やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第90話

「やっと、終わりが見えてきたね……」


朋美は肩で息をしていて、始めた時の様な勢いはもはや私の目には見えない。
割と早いペースでやってきたから仕方ないかもしれないが、それにしても部屋数無駄に多いなとは思った。


「ああ、そうだね……」


残り二部屋というところまで漸くきた。
三人態勢で廊下や階段の掃除をしていた明日香組は、人海戦術とでも言うのかさすがに早めに終わったらしく、私たちの手伝いに合流してくれたのだ。
おかげで途中からはそれまでのペースが嘘の様に進んで行って、まだ部屋に残っていたトールやスクルドと言った神とも途中で世間話をしながら、でもこの通り残り二部屋というところまで来られた。


「そういえばさっきのトールっていう豪快な神様、仲良さそうだったね。元カレとか?」
「……は?桜子、何の冗談?あんなムサいのと付き合うくらいならロキの方がまだ小指の爪分程度マシだよ」
「……本当に嫌ってるんだな、ロキのこと」
「どっちかって言うと喧嘩友達みたいな感じかなぁ。昔から血みどろの殴り合いとかよくしてた」
「…………」
「…………」


私とトールは似た性質を持つ神だ。
力の神である私と、戦神と呼ばれたトール。
どっちも戦いに特化した様な神だけに、衝突することは多々あった。


もちろん憎いとかそういうのではなかったし、どっちかっていうと何て言うのか殴り合って生まれた友情とでも言おうか。
お互いにその強さを気に入って、顔を合わせれば挨拶くらいはしたし、酒を酌み交わすくらいのこともあったが桜子の言う様なことは一切ない。
というかあいつ、確か奥さんいるし。


「スクルドって神は何て言うか、カッコいい女神だったな。凛としてる感じがして」


和歌さんの言う通り、あれは真面目を絵に描いた様な女神だろう。
しかし柔軟な考え方も出来るやつだし、ロヴンみたいな堅物とは一味違う。
ノルンからも色々頼りにされていたこともあって、オーディンからの信頼も厚いのだがトールとは相性が悪く、以前春海の体で死にかけていた時に聞いた様に、度々私とは違う理由で衝突をしているらしい。


「他には神様、いないのかしら。大掃除をするから空けているとは聞いているけれど」


こんなことを言っているが、明日香は他の神と友達になりたい願望でもあるんだろうか。
割とクセ強めのやつが多いから、私としてはあまり推奨できないんだけど。


「どうだろうね。みんな何処かしらで暇潰しなり時間潰しなりしてるとは思うけど……」


そう言って最後の二部屋のうちの一つに入る。
そして入って、入らなきゃよかったと後悔した。


「やぁ、そう言えば今日は大掃除だったんだっけ」


出た。
そういえばこいつもここに住んでるって言ってたか。
ノルンでさえもエントランスにいることがほとんどなんだから、こいつだって階段辺りで寝泊まりしてればいいのに。


オーディンもこいつに部屋なんか与えることないだろうに。
生意気すぎる。


「……何でいんだよ。前以て聞かされてたはずだろ?大掃除の日は部屋空ける為に、お前みたいなゴミクズ野郎は消えてなくなっておけって」
「睦月、辛辣すぎるぞさすがに……」
「大輝くんは恩義感じてるんだから、さすがにそれはちょっと……」


和歌さんと桜子はもうあの件を許したのか、寛大なことだ。
そういう意味では私よりも懐が広いと言えるかもしれない。


「ははは、まぁそういう方がスルーズらしいと僕は思うけどね」


そう言ってまた前髪をふぁさっとやっている。
鬱陶しいその前髪、生え際まで後退させてやりたくなるな。
邪魔になってはいけないから、とロキは退屈しのぎらしい本を数冊持って、部屋から出た。


「前から思ってたけど、睦月とロキって前に何かあったの?」
「確かにあの嫌いっぷりは尋常ではないな」


朋美も和歌さんも、確かに率先して人を嫌うタイプではない。
警戒することはあっても、それが即嫌い、とかそういったものに直結している様には見えないが、私としてはもちろん、理由があるからあの野郎を嫌っているというわけで。
確かに知らないから不思議に思うんだろうとは思うが……。


