不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

7:温泉に行こう

「噂には聞いていたけど、相当なものね、あんたの幼馴染……」
「…………」


 雅樂が合流してから初めてのクエストになる今回、雅樂が選んだクエストを見て俺たちは全員言葉を失った。
 何しろ内容が火山でのドラゴン討伐及び周辺の魔物退治という、一級クエストだったからだ。
 そしてそのクエストは、現地に到着してからものの十分もかからずに終わった。


 言わずもがな、雅樂が九割を倒してしまったからだ。


「ほら、ぼさっとしてないで牙とか角とか取って。後は羽も高く売れるからね」
「お、おう」


 何というかほとんど一瞬のことで、圧巻という他ない。
 火山に足を踏み入れた瞬間は正直、強力な魔物の気配に戦慄したものだったが、雅樂だけはずんずんと先に進んでいく。
 そして寄ってくる魔物は一瞬で雅樂の前に沈黙した。


「こういうクエスト、やったことないの?」
「あるわけないでしょ……さっきあんたも見た通り、私たちまだ六級になったばっかりなのよ」


 かろうじて口を開いたアルカもやや呆気に取られていて、俺たちは雅樂に対する見込みの甘さを再認識させられる結果となった。
 ゲームなんかでワンパンすると気持ちいい、なんてのを覚えているがまさしく雅樂がそれで、圧倒的な実力差が俺たちの間にはあるのを理解した。


「さて、必要なの持ったし、次行こう。凛たちの選んだのは……オークの討伐?」
「ああ……お前が手を出したら一瞬で終わっちゃいそうだけどな」
「なら私、見てようか?」
「ウタが手を出すなら、正直私たちは控えてた方がいいかもしれないね」


 ミルズの言う通り下手に手を出せば、俺たちも巻き込まれて気づいたらあの世でしたなんてことにもなりかねない。
 どうしても危なくなる様なら俺たちは退避して、雅樂にとどめを任せるという方が無難だと思った。


「まぁ概ね言う通りね。どうしてもの時は助けてあげるから、まずはお手並み拝見と行こうかしら」


 本来クエストと言えば、この世界に於いて死と隣り合わせのものだし、ある程度の緊張感をもって挑むものだと俺は思っている。
しかし雅樂に関して言えばそう言ったものとは無縁に見えた。
 もちろん雅樂がこれほど強い女であっても、不意を突かれたりということがあればもしかしたら倒れることだってあるかもしれない。


 しかし雅樂の緊張感のなさは逆に筋肉などの固まりを防ぐ結果にもなっているのか、雅樂のやり方には合っている。


「ふむ……連携は悪くないみたいね。もちろん私が加わったりは出来ないけど」


 俺たちのオーク討伐を一通り見ていた雅樂が漏らした感想だ。
 先ほどのドラゴン討伐を見ていた限り、確かに雅樂の戦い方を俺たちの中に盛り込むとなるとある種の奇策を取ることになるので、事前の打ち合わせよりもその場の呼吸が大事になるのではないかと思う。
 俺と雅樂だけならともかくアルカたち三人は昨日今日会ったばかりの人間でもあるし、正直それをいきなりやれと言われても死ぬ確率の方が格段に高いだろう。


「それよりどう? 不能からは立ち直れそう?」
「お前の頭はそれしかないのか……」
「だって、私も他の子たちもきっと、それを待ってるんだよ?」
「…………」


 だからってそんな期待に満ちた目で見られてもな。
 正直何も変化はないし、やや露出の多めなミルズの格好を見てもピクリともしない。
 この若さで不能とか……俺からしたら人生終わったも同然だと思う。


 お前らは最悪俺の代わり探せるけど、俺はそういうので何とかなるもんじゃないんだからな……。
 にも関わらず人の気も知らんで好き勝手言いやがって。
 大体俺だって別に好き好んで不能になったわけじゃねぇし。
 若ければ何でもできる、なんてのは所詮幻想なんだよ。


「まぁ、そう落ち込まないでください。別に急いではいませんから」
「そうよ。まずはお金稼いでおかないと、生活もままならなくなるし……どうせなら家も持ちたいしね」


 ヨトゥンとミルズが慰めにもならない慰めの言葉をかけてくるが、俺としては宿生活でも悪くないかな、とか思っている。
 元の世界でいじめられていて引きこもりだった俺としては、家にいるよりも外に出て魔物と戦っている方が新鮮だし、何より健康的だと思う。
 家なんか持っちゃったらそれこそ家から出なくなっちゃうんじゃないかって、そっちの方が俺としては心配だった。


