やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第114話

昔……今より私も弟妹も小さい頃に、私は捨て犬を拾って帰ったことがあった。
その日は結構ザーザーと雨が降っていて、そんな中ちょっと震えながらありきたりにも段ボールの中で蹲っていたその子犬が、可愛らしいと感じるのと同時に私には可哀想に見えた。
これ自体が変わったことだとは思わないし、大体の人はあんな風にしている子犬を見たら可哀想って感想を持つんだろうと思う。


きっと父は反対するんだろうな、と頭の何処かではわかっていたのに、私は放っておけなかった。
家で弟妹に見せてやると、とても喜んで世話をしたがっていて、当時の私なりに正しいことをしたのかもしれない、とその時は思ったものだ。


『拾ってきた犬なんかダメに決まっている。予防接種やらも受けていないんだろうし、何があるかわかったもんじゃない』


しかし案の定父はそう決めつけて言い放ち、その犬をいつの間にか捨ててきた。
今にして考えてみたら、私たちに変な病気がうつったりしない様に、とか色々考えてのことだったんだろうとわかる。
あの父なりに私たち子どもを大事にしていたんだ、ということも。


だけど当時の私にそんなことが理解できるわけもなくて、やっぱりな……って思いと残念さ、無念さが胸を締め付けたのを覚えている。


『犬が飼いたいのだったら、言ってくれれば買ってやるぞ。どんなのがいいんだ?』


見かねた父はそう言ってくれたし、多分私が望みを言ったら本当に買ってくれていたのではないかと思うのだが、私は案外ネチっこいやつで一度ケチがついたものに関しては二度と関与しない、みたいなめんどくささを持っている。
この点に関しては今でも変わっていなくて、当時ももちろんそんなだから、頑として希望は言わなかった。


あの犬でなければ意味はなかった、なんて言ってその日は部屋に引きこもったっけ。
私はあの父と向き合うことが、いつからかめんどくさくなっていたんだと思う。
いちいち事細かに説明をして、説得をする。


納得できる様な説明を考えることも、あの父の顔色を窺うことも、私からしたらきっと煩わしかった。
それだけにBLのことをあれだけ熱烈に説得した、私の当時の行動力には自分のことながら驚かされた。
そして大輝くんのことも、それはもうBLなんか比較にならないくらいに熱心に説得を試みたものだ。


それこそBLなんか今後捨ててもいいから、とまで私は言った。
あれだけの熱情を注いでいたBLを、捨て去ってもいいから大輝くんのことを認めてほしいと私は懇願したこともあった。
それでも施設の子はダメだ、とか偏見で物を言って取り合わない父を、私はめんどくさがって見捨てていたのだろう。


そして、誤解も生まれた。
BLはいいのに大輝くんはダメなのか、と。
更にそこへきてお気に入りの部下との縁談。


あ、これはもうあれだと。
両刀なんだなと。
大輝くんはダメだけどBLはオッケー。


それはつまり、娘の彼氏よりもBLが好き。
曲解もいいところだと思うが、あの時私は素直にそう思ったし、その思いにフィルターも何もかけずにそのまま思ったことをぶつけてしまった。
誤解を解くことも出来ぬまま気にしていることまで抉られて、父はどんな思いだったのだろう。




「おはよう、桜子。気分はどう?」


翌朝、睦月ちゃんがご飯の支度をしながら私に笑いかけてくる。
お味噌汁のいい匂いがする。
料理が上手な人っていいなぁと思う。


きっと私がこんなとこで一人暮らしとかしてたら、毎日コンビニ飯かカップ麺の生活を余儀なくされる。
それか、自作の毒を食ってめでたく入院コースなんていう、どっちにしても超絶不経済な結果が待つのみだろう。
私も少しずつ料理とか覚えた方がいいんだろうか。


