やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第139話


「なぁ、睦月の父ちゃん来たんだって?どんな人なの?」
「…………」

ところ変わって私のマンション。
今日は大人メンバーである愛美さんと和歌さんがうちにいて、大輝たちはあいの住む家にいるはずだ。
元々そういう予定でもあったのだが、さっきちょっと出てくると言って出て、何となく戻りづらくなってしまった私はそのまま自分のマンションに戻ることにした。

とは言っても近いところにあるわけだし、何かあれば私だって向こうだってお互いの行き来に不都合はない。
なのでメール一本だけ入れて私はそのまま帰ってきた。
夕飯は仕事終わりで疲れているであろうに和歌さんが凝ったものを作ってくれて、二人は酒を飲みながら、私はジュースを飲みながら舌鼓を打っていたのだが、突如愛美さんの発言が私を凍り付かせた。

おそらく話したのは大輝なんだと思うが……愛美さんが知ってるってことはどうせ和歌さんも知っている。
そして今頃はあいと一緒に他のメンバーにも言っているに違いないのだ。
しかしどう答えたものか。

何て言うか先日のこともあって、和歌さんの前で父親のことをゴミだのカスだの言うのは何となく気が引ける。
和歌さんにとってはまだ、父親の話とか少しデリケートな話なんじゃないのか、という気持ちもあるからだ。

「……別に、普通だよ」
「へぇ、普通の父親って魔界の王なのか」
「…………」

酒が入っているからなのか、愛美さんはやたら絡んでくる。
大方大輝がどうにかなりませんかね?とか余計な相談をしたんだろうと思うが、今日ばっかりは大きなお世話だと思ってしまう。

「睦月、私も少し気になる。お前が気を遣ってくれているのは何となく察しているが、私のことなら気にしなくていいんだぞ?」
「ていうかお前、魔族だったの?カッコいいじゃん」
「……は?」

何か壮大な勘違いをされている気がする。
魔界を統治しているのはあくまであいつの力であって、ルシファーの生まれ育ちは元々天使だったはずだ。
何がきっかけで堕天したのかは知らないし興味もないが、私は断じて魔族ではない。

「一応訂正しとくけど魔族ではないよ。あいつは元々天使だったんだ。聞いたことない?堕天使ルシファーって」
「何かファンタジーな感じのものとかでよく見かける名前だよな」
「それが、睦月の父親なのか?」
「……まぁね、認めたくないけど」

ああ、自分の取り分のおかずがもう少しで食べ終わってしまう。
下を向いている理由がなくなってしまうじゃないか。
かと言って和歌さんみたいにガンガン食べたい、とも思わないからな……。

「母親は?母親も天使なのか?ていうかスルーズは元々は神じゃなかったってことか?」
「ぐいぐいくるね……まぁ、厳密には元々神じゃなかったよ。あと、母親は人間。天使と人間のハーフだったんだ、私」
「だった?ってことは神になるに当たって何かあったのか?」

何でこの人たちは今日に限ってこんなにも私のことを気にするのか。
あの胸糞悪い顔を見てからこっち、何となく頭の中も胸の中ももやもやして収まらないとは思っていたが、それが顔に出ているということだろうか。
というか母が人間であることを話しても特に驚いた様子がないってことは、やっぱり大輝辺りがほとんど話したってことなんだろうな。

「何かって言うか……別に何もなかったけど、神力を使う素質はあったみたい。ていうかね、別に私のことなら心配ないよ?和歌さんたちこそ、気を遣ってない?」
「ふむ……まぁぶっちゃけると大輝が物凄く心配していたからな」
「やっぱりか……」
「私も愛美さんも、放っておいて大丈夫じゃないのか、とは言ったんだがな。あいつはあいつで、俺が言っても聞かなそうだから、とか何とか」

心配してくれるのはわかるけど……大輝のとこみたいに円満な……過ぎるほど円満な親子関係を築いている親子と比べられると確かにちょっとイラっとくるかもしれない。
というかあの野郎と仲良くしてる未来とか想像できないし、これからもその予定は全くない。
とは言っても大輝からしたら、私の親だからってことで色々考えているのかもしれないけど……マジでほっといてもらえないだろうか。

「まぁ、愛美さんと和歌さんの言う通りだよ。ほっといてもらって大丈夫。また来るっぽいけど、追い返すし」
「何で追い返すんだ?昔のことが確執らしいが、解決しようとは思わないのか?」

解決って言われてももう不老不死になってしまった母が死ぬことは出来ないし、過去をやり直すことだって出来ない。
即ちあのアホが犯した罪が消えることもない。
もちろん悪気があったとか、そういうことじゃないのは重々承知している。

それにしたって本人の意向ガン無視で勝手に不老不死にしました、なんて誰が納得するんだ?
しかも母親から私を殺してくれとか頼まれる娘の気持ちが、あのアホに理解できるとは到底思えない。
思い出すとまたムカっ腹が立ってきた。

「けどさ、どうでもいい相手のことだったらそこまで怒らねぇんじゃね?」

程よく酒が入った愛美さんは、蕩けた顔で私を見る。
もう布団入って寝たらいいのに、と思うが愛美さんの言うことも一理はあると思う。
だからと言って今更和解したいとは考えていないし、正直関わりたいという気持ちもない。