……思い出すのも腹が立つ。
だが、一つくらいエピソードを語ってやるのも良いか、ということで私はみんなに理由の一つを話すことにした。


「実は、大輝と出会う以前の話で……私にも一応お気に入りの男はいたんだよ。特に関係は進まなかったけど」
「へぇ……意外ね」
「で……そいつにフレイヤがちょっかい出したことがあって。後々フレイヤをボコって聞いてみたら、フレイヤのやつロキの差し金だったって言うんだよね。もちろんロキも問い詰める前にボコって、それから自白させたんだけどさ」
「…………」


大輝救出の時のことでも思い出しているのか、みんな青い顔をしている。
もちろん私がみんなに手を上げるなんてことはあり得ないんだけど、怒らせると怖い、くらいには思われているのかもしれない。


「とりあえずこんなやつの部屋、いらなそうなもん片っ端から捨てておいたらいいよ。何か臭い気がするし、長居したらみんなも毒されるよ」
「いや、特に何も匂いとかしないけど……睦月ちゃん、偏見が過ぎるんじゃ……」


一秒でも早くロキの部屋から出たい私は、適当に物を整理してそのまま部屋を出た。
みんなもこんなんでいいの?って顔をしながらついてくる。


「さて、残るは一部屋か……」


もうここまで来たら我慢は必要ないかな、なんて気の緩みもあって最後の部屋の扉の前で、盛大なため息を漏らしてしまう。
世話になったから、と軽い恩返しのつもりで引き受けてやった大掃除が、まさかここまで大変だとは思ってなかった。
予想外の面倒事を、とオーディンに恨みを募らせていると、横から桜子が声をかけてくる。


「そういえばノルンさんってエントランスに住んでるんだっけ?部屋とかないの?」


これには私も失笑を禁じ得ない。
前に冗談めかしてそんなことを言ったことはあるが、実はノルンの部屋はここなのだ。
とは言っても実は私も、新しいヴァルハラになってからはノルンの部屋に通された記憶がない。


「何だ、そういうことか。でも何でエントランスにばっかいるんだろうね?」
「そういえば聞いたことないかもしれない。というか気にしてなかっただけなんだけど」
「睦月、それは本当に親友って呼んでいいものなのか……?」


私の記憶が確かならば、以前のヴァルハラの時のノルンの部屋って確か……。
どうも嫌な予感がした。


「ま、とにかくもう少しだし終わらせちゃおうよ」


そう言って桜子がノルンの部屋のドアを開けようと、ドアノブに手をかける。


「あ、待って桜子、そこは……」


私が止める間もなく、桜子はドアを開けてしまう。
そして中を見たみんなが一様に固まっていた。


「……うわぁ」
「き、汚っ……」
「何をどうしたら、こんなに汚れるのよ……」
「ロキの部屋と違って、何かカビ臭いって言うか変な匂いしない?」


やっぱりか。
そう、あいつは片づけのできない女子力皆無系女子だった。
ところどころに散乱するゴミ、書類等々。


最後に洗ったのいつだよ、って言いたくなるくらいに積まれた明らかに使用済みの食器類。
しかもそれがテーブルの上ではなく足元に転がっていたりする。
足の踏み場もない、というのはこういうのを言うのだろう。


「え、これ本当に掃除しないとダメなの?」
「何だか何処から手をつけていいのか迷うな……」
「ねぇ、あれ見て……」


明日香が青い顔をしながら指さした場所。
そこには所せましとひしめく……写真?
そしてそれは……。


「何で大輝くんの顔が……?」
「何かやたら大輝の写真ばっかなんだが……」
「これってもしかして……」
「…………」


ノルン……お前……。


「ああ、ここだった。みんな、もう掃除終了でいいってオーディンが」


フリッグが呼びに来たのでこれ幸いと、私たちは黙ってその部屋を出ることにした。
……うん、私たちは何も見てない。
見なかったことにしよう、言葉にはせずともみんなの顔がそう言っていたので、私も忘れることにした。


「さて、ご苦労じゃったな。人間の働きも今回は大きかった様で、思っていたよりも早く終わったわ。例を言うぞ」


何もしてないくせに満足そうなオーディンが、エントランスまで出てきてみんなを集めていた。
神には普段掃除とかそういう概念がほとんどないし、外やらは大体ヘイムダルがやっているからあとはあいつに任せればいいとでも思っているのだろう。
そしてエントランスで合流した愛美さんと大輝は倉庫整理が順調だったのか、何処か満足げだ。


