やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第119話

「じゃーまずはケチャップライスを……」


そう言って意気揚々とキッチンに立つ桜子を、全員が固唾を飲んで見守る。
玉ねぎの微塵切りを入れようとしているらしく、ザクザク、ズドンズドンとまな板に包丁がぶつけられる様な音がリビングにこだましていた。
とりあえず本格的に危なくなったら止めよう、とアイコンタクトをして俺たちは黙って見守っている。


「あ、バターないんだっけ。じゃあこれもマヨネーズでいっか」
「…………」


何なの?
あとでケチャップも入れるのに、オーロラソース風味にでもしたいの?
だが睦月が口を出してはいけない、と目で訴えかけてくるので、俺は口を出すことなくその様子を見ていた。


まぁマヨネーズを油代わりにして何か焼いたりって、前にCMで見たことあるし、俺も実際やったことあるけど、まぁまぁ美味しかったとは思う。
醤油との相性はなかなか良かった。
だけどケチャップは試したことないなぁ……。


じゅううう、といい音がして、マヨネーズが焦げるいい匂いがしてくるが、火が強すぎたのかすぐに強烈な焦げ臭がしてきた。


「あっ!た、玉ねぎ入れなきゃ!」
「…………」


じゅわあああ!と勢いよく投入されたみじん切り風の乱切りに近い玉ねぎが、あっという間にその表面に焦げ目をつけて行く。
何で火、弱めるって発想がないんだろう。
そしてその大きさの玉ねぎだと、どう見てもカレーかシチュー作ってる様にしか見えないのは、俺だけか?


「ふんふふーん♪」
「…………」


何でそこで鼻歌が出てくる?
どう見ても炭になりかけてるぞ、その玉ねぎ……食ったらガンとかにならないだろうな。
そしてこれでもかとふりかけられていく塩コショウ。


ガンと成人病のコンビか……これは神力で何とかしないと俺、マジで死ぬかもしんない。


「さてさてお米を……」


そう言いながらボウルに米をモリモリと盛っていく。
量……多くね?
三合くらいあんだけど、その量。


そのまま入れるのかと思ったら、ボウルに入ったご飯にケチャップをぶちゅちゅちゅ!!って音をたてながらぶっかけている。
おいおいおいおい……多いよ!
もはやすっぱ辛い味しか想像できなくなってきた。


しかも卵ご飯か何かかってくらい、ぐっちゃぐちゃに混ぜてるし。
そしてそのご飯は、勢いよくフライパンに投入される。


「うひゃあっ!」


何か跳ねた様に見えるが、さっきの玉ねぎの塊か?
手とか皮膚についたら大やけどするんじゃ……。


「お、おい大丈夫か?」
「う、うん平気」


平気……ね。
兵器の間違いじゃないのか。
それも大量破壊、とか前についたりするやつ。


木べらで手際よく混ぜている風だが、全然混ざってない。
それどころか、米粒が潰れて五平餅でも作るの?ってくらい米が違う意味で混ざり始めている。
うん、何て言うか一体化してるよ、米と米が。


「よっし、じゃあ次は卵!」
「お、おお」


五個くらい冷蔵庫から取り出して、さっきのボウルを洗わないまま、卵を割り入れようとしている。
これは洗わせた方が……と思って睦月を見るが、首を横に振る。
くっ……俺はここで惨状を見届けることしかできないというのか……!


このままだと桜子は将来的にどっかの企業面接とかで、女子力はないけど破壊力ならあります!とか言うことになったりしないだろうか。
そんなことを考えていたら、こんこん、と卵を叩きつける音が聞こえて直後にべちゃ!と中身が勢いよく床に落下するのが見えた。


「…………」
「えへへ、失敗失敗」


その卵には目もくれず、桜子は次々卵を割りにかかる。
睦月が苦笑いでその卵を神力で消し去って、何事もなかったかの様な顔に戻った。
寛大だな、お前……。


一生懸命というかもはや必死な感じの桜子を、俺は止めようと思えなくなってきた。
こうなったらもう、どういう結果になっても見届けるしかないのだと。
そしてもう一個フライパンを取り出した桜子は、そのフライパンを火にかける。


今度はマヨネーズではなく何とごま油をひいて、全力で攪拌した卵を流し入れた。
香ばしい匂いが鼻をつき、これだけなら食欲が少し刺激される。
ここからは何だ、炒り卵でも作るのか?


それだと中華風になったりするかもしれないが、オムライスとは程遠い……いや既に程遠いんだけどさ。
ツッコミどころが多すぎて、何処からツッコんだらいいのか、と思ってしまうが何故か、危なげない手つきで桜子はオムレツを形成していった。


「……何でオムレツだけ異様に上手いの?」
「テレビでやってた。こうするとほら、形がどんどん……」


そう言いながらフライパンを持って、空いた手でとんとんとん、と柄を持った手を叩いていく。
うわ、何か知らんけど腹立つな。
さっきまでの滅茶苦茶なのは何処行った?


