やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第98話

生ぬるい、お湯の中に漂う様な感覚。
その感覚の中で、俺の細胞の一つ一つが結び直されていく様な感じ。
心地よく、それと同時に先ほどまで感じていた苦痛と息苦しさから解放されていく気がした。


暗く、そして冷たい世界から、俺の意識は心地よさと共に覚醒する。
ここは、何処だっけ……何で俺は、倒れていた?


「あ、大輝!!目が……」
「良かった、とりあえず何とかなりそうだ」


聞き覚えのある声が、俺の耳に入ってくる。
頭の後ろに、柔らかいものを感じる。
目を開けて確かめてみると、それが膝枕であることを理解した。


「ノルンさん……ロヴンさん」
「大丈夫か、大輝」


俺を膝枕してくれていたのはノルンさんらしい。
そうだ、俺は確かバルドルの攻撃からヘルを庇って……。


「あっつ……!」
「まだ完治してないから、派手に動いちゃダメだよ。また傷開くかもしれないから」


二人はどうやら俺の治療をしてくれていた様だ。
死ぬことはないと言っても、あのままだったらもしかしたら神力全部流れて動けなくなっていたかもしれない。


「すみません……あと、ありがとうございます。二人が、治療してくれたんですよね」
「うん、結構危ない状態だったんだよ?」


俺が礼を言うと、何故かノルンさんは顔を赤らめてそれに応える。
いいことをしてくれていたのに、恥ずかしいみたいな思いでもあるのだろうか。
いや、そんなことを考えている場合じゃない。


ヘルはどうしているんだろう。
ここにノルンさんがいるということは、睦月もいるはずなんだが……。


「気分はどうだい?」


爽やかそうな男の声……これは以前にも聞いた覚えがある。
そして睦月が何より嫌っていた……。


「ロキか。睦月は?ヘルも姿が見えないけど」
「あそこだよ」


ロキが指さしたのは遥か上空。
空は天気が良いから眩しいのだが、目を細めながら視線を向けると、確かに二つの人影を確認できた。
というか、睦月のあの姿は……。


「何だあれ……あれが睦月なのか?」
「ああ、以前僕も一度だけ見たことがある。あれこそ、掛け値なしの全力のスルーズの姿だよ。君の救出に現れた時にあの姿を引き出せるかと思ったんだけど……残念ながら僕では役者が不足していた様だ」
「カッコいいな、あれ……あの羽とか腕とか。超強そうだ」
「……え?」


正直な感想を述べると、ロキもロヴンさんもノルンさんも、目を丸くした。
何だ、俺の感性っておかしいのか?
あの以前までと違う、悪魔っぽい生物然とした羽に触れる者皆傷つけそうな、禍々しい腕。


そして顔に刻まれた、いくつかの刻印の様なもの。
そのどれもが、俺の中に眠る中二心を呼び起こした。


「っと、そんな呑気なこと言ってる場合じゃないんだった……二人の戦いは、どんな感じなんだ?」
「あの姿になる前のスルーズは、正直劣勢だったんだけどね。今やスルーズが完全に押してると言っていいかもしれない」
「…………」


あの速さはさすがというべきか、しかしあの速さがロキにも見えているというのはすごいことだと思う。
ヒットアンドアウェイというやつで、どんどん睦月はヘルの力を削いでいく。


「スルーズが劣勢だった時の傷は、今や完全にふさがっているね。どうもあの腕は、与えたダメージ分だけ自身を回復させる力を持っているらしい」
「何だそりゃ、滅茶苦茶じゃないか……」
「それより大輝、どうしてこんな状況になってたの?」


誰も説明できる者がいなかったのか、ノルンさんが不安そうな顔をしていた。
確かにグルヴェイグも一瞬で倒されて、オーディン様は自爆して、バルドルはヘルに打ちのめされて……ヘイムダルさんも最初から倒されてたからな。
そして俺も睦月一行の到着を待つことなく意識を失ったから、仕方ないのか。


「ヘイムダルさんは最初から倒れてたんですけどね、俺とグルヴェイグが到着した時には」


ひとまず俺は、俺たちが到着した時の状況を説明することにした。
そして俺が説明している間、ノルンさんとロヴンさんは分担してオーディン様、バルドル、ヘイムダルさんにグルヴェイグ……いや、もうすっかりフレイヤに戻ってるか……四人を治療していた。


「じゃあ、オーディン様は操られてたってことなんだね……今はヘルの力をオーディン様から感じないから、もう大丈夫だと思うけど……」
「それにしても、フレイヤは何をしにきたんだ?変身までして即離脱とか……」
「まぁ、それは仕方ない。グルヴェイグ自身が出てくるのも数千年ぶりなんだ。ちゃんと慣らした状態だったら、もう少し善戦できてたと思うよ。まぁ、あくまで善戦だけどね」
「だろうね……スルーズがあの姿でやっと勝てそうな相手なんて……」
「ふむ……あっ!!」
「え?どうしたの、大輝」


ここへきて、また思い出す母の言葉。
スルーズでは鎮圧できても、救うには至らない……。


「やばい、あの二人を止めないと」
「え?」
「どういうことだ、大輝」
「黒渦だね?なるほど、そういうことか」


訳がわからないと言った様子の二人に対し、ロキはすぐに察した様で俺を指さした。
まぁ、つけた張本人だし、感じててもおかしくはないか。
二人は治療してて気づかなかったのだろうか。


