不能勇者の癖にハーレム築いて何が悪い?

スカーレット

4:幼馴染の変化

「お、おい……何だその物騒なの……とりあえずそれ仕舞えよ……」
「ねぇ、何を……洗うつもりだったの?」


 その目は俺の知る、強くも優しく頼れる雅樂のそれではなかった。
 俺を思い、守るために立ちはだかり、その身を賭して俺を庇っていてくれた、あの雅樂のものではなかった。
 俺は幻でも見ているのだろうか。


「そ、それはいいだろ、別に……それよりお前、いつからこっちに……」
「質問に質問で返すのやめてよ。今質問してるのは私。次に余計なこと言う様なら……ちょん切るから」


 その言葉にゾクッと背筋が震えるのを感じる。
 何処の、何をちょん切るつもりなんだろうか。


「凛のことだけを思って生き延びて……強くなった私には、聞く権利があるよね? 凛のことだけを考えて毎日毎晩……火照る体を鎮めるためにモンスターを狩り続けてきたの、私」
「…………」


 たった一か月……たった一か月見なかっただけで女はこうも変わるものなのか?
 俺の女に対する認識が甘かったとか、そういうレベルを逸している。
 そんな常識では測れない何かを、雅樂の目からは感じる。


「……ふぅん? 女の匂いがするね。三人……パーティかな? これからそのパーティが、乱交パーティになる予定、とか? 一人かと思ったのに、女と組んでよろしくやってたんだ、ふぅん?」
「な……」


 何だよ匂いって……いや確かにあいつらいい匂いする、なんて思ったことはある。
 しかし香水をつけていたりとか、そういう感じでは決してなかった。
 なのに何で雅樂にはそれがわかる?


「でもまぁいいや、質問には答えてあげる。二週間前だよ。ある日突然……寝て起きたらこっちにいた。目が覚めた時手元にあったのは、このデスサイズだけ。モンスターに襲われて殺されるかと思ったけど、助けに入ってくれた現地人がいたの」
「…………」


 何だか高揚した様な顔で、雅樂は語る。
 とても楽しそうに見えるのは、気のせいだろうか。


「だけど、自分で何とかしないとこの先も困るかなって。強くなるのは自分自身の力でないと、って思ったから……この鎌を振るった」


 振るった、と口にした瞬間の表情。
 その顔は尋常な思考を持っている人間……つまり俺の知る人間のそれではない。


「攻撃範囲が異常に広くてね、この鎌。だけど、私の意志で縮めたり広げたりって自在に出来るんだよ? すごいよね」
「…………」
「最初はそういう使い方わからなくてさ……助けに入ってくれた冒険者の人たちも一緒に、屠っちゃった」
「お、お前……」


 結果だけ見れば過失。
 もしかしたらその時には、雅樂は冒険者を助けようという思いで鎌を振るったのかもしれない。
 だけど……その後雅樂がどう思ったのかはわからない。


「びっくりしたよ、首が胴体から離れて飛んで……三人いた冒険者はそれぞれ体を二分されて、魔物もろとも死んでたんだから」
「…………」
「だけどね、冒険者の死体を見て思ったことがあるの。ある意味で安心したことが」
「な、何だよそれ……」


 俺の声に雅樂がニヤァ、と顔を歪める。
 その顔を見て、俺はこの世界へ来た初日にチビりそうになった時のことを思い出す。
 何が言いたいのかというと……正直怖い。


 一秒でも早く、この場所から離れたい。
 こいつと関わっていたら、俺までおかしくなってしまう気がした。


「冒険者……みんな女だったんだよね。だとするとだよ? 凛と知り合って誑かしちゃったりなんかしてさ、恋仲になったりしちゃうかもしれないじゃん? 私、それを未遂で食い止めることができたんだって、わかった」


 狂ってる。
 考えることの悉くが、常軌を逸している。
 それは誰のせいなのか。


 俺か?
 それとも俺をこの世界に転送した誰かなのか?
 他でもない雅樂なのか。


 おそらくはどれもが正解で、どれもが間違っている。
 歯車が、何処かで狂ってしまっただけのことなんだと、俺は理解した。


「そんな風に邪魔な魔物とか色々討伐してたらね」


 とか色々、の部分が非常に気になるが、今口を挟むのは危険だ。
 そんなことをすればきっと、俺もその色々の様に首と胴が……または上半身と下半身がさよならする結果になったりするかもしれない。
 というか今のこいつならやりかねない。


「いつの間にか、全てを狩るオールハントなんて二つ名がついちゃった。だけど、人を一緒に狩っちゃうのは仕方ないと思わない? だって、邪魔だったんだもの。私の前に立つのが悪いの。そうでしょ?」


 そう言って雅樂は襟元から何かを取り出す。
 ……俺もこっちに来てから初めて目にする、一級冒険者を意味する首飾り。


「凛がいない悲しみを、苦しみを、寂しさを。この鎌が与えてくれる、何かを刻む時の感触だけが癒してくれていたの。埋めてくれていたの。でね、そんな風に狩りを、依頼をこなしていたら……一級になっちゃってた。異例のスピードだって、ギルドの人も言ってた。でもね、冒険者を殺したことは罪に問われないんだって。仕事さえきちんとこなしてくれるなら、それによって消え去る脅威の方が大きいから、って」