そう言いたくなるほどにオムレツだけは見事だ。
だがここで俺は一つ気づいた。
……先にオムライス作っちゃったら、冷めるんじゃね?


この後で生姜焼きとバターソテーと言う名のマヨネーズソテーを作るってことだよな。
……何だかもう、何がしたいのかわからないぜ。


「さて、と。じゃあこれらはお皿に盛って……」
「…………」


く、黒い。
何だあのご飯……だったもの。
最初ケチャップの色で真っ赤っかだったと思うんだけど。
それが何であんな黒くなってんの?


途中でイカ墨とか入れてたっけ?
どっちにしても、とてもじゃないが旨そうには見えない。
そして、そのマズ……美味しくなさそうな黒い五平餅もどきの上に、さっきの形だけ異様に見事なオムレツが乗せられていく。


大皿に盛りつけて漸く収まるくらいの量……これ誰が食うの?
そもそもこんな大皿、今までに何度使った?ってくらいでかいぞこれ……。


「さぁて行くぜ、覚悟しろメス豚ぁ……」
「…………」


オスかメスかもわからんだろ、その肉……。
牛ならともかく豚とか鶏は、雌雄半々くらいの比率で出荷されるって聞いたぞ。
桜子は段々エンジンかかってきてるのか、超ノリノリなのが非常に気になる。


そしてそのノリで行くと、俺がそれ食って死ぬ流れになりそうなんだが、人殺しの後の飯は旨いか、えぇ!?とか言いたくなる。
そんなことを考えてる間に、桜子はささっとあの焦げまくったフライパンを洗って、豚肉を焼く準備に取り掛かっている様だ。


「ショウガをおろして……あれ、生のやつないや」
「あ、ごめん常備はしてない。必要な時に買うくらいだったから。一応チューブのはあるよ」
「じゃあ今回はそれで行きますか」


生のショウガをおろした方が旨い、というのは俺も概ね同意だ。
桜子はまずタレを作るつもりの様で、洗ったボウルに醤油とショウガ、砂糖と……あれ、案外まともに作ってる?
と思ったのも束の間、信じられないものを戸棚から取り出した。


「ワインビネガー……だと……」


また扱いの難しいもの出しやがって……。
入れるならちょっとでいいんだぞ、ちょっとで……と思いながら見ていると、みりんでも入れてるの?ってくらいドポドポ入れてる。
そしてその酸っぱい匂いが部屋中に充満してきてむせ返りそうだ。


「ちょ、ちょっと窓開けてくるわ」


全員がむせそうな顔になっていたので、これはまずいと俺は部屋を回って窓を開ける。
一分もすると、少し部屋の空気が入れ替えられたのか不快感はやや薄まった。
あかん……もうあれ味の想像がつかない。


というか多分しょっぱいか酸っぱいかの二択で、ショウガの味とか相殺されるだろ。
んでお酢入れてるからもしかしたら肉そのものは柔らかくなったりするのかもしれないけど……さすがにあれはひどい。
豚肉さん、可哀想。


「くううう……」
「な……」


俺が窓を一通り開けて戻ると、桜子は既に肉を焼き始めていた。
窓が開いているおかげでそこまでの惨状には……いやとっくになっているんだが、さっきみたいなことにはなっていない。
それでも桜子は火の目の前であの激臭を受け止めているのだから、苦悶の表情も頷ける。


「さってと……ここで香ばしさを出さないと」


香ばしさ?
涙目で何言ってんだこいつ……そう思った瞬間、胸をよぎる嫌な予感。
先ほどまでの滅茶苦茶な行動を見ていれば、きっと誰でもそう思う。


あ、これはやばい、と。


「じゃじゃーん!」


何故そんなものがこの家にある……?
そう言いたくなる様なものを、桜子は手にしている。


「あ、それ……前に愛美さんが買ってきて一杯でギブしたやつだ」
「えぇ……」


そう、桜子が手にしていたのはウォッカの瓶だった。
人間が飲める中でも超高濃度のアルコールで、下手に飲むと喉が焼ける。
ロシア辺りじゃ寒さ対策とか娯楽の一環で飲むことはあるらしいが……日本じゃどっかの大学デビューのバカサークルの連中が新歓とかで飲むくらいのイメージしかない。
まさかとは思うが、それを使って……?


「……フランベって、知ってっか?」


何だそのドヤ顔。
それくらいさすがに知っとるわ。
というかお前が知ってたことの方が俺からしたら驚きだけど……。


「お、おい待て、それはさすがに……」


こればっかりはシャレにならない。
そう思って俺が飛び出すも、時すでに遅し。
茶色い液体は囂々と燃えるフライパンの中へと、勢いよく注がれていったのだった。

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