やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第125話

「えっと……」
「君は、娘と何か関連があるのか?」
「……娘?」


立ちふさがった男は、出し抜けに俺に問いかけてくる。
正直面倒だな。
こんなことならだれか連れてくるべきだったかもしれない。


「娘って言うのは?そもそもあなたは誰なんです?」
「……和歌だ」
「んな!?」


俺が思わず驚愕の声をあげてしまい、スーパーの中が騒然とする。
ああ、目立たない様にって思ってたのに……。
だけど和歌さんの父親って……。


何でこんなにもタイムリーに現れた?
それに本人がいないとわかっていて、何で?
いないからこそってこともあるんだろうか。


「あなたが、和歌さんの……?」
「ああ、和義かずよしだ。で、どうなんだ?」
「……とりあえず、買い物済ませてもいいですか?和歌さんも含めて、みんなが待ってますし」
「みんな?」
「その辺のことも、詳しくお話しますから。地下に喫茶店がありますんで、そこで待っていてもらえますか?すぐに戻りますので」


そう伝えて、俺は手早く買い物を済ませるとあいの住む家へとワープして、荷物だけ置いて再び駅前までワープする。
何でこんな必死なんだよ、って自分でも思うのだがこればっかりは看過できないだろう。




「本当に来てくれるとはね」
「俺は、言ったことはきちんとやるタイプなんですよ」


立ち話をしていても仕方ないので、俺は和歌さんの父だと名乗る男……和義さんと一緒に喫茶店に入っていった。
まさか男二人でなんて……いや割とある話だとは聞いているが、俺の人生においてはそうそうないんじゃないかと思っていたから少し驚きだ。


「自己紹介が遅れました、宇堂大輝です。和歌さんとはお付き合いさせていただいています」
「君……見たところまだ学生さんだよね?和歌は私の記憶が間違ってなければもう二十代半ばのはずだが」
「まぁ、これにはちょっと色々と事情がありましてですね……」


初対面でしかも本当に和歌さんの父親なのかも疑わしい相手にこんなこと、と思うが確かに和歌さんの父と言われれば似ている部分がいくつかある様に思えた。
例えば鼻から口元にかけてとか、耳の形とか……マニアックだな。
目なんかは母親似なんだろうか。


ひとまずの説明をすると、和義さんは一瞬驚いた様な顔をしていたが、怒ったりしている様には見えなかった。


「なるほど……ヤクザに引き取られたというのは聞いていたが……」
「そこの組長の娘も、俺と付き合ってる一人です。まぁ、その娘の世話係兼若頭っていう名目みたいですけど」
「なるほどな。……おっと、何でも注文してくれていい。保険金が入ったからね、お金のことなら気にしなくていいから」
「保険金?」


随分と気前のいいことだ、と思った矢先に何となく不穏なワードが聞こえてきて、思わず聞き返してしまう。
それに何でも、とか言われてもこれから晩飯を、って話で買い物をしていたのだからがっつりと食べてしまうわけにもいかない。


「ああ。つい先日まで入院をしていてね。ガンだったんだ」
「…………」


それで、この顔色なのか。
和歌さんの親ってことは少なくとも五十前後ということになるんだろうが、それにしては老け込んでいる、という印象を受ける。
いや、一般的な五十歳がどの程度のものかとか、最近じゃ曖昧過ぎて目安とか全然わからないんだけど、もしかしたら病後でもあることからそう見えるのかもしれない。


「……君は随分と素直な子の様だ」
「は、え?あ、いや」
「いや、構わないよ。頭は白髪だらけだし、病気をしてからというもの一気に老け込んでしまったからね」
「す、すみません」
「それより、和歌はどうだ?五年くらい前に和歌の手下……部下?とか言うのが私のことを嗅ぎまわっていた様だったが」


