やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第99話

私の予想に反して、全力である第四段階……つまりは最終段階まで上げた力は、ヘルを圧倒するに至った。
先ほどまでの劣勢が嘘の様に、私の攻撃はヘルをどんどん追い詰めていった。
受けたダメージも、私の腕が与えたダメージを吸収してくれるおかげですっかりと回復したし、段々とヘルの表情が苦悶に歪んでいったのが何よりの証拠だろう。


ここまでくれば、負けはない。
そう思っていた。
痛めつけることを楽しむなんて狂った趣味は持ち合わせていないし、私としても大輝が目を覚ます前にこの姿からは元に戻っておきたい。


大輝にこんな禍々しい姿を見られたくないというのもあったし、とっとと決着をつけようと思った。


「そろそろ終わりにしてやるよ、ヘル。お前の因縁は、ここで断ち切らせてもらう」
「…………」
「命乞いの言葉なんかはいいのか?やけに静かになったみたいだが」
「……やるなら早くしたら?私にはもう、そこまでの力が残ってないから」


ヘルの顔には、諦めの感情が浮かんでいる。
抵抗しようという意志は感じられない。
これで本当に正しかったのか……ここまでやってしまって何だが、私には決めかねている部分があった。


「そうか、まぁ次はちゃんと救ってくれる相手を探すんだな」


しかし、ここで因縁は断ち切らないといけない。
もしかしたら、本当なら救ってやることが正しいのかもしれないが……私に出来る決着の付け方は、こんなことだけだ。
なら、私がやるしかないのだ。


そう思って腕に力を込めて振りかざす。
この一撃で、漸くこの無意味な戦いは終息する。
心の片隅にある疑いの晴れぬまま、私はヘルにとどめを刺すべく腕を繰り出す。


「ダメだ!!睦月!!」
「……え!?た、大輝……」


嫌な感触があって、私の腕はその標的を捉えたはずだった。
しかしこれで漸く、そう思った私の前に立ちはだかっていたのは、動けないと思われていた大輝だった。
ヘルも放心した様に大輝を見ている。


正直、何が起こったのかわからなかった。
途中で交わしたはずの会話も、断片的にしか覚えてない。
血を吐きながら大輝の発した言葉が、あまりにも信じられない内容だったから。


「黒渦だよ、睦月……まぁもちろんそれだけじゃないけど……ヘルの寂しさは、俺が救ってやらないといけない」


迷いを生じていた私の心と違い、大輝はしっかりと自分で答えを掴んでいた。
なのに私は、自分が捨てられてヘルが選ばれたのだと錯覚してしまった。
もちろんそうでなかったことは、すぐにわかった。


「俺が選ぶのは、睦月だよ。そんなのお前が……一番わかってるだろ」


わかってるつもりで、私はきっとわかっていなかった。
心のどこかで、私はまだ大輝の中で一番にはなれていないんじゃないか、とか思ってたのかもしれない。


「だけど、俺にはヘルを見捨てるなんてことは出来ない。俺が……ヘルをちゃんと救ってやりたい。あの何万年って言う空虚で孤独な時間を、俺なんかが埋められるんであれば、俺はちゃんとヘルの支えになってやりたいんだ」


この言葉から、そう誤解や曲解をしてしまうのは、仕方ないことだと私は思う。
今まさに傷つけておいて、そんなことを考えるのは見当違いも甚だしい。
そう思う一方で、何で私の前でそんなにもヘルを想う様なことを言うのか、なんて嫉妬に狂う様な態度を取った。


「睦月、お前が体験してきた何万回って言うやり直し……あれだって、ヘルの感じてた孤独に近いものがあったんじゃ……な、いのか……」


私は大輝と出会って初めて、心の中を見透かされた気がした。
何かで心臓を射抜かれた様な、鋭い痛みが走った気がした。
大輝は、ちゃんと私を見ていてくれたのだと、この時初めてわかった。


自分の意志をきっちり告げて、力尽きた大輝はその意識を手放した。


「スルーズ!!悲しんでる場合じゃない!!早く地上の二人の元に大輝を!!」


こんなに素晴らしい恋人を、過失とは言え傷つけた上に疑う様な真似をした私を、大輝は理解してくれた。
そう思いながらも傷つけたという事実は私を放心させるには十分だった。
しかし、ヘルの一言が私を現実に引き戻す。