「何にしても、とりあえずクエストは終わったし……報告しに行こうか。少し早いけど、どうする? もう一個ずつくらい受けておく?」
「俺は別に体力まだ余裕あるよ」
「私も大丈夫」


 ミルズがヨトゥンとアルカを見ると、二人も頷いて応えた。
 そんなわけで俺たちは、街に戻って報酬を受け取る。


「みなさんに丁度いいクエストがさっき入ったんですけど……概要見てみます?」
「俺たちに?」


 ハルアさんが依頼書を持って俺たちの前に現れ、ミルズがその依頼書を受け取る。
 ちなみにこっちの文字は何故か勉強しなくても読めた。
 日本語でも英語でもないその文字が、すんなりと読めて意味も理解できたのだが、異界人は皆そうなのだとアルカたちから聞いた覚えがあった。


『温泉周辺のモンスター掃討依頼』


 ちょっと前の俺だったら、この文言だけでワクワクが止まらなかった自信がある。
 だって温泉だよ?
 こっちじゃ温泉ってあんまり聞いたことないけど、混浴なんだろうか、とかそんなことばっかり考えてただろうことが想像に難くない。


「へぇ、温泉」
「報酬とは別に、そこのオーナーさんが入ってもらっていい、とのことなんですよ」
「えっと、それってつまり」
「みなさんで入ればいいんじゃないかなって」


 それはやはりあれか、視覚的な部分やら色々で刺激を受けろと。
 いや、正直なことを言えばちょっといいかも、なんて考えている辺り俺の脳みそってまだまだ若いんだなと思える。
 だけど……反応しなかったら何だかんだ失礼になる気がするし、何より雅樂辺り発狂して皆殺しにされたりしないだろうか、なんてことに心配が及ぶ。


「モンスターってどんなのなんです?」
「コング系のものがほとんどみたいなんですが、周辺に巣があるのをオーナーさんの部下の方が発見したらしくて。もちろん掃討と言うからには生死は問わないということでした」


 コング系……俺がこっちにきてすぐに襲われた様なやつらだろうか。
 どうでもいいけど、あいつらのオスって絶対モザイク必要だと思うんだよ。
 戦闘中にブラブラしてて、すげぇ気になったし。


 もちろんこいつらはそこが弱点だから、とか言いながら集中砲火してて、思わず股間押さえてしまったわけだが。


「いいわ、請けましょ。で、もちろん凛は私たちと一緒に入るのよね?」
「本気で言ってんの?」
「昔一緒に入ったじゃん」
「何年前の話してんだよ……」
「どれだけ成長したか見てあげるから、ね?」
「ね? じゃねぇよ……」


 大して成長した覚えはない……とは言っても人と比べたりしたことないし、自分がどれほどの水準なのかとかよくわからんけどな。
 かくして俺たちはクエストの指定場所でもある温泉へと向かうことにした。




「連中、昼夜を問わず現れますので……本当に困り果てているんですよ」
「なるほど……今日はもうお客さんいないんですか?」


 オーナーが住むという家まで赴き、クエストの開始を知らせる。
 これをやっておかないと、いきなり戦闘が始まったりで驚く依頼者も少なくない。
 話を聞いた限り主人は最初、自力で何とか追い返せたりしないかと頑張ったりしてみたそうだ。


 しかし当然ながら戦闘経験がほとんどない主人に何とか出来るわけもなく、泣く泣くギルドへ依頼を出してきたというわけだ。
 売上も落ち込んできている中ギルドへの依頼を出す、という身を切る様な決断をしたわけだが、これによって客が戻ってきてくれるのであれば、ということで奥さんの勧めもあってのことだった。


「場所はわかってるんでしたよね。案内までは結構なので、大まかな位置を教えてもらえますか?」
「ええ、それなら……」


 案内を頼まれると思っていたらしいオーナーは、安堵した様な表情で俺たちに説明を始める。
 三か所あるその巣は、近くまでいけばひどい臭いがするとのことで、大体わかるはずだ、と言っていた。