「そうだ。今回の対象はどうもヘルの様なんだ。このままじゃ、睦月がヘルを倒しちまう」
「それはまずいかもしれない。もし仮にヘルが倒されてしまった場合、試練そのものが失敗するという可能性もある」


失敗は即、死に繋がる……そんなことを言っていた気がする。
そうなると、神である俺がどうなるのかは未知数だが、いい結果になるとはどうしても思えない。
それに……俺自身がヘルをちゃんと救ってやりたい。


「ふむ、それでこそ宇堂大輝だね。ただ、あの二人を止めるのは容易じゃないと思うけど、大丈夫なのかい?それこそ身を挺して、って感じになるんじゃないかと思うよ」
「だよなぁ……痛いの好きじゃないんだけど、仕方ない。ノルンさん、ロヴンさん、せっかく治療してもらったのにすみません。俺、行きます。また、治療してくれますか?」


俺の言葉に一瞬言葉を失った二人だったが、すぐに呆れた様な笑顔を見せた。


「本当、仕方ない子だね」
「まぁ、仕方ないな。事情があるんだったら……任せろ」


ロキとノルンさん、ロヴンさんに背中を押されて、俺は二人の間に割って入ることを決意した。
多少の傷はもう、覚悟の上だ。




上空に到着すると、地上にいた時よりも二人の戦いの熱や衝撃波は桁違いで、近づくのを一瞬躊躇ってしまいそうな雰囲気が漂っていた。
そして二人は俺にまだ気づいていない様だ。
仮にヘルに隙を作ってしまった場合、その瞬間に勝負が決してしまう懸念があるので、ゆっくりしている場合でもなさそうだ。


「そろそろ終わりにしてやるよ、ヘル。お前の因縁は、ここで断ち切らせてもらう」
「…………」
「命乞いの言葉なんかはいいのか?やけに静かになったみたいだが」
「……やるなら早くしたら?私にはもう、そこまでの力が残ってないから」


ギリギリだった様だ。
もう後一分も迷っていたら、手遅れだったかもしれない。
睦月がその腕を振りかざし、ヘルにとどめの一撃を入れるべく、力を込める。


「そうか、まぁ次はちゃんと救ってくれる相手を探すんだな」


睦月はそう言って、その腕を繰り出す。


「ダメだ!!睦月!!」
「……え!?た、大輝……」


睦月が腕を繰り出した瞬間、俺の体も本能的に動いていたと言っていいかもしれない。
本来であれば、睦月の腕でも掴んで、って出来ればベストだったんだが……俺にはこういう無様なのがお似合いなんだろうな。


「ごふっ……もう、十分だろ……」
「大輝……?」
「何で、大輝!何でヘルを庇ったの!?」


睦月の腕は俺の治りきっていない傷を貫き、文字通り俺に風穴を開けていた。
重傷には違いないし、痛くて正直意識がまた飛びそうだけど、もう少しだけ……やらないと、言わないといけないことがある。


「黒渦だよ、睦月……まぁもちろんそれだけじゃないけど……ヘルの寂しさは、俺が救ってやらないといけない」
「何を言ってるの、大輝……それって、私よりもヘルを選ぶってこと……?」


睦月の顔が、今までに見たことがないほどに絶望に歪んでいる。
俺を攻撃してしまった、というショックに俺の発言へのショック。
二つの精神ダメージが睦月を襲っているんだろうということは、容易に想像できた。


だけど、俺が睦月よりもヘルを選ぶなんてことは、あり得ない。
俺がしたいのは、そういうことじゃないんだ。
それを、俺はちゃんと二人に伝えなければならない。


「俺が選ぶのは、睦月だよ。そんなのお前が……一番わかってるだろ」
「なら……何で……」
「だけど、俺にはヘルを見捨てるなんてことは出来ない。俺が……ヘルをちゃんと救ってやりたい。あの何万年って言う空虚で孤独な時間を、俺なんかが埋められるんであれば、俺はちゃんとヘルの支えになってやりたいんだ」
「…………」
「睦月、お前が体験してきた何万回って言うやり直し……あれだって、ヘルの感じてた孤独に近いものがあったんじゃ……な、いのか……」


やばい、意識が……。
まだだ、踏ん張れ……!


「何で、それを……」
「何?やり直しって……」
「少し考えたら、わかるさ……ごっふ!……もちろん、的確に想像することなんかできやしないし、同じ経験をしてやることも出来ない。だけど俺は、お前の傍にいてやることでその空白を少しでも、埋めてやれればって思ってた……間違ってたか?」
「…………」


睦月が泣きそうな顔で、必死に首を横に振る。
あーあ、こんな顔させたかった訳じゃないんだけどな……。


「だからその癒しは、ヘルにも等しく……与えられるべきだと思うし、それが俺の……黒渦を鎮める結果にもなるって、俺は……信じてるぞ……」
「大輝!!」
「スルーズ!!悲しんでる場合じゃない!!早く地上の二人の元に大輝を!!」


意識が途切れる寸前、二人が俺の為に力を合わせようとにわか仕込みでも絆を作った気がした。
これならもう、戦わなくて済むかもしれない。
痛いし正直辛さはあるけど、結果としては満足だ。


安堵と共に俺は意識を手放し、再び暗闇の底へと沈んで行った。

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