不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

32:まさかの邂逅と彼女の決断


 音も気配もなく現れた小柄な人物。
 人間なのか魔物なのか、男なのか女なのかも判別がつかない。
 そしてその傍らには二体のリザードマンが控えている。

 俺たちが以前から戦い、倒してきたそれとは違い只ならぬ雰囲気を纏っている様に見えた。
 
「一体どういうことだ? ていうかお前……どうやって入ってきた? そもそもお前、何者なんだよ」
「質問が多いね。じゃあまず一つずつ明らかにして行こうか」

 やや高めの声……女か? 
 薄く笑って目の前の人物は龍族の群れの中に悠然と歩いていく。
 龍族は一瞬身構えるが、すぐにそいつの正体を察したのかその顔色を変えた。

「まず、私は彼らの刻印を辿ってきたんだ。元々私がつけたものだからね、その魔力を追跡することは容易いさ」
「……ってことは、お前……」
「まだ説明の途中なんだ、もう少し清聴してもらえるとありがたいな」

 ふわっと何かが展開される様な感覚があって、しかしそれはすぐにやむ。
 そして直後に刻印を受けていたと思われる龍族たちが次々と苦しみ始めた。

「な……お前、何したんだ!!」
「落ち着きなよ。別に殺そうとかそんなことは考えていないから。それに私は、君たちと争うつもりできたんじゃないんだ」

 そいつの顔色は至って正常、対する俺たちは何となくそいつの正体を察してしまい、戦慄している。
 俺たちはいつ戦闘になってもいい様に身構えているが、そいつからは発言通り、戦闘をしようという意志は感じられなかった。

「ほら、これでいいだろ」
「え……?」

 先ほどまで苦悶の表情を浮かべていた龍族たちが、その顔色を徐々に元に戻していく。
 まさかとは思うが、刻印を消したのか……?

「これで君たちを縛っているものはなくなった。自由、というわけだね」
「自由、って……お前一体何しにきたんだよ。まさか龍族を解き放って、それでおしまいってわけじゃないんだろ?」
「どうしてそう思うんだい? 私が魔王だから、そう思うのかな?」
「…………」

 やっぱりか、という顔で誰もが魔王と名乗った人物を見つめる。
 龍族たちに関してはわかっていた者が多数で、その顔は驚きに満ちていた。

「あはは、いいねその顔。勇者が仲間を率いて魔王の城に赴き、これを討伐する……まぁ定番だよね。だけど逆パターンはあんまり見ないと思わないか?」
「ってことは、俺たちを……」
「おっと、早合点しないでもらえるかな。さっき言ったよね、争いにきたんじゃないって。私は君たちと話をしにきたんだ。武器を納めてもらえないだろうか。この二人にも何もさせないから」

 信じられない、と言う者と話しくらいは、という者とに分かれた状況が出来上がる。
 俺はどっちかと言えば、話くらいは聞いてもいいと思っている。
 何故なら無駄に戦う必要性を感じないから、というものだ。

 そもそも魔王を討伐しよう、というのも龍族を刻印から解き放ってやることが目的の一つだったから、それがなくなった今戦う理由がなくなったと言える。
 もちろんこいつが巧妙に嘘をついていて、隙を突いてくるなんてことも可能性ととしてはゼロではないだろう。
 
「……いいよ、話な。けどお前の言葉を全面的に信用するってわけにはいかないから、戦闘準備だけはさせてもらうぞ。構わないか?」
「ふむ……まぁ致し方ないことではあるよね。立場的にどうこう言える筋じゃないんだし。ただ、いきなり襲ってくるのはなしでお願いしたい。今回は無駄に血を流しに来たわけじゃない。もし信用できないということなら、私たちを縛ってもらっても構わないが」
「まぁいいよ、とりあえずおかしなことをする様なら俺たちも戦闘態勢に入るだけだ。生憎これだけの人数がいるんでな、人数分の椅子とか用意できなくて申し訳ないんだが、適当に座ってくれるか。立ち話も何だからな」