「うん、まぁ……とりあえず今日は帰る。ごめんね、心配かけて」
「何言ってんの、気にしないで。それより今日の朝はご飯だけど良かった?パンがいいなら焼くけど」


お母さんみたいだ。
そう思った時、大輝くんもあいちゃんも玲央くんも起きてきて、玲央くんはあいちゃんの胸に抱かれてダーダー言ってる。


「おはよう。あ、私はご飯で大丈夫」
「おはよう、桜子さん。よく眠れた?」
「おはよう。昨日よりは顔色良さそうだな。今日は帰るのか?」


静かな朝が、一気に騒がしくなるのに少しも不快ではない。
家では父の声がするだけでも不愉快になることなんかザラだったのに。
そう考えるとやっぱり、ここというかみんなといる空間が、私の居場所なんだなって感じる。


「うん……帰るよ、さっき睦月ちゃんにもそう言ったし。割とひどいこと言って出てきちゃったし」
「んー……俺のことではあるんだけどさ、何となく桜子のお父さんが言いたいこと、わかる気がするよ」
「どういうこと?」
「何て言うのかな……俺たちといる限り安全、って言うのは確かに事実なんだけど桜子のご両親は俺たちの正体を知らないってわけでさ」


確かにそれはそうだ。
というか、この三人の正体なんてあの父に語ったところで……いや、母だってきっと信じられないだろう。


「会ったこともない、施設の……ってのは偏見だと思うし、実態を知れば多少印象は変わると思うけど」
「そう、そうなんだよ。あの人自分の物差しでしか測れないから」
「犯罪が起きたりって時に親がいないから、っていの一番に疑われたりってのはそいつの人柄とかの問題でもあるからな。施設で育とうと親がいようと、関係ないと俺は思ってるけどな。そういう誤解も、一回会って話してみないと一生解けないまんまなんだろうけど」


これまた大輝くんの言う通りなんだけど……正直大輝くんを会わせるのが不安ではある。
大輝くんがどうこうって言うより、あの頭固い父に何を言われるのか、って。
会わせた結果大輝くんを傷つけた、なんてことがあったらみんなにも申し訳が立たない。


「でもさ、そんな頭固いって言う人がよく、BLなんて認めてくれたよね」
「ねぇ大輝、BLって何?」
「お前は知らなくていい。あとで調べたりもしない様に。振りじゃないからな」
「…………」
「ま、まぁBLが何なのかはこの際置いといて……昔あったことが原因になってるんじゃないかと思う。ホモだから、とかそういう理由ではない……と思いたい」


そんなわけで、私はさっき思い出した子犬のことを話してみる。
あいちゃんは犬と言われて魔獣?とか言っていて、大輝くんがあんなでかくない、とかいちいち説明し直してて面白い。


「……なるほど、確かにその犬を飼ってあげられなかったから、BL……じゃなくて趣味を許した、って感じはするかもしれない」


BLって言うとあいちゃんがわからない上に大輝くんに逐一意味を尋ねることを懸念して、趣味と言い直している。


「そのお父さんが反対する様な趣味って、そんなにすごいの?どうしても人間の肉が食べたくなって、攫ってきて殺して食べちゃうとか?」
「おいやめろあい……俺の中の桜子像を壊すんじゃない。簡単に説明すると、ボーイズラブの略だ。通常は男女でする恋愛やらを、男同士でやってるのを描写した漫画なんかを指す言葉だよ。お前には桜子がそんな猟奇的な人間に見えるのか?」
「いや、全然」


それはそうだろう。
あいちゃんから見たらあまりにも非力だと思うし、殺すどころか昨日の夜は私がどうなっていたかもわからない様な状況だったんだから。


「まぁそれはそれとして……こうなったら大輝、今度桜子のご両親と会ってきたら?」
「会ってきたら、って簡単に言ってくれるなお前。俺が良くても、桜子のお父さんの都合とかあるだろ。その辺は調整必要じゃないか?」
「……そうだね、まぁ今日帰ったら話してみるよ」


昼前くらいになって、私は帰宅の途についた。
本当ならずっと、ここで暮らしたいなんていう願望もちょっとはあったりするんだけど、まだ高校も出てない私がこんなところで寄生根性丸出しで暮らしたら、人間そのものがダメになってしまいそうな気がした。
だからあまり気は進まないものの、まずは帰ろうと思った。