そうだ、そんな場合じゃない。
早く大輝をノルンたちのところへ……。
私は頷き、大輝を抱えてノルンたちのところへと降りて行った。




「ひどいねこれ……本気でヘルを滅するつもりだったってよくわかる傷……」
「…………」


ノルンの言葉が、やけに突き刺さる。
実際大輝を貫いた腕は私のものだし、言い逃れや責任逃れをするつもりはない。
誤った判断で大輝を傷つけた、という事実。


これはもう、逃れ様のないものなんだということも理解はしている。
目を覚まさないなんてことがないのもわかっている。
人間の体だったら絶対的な致命傷……というか多分即死級の一撃を、よりにもよって大輝に食らわせてしまったということが、何より悲しかった。


「スルーズ、大輝のこと諦めるの?だったら、私がもらうけど」
「はぁ!?どういう話になってるの、それ!」
「…………」


ノルンが治療を施しながら驚きの声を上げる。
私には大輝の傍にいる資格がないんじゃないか、なんて考えてしまう。
そういう意味では、ヘルの言うことは正しいかもしれない。


「あなたが攻撃しようとしたのは、大輝ではなくて私なんでしょ。だったらただの事故だよ。それに大輝がまだ目覚めてないし、何も言ってないのにそうやって悲劇のヒロイン演じてれば満足なんだ?随分乙女なんだね、スルーズって。もっと筋肉ゴリラみたいなやつだと思ってたのに」


ここまで言われているのに、私の中に怒りは湧いてこない。
普段ならブチ切れてヘルに襲いかかっててもおかしくないのに。


「あれだよね、大輝が目覚めてきて、スルーズを責めるかもしれないって、それが怖いんだよね」
「……!」
「そういう子には見えないんだけどね、大輝って。愚かしいほどの善意で動いてて、純粋で。私、人間でも神でもこんな子初めて見たよ。私よりも何倍も付き合いの長いスルーズが、そういうところを信じてあげられないんだ?」


耳が痛い言葉だ。
こんな言葉を、以前ノルンからも聞かされた記憶がある。


「……確かにスルーズって、そういうとこあるよね」
「…………」


ノルンも何となく呆れた様な声を上げるが、こいつとヘルはいつから仲良しになったんだ?
そうは言ったって、事情が事情なんだから仕方ない。
こんなことになって、少しの被害者意識を持たないでいられる人間なんているとは思えない。


「こんな時だけど、私もちょっと言わせてもらっていい?」
「…………」
「ま、勝手に話すんだけど……何でスルーズは被害与えた側なのに、被害者ぶった顔してるの?」
「……!!」


こいつら……本当にグサグサ刺してくる。
だけど、これは私に与えられた罰の一端に過ぎない。
いや……こんなもんじゃ足りないなんてことはわかってる。


「大輝が今こんな状況だけど……スルーズはどうしたいの?試練が絡んでるみたいだけど、これを……これだけ大きな試練を乗り越えるって、それなりに大きな状況の変化でもあるんじゃないかって私は思うんだけど」
「……かもな」
「そういう時、自分の気持ちを最優先に考えないと、状況に呑まれちゃうと思うんだけど」


状況に呑まれるって、どういうことだ?
言葉の通りなら、ヘルに大輝を取られるってことか?
いや……いや、そんなわけにはいかない。


以前にも考えたことはあるが、今や大輝は私だけの大輝ではなくみんなの宇堂大輝なんだ。
犬や猫の子の様に、じゃああげます、なんてわけには絶対に行かない。
だけど……ノルンの言った通り、私は加害者側なのに自分の気持ちを最優先に考えるなんて、厚かましいことをしてもいいのだろうか。


