不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

28:不能を治したいだけの俺が、何でここまでしないといけないのか

「じゃ、これ飲んで」
「…………」
「…………」


 シルヴィアが何やら店員にナイフとグラスを別で持ってきてもらう様に頼んで、何をするのかと思ったらおもむろに手首を切った。
 一体何を!? と俺も雅樂も一瞬泡を食ったが本人は一瞬痛そうな顔をしただけで、その後は騒ぐなとばかりに平然と手首の切り口をグラスに向けていた。
 そう、滴る血液をグラスに注いでいたのだ。


「お前の血、だよなこれ」
「そうよ? 不満?」
「アホか!! 不満に決まってんだろ!? 飲めるかこんなもん!!」


 勢いで危うくテーブルをひっくり返しそうになったが、さすがにそれはまずいと考えて思いとどまる。
 一体何を考えてそんなことをしたのかわからないが、シルヴィアの手首の血はもう止まっている様だった。


「龍族の血は肉体を強化して、変質をもたらすの。多分その……性器のアレにも効くと思うんだけど」
「…………」


 変質って、どの程度のものなんだ?
 勃起する様になるだけならまだしも、龍に変身できる様になりました、とか異常な怪力が宿りました、とか不思議な力が使える様になりました、ってのは何となく御免被りたい。
 副作用とかありそうな気がするし、何より飲んだ時のリスクとかそういうものの説明が一切ないままで押し付けられても困る。


「変質って言ったな。一体どの程度のものなんだ?」
「一時的な変身能力とか、体質そのものが変わるわよ。空飛んだりできる様になったり」
「そりゃあれか、羽生えたり……最悪体が龍になったりって」
「まぁ、体質によるけど、死ぬ様なことはないわよ。そもそも殺しちゃったら取引が成立しないんだから」


 そう言われて再度テーブルの上の血液……一見すると血の様に赤いワインに見えないこともない液体を見つめる。
 雅樂も息を飲んでその液体を見守っているが、飲もうという気にはならない様だ。
 いや、俺だって血をこんなに飲んでくださいとか言われても、飲もうとは思えないんだけどな。


 大体腹壊しそうじゃないか、こんな大量の血液なんか飲んだら。


「お腹壊しそうとか思ってるんでしょ。失礼なやつね。不要な成分に関しては翌日辺りに排泄されるから心配ないわよ。だけど、飲むなら一個覚悟してもらわないといけないんだけど」
「は? 飲むこと自体もう覚悟が必要だよ。更に何かあんのか?」
「……私、その……処女なの」
「…………」


 だから何だっていうのか。
 俺だって童貞だ。
 それがどうした!!


「でね……龍族の掟で、処女の血を飲ませた相手とは、結婚しないといけないのよ……」


 何でそこで顔赤らめんの?
 俺まだ飲んでないし、口もつけてないんだけど。
 というかそんなの聞かされたら尚更飲む気なくすじゃん。


「……あの、話の内容が重い。俺まだ十六だし、結婚とかする気ないから。この話はなかったことに……」


 そう言って席を立とうとした瞬間、凄い力で引き戻されて俺は再び椅子に腰かけていた。
 何だこいつ……現地の人間じゃないのかよ。
 腕力とか下手したら俺なんかより上なんじゃないのか?


「ここまでさせて、飲んでくれないの?」
「あのな……血をそのまま飲めとか、しかもこの量だぞ? 普通の人間だったらみんな遠慮して当たり前だっての。そんな悲しそうな顔されても困るわ」
「でも……」
「何でそんなに飲ませたいの? 飲むと体質変化とかの他に恩恵とかあるわけ?」


 雅樂がグラスを持ち上げて、上から下からグラスを眺める。
 まさかそのまま飲んじゃったりしないよな……。


「あるわよ。身体能力は何倍にもなるし、魔力だって増幅される。あなたたちの現状までの鍛え方によるけど」
「……雅樂には飲ませなくていい。俺だけでやるから」
「……凛?」
「どんなに強くたって、お前は女なんだ。こういう役目は男の俺だけでいいだろ。大体お前不能じゃないんだから」
「それは、そうだけど……」


 だからってこのまま血を飲むって言うのもまだちょっと何て言うか抵抗がある。
 せめて料理とかに混ぜたりできないもんなのかな。
 それに雅樂が女同士とは言っても結婚とかされるのは、何となく嫌だ。


 大体同性婚とか重婚が出来るのかどうかもわからんのだし、この世界じゃ。


「シルヴィア、提案がある」




 その日の夜。
 俺たちはフォルセブク領の街の宿屋に集結していた。
 シルヴィアも混ざって……とは言ってもまだ正式に仲間になったわけじゃないが、ひとまずゲストメンバーということでみんなには紹介した。


 また女か……と言いたげなみんなの視線を何とかやり過ごして、俺は事のあらましを説明する。
 シルヴィアや雅樂がその説明に加わり、俺の拙い説明はきちんと形になってみんなに伝わった様だった。


