やり直し女神と、ハーレムじゃないと生きられない彼の奮闘記

スカーレット

第69話

今回の戦闘において、朋美は戦闘における呼吸というものを習得できた様だ。
外で戦った時よりも的確に、ちゃんと敵の動きを把握して戦闘に集中している、そんな印象を受ける。
戦闘時間はおよそ五分程度だと思うが、私たちは無事にあの不気味な人面犬を撃退できた。


「この奥でまた、ああいうのが出てこないとも限らないから気を付けてね。あと朋美、さっきの動き良かったよ」


誰の手も煩わせることなく殲滅に従事できたというのは、朋美としても大きな経験になるだろう。
もちろんさっきのより強力な敵が出てくる場合も考えられるので、用心するに越したことはないと思うが。
しかし先ほどの部屋では大輝の手がかりは何も得ることができなかった。


仕方なく私たちは、奥に続く細い通路を再び下ることになる。




「またさっきみたいな明るい部屋か」


細い階段を降りると、私の後ろから和歌さんの声が聞こえる。
今度の部屋では先ほどの様な魔獣の姿は見えないが、また突然湧いてきたりということも考えられるので油断はできない。
しかしその部屋の奥で道が三つに分岐しているのが確認できた。


今までは一本道だったのに、ここへきて惑わすのか、ロキのやつ……!
しかも、その通路の一つにご丁寧にも張り紙がしてある。


「宇堂大輝はこちら……ね。どう思う?」
「確かにこれはバカにされてるな。とは言っても……嘘だと断ずるのも難しい、と言ったところだが」
「どういうこと?こっちに大輝くんいるんじゃないの?」
「桜子、本当にわからないの?」


桜子はあくまで純粋に大輝がその張り紙の方にいると信じている様だ。
ロキが桜子の中でいいやつになっていることに関しては後日、お説教してあげる必要があるだろう。
そして明日香に関しては、ロキと接したことがないはずだが私同様の嫌悪感を覚えている様だった。


「これは罠かもしれないし、私たちのそんな心境の裏をかいているかもしれない、というものよ。疑い出したらキリがないし、かと言って信じて罠だったら、というジレンマを与えるのが目的のものね」
「ふーん……めんどくさいことするんだねぇ」
「明日香の言う通りなんだけど、ここで分かれて進むのは得策じゃない。戦力を分けることが、みんなの力量だとちょっと厳しいかも、っていうのもあるし万一私がいないパーティが当たりを引いちゃったりしたら更に大変だからね」
「……となると、面倒ではあるけど間違ってたら全員で引き返すしかない、ってことか」


大輝が近くにいる、というのがわかっても尚、みんなはまだ冷静な様だ。
確実な判断材料もなく、この張り紙以外の道が正解だという保証もない。
そんな状況でみんな頭を抱えて張り紙を睨んでいたが、桜子だけは違った様だ。


「うーん……ここまで苦も無く進んで来られたわけだし、一旦信じてというか……そのまま進んでみるのはダメ?私が責任取るから」


桜子はおそらく、ロキが今までの階段なんかを作っていたことを言っているんだろうと思う。
親切で作ったわけじゃないと私は断じたが、あいつは本当に何を考えているのかわからない。


「お前が責任取るって、どうするつもりだよ」


愛美さんが笑って、桜子の頭をグリグリする。
痛い痛い、とか言いながら桜子は涙目になっているが、そんな桜子を見て疑い出したらキリがないと私も思い始めた。
何より時間が惜しい。


もうすぐノルンから受け取った回復薬の再使用可能時間にはなるし、罠だったりして戦闘が発生しても補給は可能だ。


「ま、責任云々は置いといて、桜子の言う通りにしてみようか。時間もないことだしね」


そんなわけで私たちは、張り紙のある穴から続く階段を降りることにした。


「これ、どういう仕組みで明かりが灯ってるのかな」


朋美が不思議そうに階段の中を見回している。
確かに気にはなる。
神界にも簡易的な明かりを持ってこられるアイテムはあるが、どう考えてもそれとは違う。


「多分だけど、冥界特有の鉱物なんだと思う。さっき少しだけ削り出して持ち出してあるから、神界に戻ったらノルンにでも分析させるけど」
「危険じゃないのか?何か瘴気とかそういうの」
「んー……まぁ、少しくらいの瘴気なら簡単に中和できるからね。それより次、到着みたい」


距離にしたら地上から一キロほど降りただろうか。
またも開けた場所に出て、今度は見覚えのあるものが部屋の中央にある台座に埋め込まれているのを発見した。
その奥にはまた下に繋がる通路があるのが見える。


声響石せいきょうせきか。これまた古典的なもの使ってるんだなぁ……」
「何それ?」


桜子が興味津々だ。
台座に埋め込まれた声響石というのは、神界に多く存在する……用途は人間界の電話の様なものだ。
最大で十キロほどの距離があっても、対になった声響石を使うことで声を行き来させることができる。


そして私は、その声響石を見て一つ思い当たることがあった。


「神界の電話みたいなアイテムだね。なんだけど、今こんなの使ってるやつほとんどいないんだよね。それが引っかかるって言うか……」
「どういうこと?」


ひとまず敵の姿が見えないこともあって、みんなを集めて説明をする。
声響石が使われなくなったのは、私たち神の間で念話が主流になったからだ。
有効範囲も声響石に比べて格段に広い。