 俺がそう言うと、魔王は笑ってリザードマンに目配せする。
 そしてリザードマンが頷いて魔王の前に立った。

「おい、今しがたお前が自分で言ったことを忘れたのか?」
「ああ、勘違いしないでほしい。彼に何もさせないというのは、君たちに対してさ。危害を加える目的でここに立ったわけじゃない。……じゃ、頼む」

 魔王の言葉を受けて、何をするのかとハラハラしながら見つめていると……何とリザードマンは膝をついてそのまま床に這いつくばった。
 そして。

「よいしょっと」
「……え?」

 何と魔王はリザードマンの背に座り、もう一人のリザードマンが魔王の背を支えた。
 想像もしていなかった状況に、誰もがポカンとしている。

「さて、じゃあ話を」
「あ、ああ」
「すまないね、見ての通り私は身長が高くない。よって足もそんなに長くないものでね。彼らは椅子に丁度いいんだ」
「…………」
「では話を戻そう。今回は突然入ってきて申し訳なかった。私としては、勇者が乗り込んでくるという逆パターンのサプライズ的な感じのもののつもりだったんだ」
「…………」

 何だよサプライズって。
 いや、確かに誰もがびっくりしていたし、正直これから意気揚々と魔王城に乗り込むぞ、って感じで相談しようとしてたところだったからな。 
 虚を突かれたという思いは強い。

「もちろん襲撃するつもりは毛頭なかったし、さっきも言ったと思うが君たちと争うつもりはないんだ」
「……それなんだけど、何で争うつもりがないんだ? 仮に俺たちが今、戦闘の意志を見せたらどうするつもりなんだ?」

 俺の質問にも特に魔王は顔色一つ変えず、楽しげに笑う。
 一体何がおかしいんだ、と思うがこいつにはこいつの思惑があってのことで、それと食い違いがあったりっていうのがおかしいんだろう。

「まぁ、それはきっとあり得ないであろうとわかっているが……敢えて言わせてもらうのであれば、抵抗はしないだろうね。何でだと思う?」
「何でって……そんなのわかるかよ。もったいぶらないで言えよ」
「君はせっかちなんだね。まぁいいや、さっきの王国兵との戦闘を拝見させてもらったよ。見事だったね。だけどあれは君の全力じゃなかった。そうだね?」
「…………」

 確かに手加減はした。
 何て言うか、全力でやったらこの家ごと吹っ飛んでしまうんじゃないかとか、色々考えたって言うのはある。
 
「あの力を見る限り、君は龍族の女王の血を摂取した。合ってるかい?」
「そんなことまでわかんのかよ」
「正直で可愛いなぁ、君は。君たちにとっては私は敵なんだよ? そんなにぽんぽん明かして行っていいのかい? それとも力をつけたが故の余裕の表れということか?」
「…………」
「まぁ、それはいいだろう。けど、あそこで全力を出していたとして、おそらく君の力はそこで限界じゃない。まだまだ伸びしろがある。そして、君の底知れない力を見て、私は思ったんだよ」

 ふっと息をついて、悲しげな表情を浮かべる魔王。
 さっきから何だか喜怒哀楽が豊かで、何となく俺よりずっと人間っぽい感じがするのは気のせいだろうか。
 
「更に言うとね、君が龍族の宝を手にしたら……まず私は敵わないだろう。そう思ったんだ」
「……は?」
「私の力は今が最高潮で限界なんだ。一方で君の力は現段階で私に匹敵すると言える。そしてその力にはまだまだ伸びしろがある。つまり何が言いたいのかと言うとね」
「…………」
「私は魔族に犠牲を出したくない。魔族を束ねる者として、これ以上の不要な犠牲は私の望むところではないんだ」

 一体何を言ってるんだこいつは。
 犠牲を出したくないって。
 こっちだって……人間側だってそれなりの犠牲を払いながら戦ってきているはずだし、それはもう昔からずっと変わらない事実なんじゃないのか。