「つまり、その血を何とかしてリンが摂取することで、もしかしたら不能も治るかもしれない、ってことね」


 アルカはさすがに理解が早い。
 ヴァナもアルカの話を聞いて、なるほど……とため息を漏らしていた。


「で、力も何倍にもなると。ただ、変身出来たりする様になっちゃうかもしれないんだったっけ」
「まぁ、それは一時的というか……時間制限的なものがあるから。逆に言えばずっと龍の姿でいることは出来ないの。あと、回復力なんかも何倍にもなるはずよ」


 それはさすがにありがたい話だ。
 ずっと龍でいたいなんて思わないけど、それでも前線に立つ以上何があるかわからないのであれば、回復力が増幅するのは助かる。


「もしかしたら不能も治って、絶倫大王になっちゃうかもね。凛の名前はきっと、絶倫って言う振りだったのよ」
「お前な……」


 雅樂の下品な冗談にみんながゲラゲラ笑う。
 まぁ、笑っていられるのは今のうちだ、なんて思う。
 俺がみんなにシルヴィアを紹介して、血を持ち帰ってきたのにはある程度の考えがあるからだ。


 何故なら、あの血を摂取することによって俺の身に何があるかわからない。
 色々未知数な状況。
 あの店で摂取して仮に俺が倒れる様なことがあった場合、雅樂一人で対処できたかというと微妙だ。


 それに騒ぎになるのも好ましくはない。
 なので今回、アルカも同席しているこの状況に持ち込んである程度の体制を整えた、というわけだ。


「まぁそれはいいとして、シルヴィア……この血は加工、たとえば料理に混ぜたりで摂取するんでも問題ないのか?」
「どうかしら……試したことがないから何とも言えないわね。みんな、飲ませてきたって話だから」
「……試してみるしかないか」


 加熱することでその特性が失われたり、加工してしまうことで効果が弱まったり。
 そういう懸念があるかもしれない、と思って尋ねてみたが……無駄だったか。
 仮にそれらがないんだとして……俺はちゃんと摂取できるんだろうか。


「ちょっとキッチン借りてくるわ」
「え? あ、ちょ、待て!」
「グダグダ言ってても仕方ないでしょ。もしダメだったら今度は直飲みね」


 そう言って雅樂は血液を持って厨房へと降りて行った。
 摂取するのはもう仕方ないからいいとして……あいつ、料理とかできるんだっけ? 
 あいつが料理してるのなんか見たことないし……あーでも包丁とかは似合いそう。


「私たちも手伝ってくる」
「では、私も」
「私も行ってきますね」


 そうしたわけで、俺とシルヴィアは部屋に二人きりにされてしまった。
 あいつら、ちゃんと食えるもん持ってくるんだろうな……。
 でも血の入った料理とか、前もってわかってると食べたくない。


 正気の沙汰とは思えないよな、こんなの。


「ねぇ……」
「ん、何だ」


 気まずそうにシルヴィアがまたも顔を赤らめる。
 メギドの頭を撫でたり引っ張ったりしながら、もじもじしている。


「その、みんなが私たちに気を遣って二人にしてくれたのかしら」
「はぁ? 何でだよ」
「いや、だって……あなたはあの血液を摂取したら私と結婚しないといけないのよ?」


 すっかり忘れていた。
 そんな話もあったな。
 忘れていたから、その説明も俺はすっ飛ばしてしまっていたし、雅樂の説明にもそんな内容はなかった。


 よって、雅樂と俺とシルヴィアしかそのことを知らない計算になる。
 楽し気に料理の手伝いに行っているみんなは、どんな顔で料理をしているんだろうか。
 そして俺、結婚とか全く興味ないし、正直気乗りしないんだけど。


「なぁシルヴィア、龍族を助けてやるから結婚はなしにしてくれ、とか……」
「ダメに決まってるでしょ!!」


 いきなり大きな声を出されて、向かい合って座っていた俺は驚きのあまり椅子から転げ落ちた。
 何でそんな必死なんだよ……。
 大体、誰に飲ませたとかわからんだろ、他の人間には。


「どうしてもなしにしたいってことなら、ここで無理やりにでも既成事実作って言い逃れできない様にしてやるから……」
「…………」


 おいおい本気かよ。
 不能の男の子捕まえて無理やりって……。
 大体お前だって処女の癖にそんな上手いこと行くと思ってるのか?


 なんてことを言おうものなら、じゃあ試してやる、とか言って本気で犯されるかもしれないから言わないけどな。


「はい、おっまたせー!」


 元気の良い声と共にドアが開けられて大量の料理が部屋に運ばれてくる。
 どう見ても人数分ありそうなその料理。
 見た目だけなら美味しそうに見えた。


 ……ただ、全部赤いけどな。
 ってことは何か、これ全部俺一人で食わないといけないわけ?


「あ、私たちはこっちだから」


 最後に入ってきたアルカとヨトゥンが持ってきた皿に載っていたのが、どうやら女子メンバーの分らしい。
 どう考えても俺一人で食える量じゃないんだけど。


「ついつい作りすぎちゃって。でも、残したらどうなるかわかってるよね?」


 雅樂の殺気の籠もった笑みと共に告げられる、事実上の死刑宣告。
 これを食わないと俺は結局のところ、生きていられないというわけだ。
 下剤でも用意してくるんだった。

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