「お帰り、桜子。少しは落ち着いた?」
「ただいま……心配かけてごめん。どうもあの人と話してると、気が滅入るっていうか」


帰ると母が出迎えてくれる。
弟妹は遊びにでも出かけているのか、姿は見えない。
父はまだ仕事の時間だし、今日はまだ顔を見なくて済む。


そう考えると何処か安堵している自分がいて、本当にあの人は家族なんだろうか、という疑問が湧いてくる。


「でもお父さんね、昨日はさすがにちょっと桜子のこと心配してたみたいよ?」
「はぁ?何で?あんだけ暴言浴びせられて何で心配してんの?」
「そりゃするでしょ、親なんだから。どれだけ罵倒されても、嫌われても、親だって事実は変わらないもの。それにね、お父さんは昨日ずっと携帯握りしめてたんだから」
「は?携帯?」
「桜子から連絡が来るかもしれないから、って。でも私のところに来てちょっとがっかりしてたけどね」


あんだけ人を振り回すことを言っておいて、何を言っているんだとちょっと思ってしまう。
あの流れで父に連絡なんかするわけがない。
私の性格はあの人だってよくわかっているはずじゃないのか、なんて考える。


「まぁ、みんなといるときはまず私の心配はないと思ってもらっていいよ。普通の人間じゃきっと、私たちに指一本触れることも出来ないから」
「前にもそんなこと言ってたわね。随分信用してるのね、その人たちのこと」
「まぁね。下手な友達なんかよりは、ずっと信用できると思う」
「ふむ……だったら私はちょっと会ってみたいかな。お父さんが何て言うかわからないけど」


前にも母は、大輝くんたちに会ってみたいと言っていた。
父がその度反対していて、話は一向に前に進まなかったんだけども。


「そのことも話したかったんだよね。大輝くんが、お父さんと会って話してみたいって」
「あら。なら丁度いいじゃない。お父さんが何て言うのかはわからないけど、会ってみてそれでも納得いかないってことならそれはそれだし、会ったこともない人を批判するって言うのは、私も違うと思うから。だから何が何でも会わせてみせるわよ」


そう言って母は力こぶを作って微笑んでくる。
三人の子どもを育てている母は、やはり強いんだなって思う。
少なくとも、私みたいにいじけてはいない。




「……桜子、帰っていたのか」
「……何その頭」
「…………」


夜に近くなった時間。
いつもよりも少し遅い帰り時間で、父は帰宅した。
そして私も母も、父の頭を見て仰天したという。


「その、昨夜のことはすまないと思ってな。何て言うんだったか、反省坊主だったか?会社帰りに思い切ってやってきたんだ」


ハゲ、と言ったことを気にしたのかはわからないが、あの父が反省?
どうにも信じられない様な話だ。
しかし、ここまでしおらしいことをされてしまうと、私としても無碍には出来ない。


「私も、言い過ぎた。ハゲは事実だけど、死ねってのは言っちゃいけなかったと思うから。ごめんなさい」
「まぁ、確かにあの一言は堪えたよ。俺もあんな風になる様なことを言ったのがよくなかったんだが……桜子、お前の彼氏とやらに、会わせてくれないか?」
「……!?」


丁度その話を振ろうとしていたところで、父からその話を振ってくるなんて言う展開を誰が想像しただろうか。
少なくとも母は想像していなかった様だし、私も当然想像していなかった。


「何?通勤時間で何か拾って食べたりしてないよね?」
「……失礼だな、お前は……俺は至って正常だ。見合いの話はな、とりあえず保留にしてきた。向こうは割と乗り気だったから申し訳ないとは思ったが、娘が本気で惚れている男なんであれば、俺も会わずに結論を出すのは卑怯だと思ったんだ」
「…………」


何て言うか、あの父がこんな決断をするなんて……昔から知っている父ではない様な気がしてくる。
しかし経緯はどうあれ大輝くんに会いたいと言ってくれているのだったら、こちらとしても利用しない手はないだろう。
了解の旨を伝え、私は大輝くんに連絡を取るべく自室へ戻ることにした。

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