そういえば鉢合わせした、とか言っていたっけ。
その部下の人たちも一瞬は生きた心地がしなかったんだろうな、なんて余計なことを考えてしまう。


「どう、というのは……何でしょう、いい女だろう?とかそういう……」
「……ははは!君は面白いな。まぁ、彼女は母親にも似たからね。あんなことがなければ美人親子で通ったかもしれないんだが……私の素性を聞いて驚いたってことは、粗方聞いたのだろう?」
「ええ、まぁ……」


和歌さんと親子って言われると何となく納得してしまうくらい、この人も鋭い。
隠し事は無意味だな、と思った。


「その……お母さんのことも聞きました」
「そうか。あれも結婚する前から少し歪んでいるところがあったからね。忙しさと娘可愛さで十分に構ってやれていなかったのかもしれない、と後になって思ったものだよ」
「…………」


和歌さんもそんなお母さんの遺伝子を受け継いでいるってことは、もしかして……いや、今のところそういう気配はない。
というか、そんな側面を持っているのだとしたら、そもそもハーレムでやっていくこと自体が不可能だろう。


「あの時は……娘が助かったって言う思いと、色々な感情が入り混じって頭の中はぐちゃぐちゃだったな」
「ですよね……」


しかし、何でこの人は和歌さんを迎えに行かなかったのだろうか。
……いや、愚問だな。
俺がこの人の立場なら、迎えに行けたのかと考えると……一般人には到底無理な話だろう。


明日香の組の内情をある程度知っていて、とか俺は明日香の彼氏でもあるし、だからこそ入り込めているのだ。
自分の立場を考えると、この人よりも俺は恵まれているのだと改めて思い知らされる。


「君は多分、何で和歌を迎えに行ってやらなかったのか、って思っているんだろうな」
「……そうですね」
「あの頃は色々あってね。まず妻が死んだとき……和歌のせいだと思ってしまっている自分がいた」
「っ!!それって……!」
「いや、わかっているんだ。私たちが勝手に望んで作った子どもで、和歌は私たちを選んで生まれてきたわけではない。それに、私だって和歌が生まれた時はこの子こそ私たちの宝だと、全てを犠牲にする覚悟でいたんだから」


そう言った和義さんは、とても寂しそうに見える。
今あれだけの美人に育った娘。
年頃でもあるし、本当ならウェディングドレスなんかも見たかったとか、バージンロードを一緒に、とか考えたこともあったんだろう。


「ただ、妻は……やはりほとんど一人で子育てをして、私に構ってもらえる時間も減ってしまって、被害者意識みたいなものを持ってしまったんだろうな」


気持ちとしてはわからなくはない。
ただ、俺がよく耳にしたのは男側がそうなることは多い、というものだった。
母性の欠落みたいなものがあったのか……どちらにしても、もう既に母親はこの世の人ではないのだ。


「私も、もっと気を付けておくべきだった。そうすればあんな凄惨な結末を迎えずに済んだんだから」
「……そうとは限らないですよ。大体、人の気持ちなんてその人にしかわからないのが普通なんだし、言わなきゃ伝わらないことなんて腐るほどあるじゃないですか。言いにくかったとしても、それでも話せるのが夫婦だったんじゃないんですか?……すみません、責めているわけではないんです。ただの、ガキの主観だと思ってもらえれば……」
「君は今、いくつなんだ?」
「もうすぐ、十六になります」


俺が答えると、和義さんは目を見開いて驚いていた。
学生だとは思っていたのだろうが、まさかここまで若いとは思っていなかったのか。


「君は歳の割にしっかりとした考えを持っているんだな。正直驚いたよ。それに、和歌とも十近く離れている様だが……」
「年齢なんか関係ありませんよ。あの人は確かに大人だし、だけどあれで抜けてるところもあって、最近だとギャップ萌えって言うんでしたっけ?そういう要素てんこ盛りですし。あの人といるの、俺も楽しいですから」


それに俺は全然しっかりなんかしてない。
あいつらがいてくれてるから、こんな風に考えられるだけで……多分春海が死んでそのままだったらクソみたいな人生送ってたんだろうなって自信がある。


