不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

2:最悪の思い出

 俺たちには聞き取れない様な言語……おそらくはゴブリンがコミュニケーションを取るためのものなのだろうが、それが少しずつ聞こえてくる。
 俺たちの存在は既に知られていると考えて良いはずだ。
 向こうもある程度の警戒はしているだろうが、既に知られているのであれば、機先を制する方が分はあるだろう。


 俺が武器を持ち換えたのに他のメンバーも気づいたのか、ヨトゥンが先立って走り出す。
 続いてミルズが詠唱しながら後を追い、そのあとをアルカが追いかけた。


「……お前らに恨みはねぇけどよ、ここでお陀仏だぜ!!」


 出た、ヨトゥンの下品な煽り……。
 ここから更に煽りは激化していくのだと思うと、少し興奮する。
 オラオラオラ!! とか言いながらヨトゥンが剣を縦横に薙ぎ払い、五匹ほどいたゴブリンが一斉に倒される。


 何度見ても戦闘能力は高いんだろうな、という感想を持つ。
 しかしあの煽りだけは、俺の下半身までも攻撃してくれるから戦闘中は少し困る、という弱点にもなっている。
 もちろん本人はそんなこと知らないから、あんな風に言ってるんだと思うが。


「おいおいリン……まだ序盤だってのにそんなにおっ勃ててんじゃないよ?」


 何故わかった?
 まぁ、割とピチッとした素材のパンツだし、多少もっこりしちゃっても仕方ないとは思うんだけどね。


「あとでたっぷりそのお粗末な〇〇〇を〇〇〇してやるからよぉ! さっさとあの粗〇〇どもを皆殺しにしてヒィヒィ言わせてやろうぜぇ!!」
「…………」


 一体何をするつもりなんだろう。
 男側でもある俺からすると、思わず股間押さえて蹲りたくなりそうなことばっかり言ってる。
 それは興奮して、という意味ではなくこう……ヒュン、ってする方の意味で。


 だって、アレを切り刻んで、とか潰して、とかそんなことばっかり言うんだから……。
 正直蹴られたりした時のあの苦しみを知ってる男なら漏れなくそうなってもおかしくないであろう、残酷なセリフの数々を、一瞬の躊躇いもなく吐き出し続けるヨトゥン。
 そして慣れてはいるのだろうが、それでもやはり何処か気恥ずかしそうにしているアルカとミルズ。


 どうでもいいけど、あのヨトゥンの下ネタ乱舞を聞きながら俺を見るの、やめない?
 俺もなるべく意識しない様にしてんのに、その努力を全力で踏み躙られてる気分になっちゃうから。


「今何匹くらい倒してるかな」
「今ので八匹だね。そこまで深い洞窟じゃないみたいだけど、数だけは多いみたいだ。ということは……」


 洞窟の中腹辺りまで進んだかと思われた地点で、先頭を歩いていたヨトゥンが足を止める。
 みんなが言いたいことは、俺も何となくの理解をしている。
 おそらくここに、人間の冒険者の女が何人か囲われているんだろう。


 一般的には四人で動くのがパーティとしては動きやすいと、このフレイティアでは言われている。
 地球でやっていたゲームなんかでも四人パーティは基本だったし、多分こっちのやつらは色々と試した結果、それがベストだと判断したのだろう。
 もちろんドラゴンとか大規模な討伐になれば、また話は違うし人数は倍以上必要になるんだと思う。


 ただ今の俺たちにはまだまだ無縁な話だと思うし、何より依頼だって受けさせてもらうことが出来ないだろうから。
 それどころか、この先にいるゴブリンがどんなのかはわからないが、相手によってはそいつらにすら苦戦或いは全滅なんてことだってあり得る。
 もちろん、原因は俺だ。


 まだまだパーティにとってのお荷物でもある俺は、圧倒的に戦闘経験が少ない。
 地球にいた頃に誰かと殴り合いの喧嘩なんかもしたことはなかったし、寧ろ俺はいじめの的にされていたくらいなんだから。
 ……そんな俺を、あいつは庇ってくれたこともあったっけ。


「人間を盾にしてくることも考えられる、ということなんだけどリンは大丈夫そう?」
「それはどっちの意味だ? 人間もろとも殺せるか、って聞いてるのか?」
「場合によってはそれが必要になる、ってことね」