声響石を使うことがあるとしたら、神力を使い果たした様な状態もしくは温存したいとか……そういう場合でなければまず出番なんかない。
神界でこのアイテムのことなんか常に頭にあるやつなんか多分いないだろうし、話に出れば懐かしい、となることだろう。
つまり、こんなものを使わなければならないほどに神力を他のことに使っている、という事態が想定される。


「なるほど。ということは、さっきの魔獣の召喚の時の様に相当な神力を使っている、ということね」


「さすがだね、明日香。まぁ、そういうことなんだけど……ただそれだけでこんなものに頼るってのもちょっとあり得ないかなって」
『ご名答だね、スルーズ。君はさすがだよ』


突如声響石から聞こえた声に、一同が驚きの表情を見せる。
かく言う私も、少しだけ驚いてしまってねぇ……。


「おいお前……こんなもん使わなきゃならないほどの消耗って、一体何してんだよ?さっさと話して大輝を開放するんであれば、軽くボコるくらいで勘弁してやるぞ」
「…………」


私の物騒な発言にみんなが脅威を感じて言葉を失うのがわかる。
しかし、ほとんど目の前にいる様な相手だ。
怒りを抑えるので割と手一杯でもある。


『残念ながら、それは出来かねる。それに、君たちがこっちに来てしまうにはまだちょっと早いものでね。なので……』


ロキのその言葉の直後、先ほどの様にまたロキの神力が部屋に充満して行く。


「まずい!みんな、奥まで走って!!」


嫌な予感がして私はみんなに向かって叫んだが、遅かった様だ。


『申し訳ないんだけど君たちには、もう少しそこで遊んでいてもらおうか』


およそ二十畳ほどの空間に、十数匹のロキの顔をした魔獣がぐるりと私たちを囲んでいる。
本当に趣味が悪い。
もちろん通路は塞がれた。


「おいコラ!!こいつら片づけたら覚えておけよ!!お前も同じ様な目に遭わせてやるからな!!」


そう言って私が飛び出すと、みんなも臨戦態勢に入って武器を構えた。
声響石からの返信はなく、通信は途切れたものと推測されたがあいつは自ら私たちの通ってきた道
が正解でした、と言っている様なものだ。
でなければこんな時間稼ぎに力を使う理由もない。


しかしみんな、動きが先ほどまでよりも格段に良くなっている様に見える。
短い時間ではあったが、幾度の実践を経て感覚を掴んだのかもしれない。
愛美さんが上手いこと敵を引き付けることができていて、その隙を突いてちゃんとみんながタイミングよく攻撃を仕掛けることが出来ている。


そして愛美さんが集めた数匹。
その残りを私が吹き飛ばそうとするのに、愛美さんを始めとするみんなは気づいた様で、慌てて元来た階段辺りまでみんなで走っていた。


「ぶっ飛べえええぇぇぇ!!」


天井ギリギリまで飛び上がって、魔獣の群れに向かって指をパチンと鳴らすと、群れの中心から爆発が起こって魔獣たちは跡形もなく吹っ飛んだ。


「お、おい……やるならやるって言ってくれよ……」
「…………」


結果としては満足なんだけど、またも一つ引っかかることがあった。
それは、床や壁に傷一つついていないこと。


「……どうしたの、睦月ちゃん」
「見て。あれだけの爆発を起こしたのに、床にも壁にも、焦げ跡一つないの」
「本当だ……」


煙こそ上がってはいるものの、あれで傷一つついていない、というのがどうもおかしい。
それはさすがにみんなにもわかった様で、どういうことなのかと興味深そうに床を眺めたりしていた。


「崩落を防ぐために何かしらの力を使っていたり、とか」
「なるほど、確かにあり得るかもしれない」


桜子が出してくれた呑気な案が、今回は意外にも的を射ていそうだ。
何か明確な目的を持って大輝を攫ってここに匿っている以上、この洞窟が崩れたりして大輝が生き埋めなんてことになったら何の意味もなくなってしまう。
であれば、私たちがここへきて暴れるということまで想定していたのかもしれないという結論に至った。


「用意周到なところも何だか腹立たしいわね。あの声も、あれだけで人を馬鹿にしてるってわかる気がしたわ」


明日香がやや興奮気味で地面を蹴りつける。
こんな風に明日香が何かに苛立って物に当たっているのを見るのは初めてだ。
そんな明日香を和歌さんも心配そうに見つめる。


「まぁ、あのスカした感じのクソ野郎がロキだってことなら、大輝助けるついでにまとめてぶっ飛ばしてやろうぜ。なぁ、睦月?」
「……そうだね。もちろん最初からそのつもりだけど……あいつは絶対に許さない」


私が滾らせた怒りを感じて、みんなの士気も上がった様に見える。
ここまできたらもう、我慢なんかする必要はない。
もう少しでロキと大輝がいる場所に着くということがわかった以上、ここからは手加減も必要ないだろう。


「よし行こう!あいつに痛い目見せて、大輝を取り戻すんだ!!」


決意と共に私たちは更に階段を降り始めた。

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