悠久の旅人

神崎詩乃

虚ろな国

 荒れた草原で砂煙を上げながら走る1台の車があった。車は所々改造が施され、運転席には男。助手席には女が座っていた。
 後部座席は荷物やら武器やらが乱雑に積み上がってさらなる乗客を拒んでいる。
「ねぇ、そろそろ街につかないと食料が心もとないよ?」
「あ?あぁ。そうだな。確か地図によるとこの先にそこそこでかい国があるはずだ。そこで補充しよう。」

 女の指摘にぶっきらぼうに男は答えたが女は意に返すことなく窓の外を眺め始めた。
「旅を初めて数日間。何も変わらないわねこの風景。まるで同じ所を通ってるだけみたいだ。」
「そら、見えてきたぞ。城壁が。」

 2人の前には荒地にぽつんと城壁が門を閉ざしていた。車で近づくも門番の1人も居ない。
 城壁は石でできており、所々苔むしている。随分と古くからある国なようだが、門番がいないというのは十分怪しかった。

「ねぇ、普通こんなに近づいて門番の一人もいないものなの?」
「いや?普通は居るはずだが?もしかしたらこの国は先進的な国なのかもしれない。」
「そう。入国早々殺されなければ良いけど?」
「いい子にしてれば最悪死にはしないだろ。」
「どうかな……。」

 大きな城門の隣には馬車が通れる大きさの通用門があり、その隣に守衛所があるが誰も居ないようである。
「参ったな……。」
「取り敢えず入る?」
「通用門が開けば入る。空の国かも知れないしな。」
「そうだとすると食料は絶望的ね」
「うぐっ……。まぁ、何とかなるだろ」
「どうだか。」
 車を降りて通用門へ向かうと門は閉じており、とても人間の力で開けられそうにはなかった。
「ダメだな。開いてねぇ。」 
「そこの守衛所を調べてみたら?私は車を見てる。」
「……。はいはい。」
 守衛所の中は荒れていた。窓から入り込んだ砂が土となり、草が繁茂している。とてもじゃないが人の出入りがあるようには見えない。 そして、机の下に決定的なものを見つけると男は壁のスイッチを押した。

ゴゴゴゴゴッ

 地鳴りを響かせ金属製の門が開く。そして、それを見届けた男は車に乗り込むと静かに走らせ始めた。

「何かあったのかな?顔に書いてあるよ。」
「茶化すな。骸骨だよ骸骨。おそらく門番のもんだ。死後2~3年って感じだった。」
「なるほど。年齢は?」
「頭頂部の縫合痕から見て30代位だったな。死因は何者かに頭撃ち抜かれたってところだ。」
「どうしてそう言いきれるの?」
「拳銃自殺するなら眉間なんか撃たねぇよ。口に咥えて後頭部撃ち抜きゃ済む話だ。」
「なるほど、確かにその通りだね。」

 車は門を過ぎ、目抜き通りを突き進む。国の中は荒れ放題で割れた窓ガラスや血の跡が辺り一面に広がっている。

「……戦争……かな?」
「いや、内戦だな。」
「ふぅん。」

 車を走らせていると辺りに銃声が響いた。
「生存者がいるみたい。」
「友好的なやつとは思えないがな。」
「確かに。」

 2人を載せた車は目抜き通りを南に下り、大きな広場で止まった。
「食料どうすっか」
「……。どうにかなるんじゃなかったの?」
「まぁこの国じゃなくても3日以内くらいに次の街に着ければ間に合うぞ?」
「なるほどね。」
「あとは家探しして使えそうなもの頂いていくかだな。」
「犯罪。」
「どうせこの国出るならそれもアリだろ。」
2人の眼下には湖があった。その手前に何体かの白骨遺体が転がり、湖の中でも屍蝋化した腕が水面から顔を出している。

「綺麗な湖なのに……台無し。」
「何かあったのは間違いないな。なぁ、そこの影に居るやつ。今なら命だけは取らないでやるから出てこいよ。」

 湖の畔に佇む朽ちた教会の扉を開け、静かに男がでてきた。男は弾倉を抜いたライフルを地面に置き、両手を上げている。
「……いつから私がそこにいると分かっていた?」
「銃声を聞いた時に大体の位置は把握した。ここに来た時に一瞬だけ殺気を放ったのが間違いだったな。」
「……降参だ。もとより勝てる見込みなどなかったがこうなってしまっては私に勝ち筋などない。」
「……俺は勝ち負けとかどうでもいいんだが折角だ2,3日分の食料をよこせ。」
「強欲」
「こういうのは強かという方が正しいぞ」
「……分かった。私の根城に案内しよう。着いてきてくれ。」
「……ホイホイ付いていくと思うか?」
「……それもそうだな。待っていてくれ。直ぐに持ってくる。」

 男はそういうと十数分後に戻ってきた。
「持ってきた。あんた……名前は?」
「なんだ、知っていた訳では無いのか。」
「何分ここには情報を知る手段がないんでな。あんたの身構え方……相当な手練なんだろ?」
「大したもんじゃない。俺は内海草介。ただの旅人だ。」
 男は名乗ると少しも警戒をとくことなく食料の詰まった袋を貰う。
「私はシロ。その袋に毒物とかそういうのは無いね。安心していいよソウスケ」
「やれやれ……私はとんでもない連中にライフルを向けようとしていたんだな。」
「向けたら問答無用で殺していたが?」
「命拾いしたよ。」
 男はそういうと膝を着いた。
「頼みがある。どうか私を殺してくれ!」
「「は?」」
 唐突な男の願いに2人は絶句すると男は1人で饒舌に自らの罪を告白しだした。

「私はこの国で有数の医者だった。何人もの患者を救い、何人もの人間を看取ってきた。そんなある日、妻が原因不明の病に倒れ、死んだ。長年連れ添った妻を亡くし失意のドン底に叩き落とされた私は当時禁忌とされていたある方法に手を出した。」

「蘇生魔術……?」

「そうだ。博識だねお嬢さん。私は蘇生魔術で妻を生き返らせようとした。結果としては妻は蘇らず、魔物となりこの国を滅ぼした。」
「なり損ない……か。そいつは今どこに?」
「奴は……私を探して夜な夜なこの国をさまよっている。生命の理を冒した私に報いるために……。」
「それで?何故俺たちに殺されたいと?お前がそのライフル抱えて死ねば解決するじゃないか。」
「……。確かにその通りだ。済まない、言葉を省略しすぎた。君達に依頼したい事は変わり果てた妻を再度殺し、その後私を殺してくれ。頼む。」
「……。」

 静寂が3人を包み込む。最初に口を開いたのは普段無口なはずのシロだった。
「なり損ない案件なら是が非でも受けなきゃ行けないんじゃない?ソウスケ」
「……あぁ、そうだな。だが、お前の自殺の手伝いをする気は無い。死にたきゃ勝手にしろ。」
「……。あ、ありがとう……。」 
「シロ、行くぞ。」
「了解。でもいいの?特徴とか聞かなくて」
「問題ない。」
「そう。ならいいけど。」

 草介は運転席に座ると男を置いて車を走らせた。

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