「なるほど、ここか……確かにすごい臭いだ」


 言われた通りの場所を通ってたどり着いた場所は、山のたもとに当たる部分。
 もう少し進めば森に出ると言っていたはずだ。


「そうね……」
「俺たちの世界じゃ、あの見た目の動物はウンコ……いや糞とか投げてくるんだけどこっちもそうだったりする?」
「どうだったかしら……けど連中、ゴブリンより力があるから侮れないわよ」
「まぁ、時間はかかるかもしれないけど一個ずつ潰していこう。草木で作った巣らしいし、火を放てば慌てて出てくるでしょ」


 そうなると、糞尿が熱されて凄い臭いがしそうだけどな。
 ゴブリンみたいに女の冒険者を攫ったりはしてないんだろうか。
 いや……捕まるやつが悪い。


 そんなのをいちいち救助して、なんて考えていたら俺たちがやられる。


「その顔……大体わかってきてるみたいね」


 アルカに微笑みかけられる。
 こんなことがわかったから何だって言うんだって話だ。
 早い話が、人間がいたら見捨てて、いなくてもそのまま火を放とう、と俺は考えているわけで。


 人間界にいた頃の常識に照らし合わせたら、非人道的なことこの上ない。


「まぁ、そんなわけだから……焼け跡から人間が上手く逃げてくれることを祈るしかないわね」
「捕まって玩具にされたりしてるのがいるってこと?」
「可能性がある、ってこと。けど助けになんか入ってる余裕はないし、第一いるかどうかもいたとしても生きてるかどうかもわからないんだから」


 ミルズは冷静に雅樂の問いに答える。
 そういうものなのね、とか言いながら雅樂が鎌を手にする。
 そしてミルズが詠唱を始めて、俺たちも武器を手に戦闘態勢を取った。


 昔元の世界で、俺は動物園に行くのが嫌で嫌で仕方なかった。
 その理由の一つが今嗅いでいる臭いに近い臭気。
 特に体調が悪くなったりはしないが、不快感は覚えるし当然のことながら自分から進んでいきたいとは思わなかった場所だ。


 そういえば……そんなことを考えて一つ思い出したことがあった。
 最後に行った動物園、あの後から俺はいじめられる様になったんじゃなかったか?
 確かクラスの女子に誘われて、嫌だななんて思いながらも断ることが出来ないでいて……。


「何ぼさっとしてんの? そろそろよ」
「え? あ、ああ」


 アルカの呼びかけに応えた瞬間、赤い光が走って目の前の巣と思わしきものが炎上する。
 乾いた葉なども含まれていたからか、燃え方が半端じゃなく早い。
 ミルズは奥の方に魔法を放ったはずだが、もう既に手前まで火の手は迫っていた。


「きたわよ!」


 雅樂の叫びに俺たちが巣の方を見ると、中から泡を食った文字通りゴリラみたいな見た目のモンスターが飛び出してくるのが見える。
 一見した感じでは人間の姿は見えない。


「二手に分かれたわね」


 そう言いながらアルカが下がり、障壁を作り出す為に詠唱を始める。
 ミルズもアルカと同じ場所まで下がって再び詠唱に入る。


「なら好都合じゃない。こっち来るんじゃないわよ?」


 そう言って雅樂が鎌を横薙ぎに払って二分された群れの片方を一瞬で両断した。
 そして俺たちの方にきた群れと俺たちは、乱戦状態になったがすぐに鎮圧することが出来た。


「怪我は? 負傷してる人いるなら、すぐに手当てして」
「俺は大丈夫だけど……」
「私も大丈夫です」


 ヨトゥンがそう答えた瞬間、彼女の姿が俺の目の前から消えて、代わりにでかいゴリラが立ちはだかった。
 逃げ伸びたのがいた、とかではどうやらない様だ。
 今の巣への襲撃が他の巣のモンスターに漏れたということなのだろう。


「ヨトゥン! 大丈夫か!?」
「…………」
「アルカ! すぐ手当てに行って!」
「あんたも下がってなさい!!」


 そう言って雅樂がミルズを後ろに押しのける。
 いきり立った目の前の怪物は、次の獲物を品定めしている様だ。
 ヨトゥンはおそらくさっきので気を失ったんだろう。


 しかし一瞬だけ見えたが、ヨトゥンは一撃を剣の腹で受けていた。
 ならば死んではいないはずだ。


「凛、私たちだけでやるよ」
「え、マジかよ」


 私の攻撃は基本奇襲じゃないとだから、と俺に雅樂は耳打ちしてくる。
 雅樂の提案を受けて、俺はこれからこのゴリラの気を引かなければならないわけだが……果たして上手く行くだろうか。

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