今日も今日とてくノ一の幼馴染が自分を悩ませる……

サクえもん

4話 宿

 時は里を出立してからおおよそ三日程。
 朧と輝夜は、 現在川城の近隣にある小国であるにいた。

 「今日はここに泊まりましょう 」

 そういう輝夜は、 いつもの少々きわどい忍び装束から町娘の格好へと着替えていた。
 それもそのはず忍は正体を隠さなければならない。
 その為忍たちは、 村や城下に入る際は、 こうして変装するのだ。
 例に漏れず朧も今は、 商人風の格好をしていた。
 そんな朧だが今絶賛混乱の極みに陥っていた。
 何せ輝夜が指定した宿。 それは今二人のいる場所である川名の城下町の中で最も高価な宿であったからだ。
 
 「か、 輝夜。 ここはいくら何でもいけません」
 「何故ですか? お金はあるのでしょう?」
 「それはそうですがこれは我が主に貰った大切なお金であり、 このようなところで使うなど……」
 「お金は使わなければ持ってても意味がありません。 それにここ最近ずっと野宿だったのですからたまにはこういう贅沢もいいではありませんか」
 
 輝夜はそう言うと朧が止める暇もなく、 建物の中へと入っていた。

 「すみません。 部屋の空きってありますか?」
 「申し訳ございません。 今はほとんど埋まっておりまして……」

 宿屋の女将の言葉を聞いて朧は、 ホッとしていた。
 何せ部屋が空いていないのだ。
 空いていなければ泊まることはできない。
 それはまさに朧にとっては行幸であった。
 だがそんな朧の希望は次の瞬間見事に打ち砕かれた。

 「ただだけ空いておりましてそちらでよろしかったらお通しできるのですが……お二方のご関係は……」
 「兄妹です。 ですので別に部屋が同じでも問題ありません 」
 「輝夜勝手に……」
 「まあそうだったんですね。 兄妹仲がよくて羨ましいですわ。 私はてっきり夫婦に見えましたもの」
 「そ、 そうですか  そう見えちゃってますか 」
 「輝夜。 もう少しボリュームを下げて……」
 
 -にしてもこの女将かなり商売がうまいと見える……しかもどこかで見たことがあるような……
 朧の中で目の前の女将の警戒レベルが引き上げられる。
 おかみの容姿は、 とても整っている。
 その美しさを例えるなばまさに蝶。
 実際彼女の綺麗な黒髪には、 蝶をかたどった簪が刺されており、 それがより一層彼女の魅力を引き立てていた。
 しかも容姿だけでなく彼女は金もあると見えた。
 朧がそう判断した理由は、 彼女の服にお香の匂いが付着しているのを察し、 服にお香をたくのは金持ちの女性の癖みたいなものであったためだ。

 「兄様何ぼさっとしているのですか  早く行きますよ 」
 「むぅ……」

 ーこうも無防備に楽しまれるとこちらとしては輝夜の忍としての将来が心配になる……だが女子としてはこのほうが幸せなのかもしれぬが……
 朧は悩んでいた。
 本当に彼女をここまで忍として育ててしまっていいのかと。
 彼女は、 本当は普通の女子としていきたいのではないかと。
 今彼女の命運を握っているのは、 間違いなく朧である。
 そして朧がここでひとたび彼女に普通の女子としてこれから生きろと言えば彼女は、 そうせざるを得ない。
 だからこそ彼は、 今の彼女の様子を見てその方がよいのではないかと思ってしまったのだ。
 何せ今の輝夜の表情は、 彼が見る限りただの女子にしか見えないのだ。
 忍において性別もまた道具である。
 特にくノ一は、 暗殺対象が男性の方が多いということもあり、 その体を使って相手を誘惑し、 堕落させるといった手を使う。
 事実くノ一の大半は、 有権者の愛人として近づくひっそりと暗殺とするのが主流の手だ。
 またそれだけでなく時には、 自身の主を満足させるためにも己が体を差し出さなければならない。
 その結果くノ一は、 多くの男の体を嫌でも知ることとなる。
 無論そう言った事を楽しめる人間ならばいいのだが、 輝夜にはどうにもその気が全く見られなかった。
 事実輝夜の身持ちは、 非常に硬い。
 大抵のくノ一は、 十五の頃に純潔を奪われ、 性の技を仕込まれるのだが、 彼女はなまじ実力があった為その過程を自ら突っぱねており、 彼女の祖父が過保護なこともあり、 彼女はそう言った技を一切習得していなかった。
 彼女がそうまでして身持ちが固い理由……それは偏に彼女が恋する乙女に他ならないからである。
 彼女は自身の初めては、 自身の好いた男である朧に捧げるつもりなのだ。
 ただそんな事を当然朧は知らないし、 技の方も当然優秀な彼女ならば習得していると思っている。
 だからこそ彼は思い悩む。 彼女にくノ一を続けさせていい物かと……
 くノ一としてではなく、 普通の女子として生きた方が幸せに生きていけるのではないかと……
 
