やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第186話


「あ!あのホテルは何室か回転するベッド入ってるらしいですよ」
「……へぇ」
「で、あそこはベッドの周りが鏡で覆われてて……」

ずっと憂鬱だった放課後は、とうとう訪れてしまった。
案の定というべきか、橘さんははしゃいで駅前でホテルの話ばっかりしている。
そんなことだから周りの注目を集めまくるというのは学校と変わらず、心が休まる時間が一瞬としてないという。

「な、なぁ。俺もっと、橘さんのことよく知りたいんだよ」
「え、だったらホテルで隅々まで知ってもらっても……」
「ま、まぁそれはほら、いつでも行けるだろ?そうじゃなくて何て言うの?橘さん自身のこと、何が好きで嫌いで、とか内面をもっと知りたいって言うか」

俺としてはこのまま強行軍で全てを進められてたまるか、という思いもあって、何とかしてそれだけは回避したい、と考える。
明日香の言った通り、俺には橘さんを納得させる義務があるんだろう。
だったらそれは、既成事実を作ってしまうのではなくきちんと内面から納得してもらってからじゃないと、後悔することになるのではないか、というのが俺の本音だった。

簡単に言ってしまえば、傷つけてその後のケアが、とかちょっとめんどくさいよな、というのもなくはない。
もちろんその辺まで含めて男女交際なんじゃないか、って思うんだけど……そういうのに一喜一憂する段階は、俺の中ではとうに終わっていると言ってもいいだろう。
枯れたガキだ、とか自分でも思ってしまうがそれもこれも睦月のやつが原因ではある。

こんな達観したガキになったのは、こんな若いうちから女何人も囲う生活なんかしてるからに違いない。

「じゃあ尚更、二人きりの方がいいじゃないですか。ほら、あそこにしましょう!」
「あ、おい待て!」

あれこれくだらなく考えていたら、橘さんは俺の手を取ってガンガン進んで行ってしまう。
それにしてもこの小さい体の何処にそんな力が、というくらいにこの子の力は強く、勢いもある。
ここまできたら仕方ない。

そう開き直って、俺は橘さんについて行くことにした。


「へぇ……こういう感じなんですね。何か匂いも独特って言うか」
「……まぁ、そうだろうな。ある意味で非日常の空間だ」

どうせこの子またお小遣いが、とか言うから俺が払うのはいいとして……今月の俺の出費、結構多めだなぁ。
やることやったらじゃーね、とかなら楽だけどきっと、晩御飯がとか言い出すんだろうからその辺まで考えておかなくては。

「じゃ、話しましょうか」
「へ?あ、ああ」
「あ、先にエッチなことしたかったですか?」
「……いや、話にしようぜ。流れ次第ではそういうのなしで、ってこともあり得るんだから」
「…………」

何でそんな不満そうなんだろうか。
いや、まぁここまで来てしまって何もなし、なんてのは確かに男としても女としても納得できない、ってなってもおかしくはないだろうけど。
しかし今回に関しては何故か、このまま前に進んでしまっていい気がしない。

何故、の正体がわからないから何とも言えないが、俺が俺自身を守る為に必要な段階を踏んでいる。
そんな気がしていた。

「私は、あの両親の元に生まれて今まで育ってきました」
「うん」
「それだけですね」
「…………」

早速話が終わってしまった。
何か他にないのかよ、と思うが考えてみたら、粗方のことは前に聞いた気がするんだよな。
エロ本に興味持った経緯とか、いらん情報ばっかだった気がするけど。

「好きなものはそうですね……食べられるものなら何でも好きですよ。嫌いなものは特にないですけど、ねちっこい男の人とか苦手かもしれないです」
「それを嫌いなものカテゴリに入れるのか。まぁいいけど」
「宇堂くんのこと、私聞きたいです。椎名さんたちからある程度聞いてますけど、やっぱり本人の口から聞くのが一番だと思うので」

橘さんの口から意外な言葉が飛び出し、身構えていた俺としては拍子抜けしてしまう。
てっきりアレのサイズを、とかそんなこと聞かれるとばっかり思っていた……って、俺橘さんに毒されてきてないか?

「まぁ、特別面白い話でもないと思うし、あいつらから聞いてるなら重複する部分も出てくるかもしれないけど、俺だけ聞くってのも何か不公平だもんな。いいよ、教えてやる」

そんなわけで俺は橘さんに俺の生い立ちやら今までに至る経緯なんかを話してみることにした。


「なるほど……大体の情報は合ってるみたいですね。さすがです、皆さん」
「…………」

まぁそうだろうな。
一緒にいる時間長いし。
下手したら俺自身よりも俺のことを良く知ってる可能性すらある。

「でも宇堂くん……人のことばっかりなんですね」
「え?」
「さっきの話でも視点は宇堂くんなのに、椎名さんのことだったり宮本さんや野口さん、桜井さんのこととか……宇堂くん自身がどう考えた、思った、っていうのはあんまりないっていうか」
「ああ、それよく言われたな……。いや、俺にもそういうのがないわけじゃないんだけどな。でもあいつらがいるから、今の俺もいるのかなって考えると何かそういう感じになっちゃう」

