やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第112話

あの大輝くんが、父親か。
正直私には実感がないというか、もちろん玲央くんは見たし触ったし抱っこしたし、超可愛かった。
私にもあんな頃があったんだろうし、まだ幼い弟妹もあんなだったな、ってちょっと思ったりもした。


なんだけど、何でだろう。
私が将来的に子どもを産んで、というのは何となく想像ができなかった。
玲央くんが生まれてから早くも一週間が経ったこの日。


とは言っても珍しくも何ともない、いつもの光景だ。
家に帰れば最近ややハゲてきてる父親からの口うるさい説教。
母はもちろん私の味方をしたりはしない。


というか父の味方もしないで傍観していることが多い。
母のそんなところや、胸がないところなんかを、私は受け継いで生まれたんじゃないかって最近は特に思う。
そして弟妹は私が説教を受けている間にリビングに出てくることはない。


私という悪い見本……になるのかな、特に悪いことはしてないつもりなんだけど。
ともかくそんな見本を見て、逞しく育っているのだろう、父をなるべく刺激しない様に、姉である私を刺激しない様にと立ち回る術を身に着けている。
まぁあの弟妹も何だかんだもう中学生なんだし、目に入れば学ぶことも多いだろう。


ただ釈然としないのは、父が私以外にこうしてくどくどと説教をしているところを、ほとんど見たことがない、ということだ。
大輝くんと付き合う様になってからこうなった、というのはあるかもしれない。
私としてもややうっかりしていたと言えるのだが、母に彼氏が出来た、という話をした時に言わなくてもいいことまで……簡単に言えばハーレム状態なんだ、的なことまで言ってしまっていたから。


そのことが、娘を持つ親としては心配なのだろうというのは理解できる。
だけどその頻度も顔を合わせればほぼ毎日だし、いい加減うんざりしてくる。
顔を合わせる度に説教、となるとそういう意志が向こうにないときでも、こちらとしては避けてしまいがちになる。


もちろん酔っぱらって仕事の憂さを晴らしてくる様な感じではなく、言っていることがある程度の正しさを持っているということも理解はしている。
だからこそ、余計に反発したくなるというのはあるのだろう。
少なくとも昔は、こんなんじゃなかったのに、と過去の良好だった親子関係に思いをはせることもあった。


だけどそんなものは過去で、もしかしたら私が見ていた夢だったんじゃないか、と思わされるほどに今の関係は最悪だと言えよう。
しかしそんなことになる直前、あの厳格な父が一個だけ驚く様なことをした。
具体的にどんなことをしたのかと言うと……。


『……娘がこんなものに興味を持つなんて、正直親としてはどうかと思うが、勉強は頑張っているみたいだからな。そのBL?とか言うホモ漫画を認めてやろうじゃないか』


なんてことを言った。
中学二年くらいの時だった気がする。
きっかけは、本屋で何となく手に取った本がBLで、それとは知らずに読んでしまったことだったのだが……結果滅茶苦茶ハマった。


そして他にもないのかと本屋を漁り、いくつか見つけてきたものを少し貯金を崩してまで買った。
最初のうちはバレなかったし、だけど世間的に認められにくい趣味であることは理解していた。
そしてこれが原因で成績を下げたりすることはあってはならない、と自分をきちんと律している自信が私にはあったのだが……。


『桜子、お前の部屋から出てきたこの本は何だ?』


ある日朋美と圭織と遊んだ帰りだったかな。
家に戻って、父から開口一番に聞かされたセリフとリビングの、それもテーブルの上に置かれたBL本の存在感たるや。
決して外気に触れる様なところに置いていていいものではない、という自覚があったから私個人としては、今考えるとありきたりではあるがベッドの下に隠していたのに。


そしてそれが見つかった、ということはだ。
母がおそらくは掃除してて見つけちゃった、と言うところなのだろう。
クラスの男子が親にエロ本見つかったよ最悪!とか言っていたのを瞬時に連想して、そしてその気持ちまでも理解できてしまった瞬間だった。


しかし私は、おそらく生まれて初めて父に頭を下げた。
布教しようなんて目的こそなかったが、BLのすばらしさを、私にとってかけがえのないものであることを、これなしでは私は生きていけないんだ、ということを赤裸々に語った。
あの時の父の顔は今でも忘れない。


