やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第128話

大輝たちの姿はすぐに発見できた。
一瞬だけちらりと見えた私の父と思わしき人物……確かに私の顔に何処か似ている部分がある様に思える。
随分と痩せこけてしまっているが、以前部下から見せられた写真とも一致する気がした。


「どうもあの喫茶店に入るみたいね。どうするの?入って行ったらバレるかもしれないわよ?」


お嬢が心配そうにしているが、この先まで踏み込んでいかなければ大輝の悩みの原因を探ることが出来ない。
ならばお嬢だけでも帰して、と考えるがお嬢にそう提案したところで、お嬢がすんなりと従ってくれるとは考えにくい。
それに、お嬢を一人で帰すなどと言う選択肢は私の中にはない。


なのであれば、二人で乗り込んで少し離れたところで話を聞くのが良いだろうと考えた。


「行きましょう。何、ちゃんと気づかれない様にしますから」
「本当かしら……」


そう言ったお嬢の顔は、信用していないのではなく心配しているという顔だ。
私と言う人間をよく知っているからこそこういう顔になる。
だから私も一応落ち着いている体ではいるが、正直心の中は穏やかではない。


仮に鉢合わせをしてしまったらどうしようとか、大輝に見つかってしまったら、なんてことをずっと考えているのは事実だから。
とにかく考えていても仕方ないから、と私とお嬢は店の中に入っていった。
考えてみたら先ほどから喫茶店のはしごをしているな。




「……あんまりよく聞こえないわね」
「まぁ、幸い空いてますからね、全く聞こえないわけではありませんが」


私たちが着いた席は、大輝からは背もたれの上に仕切りの様なものがあるからか死角になっている。
父からは、もしかしたら少し見えるかもしれないが気づかれてはいないだろう。
大輝と話す父の様子に、変わったところは特に見られなかった。


「……さっきあれだけ食べていたのに、ここでも食べるの?」
「え?あ……その、あまりにもこの写真が美味しそうに見えたもので……」
「…………」
「そ、それにほら、尾行の最中にお腹が鳴ったらいけませんし!ね?」
「……あれだけ食べた直後でお腹が鳴るって、どういう構造してるの?異空間とでも繋がっているのかしら、望月の胃は……でもその方があなたらしいわね。好きなだけ食べたらいいわ。お腹壊さない様にね」


呆れながらも笑って、お嬢は飲み物を注文する。
私は照り焼きチキンのピザとエビの沢山入ったサンドイッチにサラダを注文し、コーヒーを頼んだ。
確かにお嬢はこんなに食べないけど、私はおかしいのだろうか。


いや、そんなことよりも今は、あの二人の会話に集中しなければ。
こんな時神力でも使えれば、なんて考えてしまうのは良くないことかもしれないが、睦月やあいなんかはこの距離でも会話を聞き取るくらいは訳もないのだろうから、少し羨ましくある。


「特に深刻そうな会話をしている雰囲気には見えないわね。彼の顔が見えないから何とも言えないけど」


お嬢は敢えて大輝というワードを避けている様だ。
本人の耳に入れば、気づかれてしまうという気遣いからかもしれない。
そんなことを考えている内に注文した品々が運ばれてきて、私はなるべく聞き耳を立てながら今日三度目の食事に取り掛かった。


お嬢も紅茶を口に運びながら、耳をそばだてている様だ。


「何だか熱く語っているわね。あんなこと、私たちの前で話すことは普段ないと思うんだけど」
「春海の名前が出るなんて、そうそうないことですね」


私もお嬢も、ある程度同じだけは聞き取れているらしく、大輝が少し沈んだ調子で話している内容が耳に入ってくるのがわかった。
そして父は、その一言一言をきちんと聞き取って咀嚼している様に見える。
私の父は、あんな懐を持った人間だったのか。


時折聞こえてくる、父の声に混じる辛い選択、というのは大輝にさせてしまっている、というものなのだろう。
申し訳なさが声の端々に滲んでいる。


「呆れた……あれだけあったのにもう食べ終わったの?」
「えっと……お、美味しかったので。それより、何だか深刻な話に変わってきている様ですね」


五分程度で空になった私の前の皿を見て、お嬢がため息をつく。
私と食事にくるとほぼ百パーセント、お嬢はこういう顔をする。
一回は、見ているだけでお腹いっぱいになった、なんて言われたこともあったな。


でも周りにソースを飛ばしたりしない様に、くちゃくちゃ音がしない様にと気を付けて食べているから、食べるのは早いかもしれないが不快感はない……と思いたい。


「……望月、今の聞いた?」
「え?」
「全く……あなたのお父さん、長くないって」
「え……」


下らないことを考えている間に、父はとんでもないことを言っていた様だ。
長くないってことは何だ?
もうすぐ死んでしまうとか?