これは間違いなく俺の本音だが、女の子が聞いてて楽しい話なんだろうか、なんて思ってしまう。
橘さんだって、こんな話を聞いて退屈したりしないのかな。

「これからもきっと、宇堂くんはそういう感じで行くんでしょうね。というかそのままでいてほしいです。だから、宇堂くん」
「うん?」

ベッドに腰かけていた橘さんが立ち上がり、俺にしがみついてくる。
いきなりのことに一瞬心臓が跳ねるが、拒絶しようとかそういう気持ちにはならなかった。

「私のこと、助けてくださいね」

橘さんはそう言って俺に軽く口づける。
そして……。

「え?」

さっきまで俺にしがみついていた橘さんの姿は、影も形も見えなくなった。
持っていたカバンまでも、跡形もなく。

「え、何?どういうこと?」

何処かに隠れたのかと思い、声に出すも返答はない。
そんなバカな。
そう思って神力を使ってこの建物全域の気配を探っても、橘さんの気配は感じ取れなかった。


「……は?夢でも見てたんじゃないの?」
「…………」

あの後近隣の建物、路地裏に至るまで隅々まで橘さんを探して気配を探るも、結果として橘さんは見つからなかった。
ならば橘さんの家に、と思い行ってみるとそこに家はなく、空き地になっていた。
ますます訳がわからなくなった俺は、ひとまず落ち着こうと考えてあいの家に戻る。

そしてそこにいたあい、睦月、明日香、桜子に事情を話すと明日香から辛辣な返事が返ってきたというわけだ。
もう少し労わってくれてもいいんじゃないか、と考えるのは間違ってないよな。

「でも橘さんの家が跡形もなかった、って……そんな直近で家壊して瓦礫一つ残さないなんてこと、出来るの?」

桜子がもっともな疑問を口にして、俺もその可能性を一瞬考えたがすぐにその考えを捨てる。

「無理だよね。もちろん人間の力では、って意味だけど」
「ってことは……」

まさかあの子は神とかの類だったの?
そんな気配ちっとも感じなかったけど。

「ごめんね、大輝。先に言っておくべきだったかもしれない」
「え?」
「あの子、多分もうこの世にいないんだ」
「……はい?」

俺ももちろんだが、桜子や明日香までもがぽかんとして睦月を見る。
それは何だ、魔界とか冥界とか神界にいるってことか?
そうじゃないとしたら……。

「橘葵。享年十五歳。十年前の一家惨殺事件の被害者。被害者である橘葵は――」

学校からの帰宅時に、真っ暗な家の中で家族の死体と対面。
そして直後に鉢合わせた犯人と、揉み合った末に刺殺された。
死体には複数個所の刺し傷。

暴行等の形跡はなく、金品はほぼ根こそぎ持っていかれていた。
犯人は未だに逮捕されておらず、今でも彼女の住んでいた家の近くの派出所などには情報提供を求めるポスターが、懸賞金つきで掲載されていると言う。

「嘘、だよな?」
「…………」
「いや、だっておかしいだろ!みんなも対面して話をしてるんだ!そうだよ、俺のクラスの人間だって……」
「私ね、聞いてみたことあるんだ。あの時の先生と、他の生徒の子たちに」
「……何をだよ」

睦月の話を聞いて、ますます混乱した俺は頭の中が熱くなりすぎてどうにかなりそうだった。

「橘さんって生徒に心当たりはありますか?って」
「…………」
「あの時大輝の靴箱にラブレターを入れた生徒は、全く違う人物だった。そう先生は言ってた。そして大輝のクラスメートは、見たこともない女子と話している宇堂を見た、って誰もが言ってたんだ」
「んな……バカなことあるかよ」

だって、先生は筆跡で橘さんだって……そう言ったじゃないか。
どういうことなんだよ。
言わされてたとか、そんなこと言いだすんじゃないだろうな。

「大輝くん、私もおかしいとは思ってたんだよ。だって、橘さんなんて生徒……私のクラスにいなかったんだから。それがある日いきなり名簿に追加されて、転校生とかみたいに紹介されることもなくて……だけどそれ自体に何の違和感も持たなかった。ううん、それ自体が違和感だったんだよね、今考えると」
「お前まで……何言ってんだよ」
「橘さんがどういう目的、意志を持って大輝に接触したのかはわからない。もしかしたら本当に大輝が気になっただけかもしれない。だけど、そうじゃないとしたら……その目的を何とかして知る必要があるんじゃないかな」

いや、いやいや……。
だって、さっきの話を総合すると……導き出される答えってもう、橘さんが幽霊であるってことだよな。
あんなにはっきりと温もりを感じて、手を握られた時の感触だって普通に覚えてるのに?

しかし俺の考えに反して睦月たちの表情は固い。
俺はとんでもないことに首を突っ込んでしまったんじゃないだろうか。

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