やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第97話

ロキが飛び掛かった時、ヘルは茫然としていた様に見えた。
何故なのか、儚げな印象を受ける様なその表情。
そしてその目元には、涙の様なものが見えた気がする。


「邪魔だよ」


ヘルはロキの一撃を難なくいなし、次いで仕掛けた私の攻撃も簡単にかわして見せた。
昔から強いやつではあったが、ここまでの強さを持っていたというのは私の中では想定外というやつで、正直甘く見ていた感は否めない。
だからと言って、大輝をこんな風にしたやつを許せるはずもないし、ここで諦めるなんて選択肢はない。


「お前だけは許さないぞ、ヘル……」
「…………」


ヘルの注意は完全に私に向いていて、ロキやノルン、ロヴンと言った他の神には興味もないのか、私だけを見ている気がする。
チャンスと言えばチャンスなのだろう。
だが、視界に入ってしまえば大輝の救出を気取られてしまうかもしれない。


「よく見てろ……私の本気を……」
「無駄だよ。そんな風に力を溜めてみせたって、私に通用すると思ってるの?」
「当たり前だ。お前は私の命に代えても、ここで潰す!!」


負担が大きいからあんまり普段はやらないのだが、第二段階までギアを一気に上げる。
以前の大輝救出の時の第三段階までは、まだ時間がかかる。
第二段階でどこまでやれるかわからないが、やれるだけやってやる。


「行くぞ!!」


叫びと共に再度飛び出して、一気にヘルとの距離を詰める。
ヘルには私の姿がちゃんと見えているらしく、動きにきちんとついてきていた。
あらゆる攻撃が空を切り、一瞬の隙を突かれた私は、そのままヘルに上空まで蹴り飛ばされた。


「ぬぐ……」
「遅いよ。スルーズってこんなに弱かったっけ?」


更に上から声が聞こえて、次いで訪れる衝撃。
しかし、私はこれを待っていたと言ってもいい。


「いてて……へへ、捕まえた」
「…………」


その掴んだ腕を、そのまま遠心力で振り回して更に上空に放り投げる。
ここまでくれば、いかにヘルと言えどノルン達を追撃することはできまい。


「なるほどね、そういうこと。大輝が死なないってわかったら、安心して戦えるってわけだよね。なら私としても不安の種がなくなったし、心おきなく戦えるよ」
「……は?」


このまま空中戦でケリを、と思ったがヘルの言葉に思わず動きを止めてしまう。
どういうことだ?
大輝が死ななくなったことで、不安の種がなくなった?


こいつ、何言ってるんだ?


「スルーズ、勘違いしてるみたいだから言っとくけど、あの傷は私がつけたものじゃない。やったのはバルドルだよ。もちろん、故意にではないけど」
「何言ってんだ、お前」
「大輝は、私を庇ったの」


ヘルの言葉に、一瞬時間が止まった様な錯覚を覚える。
大輝が、何でヘルを?
庇ったって?


一体、何から……?


「スルーズ、あなたは大輝の何なの?何であなたはそんなにショックを受けているの?」
「大輝は……私の恋人だ。何か文句があるのか?お前こそ……」


こちらとしても、さっきのヘルの言葉に気になる部分は多い。
しかし、その言葉を最後まで紡ぐことは出来なかった。


「がっ……!?」
「恋人……?大輝の?」


思い切り殴られて、危うく落下するところだった。
しかしこいつ、さっきから馴れ馴れしく大輝のこと呼び捨てにしやがって……!
一体何のつもりなんだ?


「なら……あなたを殺して、私が恋人になる」
「はぁ?頭沸いてんのかよ。んな真似ができると思ってるのか。くたばるのは、お前の方だよ!!」


悠然と佇むヘルの顔面に、先ほどのお返しにパンチを見舞ってそのまま回し蹴りを叩き込む。
落下するヘルに追撃を加えるべく追い付き、そのまま地面に私の体ごと叩きつけた。


「ぐっ……」
「っつぅ……」


激しく抉れた地面から凄まじいほどの砂ぼこりが舞い、思わず咳き込みそうになる。
しかしゆらりと立ち上がったヘルに、そこまでのダメージはない様だった。


「気は済んだ?ならそろそろ倒れてもらうことになるけど」
「ぬかせ。そうなるのはお前だって、言ってるだろ!!」


威勢よく叫んでみるが、まだだ。
まだギアは上がらない。
消耗ばかりが大きくなってきていて、このままじゃ本当にこっちがやられてしまう気がした。


「ヘル、お前大輝のこと……」
「…………」


こんな時は仕方ない、時間稼ぎだ。
少しでも時間を稼がなくては、このままじゃ……というかもう既にジリ貧なんだけど。


「スルーズ、あなたはいいよね。大輝と恋人同士なんだから」
「は?どういう意味だ」
「ねぇ、知ってる?今大輝の体に黒渦が出てるの」
「……何だって?」
「あは、知らなかったんだ?恋人なのに」


何だこの勝ち誇った様な顔……。
確かに気づいてなんかいなかった。
倒れているっていう、その事実がショックだったから。


ってことは何か?
今回の黒渦の対象はこいつだって言うのか?