 「ここが当宿一番の部屋である菊の間でございます」
 「凄い……」
 「むぅ……確かにこれは中々……」

 菊の間と呼ばれる部屋は、 朧が想定していたものよりも遥かに広かった。
 それだけでなく、 部屋の中からは朧が好きな匂いである新木の香りが感じられ、 その匂いを嗅いでいるだけで不思議と彼のこれまで堪った疲れが自然と癒されていくような感覚を感じていた。

 「それとお風呂の事なのですが……」
 「お風呂があるのですか…… 」
 「はい。 内の所有する山から温泉の源泉が当たりましてそれを引いてきているのです」

 その言葉に輝夜は目を輝かせる。
 輝夜は昔から無類の風呂好きの女性であった。
 その為川城に向かう途中今までお風呂に入れず、 水浴びで済ませていたことに今まで不満を募らせていたのだ。 ただその不満も今解消された。
 -お、 お風呂に入れる……  やっと…… 
 輝夜の胸中には、 もう風呂の事しか考えられなかった。 それ以外の事は全て吹き飛んでしまうほど彼女は喜びに打ち震えていたのだ。

 「して風呂場はどこにあるのですか?」
 「一階の受付を下場所から真直ぐに進み、 その先にある角を右に曲がってもらうと大浴場がございます」 
 「分かりました」
 「兄様  早く行きましょう 」
 「お、 お待ちください。 そんなに引っ張らずとも風呂は逃げませぬ…… 」
 「風呂ぉぉぉぉ 」
 「ふふふ、 妹様は、 お風呂がお好きなのですね」
 「むぅ……申し訳ない。 恥ずかしいところをお見せした」
 「いえ、 構いませんよ。 それよりも一つお話があるので後で私の部屋に来てはもらえないのでしょうか……?」

 この提案は朧にとって願ってもないことであった。
 元々朧はあたりが寝静まった夜一人この女将の事について探るつもりでいたのだ。
 そんな折相手からの招待。
 一見これは罠の様に見えるがそれならばそれで朧は構わないと思っていた。
 -もし何かあればその時は斬ればいい
 朧はそれだけ今の自身の実録にに自信があったのだ。

 「承知しました。 では後程お伺いさせていただきます」
 「ありがとうございます。 私の部屋なのですが四階の最奥にありますのでお風呂をご堪能した後、 できていただけないでしょうか?」
 「承知しました。 では一旦失礼いたします。 輝夜。 行きましょうか」
 「はい 」

 輝夜が幸せそうに朧の腕に抱き着く。
 そのせいで彼女の豊満な胸の感触が朧の腕に伝わってきたのだが、 朧はそれに顔色一つ変えることはない。
 そんな彼の反応が不満なのか輝夜は、 さらに抱き着く力を強めるがそれでも朧はまるで動じない。
 そもそもその程度の事で動揺するほど朧は初心ではない。
 事実彼は、 仕事の都合上女性と寝る経験は豊富であり、 酷いときなどほぼ毎日相手をさせられることもあった。
 無論その女性たちは、 輝夜に比べて遥かに劣るものは多いがそれでもその経験のおかげで朧は女性の性的な誘惑には、 かなりの耐性ができていた。
 ただその事を知らない輝夜は、 自信の魅力が足りないかと思い、 少なからずショックを受け、 項垂れる。
 そんな二人の仲睦まじい光景を女将は、 ただ……ただ楽し気に見つめていた……

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