 アルカは聖職者にあるまじき発言をしだす。
 しかし、言っていることはある程度正しいのだろう。
 そこで躊躇うことは死に直結するのだから。


 俺としてもこいつらを死なせるつもりも慰み者にもする気はないし、それどころか出来るのであれば無傷で帰してやりたい、なんて考えているくらいだ。
 俺はきっと戦闘に向かないんだろうな、ってこの世界で何度思っただろうか。
 それでも必要があれば不格好なりに剣を振り、力を使って戦ってきた。


「……やるよ。やるしかない、そうだろ?」
「そうね。でもあんたにはまだまだ躊躇いが見えるわ。しっかりしてよね」


 そう言って、アルカはヨトゥンを促して歩き出す。
 ミルズは杖を一瞬見て、特に異常がないことを確認できたのかアルカと並んで歩きだした。


「いるね。あれがリーダーっぽい」


 百メートルも進んでいないくらいのところでヨトゥンとアルカが足を止める。
 横穴があるかもしれないから、とミルズも左右を注意深く見ながら進んできて、俺も同じ様に見落としがないかを確認しながらきたが、どうやらあのリーダーの脇にある横穴に……。


「あそこ、多分そうだろうね。凄い匂いがする」
「…………」


 ある程度覚悟はしてきたつもりだったが、目の当たりにすることになるんだと思うとやはり足が竦みそうになってしまう。
 色々な臭気が混ざり合っているこの異常な匂いが、俺をそうさせるのだろうか。


「行くよ、リン。心構えを一つ、教えてやる」
「心構え?」


 ヨトゥンが戦闘モードのまま、俺に声をかける。
 俺の臆病な心を察してしまっているのだろうか。


「ゴブリンは一匹見たら十はいる。根絶やしにしなきゃ、こっちが後々報復されることもあんだよ」
「……つまり?」
「目の前に現れるのは全部、ゴブリンだと思え。肉〇〇なんぞ全殺しだ。洞窟ごとぶっ壊すくらいの覚悟でやれ。人間の見た目してるのも、ゴブリンの子どもを身ごもってる可能性がある。生かして帰す理由がねぇだろ?」
「…………」
「いいか? 散々連中に犯された女どもは、心までも侵されている。そんなやつらが帰れたって、生産性の欠片もなくただただ無気力に生きるか、帰ってすぐ自殺するかだ。割り切れよ」


 理屈としてはわからないこともないかもしれない。
 実際他のみんなも同じ様に考えていて、自分たちがそうなった時にもそうされる覚悟を決めているから誰も口を挟んでこないんだろう。
 そして、そうしなければやられる。


 そんな光景は見たくないし、見る前に俺だけ殺されて、なんてことも十分にあり得る。


「お前が私たちの犯されてるとこ見て興奮する趣味の持ち主だって言うなら、それは否定しねぇ。だけどよ」


 そう言ってヨトゥンがにやりと顔を歪める。
 どうでもいいが、マジで怖い。


「そんなもん見てるより、自分で犯してる方が絶対気持ちいいだろ? 無事に帰れればその足で届け出しに行ってもいいんだぜ、私は」


 その言葉にアルカとミルズは勝手なことを、という顔をする。
 しかし、反対ではない様だ……何故なのか。
 一つ気になることがある。


 仮にそうなるんだとして、クロスプレイに及ぶとする。
 それは、戦闘行為であるとヨトゥンが認識するのだろうか。
 何故そんなことを気にするのかって?


 あんな風に罵られながら股間をぐりぐりと足で踏まれたりするんだとしたら、その方が興奮するじゃないか。


「その言葉、忘れるなよ」


 燃え立つ様な衝動と共に剣を抜き、俺はみんなを見る。
 仕方ない、という顔のアルカとミルズ。
 まぁアルカは聖職者だし、処女……フレッシャーズでなければ使えない加護なんかもありそうだから要相談って感じではあるな。


 その点ミルズに関してはそういうのなさそうだし……どうなんだろう。
 その辺は帰ってから考えるとしようか。


「リン、見る目がやらしい。一回抜いてきたら?」
「大丈夫だ、男ってのはこういうエネルギーも戦いの活力に出来るもんなんだ」
「…………」
「行くぞ」


 全員が武器を構えたのを確認したヨトゥンが、猛然と突っ込んでいく。
 俺たちに気づいたリーダーらしき体格のいいゴブリンが、子分を呼びながら手にした斧を振りかざした。