「大輝はね、私の感情が自分の体に流れ込んできたって言ってた。でも、それでも私のことは怖くないって言ってた。まぁ、最初は怖かったって言ってたけどね」
「…………」
「スルーズには、きっとわからないよね。私が冥界で、どれだけの寂しい思いをしたのか。どれだけ心細くて、孤独だったかなんて」


わからない……本当にそうだろうか。
いや、冥界で何万年も暮らせって言われたら……それが一人で、ってなったら……確かに私も寂しさを感じるのは間違いないとは思う。
だけど、違う形で私はある種の孤独感を持っていたことならある。


あの二万回以上のやり直し。
協力者という名目で、ノルンはいてくれた。
だけど、私が何をしてきたか、とかそういうのは私から聞いた話に過ぎないから、きっと実感はなくて他人事の様に聞いていたんじゃないかって思う。


もちろん最後の方では私に光明を与えてくれたりしたけど、それは一緒にやり直してきたのとは決定的に違う。
確かにヘルの様に完全なる孤独とは違うんだろう。
体が孤独だったのか、心が孤独だったのか、それだけの違いだったのかもしれないが、大輝の人生が上手く行く直前までは、私も孤独に等しいものだった、って今でも思っている。


だからって、ヘルにそれを説明しても理解を得られるとは思えないけどね。


「大輝との時間は、楽しかった?ドキドキする様なことがあって、ワクワクする様なこともがっかりする様なこともあって、充実してたよね、きっと」


それについては否定しない。
特に上手く行ってからのことは私としても未知数な部分ばっかりだったけど、それなりに充実していただろう。


「私も、一度でいいからそういう思いを、してみたかった」
「…………」
「だから……あなたを殺して、私が大輝をもらう」


自分の服についた埃をパンパンと払いながら、ヘルが身構える。
本気で言ってるのか、こいつ。
まぁ、本気だろうとそうじゃなかろうと、大輝を渡してしまうわけにはいかない。


何より私だって、大輝と一緒にいたいという気持ちは変わっていないんだ。
黒渦の触媒になっているんだか何だか知らないけど、ここで引き下がってやるつもりは全くない。


「そうかよ。だけどね、私はお前の可哀想な過去とか、全く興味ない。それに大輝と一緒にいたいっていう気持ちはお前なんかに負けない。絶対に、譲ってやるわけにはいかない!!」
「そう。なら、せっかく時間稼ぎに付き合ってあげたんだから、ぶつかってきたら?」
「…………」


こいつ、気づいてやがったのか……。
その上で私の時間稼ぎに付き合うとか、よっぽど自信があるんだな。
第三段階でも勝利できるかは、正直怪しい。


しかしここまでくれば、最後の奥の手である第四段階まではそう遠くない。
なのであれば、もう全力でぶつかってお互いの流す血の中にしか、答えはないんだろうと思う。
とは言っても、ヘルは大事なことを失念している様だけど。


大輝が、ヘルを選ぶかどうかはまた別の話だってことに。


「行くぞ!!」
「…………」


あくまで静かに、悠然と構えながらもヘルに隙はない。
だけど、なければ作るだけだ。


「ねぇ、それが本気なの?だったらもう終わりにしていい?」
「そう焦るなよ……私は性格に反してスロースターターなんだ」


これでも割と本気でやってるはずなのに、全然堪えてる様子はない。
秒間三百近くの打撃にコンビネーションやら織り交ぜて打ち込んで、だけどその半分くらいは受け流されてる。
もちろんさっきまでよりは、マシになってると思うけど……。


正直最終まで上がって、やっとのギリギリなんじゃないかなんて、嫌な予感がしてくる。
少なくとも、トールとか戦神って言われてる様なのでも、太刀打ちできる気が全くしない。


「まだ?」
「もうちょいだって、焦んなよ……」


こっちは割と限界近いのに、何でこいつこんな余裕あんだよ……。
てかノルンはまだなのか……?
確かに重傷には違いなかったけど、それでもロヴンと二人がかりなのにここまで時間かかるのか?


「全力のあなたを潰さないと、私の中の溜飲はきっと下がらない。だから早くしてよ。追い込まれないとダメなら、もう少し力出すけど?」
「…………」


本気で言ってるんだとしたら、ちょっとまずいかもしれない。
冗談抜きで、勝ち筋が見えなくなりそうだ。
こうなったらもう、仕方ない。


自分の中から、絞り出す方向で行くか……反動大きいから、あんまやりたくなかったんだけど。


「いいよ、そんなに見たいなら見せてやる。だけど……後悔するなよ?」
「…………」


今度はハッタリでも時間稼ぎでもなく……掛け値なしの私の本気。
そうでもしなければこいつを退けるなんて夢物語にすらならない。
覚悟を決めて、私は力を解き放った。


あの醜く禍々しい、二度と使わないと決めていた力を。

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