 それに魔族は割と簡単にぽんぽん生まれてくるとも聞いているし、放置する方がバランスを崩す結果になるんじゃないかと思う。

「一つ確認したいんだが……それは、人間と魔族、龍族とのバランスを取りたいって意味か? それともただただ魔族を死なせることに耐えられないって意味か?」
「というのは?」
「結局魔族ってどういう原理か知らないけど、放っておいてもぽんぽん生まれてくるって聞いてるんだが。そうなると、バランスが崩れて生態系もおかしいことになって、結果魔族が支配する世の中になっちゃわないか、ってことさ」
「なるほど、その辺は深く考えていなかったかもしれない。よく気づいたね」
「…………」

 何だこいつ、バカにしているのか?
 自分で考えたことなんだから、考えうる可能性はある程度想定しておくのなんか当たり前だと思うのは俺だけなのか?
 
「そうだね……なら、こういうのはどうだろう? 数年に一度くらい、王を決める戦いをするんだ。で、その優勝者の属する種族が世界を治める、とか」
「……面白い考えではあると思う。今みたいに列強諸国がただただ保守的に国を治めている様な現状だと、結局貧富の差とかも埋まらないんだろうし、不公平な部分ってのはどうしても出てくるからな。もちろん完全にゼロには出来なくても、その辺をある程度クリアに出来る結果にはなるかもしれない。もっともそうなるかどうかはやってみないとわからないわけだが」
「……リンさん、よろしいですか?」

 それまで沈黙を貫いていたティルフィさんが、口を開く。
 こういう話になってくると、立場としては一応王国所属のティルフィさんとしては複雑なこともあるのだろう。

「一応私はまだ王国所属でもあるので、確認しておきたいのですが……」
「どうぞ。言い分を封殺しようとは考えてませんから」
「その場合、私は勇者の軍勢として参加できるんでしょうか」
「……ん?」
「いえ、王国を離れることには全く躊躇いなどないのです。ですが、離れた場合私は無所属の人間になってしまうわけで……」
「はぁ」

 何でここで、ティルフィさんだけのけ者にする流れになると思ってるんだろうか。
 ここまできて、それはまずありえない。
 既に仲間として動いてもらってるんだし、更に言うなら王国所属としての立場を優先しているのであれば先ほどの兵士との戦いは命を賭けてでも止めるべきだったはず。

 それをしなかった、つまり俺の動向を見守っていたということは俺の仲間をやめるつもりがないと俺は判断したわけだが、まさかティルフィさんがそんな風に考えていたなんて思わなかった。

「きちんと言わないと伝わらないってことですよね、すみませんでした。でも王国所属って立場は、もうティルフィさんの中ではもう半分どうでもよくなってませんか?」
「……それは……」
「じゃあ、さっき俺が兵士たちと戦うのを止めなかった理由は?」
「単純に、リンさんの実力に興味があったからですけど……でも、確かにそう言われると私は立場的に止めなければならないはずでしたね」

 自分でちゃんと理解してもらえた様だ。
 魔王もそれを見て、笑みを浮かべている。

「話を続けてもいいかな? そうなってくると、今度は諸国の王様に話を通すことになる。しかし、これは容易なことじゃないと予想される。何故だかわかるかい?」
「……なるほど。まず大多数が反対するわけか。そうなった時にどうやって丸め込むか……はたまた鎮圧するか、という話になってくるわけだな?」
「そう。そしておそらく私たちにその意思がなくとも王国側はその威信をかけて、私たちを制圧するべく動くだろう。そうなれば戦いは避けられない、ということになる。そこの彼女が王国側を離れる、ということは即ち私たちと一緒に王国側を殲滅する、ということになるんだよ。その覚悟もできているかい?」

 魔王の言葉は軽く言っている様に思えて、かなり内容が重たい。
 しかしティルフィさんの目に迷いは見えず、強くしっかりと、頷いてそれに応えて見せたのだった。

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