「あなたのお父さん、病気だったのかしら。確かにあまり血色は良くない様に見えるけれど……」
「…………」


お嬢の言う様に、父の顔は何となく不健康そのものだった。
五年前に若いのに調べさせた時にはそんな報告はなく、普通の中肉中背の男性だ、という報告を受けている。
それを思い出して、今見比べてみるとやはり比べ物にならないくらいに痩せ細ってしまっていた。


そう認識してしまって、私はいてもたってもいられなくなったと言うべきなんだろうか。


「ちょっと?望月?」
「…………」


いつの間にか私は立ち上がっていた。
そして……。


「それに、会えない理由は一つだけじゃないんだ。これについては話すことで巻き込んでしまうことも考えられるから言わないが……」


父がそう言った瞬間、近づいてくる私に気づいたのか目を丸くする。


「ふざけるな」


口から勝手に言葉が出てしまった、という経験を生まれて初めてしたのだった。




「何か、頼むか?」
「……さっき散々食べたから、結構だ」


大輝は何で嘘ついたんだ、とか色々言っていたが、それはお互い様だと思い私は答えなかった。
私とお嬢は並んで大輝たちの向かいに座り、大輝は父の横に腰かけているという奇妙な構図になってはいるが、これから改めてお茶会が始まろうとしている。
とりあえずお冷と飲み物だけを大輝たちが元々座っていたテーブルに持ってきて、私たちは座り直した。


「それで、巻き込むって言うのは?ここまできておいて、話せないなんてふざけたことを言うつもりなら……」


言いながら上着の内ポケットに手を突っ込むと、大輝が真っ青な顔をして私を止めようとした。
もちろんこんなところで発砲しようとかそんなことは考えていないが、あまりにもイラついたら出して脅すくらいは……いや、お嬢や大輝を巻き込むのはちょっと気が引ける。


「大輝とは何処で知り合った?どうして大輝に近づいた?」
「望月、いっぺんに聞いても要領を得ないわよ」
「その辺のことは……ちゃんと話しますから。いいですよね?」


大輝がそう言って父の顔を見る。
そして大輝の言葉に父は笑って頷く。
どうやら大輝は相当気に入られている様だ。


「なるほどね……」
「…………」


大輝から事情を聴いて、私としては何となく納得のいかない部分がある。
何で私に直接こなかったのか。
親の権利とか言っていたが、そんなものがどうしたと言うのか。


そもそもそこまで私のことを考えていた、というのであれば何で大輝をこんなにも可愛がっているのか、等々。
いや、大輝が可愛いのは認める。
私だって可愛いと思うし、時折男らしくもあってそこが魅力だ。


いや、そういう目的で父が大輝に近づいたのではないことはわかっている。


「もしかして望月……ヤキモチ妬いてない?」
「え、和歌さんそうなんですか?」
「はぁ!?」


何を言い出すのかと思えば、私がヤキモチ?
誰に?
いや、大輝を独占しやがって、みたいな気持ちがないとは言わない。


そういう意味ではヤキモチという表現は実に当てはまっていると言えよう。
しかし、それを言ったらお嬢だってそう思っていなければおかしい……ということもないかもしれないな。
お嬢は割とその辺ドライだからな……。


「まぁ、その辺のことはいいだろう。それに、和歌にとっては育ての親はそちらのお嬢さんのご両親と言っても過言ではないのだから」
「……それはそれだ。大体、私からしたらほとんど初めて会うのに、会ったらその日にもう長くないとか……もう意味がわからない」
「…………」


そう、おそらく私は混乱していた。
父を見つけることが出来たとして、私としては当初会うつもりは全くなく、あの人にはきっとあの人の幸せがあるんだ、なんて思っていたし、私は私で自分で幸せを……いや、お嬢と大輝に見つけてもらった様なものではあるんだが。
そこにきて実は父はもう、長くありません?


一体何の冗談なのかと。
娘のウェディングドレスを見るまでは、孫の顔を見るまでは、意地でも生きてやるくらいの気概はないのかと。
そんなことを考えても仕方ないというのはよくわかっている。


なのに感情がそこに追いついて行っていなかった。


「ガンと言っていたが、どの程度のものなんだ?あと、どれくらい生きられる?」
「医者の言うことだからね、あくまで目安にしかならないが……二か月ほどと言われているよ」


これは大輝もまだ聞いていない話だったらしく、父の発言に大輝がはっとしているのが見えた。
お嬢は何とも言えない顔をしている。
あと、二か月。


たったの?
それとも、二か月も?
父は一体、自分のことをどう考えているんだろう。


それこそ睦月やあい、最悪の場合大輝に頼んで、その病巣を取り除いてもらったりとか……。


「和歌、私は病気になったことを後悔はしていないんだ。私が後悔したのは、ただ一つ。それは……」
「私を捨てざるを得なかったこと、か?」
「……そうだ」


勝手なことを、と思う。
正直聞いた限りの話だし、決めつけてかかるのが良くないということはわかっている。
それでも私の中で何とも消化しがたい思いがひしめいて、渦を巻いている様な感覚が支配してくる。


母と別れるとか距離を置くという選択肢もあったかもしれない。
もっともその方法が正しかったかなんて今となってはわからないし、そうしていたら母の死期が早まっただけのこと、という可能性もある。
それをしなかったのは、おそらくギリギリまで母と私とを天秤にかけるのではなく、両立させたいという思いがあったからこそなんだ。


「とりあえず、こんなところでする話ではないし、そろそろ混み出す時間でもありそうだから、場所を変えようか。嫌でなければ、私の家に来るかい?」


父の提案に大輝は驚き、お嬢は私に任せる、と言った。
見てみたい、という気持ちと何でこんな男の家に、という気持ちがぶつかり合ってなかなか答えが出ない。
しかし、大輝が行ってみたいという意志を示したので、私もそれに従うことにして、二席分の伝票を手に立ち上がった。

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