よりも簡易的な死霊魔術で死体を操る。禁忌の術式だが、2つ条件がある」
「1つは新鮮な死体の方が言うことを聞く。」
「もう1つは……適性がある。」
「よくご存知で。話が早くて助かるよ。国王はせっかちでね。私が頑なに首を縦に振らないから強硬策に出た。『死にたてホヤホヤの上質な素材の提供』というね。」
「……まさか……。」
「あぁ。あの愚王は私の妻を私の目の前で殺し死霊魔術をかけるように要求したのさ。」
「……。」
「そして私は吹っ切れた。妻無きこの世界にもはや未練はない。私は私自身に死霊魔術を掛け首を吊った。私の死後私の肉体がなり損ないになり、この国を滅ぼすことを願って……。」
「そんな!」
「シロ、気をつけろ。奴のペースに巻き込まれんな。」
「う……うん。」
「素晴らしいね君は。全てを肯定した上でその余裕。実に良い。」
「うるせぇ。こっちは既に依頼を受けたんでなウルス、お前を殺す。」
「おや?その名を名乗ったつもりは無いのだが?どこで聞いた?」
「は、知らねぇよ。嫁さんに聞いてみたらどうだ?」
「……ガキが……調子に乗ってんじゃねぇぞ?」
「そっちの方が下衆っぽいな。お似合いだ。」

 草介はそこで話を打ち切ると駆け出した。ウルスはそんな草介にライフルを向けるとトリガーに指をかける。そして、間髪入れずに引き絞り、弾丸が送り出される。
 旧式とはいえライフルにとってこんな距離あってないようなもの。凶弾は一直線に草介の足に吸い込まれていく。

 しかし、当たることは無かった。

「外れた?しかし……。」
「後ろ見な!」

 反射的に振り返ったウルスは自身が放ったはずの弾丸を足に受けた。
「何?」
「やぁどうも。クソ野郎。」

至近距離まで近づき、一閃。宙を舞うのは腕。

「な……どこから出したんだ?まるで手品じゃないか。」
「手品は得意だぞ?ほらこんな具合に」

 草介は手から刀を消すと再度走り出した。

「くっ。」

ウルスは自身の血で汚れた地面に素早く文字を刻むと魔力を流し込み、ゴーレムを作り出す。

「おっと。」
「ゴーレム。そこの人間を殺せ!」

 教会の床材で創り出されたゴーレムは主人の命令通り草介に襲いかかる。刀で応戦するも相手は人間ではない。いくら切り飛ばしても再生され、徐々に押し込まれていく。

「ソウスケ、3カウントで胸元の十字架の当たりを斬って!1,2,3今!」

 後方からの支援が届く。シロが魔力隔壁でゴーレムを包み、核への魔力供給を遮断したのだ。

「無茶言うな!ったく!」
 無茶と言いつつ指示通りゴーレムの核を砕くと再度ウルスと肉薄する。
「凄いな。ハンターってやつは……。」
「クソったれ幾つ銃器隠してやがんだてめぇ……。」
 ウルスが取り出したのは散弾銃だった。たまたま急所を外れた弾は脇腹を抉り草介の呼吸を乱す。
「はっ。所詮は人間ですか。」
「まぁいいや……。条件が揃った。」

 ドクドクと流れ出る血潮。その勢いは激しく動いていたせいか止まる気配はなく、常人ならショック死しているであろうレベルである。

「これだけ流せば……さすがに足りるだろ……。全く……難儀な技だ……。代償が……一々でかいんだよ……。」

 流れ出た血がうねり出す。そして、実体を持った生き物のように軽やかに動き出す。
『屍山血河……軌道条件を達成しました。マスター「ソウスケ・ウツミ」の戦闘続行不可。欠損部治療後危険を排除します。サブマスター「シロ」指示を。』

 血と土塊が混じり実態を持った戦闘人形がシロに指示を仰ぎ、戦闘が再開される。

「くっ」

 先程とは比べ物にならない練度で素早く3閃。両腕と両足がおもちゃのように切り飛ばされる。既に死んでいる身としては再び結合させるのは簡単なことだが戦闘中にそんな隙を見せる訳には行かない。

『危険度低下。魔術の行使を封じました。危険度低下。戦闘終了。睡眠形態に移行します。』

 まさに一瞬だった。圧倒的な力を持つあの人形……。一体何者で何故そんなものを人間が保持しているのか。
 ウルスは薄れた意識の中でそんな疑問を抱いた。

「はぁ……はぁ……。シロ……。」
「生きてるよ。ソウスケ。」
 顔色は死人のような土気色。呼吸も荒く、目も焦点があっていないように見える。
『屍山血河』
 ソウスケが持つ最後の手段。
 自身の血肉を使い、瀕死に近い量を流すと発動する。
 スキル……というものらしい彼女には自我があるようだ。ソウスケの肉体的損傷は一瞬で流すが、瀕死になるまで流した血は元には戻らない。その為、彼はしばらく戦闘が出来なくなる。
「本当に……どうしてそんな無茶をするの?」
「……うるせぇ。」

 血が抜けたせいか少しばかり軽くなったソウスケに肩を貸し、四肢を奪われたウルスの前に移動する。

「完敗だ。煮るなり焼くなり好きにしたまえ。」
「……何故……貴方は奥さんをあんな……姿に?」
「はは。先程の話を聞いていなかったのか?彼女は私の作品……だと」
「嘘。」
「……まるで見てきたような口ぶりだな」
「貴方は奥さんを守る為に他の遺体を使って奥さんを核にした。違う?」
「私は彼女を守れなかった。」
「この国は既に滅んでいる。しかし、私達はハンター。なり損ないに成り果てた屍を本来の姿に戻すのが役目……。」
「ふふ。彼は少し熱くなりすぎたみたいだな。」
「ソウスケは弱いから。頑張りすぎる。」
「……あれで『弱い』ね本当ハンターとは何者なんだい?」
「……。秘密。」
「そうか。では……そろそろ時間が無い。最後に願いを聞いてくれないか?」
「何?」
「私と妻を……同じ場所に葬ってくれ……。」
「……分かった。」

 苛烈な戦闘から2日後。

 教会の鐘が静かになり損ないたちを弔う音を鳴らした。

「さて、次に行くか。」
「平気なの?」
「少しダルいが平気だ。」
「あぁそう。」

 車に乗りこみ、移動を開始する。食料に余裕が無いため次の街には必ずとまらなければ……。
「ソウスケ、本部から何か来てるよ。」
「あ?」 
 何処から現れたのか荷物が後部座席に追加され、送り主に『ハンター本部』と書かれていた。
「相変わらず謎な組織だなハンター本部」
「……そうだね。」

 2人は何も無くなった荒野を走り続けた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品