「お、俺が言いたいのは……誰も悪くなんかなかったんじゃないかってことなんです。全てのタイミングが悪かったって言うか……」
「……そうか、そうかもしれないな。君の言葉は、少し私を救ってくれた気がするよ。長い間苛まれていた悩みが、少しだけ解消された様な気がする」


そう言って、和義さんは優しく微笑みかけてくる。
何でだろう、娘の彼氏なんて父親にとっては憎き敵くらいの認識でもおかしくないだろうに。


「……そんな、俺は思ったことを言っただけで。生意気言ってすみません」
「そんなことはない。君はとてもいい目をしているしね、私としてはずっとそのままでいてほしいと思うよ。和歌もきっと、そう言うところに惹かれたのではないかと思うからね」
「…………」


何だか正面切ってそんなことを言われると物凄く照れ臭い。
しかもこの人初対面なのに、俺のことよく見ているなと思う。


「ていうか……何で俺が和歌さんと繋がりあるってわかったんです?」
「ああ、それか……実は今朝、和歌が大きい家に入っていくのを見てね。そして君はそこから出てきた」
「朝って……俺出てきたの夕方ですけど、そんな長いこと見張ってたんですか?」
「ははは、まさか。あの辺は私の散歩道なんだ。和歌のことは一目見てわかったよ、母親と似た目をしているからな」


ということは和義さんはあの辺に住んでいるということになるのだろうか。
それにしてもあそこから出てくるのを見られるって……ちょっとだけ恥ずかしいかもしれない。
あんなことした直後でもあるし。


「何で……声をかけなかったんです?会いたかったんじゃないんですか?」
「……私はもう、親ではないからね。血縁ではあるが、法律上ではもう、和歌は宮本組の人間なんだ。そんな娘に声をかけるなんて、事案発生ってな感じになっちゃうかもしれないからな」
「事案って……」


小学生相手にしてるんじゃないんだし、和歌さんだってきっと話せばわかるんじゃないかと思うんだけど。
あの人は俺たちと関わる様になってから、随分と態度が柔らかくなったと思う。
俺たちと知り合う前の和歌さんだったらもしかしたら射殺とかされていたかもしれないけど、今の和歌さんならちゃんと向き合ってくれそうな気がするんだけどな。


「それに、和歌は幸せそうに見えた。だから私としてはその幸せそうな和歌を見られただけで満足でもあるんだ」


それは嘘だ。
本当だったら俺の話だって何だって、和歌さんの口から聞きたかったはずだ。
俺だったらそう思うし……こらえ性ないから思わず声かけちゃって大問題に……いやそれはダメだろ。


それは置いとくとして、やっぱり本人から聞きたいってなるはずだ。
それに俺と和歌さんが言ってること、感じていることが必ずしもイコールなわけじゃない。
だったら……俺は和歌さんと和義さんを会わせてあげたい。


「君の考えていることは、何となくわかるよ。君は優しい子なんだな。とても和歌を大事にしてくれているんだということも、話していて伝わってくる。だけどね、私は和歌には会わない。会う資格がないんだ」


そう言われて、つい頭がかーっとなってしまうのを感じる。
何が資格がないだ……そんなもん、クソくらえだと。


「何でですか!?法律が何だっていうんですか!ストーカー規制法やらに抵触するって言うならともかく、血縁の親子じゃないですか!」
「そうだな、君の言う通りだよ。だけどね、私が捨ててそのあと宮本組に拾われた時点で彼女は彼女の人生を自らの手で切り開いたんだ。別に宮本組から圧力をかけられて、とかそういう事情もないよ。だけどね、和歌は私の顔を知らない。私たちの顔を知らない間に、私は彼女を捨てたんだから」


そう言った和義さんの目は、先ほどまでの温かみを全て捨てた様な冷徹なものに変わっていた。
俺に向けている、というよりは自分を律しているんだという、そんな意志が伝わってくる視線。
俺はその視線を前に、何も言うことが出来なくなっていた。

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