そして母のことに関しても、もう長いこと会っていないこともあってあれからどうなったのかとかそういうことは全くわからない。
今それがわかったとしても、正直どうしたらいいのかなんてわからないし、私が魔界を出る前の様に仲良くってのはおそらく無理だろう。
というか母が私を覚えているかどうかも怪しい。

「どうでも良かったんだよ。顔見るまではね。なのにいきなり現れやがって、あの野郎」
「ただ、気になるのは何でいきなり、このタイミングで現れたのか、ってことだな」
「娘の心配がどうとか言ってたけどね、何処まで本当なんだかわからないよ、正直」

理由なんかぶっちゃけ何でもいい。
私としてはみんなと過ごすうちに忘れかけていた存在だったのに、急にその距離を詰めようとする図々しさも鼻につくし、今更仲良くしようとか言われてもそんなの無理だと突っぱねる自信がある。
ただ、それをみんなはよしとしていないから今こうなっているんだろう。

「ただ……姫沢春海として生きるって決めた日から、私の中ではあの二人が両親だった。それまでにも色々あったからあの親父のことなんか忘れてたんだけどね。縁切るって言って出てきたのもあるんだろうけど」
「事情はある程度聞いたけどさ、不老不死ってそんな不便なものなのか?」
「不便とかそういうものじゃないんだけどね。ただ、きちんと人間として死ぬって頭のある人間がある日突然死ぬことがまずありえないってわかったら?普通の人ならまず疑うんだろうけど、ありとあらゆる手を試して母は自分が死ねないんだって確信するに至った。それで私に肉体の消滅を願ったんだから」
「まぁ……実の子どもに頼む様なことではないよな、確かに。その原因を作った相手を憎んだとしても不思議はないかもしれない」

和歌さんは先日のこともあって自分のお父さんと重ねているのかもしれないが、あの人が和歌さんに自分を殺してくれなんてこと……もしかしたら言ったかもしれないが、病気であることがわかっていた以上あり得ない話だ。
だから想像してみたとしてもおそらくぱっとしない感じになってしまうんだろう。
愛美さんに関しては大輝から聞いた話では仲いいみたいだし、喧嘩もしょっちゅうしてるっぽい。

だからぶっ殺すぞ、くらいのことは別に普通に言っているんだろう。
ただ、お互いマジで殺し合うみたいなことはないだろうし、やっぱり現実味のない話なはずだ。
加えて酒も入って頭が回らなくなっていることもあって、愛美さんの思考はおそらく泥の中みたいな感じなのではないだろうか。

だって、さっきからちょっとずつ口数減ってきてるし。

「ぶっちゃけどうでもいい段階まできてたんだよ。なのに急に現れて接近してこようって言うのが私からしたらあり得ない。もう大昔のことだし、謝ってもらったら気が晴れたかって言われても多分答えはノーだし、何もしないでお互い不干渉を貫ければそれでよかったのにさ」
「ふむ……」

状況的には和歌さんと似てると言えば似てるのだろうか。
和歌さんはよんどころない事情で施設に預けられて、ある日急に現れた。
私の父は私を捨てたのではなく、どっちかって言ったら私が捨てた側ではあるが、やはり向こうから現れた。

目的とか……そもそもそんな明確なものがあって現れたのかは知らないが、和歌さんだってきっと今の私の様に思っていたんだろう。
だから最後まで素直になれなかった、みたいなことを言っていたんだと思うから。

「睦月、私はな。正直少し後悔してるんだよ、父のこと。もう少し娘らしく接してやったら良かったのか、って今でも少し考えることがある。もちろん私が女性らしく振舞ったりしたら、みんな逆に不気味がってしまうかもしれないがな」
「そんなことないよ。大輝なんか絶対惚れ直してたんじゃないかな」

あの子あれでなかなかギャップ萌えみたいなの好きだからなぁ……。
私のは逆方向にギャップが強すぎて、いつ火の粉が飛んでくるか、みたいな感じで恐々としてたけどね。

「父は私が生まれた時、きっと娘で嬉しかったはずなんだ。なのに私はこんな風になってしまったからな。それに二十年以上の時間というのは短くはなかったから……それもあって素直になれなかったのは悔やまれるのかもしれない」
「素直ね……素直なこと言うんだと、正直私に介入してこないで、って言うのが本音なんだけどね。今の生活を乱さないでくれればそれでよかったんだよ、私としては」
「それは聞き捨てならないな」
「!?」

今までいなかったはずの男の声が聞こえて、私も和歌さんも愛美さんも仰天する。
そこに突如現れたのは父で、気配とか全く感じさせないまま現れたのだからたまらない。

「くんなっつったろ……何で勝手に入ってきてんだよ」
「そう邪険にするな、スルーズ。そちらもお仲間か?」
「あんたには関係ない。さっきの会話聞いてたんだったらわかるだろ、もう関わってくんなよ」
「睦月、待て。……あなたが彼女のお父さんですか、私は望月と言います。お話は伺っていますよ」

私を制して和歌さんが立ち上がり、手を差し伸べると父はそれに応えて手を握る。
愛美さんはあまりのことにびっくりしすぎて、酔いが一気に醒めた様だった。

「ま、とりあえずかけてください。一緒に酒でもいかがですか。人間界の酒がお口に合うかわかりませんが……」
「やや、これはご丁寧に。スルーズ、お前も望月さんを見習ってはどうだ」
「…………」

何を考えているのかわからないが、和歌さんがそう勧めるのであれば無碍にも出来ない。
仕方なく私は台所まで歩き、コップを手に取った。

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