正直私には判断がつかない。


「どっちにしても、大輝の意識が戻らないことには何ともわからないことだけど……私もヘルと意見としては同じかな。少々遺憾ではあるけどね」


そう言ってノルンは治療に集中し始める。
それからしばらくの間、誰一人口を開くことなく戦闘になることもなく、時間は流れて行った。




「何だ、スルーズ。珍しくヘコんでるのか」


どれだけの時間が経ったのか、不意にかけられた声のした方を見ると、ムサい金髪のおっさんが私をからかうかの様に見下ろしていた。


「……トールか。今お前に構いたい気分じゃないんだ。あっち行け」
「つれないねぇ。似合わない顔しやがって。いつものあの勝ち気なツラはどうしたんだ?」
「…………」


トールがそう言った時に、他にもこちらに向かってくる足音が聞こえた。
一人ではなく、複数の。


「あ、トール……とスルーズ?」
「ヘルもいる様だな……」


イズンとブーリの声がした。
ブーリ、無事に治療受けられたのか。
次々にヴァルハラに神々が集まってくる。


「おい、みんな見ろよ。珍しいもんが見られるぞ」


そう言ってトールは私を指さす。
人を指差すなって、習ってないのかこいつ……いやこいつのことだし習ってても忘れそうなほど馬鹿だから、仕方ないかもしれない。


「うわ……スルーズ、淀んでるね……」
「ほっといてくれ」
「何があったの?」
「どうせあれだろ、間違って大事な恋人にきつい一撃入れちゃった、とか」


ピクリと耳が動く。
イズンやフリッグの言葉の後の、トールのわかってます感。
本当にイラっとくる。


ロキとは別ベクトルのイラつき。


「……お前らに何がわかるんだよ」
「あん?違うことでヘコんでんのか?ちょっと離れたとこから見てたけどな」
「……見てたのかよ」


この野郎……わかってて人の傷抉る様なことを……。


「どういうこと?」
「ほれ、あそこで今治療受けてるやついんだろ?あれに傷負わせたの、スルーズなんだよ。ヘルに向けた攻撃を、あれが庇ったみたいだったけどな」


少し離れたところで治療を受ける大輝をトールは指さす。
またこいつ……。


「え!何でヘルを!?」
「うるさいぞ、イズン」
「いや、だって……庇わなきゃいけない理由なんてあるの?」
「私たちにはなくても、大輝にはあったんだよ。みんなは知らないかもしれないけど、あの子には黒渦がついてる」


そう言うと、さすがのトールもやや意外だったのか、他のみんなと同様に驚きに顔を歪めた。


「黒渦って、試練の?何で?元々人間だったんだよね?」
「まぁな。女神になれる素質を見抜いていたのかまではわからないけど、結果としてはロキがつけたものみたいだ」
「だとすると、治療は急いだ方がいいかもしれないです」


少し遅れて到着した声、この喋り方……エイルか。


「もしヘルを庇う、救う、みたいなことがトリガーで試練をクリアしても、もしかしたら体力や神力の低下している状態では、どうなるかわからないですから」


確かに大輝は死ななくなった。
だけど、私のせいで今の大輝には抵抗力がなく、ここまでの重傷の状態でのクリアに前例がない。
そして何より大輝は普通の神ではない。


エイルがこう言うということは、放置しておくことで何が起きるか想像がつかない、ということなんだろう。
もちろん何もなければそれに越したことはないが、その点に関しては私も同意見だ。


「今、ノルンが診ているみたいですが、私が代わりますので」
「……悪い、頼むよ」


私には大輝を治してやることは出来ない。
だからこれは妥当なんだ。


「はぁ……本当にらしくねぇ。つーかお前、行かないの?その大輝ってやつのとこに」
「…………」
「どうせ、私にはその資格はない、とか思っていじけてんだろうけど」
「……わかった風な口を利くな」
「ヘルに取られちまうかもな、あのまんまだと」
「……こんなとこで昔の続きしようってのか、お前」
「おー?いいねぇ、やるか?面白いじゃねぇのよ」


下手くそな上に無駄に煽ってくるバカ野郎。
気晴らしには丁度いい、なんて思って立ち上がったところで、エイルたちのいる場所から声が上がった。


「スルーズ!!こっちきて!!早く!!」
「…………」


ノルンの呼ぶ声だった。
大輝が目覚めたのだろうか。
だけど、私の足は動かない。


「早く行けバカ野郎!!」


動けずにいた私の背後から重たい蹴りが飛んできて、背中に直撃を食った私はよろけながらトールを睨む。
何みんなで笑いながらサムズアップしてんだよ……鬱陶しい。
そういう青春ドラマみたいなの、こっちは求めてないけど……大輝が目覚めたなら、行かないと。


結果がどうなるんだとしても、やっぱりきちんと謝っておきたいから。

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