やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第133話

何だかんだ最低の人生だと思って生きてきたが……今日まで生きてきたのは、無駄じゃなかった様だ。
心の底からの願いでもあった、娘の晴れ姿を見られるのだから。
嫌々でも仕方なくでも、娘を捨てた父親の我儘に付き合ってくれた。


以前雷蔵から聞いていた報告では、問答無用で敵を葬る……とは言っても殺したりはしていない様だったが、冷血人間の様な印象を受けていた。
それでもまだ若いんだから和歌は変われる、そう思っていた。
そしてそれは事実として、大輝くんとの出会いを機に和歌の心を閉ざしていたものを壊せる結果になったのだ。


時折こっそりと見に行った時のあの無表情に近い、お嬢さんに笑顔を向ける時も張り付けた様な笑顔ではなく、心の底から充実しているという笑顔。
それを見られただけでも僥倖というものではあったが、私の考えていた最上の幸せに巡り合うことが叶ってしまった。
大輝くんのことを初めて雷蔵から聞いた時には、さすがに耳を疑った。


何しろ自分の娘までも含めて同時に何人もの女と付き合っている、という話だったのに、その声音からは嫌悪している様な様子が微塵も感じられなかったからだ。
雷蔵の様な脳筋は真っ先に嫌いそうなタイプじゃないか、なんて私は思ったものだったが、実際に会ってみて印象は百八十度変わったと言っていい。
正直、私の様なおじさんがいきなり話しかけようものならそれこそ警察でも呼ばれやしないか、と冷や冷やしたものだったが、彼は普通に接してくれた。


怖いものがないのか、と思えばそのハーレムのメンバーは大体怖い、みたいなことを言っていたし、不思議な子だった。


雷蔵とは私が六歳、雷蔵が四歳の頃の遊び仲間でもあって、遠縁なのに仲は良かった。
大人になってからもその親交は変わることはなく、私が大学在学中に出会った妻の美乃梨みのりも交えて酒を飲んだりすることも多々あった。
そんな中で生まれた和歌は、私としても目に入れても痛くない、という何よりの宝だったし、当時雷蔵もまだ結婚していなくて子どもも当然いなかったことから一緒に和歌を可愛がってくれていた。


女は好きだが人の人生までまだ背負える気がしない、という雷蔵が結婚したのは和歌を施設に預けて八年が経った頃だった。
私が和歌を預けるに至った経緯、そして美乃梨が死んだ原因についても雷蔵には話してあったが、その代わりに自分が幸せになってやる、とかそういう馴れ合いじみたことを考える男でもなかったし、あいつはあいつで自分で捕まえてきた嫁を、そして翌年に生まれた我が子を可愛がっていた。
ただし、一つだけ和歌が生まれた時と違ったのは、お嬢さんを私に会わせようとはしなかった、ということか。


言及すれば答えてくれたかもしれないが、私はそれを受け止める度胸がなかった。
だから何故会わせてくれないのか、ということは疑問のまま心に仕舞い続け、それでも私と雷蔵はたまに会って酒を飲んだりしていた。
そんなある日雷蔵が、和歌が施設を出るタイミングになったら言ってくれ、と言ってきた。


そんなの最長で十八までいることになるんだし、先の話じゃないのか?と問い返したが雷蔵は多分近々和歌は施設を抜け出すだろう、という様なことを言っていて、不思議に思ったものだ。
そしてそれは事実として実現し、和歌が施設を抜け出したという一報が私の元に入った。
今思えば雷蔵は雷蔵で、和歌のことを気にかけてくれていたのだろう。


独自に様子を見てくれていたりしたのかもしれない。
一度は和歌を見失った、と言って私も思わず慌てたものだったが、一週間ほどで橋の下にいるところを発見されたという。
その一報を受けても私は和歌の顔を見に行く資格などない、と思っていたし、雷蔵に連絡だけ入れて申し訳ないがよろしく頼む、と伝えるにとどまった。


そして私が成長した和歌を直接目にしたのは、和歌が成人した時のことだった。
成人式で和服を着せて写真を撮るから、見るだけでも見に来い、という雷蔵の誘いを受けて、私は直前まで迷って結局見に行った。
声をかけたり直接の接触をするのはさすがに自重しなければ、と思ったが一目遠くから見るだけなら、と。


半分むくれた様な顔で着物を着て佇む和歌を見て、美乃梨を思い出した。
少なくとも、和歌が生まれる前は素直で可愛らしい女だった美乃梨を。
いつからああなってしまったのか。


私に落ち度があったことは間違いない。
娘可愛さで妻を構ってやれていなかったのかもしれない。
今となっては知る術などないが、私がもし償うことができるとすれば、それは私の死後の話になるんだろう。


そしてその時はもう、すぐそこまで来ているということもよくわかっている。
今まで許されない罪を背負って生きてきた私にとって、これ以上ないくらいに幸せな瞬間が同時に目の前に現れている。
それはまるで私が許されてしまったのかと錯覚してしまう様な、私が心の底から渇望して、そして叶うはずのない願い。


「さぁ、望月さん。行きましょう。娘さんが待ってますから」


まともに歩くことも適わなくなった私を、看護師さんが車椅子に乗せてくれる。
もし和歌が生まれた時に、私がもっと妻を気にかけていたなら……もしかしたら和歌の職業選択の幅はもっと広かったのではないだろうか。
たとえば今こうして車椅子を押してくれている看護師の様に、もしくは今食べるのが好きだという和歌なら、飲食関係の仕事に就くことだって出来たかもしれない。