 この世界も大概イカれてやがる。
 そんなやつを野放しにしたせいで、今俺はこうして命の危機に瀕しているというのに。
 もっともこいつを捕えようってなったら、恐らく並みの冒険者や兵士じゃ歯が立たない。


 こいつの力量は昨日俺が身に着けた程度の力では到底どうにもできないし、あいつら三人と組んでも多分瞬殺されるのがオチだ。


「ねぇ、私……頑張ったよ? 偉いでしょ? 褒めてくれる?」
「…………」
「家族も何もかも、どうでもいい。凛さえいてくれて、褒めてくれるなら私の全部あげる。だからまず、褒めて?」


 ここで逆らったら……もしかしたら俺の人生ここで終了、なんてこともありえる。
 今のこいつなら、俺を戦闘不能にして殺さない様にするくらいは訳もないだろう。
 そう言う意味でも人生が終わる気がする。


「あ、ああ……頑張ったよな。お前、すげぇよ。俺なんかまだ七級だし……」
「でしょでしょ? えへへ」


 躊躇いながら雅樂の頭を撫でてやると、幼子の様に微笑んだ雅樂は俺の胸に頭を擦り付けてくる。
 年齢は一つ下の十五歳のはずの彼女は、普段の様な大人びた堂々とした佇まいではなく、ただただ俺に褒めてもらったことが嬉しいという面持ちだった。


「でね……話を戻すんだけど。何でお尻、洗うの?」
「…………」


 何だよ、知ってるんだろ、こいつ。
 絶対俺たちの会話聞いてたよな、こいつ。
 もう何のことか絶対わかってるだろ。


「私がいないからって……あのメス豚どもとまぐわうんだ? 酒池肉林な感じなんだ?」
「ち、違う……ってこともなくはないけど、全部話すから落ち着いてくれるか?」
「凛、今から届け出しに行こう? まだあの豚どもの匂いは染み付いてない。だったらまだ間に合うよね?」


 こいつの目は本気だ。
 ぶっちゃけこいつを女として見ていなかったのか、と言われたら答えはノーだ。
 だって割と発育いいし、事あるごとにひっついてきたし、意識するなという方が無茶だろう。


 俺だって一個しか歳違わないんだし、正直何度犯してやりたいと思って自家発電に臨んだかわからない。
 何億、何兆もの同胞が毎晩の様に天に召されたはずだ。


「ま、待ってくれ。せっかく会えたのにいきなりそんなの……もっと懐かしい話とか、色々やることあるだろ?」
「ベッドの中で事後のピロートーク的な感じでいいでしょ」
「いや、待てって。俺はその……お前のこと、ただの女として見てるわけじゃないんだ。だから何て言うか……大事にしたい、これだな」
「やだ……そんな言い方されたら……」


 俺の言葉に顔を赤くする雅樂だが、俺の顔はもっと赤いと思う。
 何しろ女にこんな言葉をぶつけたのなんか生まれて初めてだし……もちろんいつかは、なんて思ってたけどこんな人通りの多い場所で、なんて想定していなかったし。


「誤魔化されると思ったんだ?」
「……へ?」
「私はこんなにも、凛のことを思っているのに……それなのに、凛は私を煙に巻こうとしてるよね」


 そう言いながら雅樂の目はどんどん狂気を帯びて行く。
 誰がどう見ても、正常な人間のものには見えない。


「お、落ち着け、そうじゃない。お前には恩もあるし、感謝もしてるんだ。そんな雅樂を、煙に巻くなんてことがあるわけないだろ?」


 我ながら苦しい、そして追い詰められた男の言い訳だと思った。
 だが今俺にこれ以上言えることはない。
 そしてそんな俺の心境を察したのか、雅樂はふふっと笑って俺の耳元に口を寄せる。


「だったら、今ここで証明してみせて」
「しょ、証明!?」


 素っ頓狂な声が出てしまい、周りの目を気にした俺は思わず口をつぐむ。
 雅樂はそんなこと微塵も気にしていないのか、笑顔を崩さない。


「抱きしめて頭撫でてくれたら、信じてあげる」


 またも耳元で囁かれる、甘い一言。
 本当にこいつ十五歳なのか……?
 駆け引きとかタイミングとか心得すぎてて、正直俺の知ってる幼馴染のイメージからは随分とかけ離れてしまっている。


 しかしそれだけで許してもらえるのであれば、俺からしてみれば破格の条件だ。
 たとえ人目があるとは言っても、ただの抱擁。
 そう、別に昔からこいつは俺にしがみついてきたりと、割と過剰な接触は多かった。


 それが抱きしめるだけでいいなんて……あれか、前まで引っ付きすぎてたし、たまには俺からとか、ただのハグに憧れてるとか。
 ハグが剥ぐに変わらなかったら別にいいかな、とか呑気なことを考えた俺は、直後に後悔することになるとも知らず、雅樂のその細い体を抱き寄せ、そのまま軽く力を込めた。


「リン……その子、誰?」
「っ!?」
「あれれ、今凛びくってしたよね? 何今の反応」


 恐る恐るその声がした方を見ると……そこにいたのはミルズだった。
 そして抱きしめているから顔は見えないはずなのだが……それでも感じてしまう、雅樂から漂う瘴気とも言える不穏な気配。
 ああ、終わった、と思った。


 俺は次の瞬間、いかにしてこの窮地を乗り切り、全員で無事に生きて帰るか。
 それだけを考えていた。

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