「炎のファイアアロー!!」


 叫びながらミルズがゴブリンの親玉に魔法を浴びせると、数本の炎の矢が飛来して一本だけが足に命中して一瞬親玉は怯んだ。
 俺が戦闘を嫌うというか、敬遠する理由の大半がこれだ。
 でかい声で技の名前を叫ばなければ、この世界では技も魔法も使えない。


 一体どういう思惑でこんな設定にしやがった、と思うが、何度やってもこれだけは恥ずかしい。
 どうしても五歳とか六歳くらいの頃に戦隊ごっこをした時のことを思い出してしまう。


「光の守護セントウォール!」


 続いてアルカが俺たちに障壁を張る。
 この魔法のおかげで三発までは攻撃を受けても無効化できるらしい。
 冒険開始当初はこの魔法には随分お世話になった。


「光のライトブレード!!」


 ヨトゥンも魔法で剣を強化して切り込んでいく。
 その間にアルカもミルズも詠唱を続けている。


「おいフレッシュ小僧、行け!!」


 その呼び方やめて!!
 気恥ずかしさを必死で押し隠しながら、俺も技を放つべく集中する。
 しかしその瞬間に異変を感じた俺は、飛び下がって前を注意深く見た。


「クソが、やってくれるじゃねぇか」


 追い詰められつつあるリーダーの子分が、脇の穴からあるものを引きずってきた。
 さっき散々その話はした。
 そして覚悟もしていた。


 だけど……。


「なかなか酷い状態ね」


 アルカの言う通り、引きずられてきたそれはまだ生きているが、全裸で首輪をつけられた女だった。
 右腕と左足が切り落とされたのか見当たらず、雑な手当てを施されているのか傷口は腐り始めている様だ。
 目に生気はなく、時折口を歪めて笑っている様に見える。


「……わかったろ。多分あんなのがあの穴にまだ何人かいる。もっとも生きているかはわからないけどな」


 胸糞悪い、という顔でヨトゥンは剣を振り上げ、無言で振り下ろす。
 その人間の女は、一瞬のうちに命の灯を消したがそれでもわずかな瞬間、満足そうな笑みを浮かべた様に見えた。
 このままこんな汚れ仕事を女にさせていていいのか?


 突如俺の心の中で疑問が生まれ始めた。


「……くそ!! 皆殺しにしてやるよ!! 氷のアイシングピアス!!」


 剣を構えて集中し、その力を込めたままで親玉に走り寄る。
 そして切っ先が届くか否かのところで、俺は剣を横に薙いだ。


「やりゃできんじゃねぇの。下着の中ぐっちょりになっちまいそうな戦いぶりだ」


 後ろから何かまた下品なことを言っているのが聞こえたが、俺の剣から発せられた氷の槍は五本ほど生成されて親玉の四肢を貫いていった。


「リン、離れて!!」


 ミルズの声が聞こえて、特大の火球が迫ってくるのが見える。
 こいつ、俺ごと焼き尽くすつもりかよ……。
 しかしとっさに避けることに成功し、俺の避けた先で子分もろとも火球の直撃を食らったゴブリンたちが火柱に包まれていった。


「アルカ、松明くれ」


 アルカに呼びかけると、もう一本松明を取り出して火をつけ、俺に渡してきた。
 ゴブリンたちが事切れたのを確認した俺は、松明を手に親玉がいた場所の横穴を見る。


「…………」


 想像していたよりも、ずっと酷い光景だ。
 散々嬲られ玩具にされたであろう女。
 既に何匹かの子を産まされたであろう女。


 既にその体が朽ち果てて腐ってしまっている女。
 さっきヨトゥンが殺したのを含めると合計六人の女がそこにはいた。


「……悪いな」


 俺が声をかけてもこちらを見ることもなく、その女たちは覚悟を決めていたのか避けることも逃げることもせず、俺の剣を受けて絶命する。
 そしてその一部始終を見届けたミルズが、横穴に火を放った。
 漸くまともに戦うことの出来た俺の冒険は、最悪な思い出になってしまった。

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