母も似た様な顔をしていたが、予想していた様な、汚らわしい……みたいなのはなかった。
そして私は、バレない様な努力ももちろんだが、成績を下げたりしない努力だって怠っていない、といつになく必死に饒舌に思いをぶつけた。
ぽかんとした様な顔をして、父は私を見て虚空を見つめて、という往復を何度かして、ため息をついた。


そして、先ほどのセリフが出てきたというわけだ。
今思えばあんなの認める父ではないはずだったけど、私の必死さが心を動かしたのだろう、と思っていた。
思っていたのだが……その根底を揺るがす様な出来事が、今日起こった。


「お前はまだ、あの男と付き合っているのか」


もう何度聞いたかわからない、飽きたというより半分はもう耳に入らなくなっているセリフ。
当然父のものだ。
そしてこのセリフが耳に入ると、父の声は自動的に半分ほどシャットアウトされる。
私が意図してそうなっているのではなく、私無意識の防衛本能がそうさせているのだと理解した。


おそらくは、初めて大輝くんのことを言われた時に大げんかをしたという経験からくるのだろうと思うが……あの時はそれはもう、酷いものだった。
あ、私ってこんなに口悪いんだ、ってことを初めて自覚した日でもあった。


「だったら?」


いつもは半分無視する様な父の言葉に、今日は何故か応じてしまう。
応じたところでまた、無駄にもめるだけだとわかっているのに何故だか私の口は、閉じてはくれなかった。


「お前が言った通りなんだとしたら、お前はその男の唯一の存在にはなれないというのに、何でそんな不毛な交際を続けるんだ?」
「お父さんには関係ないでしょ。私と彼が付き合っていることに、何の不都合があるって言うわけ?大体会ったこともないくせにそんな風に悪く言うとか、私からしたらそっちの方が信じられない」


本来憎むべき相手ではないことなんか百も承知している。
そしてこういう態度を取ることが、父の中での大輝くんの印象を悪くすることに繋がるということも、何となくは予想出来る。
それでも、本人のいないところで悪口みたいに言われるのだけは我慢ならなかったのだ。


大体、明日香ちゃんも朋美も愛美さんも睦月ちゃんも、親はきちんと認めてくれていると言うのに。
睦月ちゃんのところだけは玲央くんのことを話したら微妙な空気にはなったみたいだけど、今はちゃんと落ち着いているって聞いてる。
もしかしたら父に大輝くんを会わせることで、父の印象も変わったりする可能性はあると思う。


だけどこの父を……こんな風に陰口の様なことを言う父を大輝くんに会わせるというのは、私の中の何かが許さない。
私からしたら恥を晒す様なものだ、とさえ思える。
だからみんなにも、家族のことは多く語っていないのだ。


母や弟妹については特に恥じる必要はないと思う。
母は人間がよくできていると思うし、弟妹だって幼いなりに私を気遣ってくれたりと、思いやりだってある。
ただし父に関してだけは、押しつけがましいというかどうしても私としては看過できないところが多すぎる。


だから大輝くんを紹介しよう、という気持ちは微塵も起きなかった。
それどころか最悪結婚やら出産する様な、絶対に反対できないタイミングで紹介するんでもいいかな、なんて私個人は思っている。
……もちろんこんなやり方が正しいなんて、少しも思えないんだけどね。


「お父さんが知ってる恋愛だけが、正しい恋愛じゃないでしょ。彼は分け隔てなく私たちを大事にしてくれてるんだから。本人がそれでいいって言ってるのに、何で親とは言っても部外者がそこまで口出そうとするわけ?正直キモいし、理解もしたくない。悪く言うことしかしないんだったら、彼のことも話題に出さないでよ」


父の返事を待たず、私は続ける。
今日何かイラ立つ様なこと、あったっけ。
特にそういうのあった記憶とかないんだけどな……なのに何で今日に限って、こんなにも噛みついているのか。