知らぬが仏、とはよく言ったものだと思う。
対する私たちの顔には血の気の引いた様な、色濃い疲労が浮かんでいるというのに。


「さて、初めに言ったが人間よ。思いのままの褒美を与えようではないか」


オーディンがそう言うと、愛美さんはワクワクした顔をしていて、大輝は褒美か……なんて呟いている。
私の意見でもほしかったみたいでこっちを見たが、掃除組の顔を見て不思議そうな顔になった。


「どうかしたのか、お前ら。顔色悪くないか?」
「いや、別に……それより倉庫整理、どうだった?私たちもそっちやったら良かったかも」
「そうね……その方がどれだけ楽だったことか」
「…………」
「…………」


忘れようとは思ったものの、やはり見てはいけないものを見てしまった、という思いは強い。
そんなことを考えていると、その見てはいけない部屋の主がててて、と私の元へと慌てた様子で駆けてくるのが見えた。
このタイミングでこいつの顔見るの、辛いな……。


「あの、私の部屋のことなんだけど……」
「あ、いや!時間全っ然足りなくてさ!ごめんな、本当なら最初にやってやりたかったんだけど!」
「あ、そ、そうなんだ?良かった、大丈夫だから!自分の部屋はちゃんと自分でやらなきゃね!」


などと不審者感満載の様子で笑いながらも安心した様で、ノルンはまた元の位置へと戻って行った。
大丈夫、多分入ったことはバレてない。
みんなも目が泳ぎ気味だったけど、ノルンはそんなこと、多分気づいてないはずだ。


「なら私、酒がいい!神界でしか作ってない様なやつ!」


チャレンジャーだ、愛美さん……。
この神界で酒と言ったら、トールが呑んでいる様な危険なやつばっかりだというのに。
だけど最初からそう決めていたらしいし、あまりにも危ない様なら止めたらいい。


「柏木愛美じゃったな。良かろう、神界でも一番珍しいものを授けようぞ」
「ひゃっほう!楽しみだ!」


掃除を終えて私たちの中で一番テンションが高いのは、どうやら愛美さんの様だ。
五リットルくらい入っていそうなその酒瓶を手に、愛美さんはキラキラした目をしている。


「他には?大輝とかほしいものはないのか?」
「俺ですか……うーん……」


あるにはあるけど、言うのが憚られる。
そんな雰囲気を大輝から感じた。
ということは、ソールに関連することかもしれないと私は直感する。


「何でも良いぞ。言ってみるが良い」
「……じゃあ。でもみんな、軽蔑しないでくれよな」
「軽蔑?」


大輝の言葉に何か不穏なものを感じたのか、訝しげな表情でみんなは大輝を見ている。
しかしそんな視線には構わず、大輝はオーディンに願いを打ち明けた。


「母さんと、連絡が取れる様なアイテムがあるならほしいです。人間界で言う携帯電話みたいな」
「マザコンかよ」
「マザコンね」
「そんなにお母さんが気に入ったのなら、おっぱいでももらったらいいと思うんだけど」
「まぁ、あんな綺麗なお母さんだったら、気持ちはわからなくもないかな」
「一緒に風呂入ってたらしいじゃないか。いつもは私たちと入るのにな」


等々賛否両論な意見が飛び交う中、オーディンは携帯電話のイメージが掴めない様だった。
こういうものですね、と大輝がオーディンに現物を渡すと、なるほどふむふむと言いながら仕組みを一瞬で理解した様だ。
腐っても主神というわけか。


「こんな感じかの。仕組みは多分同じじゃろ。二つ用意したから、あとでソールにも渡してやるが良いぞ」
「ありがとうございます、オーディン様」


出来上がった、見た目はまんまスマホの連絡手段を受け取り、礼儀正しく一礼して大輝もこれで母さんも少しは……なんて呟いていた。
多分みんなは誤解しているんだろうが、大輝はソールと会った時の過剰なボディタッチ等を緩和させる為に、連絡手段を手に入れたんだと私は思っている。
あのままじゃ大輝はソールに手籠めにでもされかねないからな……。




私を含め、ノルンの私室を見てしまったメンバーは気分の悪さもあって、褒美とかいいから早く帰りたい、と辞退してその日はお開きになった。
一方ご満悦の表情の愛美さんと大輝は、来てよかったな、なんて言っていて本当に羨ましい限りだ。
私たちは今日、人間界神界関係なく世の中には知らない方がいいということもあるのだということを、身をもって思い知ったのだった。

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