本当なら無限にあったはずの可能性を、私の不甲斐なさで摘み取ってしまった。
そのことが今でも私には心残りだ。
恨まれても仕方ないと思う。


「看護師さん、私は着替えを持ってきていないんだが……」
「心配ありませんよ。娘さんもご理解されてるはずですから」


白衣の天使、とは言うがこんな私の様な男にまで微笑みかけてくれるその笑顔。
もちろん仕事の上のものだということは理解しているが、こんな風に和歌が笑う未来もあったかもしれない。
そう思うとやり切れない思いがある。


そしてすっかりと巻き込んでしまった大輝くん。
彼はまだ高校生だというのに、結婚式なんて形式的なものだとは言っても、重いと感じてはいないだろうか。
彼の様ないい子が、和歌を支えて行ってくれるのであれば、私も安心してこの人生を終わらせることができる。


だけど、関わらせてしまったことで、私が死んでしまうことで、彼には一つ十字架を背負わせてしまわないだろうか。
既に一つ大きな十字架を抱えて……それでも今はもう大丈夫だと笑う彼の、あの気丈な様子は私からしたらまだまだ強がりに見えないこともない。
危うさを抱えた年頃の少年は、私の死を糧に成長してくれるだろうか。


彼にも伝えなければならないことはいくつかある。
一つは和歌を頼むと改めてお願いすること。
そしてもう一つ……彼と和歌とで、やってもらいたいのは、私が身を削って稼いだ金を使っての身辺整理だ。
そして願わくば……。


「さ、着きましたよ。ここでお待ちくださいね」


看護師さんに連れてきてもらったのは食堂だった。
以前何度かここには足を運んだが、いつの間に用意したのか内装が式場っぽくなっていて、結婚式場だと言われても違和感はない。
これも大輝くんやらの不思議な力の影響なんだろうか。


結局彼が何者なのか、聞くことはなかったが改めて追及する必要はないだろう。
彼が何者であれ、和歌を支えてくれるというのであれば、私からしたらそれ以上を望みたいとは思わない。
……いや、一つだけあるとすれば、二人の子の顔が見られるまで、生きられたら……そんなのはまず叶わない望みだ。


一つ望みが叶ってしまうと、人間は欲深くなってしまう。
これは誰しも共通して抱える人間の業というやつなんだろう。
幸せであることを認識してしまえば、更にほしがってしまう。


「あ、もしかして和歌さんのお父さんですか?」


私に駆け寄ってきて、話しかけてくれた少女がいた。
そしてその傍には雷蔵の娘と、雷蔵と奥さん。


「こら、桜子……すみません、体調よろしくないでしょうに」
「いや……久しぶりだな、雷蔵」
「とうとうお前も、年貢の納め時がきちまったのか。ちょっと早すぎやしねぇか?」


そう言って笑う雷蔵だったが、瞳の色には暗さが滲んで見えた。
こんな私の死を、悲しんでくれるとは。
もちろんまだ死んではいないが、それだっていつまで続くのか。


「誰しも等しく死の瞬間は訪れるものだ。確かにお前の言う通り、少し早いかもしれないが。……お嬢さん、そちらは?」
「あ、ええと……例の大輝くんの彼女の一人です」
「野口桜子です!和歌さんのお父さん、ダンディだぁ!いいなぁ、うちなんてハゲで本当……」
「ちょっと、桜子!本当に、すみません……」


恥ずかしそうに頭を下げるお嬢さんを、雷蔵と奥さんが微笑ましげに見ている。
桜子さんとお嬢さんは何となく仲良しの姉妹の様に見えた。
愛嬌があって、素直で可愛らしい子だ。


もし私の家庭が円満だったなら、和歌がこういう感じになっていた未来もあったのだろうか。
少しだけ見てみたい気もするが、それは仮に私が元気な体であったとしても叶わなかった願いだろう。


「桜子さん、和歌のことをこれからも頼むよ」


私がそう微笑みかけると桜子さんは嬉しそうに笑って、席に戻っていった。
あの子はあの子であんな調子だが、芯はしっかりとしていそうだ。
和歌はいい仲間に恵まれたんだなと思う。


「初めまして、いつも和歌さんにお世話になってます。柏木愛美です」
「おお、同年代の方もいらっしゃるのか……それもこんなに美人で。大輝くんは幸せ者だな」
「あはは、お父さんお上手。でも、和歌はあたしたちの中ではもう、欠かせない人物ですよ」


相当な美人である愛美さんは、裏表のなさそうな人に見える。
初対面の人間に対するこの態度はあくまで社交的なものだろうが、実際は豪快な人物なのではないかという印象を受けた。
そしておそらく和歌は同年代ということもあって、学ぶところや見習うところもありそうだ。


「愛美さん、もう和歌さんの準備は出来てるの?」
「ああ、出来てるぞ。見たらお前ら絶対びっくりすっから」


うん、やはり。
真面目な子もいればこういういい見本になれる大人もいて、大輝くんはいい環境にいる。
そしてそれは和歌にとっても自身の変化を形成するに至ったものなのだろうと推測できた。


愛美さんが言った様にびっくりする、というのがどの程度のものなのかはその時のお楽しみにするとして、普段化粧などをしているのを見たことがない和歌が化粧をしたり、というのは少し興味がある。


「では、これより急遽ではありますが、宇堂大輝さんと望月和歌さんの結婚式を執り行いたいと思います」


マイクを使って女医の青池先生が語り掛ける。
たまにあの人にも診てもらったが、あの先生はいい先生だ。
私の他愛ない話も親身になって聞いてくれていたし、いつかこの先生にも和歌を会わせてやりたい、その願いも今日叶うことになった。


いっぺんにいくつもの願いが叶う。
そんな日が来るなんて誰が想像しただろうか。
美乃梨と結婚した日と同等、もしくはそれ以上に今日は全てが輝いて見えた。

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