普段の様に流せばいいのに、って思うのに脳みそと心が分離したみたいに、言葉は勝手に紡がれていった。


「落ち着け、桜子……俺だって、別にただ批判がしたいわけじゃないんだ。一つ、話を聞いてくれないか」
「…………」


この父親が、私に話?
大輝くんの批判以外で?
にわかに信じがたいものではあるが、少しだけ内容は気になる。


「実はな、俺の会社の部下に、まだ若いんだが優秀な男がいるんだ」
「……それが?」


嫌な予感がする。
こういう流れって大体……。


「お前さえ良ければ彼と、見合いをしてみないか?会えばお前もきっと、気に入ると思うんだ。その男よりも経済力だってあるだろうし、将来的にお前は幸せになれるはずだ」


やっぱり、って思うのと同時に、心が何処かに蓋をされた様に静かになった。
何でこの男は、私から自由を奪おうとするんだろうか。
実際この見合い話が親心からくるものなんだとしても、私はまだ高一だ。


これからが楽しい時期で、卒業したら大学に行って、アルバイトして……ってまだ色々と考えを巡らせている段階ではあるが、やりたいことだって沢山ある。
なのに、この父は私からそんな未来までも、奪い取ろうと考えている。
一体何の権利があって?


確かに私は未成年だし、養われの身だ。
毎月もらっている小遣いでやりくりして、何か必要なものがあれば親に買ってもらって、という身分だ。
だけどそれは扶養する義務があるから……そういう法律の元に生きている以上、この国で生きる親の務めだ。


それを恩に着せて私の未来を奪い取ろうなんて、そんなことを享受できるほど私はまだ人間が出来ていない。
そう思うと、何だか胸の中がムカムカとしてきて、普段なら絶対に言わない様なことを考えてしまう。


「……いい加減にしてよ」
「ん?」
「ふざけんな!!私の人生は私が決める!!何がしたいかも、何をするのかも、誰と恋愛して結婚して子どもを産むのも、全部私の人生におけるイベントだ!!あんたのものじゃない!!」


一気に吐き出し、父を見る。
呆気にとられた……あのBLについて熱弁を振るった時に近い、驚愕の表情。
そして母も、父同様に私を驚いた顔で見ていた。


「大体何?今まで聞いたこともない部下のこととか!どうせあんたのお気に入りなんだろうけど、もしかして恋でもしてんの!?漫画で読むくらいなら大歓迎だけど、リアルな……それも父親がなんてドン引きなんだけど!!偽装結婚でその部下を手元に置いておきたいから、そいつと見合いさせようってこと!?」


言ってることが滅茶苦茶なのは、自分でもちゃんとわかっている。
というか、頭ではこんなこと言ったらいけない、ってちゃんと思っている。
なんだけど、防波堤が決壊したかの様に、私の口が止まることはなかった。


「あ!だからBLも認めたってこと!?マジでキモい!!ざけんなよこの両刀ハゲ!!顔も見たくない!!死ねよクソ野郎!!」


私のあまりにも辛辣な言葉に、一瞬悲しそうな顔をした後、父が何やら口を開こうとした。
さすがの母も黙っていられなかったのか、私に何か言おうとしたが父がそれを止めた。


「本当、信じられない……!!」


そう言い捨てて両親が呼ぶのも構わず、私は必要最低限の荷物だけ持って家を飛び出した。




「……こんな時間に一人で外出るの、初めてだなぁ……」


出てきてしまって何だが、早くも私は後悔し始めていた。
あんなことを言ったこともそうだし、こんな風に出てきてしまったことも。
かと言って、あのまま部屋に籠もるというのも何だか違う。


しかし、不用意で迂闊であったことは否めない。


「おいおいこんなところで何してんの、お嬢ちゃん。ダメでしょ、女の子がこんな時間に一人で出歩くとか」


ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべた男。
それも一人じゃない。
以前大輝くんを救出しに行った時の様に神力を借りたりってことがあれば、私でも難なく撃退出来るかもしれない。


だけど今の私は無力な、ただの人間の女の子だ。
もう少し歩けばコンビニがある。
そこで誰かに連絡を入れて店内で立ち読みでもして待とうか、なんて考えた矢先にこれだ。


そして今の私の様な、心が冷えてしまっている人間がこういう連中に遭遇した時に懸念されるのは……。


「口が臭いんだけど。ドブ川とクサヤのミックスされた様な、何とも言えない匂いだね。消えてくれる?」


ああ、やっちゃった。
当然激昂した男は、私を痛い目に遭わせようと近寄ってくる。
誰の助けも期待できない状況で、私はその男を冷静に見ていた。

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